ある悪魔の呟き・6 投稿者: 犬二号
まえがき
これと次で完結します。
他の奴の二倍くらいあります。それだけ悩んだ章です。
訳わからん度も二倍。要注意。

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あらすじ

   君は、<ヒト>という事をどう思う?

***

ある悪魔の呟き・6

・・・君は・・・生きるという事を・・・どう思う・・・?
ヒトの営為を語る上で・・・生きるという事は・・・
「・・・あなた、いつも変な事考えすぎて、頭が疲れてきたんじゃない?」
かもね・・・
確かに、疲れてる・・・
「ここは、人から生気を奪っていくものね・・・」
言えてるね・・・

彼女は知らなくていい事だが、今日、反乱分子の一斉消去が行われた
親しかった人達が、永遠にこの世から去っていってしまった
が、僕としても彼らの死を悼んではいられなかった
僕自身が生き残るために、やらねばならない事があった
読みかけの例の本をドブに捨てる事である
ちょうど、「生きるという事について」の序文であった
惜しくてならないが、証拠は隠滅せねばならない
彼らとの関係がバレたら、僕も消去だからだ
やはり・・・何より、生命は惜しい

「・・・どうしたの?」
え?
「何で泣いてるのよ、ねえ?」
泣いて・・・る?
・・・ああ、本当だ
泣くなんて、何年ぶりの事だろう
「何があったのよ・・・」
・・・他人の死を悼めないと思っていたら・・・
何だ、ちゃんと悼めるんじゃないか・・・
・・・ごめん、ちょっと外で泣かせてもらえるかな・・・
「あ、ちょっと!」
そのまま部屋を出ると、誰も使っていない個室に入り・・・
僕は泣いた

泣いたら少し落ち着いた
泣けるというのはいい事だ
「自分が生き物である」という感覚を取り戻させてくれる
感覚、認識、感情や欲求や衝動、記憶、判断、それらの結果としての意識、運動
精神の構造そのものは、僕らとヒトでは大して変わらないようだ
僕らには、ヒトよりはるかに可変性のある筋肉と
彼らの欲する、精神感応能力が備わってるだけだ
それと、あの忌々しい足枷と
知能は・・・圧倒的にヒトの方が勝っているだろう
僕らには、未だあんな機械群を制作するだけの技術力はない
情操に関しては、これはかつて故郷にいた頃の僕らの方が健全だったみたいだ
情操を犠牲にして、知能を発達させる事を種として選択したのが<ヒト>のようだ
今や、僕らも、そんなヒトを笑えなくなるほど精神的に荒廃してきたのだが

かつての事を思い出す
それなりに幸せだった、故郷での生活
ヒトの苦悩など、僕らにとっては知った事じゃなかった
失楽園はいつの事だったろうか
気がついたら、僕らは他のコロニーと同じ運命をたどっていた
仲間の死
生き残りの捕獲
生体実験、監禁生活
いつの間にか、僕はファーゴで今までとは全く違う生を歩まされていた
死んだ仲間の一人は、「愚か者の世界」という事を言っていた
何一つ知らないヒトの子供のように暮らしていたあの頃と
生ける屍のように生きている今と
両者の違いは只一つ、「生きている」か、否か
生命の躍動感を、「僕は生きている」という感覚を、いつでも自覚出来るかどうか
それだけが問題で、そして重大なのだと
そういう視点で見れば、あの頃の僕は間違いなく「生きていた」
そして、だからこそ「幸せ」だった
「充実」していた
死ぬまでそうしていられれば、さぞや幸せな一生だったろう
今際の時に、自分の今までの人生を肯定出来れば、それが人生という戦いの勝利だ
(ヒトと違って、僕らは天国や浄土を夢見て今までの人生を否定など出来ない)

ヒトの進化の方向は、生命の流れを塞き止める方向だったようだ
生命の流れのとまった生き物は、遠からず自滅する運命にある
ヒトは慌てて策を講じた
ヒトの作り出した日常が魂を抑制するなら
それをどこかで解放するシステムを作ればいい訳だ
こうして、日常と祭りを行ったり来たりする村落<ムラ>のシステムが出来た
まるで、鎮静剤と興奮剤を交互に飲む、向精神剤中毒者のようだ
(怒るなよ、言葉のあやだ)
それに満足出来なかった連中は、毎日お祭り騒ぎしようとした
都会<マチ>は、その祭壇の土台として作られたのだそうだ
魂を好きなだけ解放していたい、中途半端な原理主義者たちの人工の楽園
こっちの方は未だ完成していないらしく、しょっちゅう悲劇が起こる
そりゃそうだ
先祖返りという事は、進化よりさらにリスクがつきまとう
急進改革主義者と原理主義者が、全く逆なのにファンダメンタリストと一括される
普通の奴等にとっては、どっちも似たようなもんだからだ
先の見えない進化と比べて、実例が存在「した」先祖返りの方が楽だと誰もが思う
だから、皆無防備にリスキーなその「既になくなっている」可能性の方に走る
そして、滅びに突っ走る
大体、ムラは楽だが、ゆえにどうしても精神強度は下がる
そこ出身の奴等が、マチの世界で魂をフリーにする
(ファーゴでも、楽してる奴に精神強度の向上は期待されない)
(しかし、苛め過ぎが、やはり精神強度を下げるとは誰も思っていない)
(ヒトは、死ぬ寸前まで苛めないと精神強度は下がらないらしい)
(ちょっとやそっとじゃ、休ませるだけで回復してしまうという)
(僕らはどうなんだろう。やはり、同じ事になるのだろうか)
第三の選択肢は、これはもうヒトの大好きな「あの世」しかない
この世において最も浮世離れしてみえる世界、宗教団体である
ヒトが寺院<テラ>において思う子と、それは、魂の死である
より正しく言えば、魂の生まれ変わりである
過去の、現在の魂を窒息死させて、新たな魂がその生ける屍に湧くのを待つのだ
僕の読んでいた本も、著者の魂を全部言語化したような濃さを持っていた
反乱分子の一部にとっては、正に聖書だったろう
これを読んで生まれ変わったような気分を味わったはずだ
宗教は、ヒトに仮初の死と再生を、その結果としての進化を与えるために存在する
その意味で言えば、ファーゴは全くもって宗教の名に値しない
魂を殺しておいて、再生の方には指一本動かそうとしないからだ
それはむしろ、反乱分子の一部の方が熱心にやっていたような気がする
魂の抑制と解放の周期的往復
その補完としての魂の無制限の解放
さらなる補完としての、魂の死と再生
ヒトは、生きるという事に対して、すさまじいまでの足掻きを見せている
何でそんな事で足掻いてみせるのか、僕には少し理解出来ない
(ヒト自身、分かってないのかも知れないが)
ヒトだって、かつては僕らのような故郷を持ち、そこに暮らしていたはずだ
その頃のヒトは、かつての僕らと大して変わるまい
ヒトに何が起きた?
何を感じた?
どんな病気にやられたんだ?
そんな事、今のヒトに訊いても分かるまい
分かっているのは
ヒトは生き物としては明らかにイレギュラーな生き方をしているという事だ
生き物であるがゆえに持つ限界を超えようとしているのか?
その意味では、ヒトはそこそこ成功しているように見える
それとも、生き物としての境界線を離れ、滅びに突っ走ろうというのか?
その意味でも、ヒトは確かに成功だ(そんな成功、僕は認めないが)
頭が雑多な情報とバグとウイルスにやられた、生命界の中途半端なイレギュラー
しかし、生命を持つ、れっきとした生き物
それが、ヒト

僕はヒトを愛する
果てしなく穢わらしく、そして同時に素晴らしい種
ヒトと僕らが種として別れたのは、いつの事だろうか
それは、お互いを憎み合い、そして愛し合うためなのかも知れない
ヒトという種を、そのように理解する

部屋に帰ったら、彼女が待っていた
「・・・お帰り」
・・・ただいま
心配かけて済まなかったね
僕の目に映ったヒトは、優しげな少女の姿をしていた
「・・・どうしたの?」
憎むべき対象としてでなく・・・
「・・・えっ!?」
愛すべき対象として・・・
「ちょ、ちょっと・・・」
今は・・・
今は、こうやって、君を抱きしめていたい・・・
「・・・」
「・・・いいよ・・・あなただったら・・・」

長いようで、短い交合の時
そして、半ば仕事と化した、魂への不可視の力の刻印
しかし、今日はいやいや仕事でやるんじゃない
そうしたいから、魂を通わせるのだ
「・・・うああ・・・」
熱病にうなされた猫が低くうなるような声
彼女の魂の興奮が、僕の魂に直に伝わってくる
「もう、私・・・うっ、うあああ・・・」
彼女の魂が、絶頂に近づいている
僕は、彼女の熱い身体を、強く抱きしめた
ん・・・
「あああああ・・・あっ・・・う・・・ん・・・」
・・・

ヒトの温もり
彼女の蕩けたような眼差し
他の男達の臭いに混じって、甘く鼻をくすぐる香り
耳元をかすめる吐息
それらが一つに融和していく
甘い忘我に向かって
・・・
気が付いたら、彼女は僕を見てにっこりしていた
何かな?
「いい顔になってるわよ、あなた」
え?
「何かを吹っ切ったような、優しい顔」
・・・そうなの?

・・・そうなんだろうな

これが、所謂<セックス>か
いいものじゃないか

僕の中で、何かが目覚めた

(続く)

***

あとがき

濡れ場って、初めて書くんですよ。
書いてて恥ずかしいですね。
あと、オーガズムの表現には苦しみました。
知らないものは、分からないものは書けませんから(童貞)。
それっぽい記憶を引っ掻き回して、適当にでっち上げました。

次回完結。請うご期待。