ある悪魔の呟き・7 投稿者: 犬二号
まえがき
ここ数日に渡った、<呟き>シリーズも、これで一通り全部。

・・・と、思ったら、全てが去った後に魂の中に残った広大なる影が一つ。
「それ」について、語るべきか、語らざるべきか・・・
いわゆる普通の「ヒト」を超えてしまうようなネタだからなあ・・・
僕自身、ちゃんとその影の姿を捕捉した訳ではないので。
「真理」は・・・「ヒト」を通り越して、<例の本の著者>みたいな「化け物」の
「人生哲学」にとってしか用を足さない代物だからな。
僕ら普通の「ヒト」にとっては、今までの六つをちゃんと把握して見据えるだけで
事足りるんだけど・・・(だからこそ、これが一応完結編な訳です)

うーん。どうしたものか。

***

あらすじ

   君は、<ヒト>という事をどう思う?

***

ある悪魔の呟き・7

ヒトの営為は、六つの要素に集約される
そして、ヒトの煩悩の種も、その六つに帰結する
セックスと暴力と仲間関係
エゴと幻想と生命とだ

この分別は間違ってる訳ではないが
これでヒトを理解したつもりなら、はっきり言って馬鹿である
今なら、なぜかつて僕が首をかしげ続けてきたか、分かるような気がする
「分ける」事で「分かる」ためには、要素要素を「知って」なければならない
僕は昨日まで、セックスという一事についてすら知らなかった
それじゃ、ヒトについて分からない訳だ
セックスは言語化出来るものではない
言語は意味そのものではなく、かなり有効範囲の狭い伝達手段に過ぎない
あの本は、「伝わりやすく」書いてあったが
セックスについて語るには、やはり言葉では不足のようだ
経験学習しかない
他の事についても、追々学習していく事にする
これらを全て「知る」事が出来れば、ヒトの全体像も「分かる」に違いない
「分別」は手段だ
知らない事は絶対に分からない
知ったら、いつか、分かる
僕は、あまりにヒトを知らな過ぎる
だから、これから知っていけばいい

本を読む時、言葉を聞く時は、言葉より意味を感じるべきだ
例の本の著者によると、「真理」は意味さえ超越しているらしい
ただ「存在」するだけだ
その「意味」を「解釈」などしなくてもありのままで存在する
無論、真理は言葉で表現出来る類のものではない
真理は存在全てを貫いている
(僕らにも、信者にも、教団員にも、反乱分子にもだ)
自分の中の真理を、ありのままに体験しろ
脳の「解釈」でしかないエゴによらず、「解釈」以前の「存在」たる生命によって
自分の中に、ありのままの真理がある事を
(これは、彼が死の数日前に言った言葉だ)
(多少支離滅裂気味だが、意味は何となく分かる)
彼は、真理とは世界ありのままの姿、100%だという事を言いたかったらしい
しかし、そんなもん、ヒトがどうやって体験出来るんだ
彼の境地は、ヒトをちょっと超えた所にある
それは、禅行者に任そう
とにかく、普通のヒトについて知りたい
彼みたいな化け物じゃなくて
(生前、同じ反乱分子から畏敬を込めて「化け物」呼ばわりされていたらしい)

あの本を探してドブさらいするのはもうやめた
自分で答を探す事にする
死ぬまでに間に合えばいいのだが
(ファーゴでそれは少し難しいような気がした)

彼女は着実にコントロール体として安定しつつあるようだ
僕の方も、かつての反乱分子とのつながりをバレずに済んでいる
ヒトの研究も、ゆっくりとだが確実に進んできている
(それにしても、足枷は実に邪魔だ)
ヒトについて全部分かったら、不可視の力で彼女の魂に見せてやろう
彼女は喜ぶだろうか
それとも、ファーゴとはあまりにもそぐわないゆえに苦しみのたうつかも知れない
(下手すると、不可視の力の受容より命懸けだ)
ファーゴはヒトの生きる環境ではない
宗教団体ですらない
単なる魂の屠殺場にして加工工場だ
完全なるヒトとは絶対にそぐわない
著者もこう言っていた
ファーゴは、ヒトをヒトでなくするアウシュビッツ絶滅収容所だ
そこにヒトはいない、真の意味でのヒトは一人もいないと
ヒトがヒトであるために、彼は全施設規模の革命を起こし、そして散った
(この事は当然、現在においてもファーゴ最重要機密である)
(当時を知る生き残りは、声の主と僕らと反乱分子しかいない)
彼はこうも言った
ヒトである事を取り戻すために、外を求めよ
ファーゴの内側でヒトらしさを取り戻せる可能性は絶望的だと
多分、その通りなのだろう
だから、僕がファーゴにいる限り、僕はヒトについて全てを理解する事は出来まい

外に・・・出たいな・・・

彼女を連れて
ヒトの世界に旅立つ
そこで、ヒトとして生きてみよう
多分、<僕ら>という種初めての試みだ
ものすごく大変であろう事は予想がつく
また、ヒトの研究についても、そう上手くいくとは思っていない
それでもファーゴよりはマシだ
ヒトがヒトである事を否定し
僕らを幾重もの足枷で縛り付けている
ここよりはまずマシだろうさ
ゼロやマイナスよりかは、はるかに
革命は、まだ生き残っている仲間に任せとくがいい
とにかく、僕は逃げる

そして、ヒトの何たるかが分かったら
再びここに戻ってくる
外から、<ヒトについての答>を放り込んでやる
不可視の力で、全員の魂に叩っ込んでやるのだ
信者達は覚醒し、教団員達は絶望するだろう
一週間前に知った<ゼックス>のイメージすら
一部の男達にとっては致命的だった
ある者は泣きながら失禁し、ある者は吐いた
ある者は発狂し、ある者は自殺した
ある者は、この上なく暗い笑みを浮かべ
ある者は、毎日を憂うつに過ごす羽目になった
とにかくファーゴで生きている事に、すさまじい無明を感じたようだった
少しでも足枷に逆らって、苦しんでまで見せてやった甲斐はあった
馬鹿な奴等だ
ヒトのくせに、あんな事も知らずにファーゴにいたのか
それとも、意図的に忘れてたのかな?
彼のいう通り、ファーゴはヒトを駄目にするらしい
やはり、見切りを付けるべきか
僕の前には道がある
彼が開き、反乱分子が継ぎ、そして僕の方に回ってきた道
<ヒト>の道が

脱走計画について彼女に語った
彼女は大喜びしていた
僕と一緒だったとはいえ、世間と離れて心細かったらしい
ファーゴの非人間性にも、ほとほと嫌気がさしていたという
話はトントン拍子に決まった
僕はファーゴの地理に詳しく
彼女は僕と違い、ファーゴの中でも足枷なしで不可視の力を操れる
後は簡単だった
薄い壁をブチ抜き、トラックを強奪し
ゲートを吹き飛ばすと、ファーゴを脱走した

これが自由か
実に清々しい
そして、未来というのは何と輝かしいんだろう
助手席から後ろを振り返る
馬鹿な建物が、馬鹿な奴等を抱え、ボサッと突っ立っている
あの中の奴等は、脱走しようという事すら考えてないに違いない
少し真剣に考えれば、こんなに簡単に成功するものを

僕はいつか必ずここに帰ってくる
復讐者として
もちろん、それまでにここが潰れてしまっているといいのだが
もし残っていたのなら、その時はヒトのように呪いと嘲りを込めて訊いてやる
そして、ファーゴを壊さんばかりの<答>を、皆の魂に叩っ込んでやるのだ

さあ、ファーゴの奴なら誰でもいい
誰か答えてみるがいい・・・

   「君らは<ヒト>という事をどう思う?」

(完)

***

あとがき

今回、僕は自分の言葉を他人に伝わりやすいように翻訳して書いてません。
言わば、寝言SSです。
今までの自分の中にあった魂の病巣をえぐり出して、コマ切れにして廃棄した、
その副産物です。
だから、これを投稿し終わった今、僕は自分が過去から相当変質したという事を
感じています。
昨日まであった、澱んだエネルギーはどこかに吹き飛んでしまい、脱力感ばかりが
あります(寝たら、きっと治るんでしょうが)。
地獄の七日間は過ぎ、そして僕は生き残り、ほんの少しだけ生まれ変わった。
人生において起こるべき、それもしょっちゅう起こるべきイベントが一つ済んだ
ようです。
とにかく、メチャ疲れたので、当分寝て過ごします。
感想、批判、どしどしメールで送って下さい。(読んでない方は、もちろん読み
飛ばしても構いません)元気になったら、大学で読みます。

それと、<怠惰>も、いつかまた元気になったら再開します。

「真理」については、あんなもんでお茶を濁してしまいました。ごめんなさい、
僕にはあのネタは書くのには大き過ぎました。

初めて、連載を終わらせる事が出来ました。万歳。
少年「バンザーイ」
犬「ん、ああ、お前か」
少年「そうか、あの、コントロール体と一緒に脱走した、<彼>だったのか」
犬「思い出したか?」
少年「そうだよ、だから、上手い事やったなと思って、僕もコントロール体との
   提携を戦術として考えたんだ」
犬「しかし、名倉友里も、天沢郁未も、どっちもロスト体じゃないか。郁未は、
  結果的にコントロール体になれたようだが、それはお前が死んだ後」
少年「うん、僕にはあの時、ロストを一時的に抑える事しか出来なかったからね。
   彼女がコントロール体になるためには、最後の駄目押しが必要だったよ。
   逆に言えば、ロスト体だって、そうすればコントロール体になれたかも
   知れない。僕らがロストを抑えて、修行を続ければね。まあ、移植した
   本人でないと無理かも知れないが。彼女たちの悲惨を、減らす事は出来た」
犬「それ、クラスBCにとっちゃ、地獄が続くだけって事じゃないか。詭弁だ」
少年「彼女たちが、生より死を選んだら、その時は僕が直々に消去する。彼の
   いう通り、死より生がいいとは限らない。死を克服しうる条件がいくつも
   あるだろう?名倉友里にとっては、最後には妹との絆が死に優先された。
   妹と出会えて、彼女は満足そうに死んでいったよ・・・これも詭弁かい?」
犬「<生と死は等価値なんだよ、僕にとってはね>か」
少年「あれ、どこかで聞いたよ、その台詞は・・・何だっけ」
犬「ん?確か、<福音戦士>(アニメ)の第24話の」
少年「ああ・・・(嫌な顔をする)」
犬「お前、目的のためとはいえ、情が冷たいな」
少年「<聖書>の著者も、ヒトのくせに冷たかった。情と反乱成功率を両立させて
   いたが、やはり反乱成功率の方が優先された。そして、わずかな情で失敗
   したという。脱走より反乱の方が難しいんだ。情を介在させたら失敗率が
   高くなるのは理の当然だ」
犬「・・・正しいよ、それは。ただ、それを反乱や脱走を試みている奴に言うと、
  逆効果になる事も知っておくべきだ」
少年「知ってるよ。君は民間人だからね」
犬「・・・ああ、今まで培ってきた俺の二次創作長編小説計画の一部を、ネタと
  して使ってしまったな」
少年「彼にとっては(僕にとっても)重要だからね。魂レベルでの影響が大きい。
   出さない訳にはいかないだろう」
犬「・・・まあな。後悔はしない。しないぞ!」
少年「このSSに関しても?君の駄目だった頃の全てが詰まってるんだよ」
犬「当然だ。過去を否定はしない。元気な今なら、そんな事をしなくても済む。
  真っ直ぐ、ありのままを見つめる元気がある。決して、後悔などしない」
少年「・・・分かった。じゃ、元気でね」
犬「ああ。じゃ、あばよ」

では、今日はこの辺で。