【76】 みさきリフレイン(8)
 投稿者: いばいば <b9707665@mn.waseda.ac.jp> ( 謎 ) 2000/3/30(木)00:03
*この上に(7)が投稿してありますので、そっちを先にご覧下さいm(_ _)m



<8> ―― “四周目” 二月十七日 ――



私はまだここにいた。

高校の屋上。

閉ざされた時の環の中、
繰り返す時間、

私はまたこの場所を望んだ。

浩平君が教えてくれたはずの新しい世界を拒んで、
一緒に過ごせる最後の時間にしがみついてた。


何のために?


無力だった、何の力にもなれなかった。
あんなに近くにいたのに今度も…。
それだけじゃない、私のせいで浩平君がこの世界にいれた時間はあまりに短くて、

頑張ればいつかは気持ちが伝わる、引きとめられる、そう信じてたかった。
行かないでくれるなら、何回だって繰り返せる。

…もしも、どうしたって止められないなら、
ふたりでいれる時間を、終わらない冬を、ずっと一緒に過ごしたって…。

――すまない

だけど私の耳には、苦しそうな声だけが残ってる。
感情をおさえつけて、謝ってばかりいた声。

理由はわからない。
けど浩平君は今の日常からいなくなることを望んだ。

迷って、苦しんで、傷ついて、最後に望んだ世界。
心から信じられる人が、自分の手で選んだ場所。

……なら私のしたことは全部わがまま。
一緒にいたいから、そんな勝手な想いで浩平君をほんとに苦しめてたのは…。

私は…



扉が開く。



近づく足音を合図に、私も振り向いて少しだけそっちに歩み寄る。
促すようにまっすぐ顔を上げて、その瞬間を待つ。

「…先輩」
普段の浩平君からは想像もつかない、弱々しい声。

「…みさき先輩」
もう一度、小さく名前を呼ばれる。

私は…


「あの、どなたですか?」


ちゃんと、言えたかな……。
今この瞬間だけは、そこにあるはずの表情を知らずに済むのが、ほんの少しだけど…有り難かった。
もし見てたら、とても最後まで耐え切れなかったろうから。

周りの人みんなから忘れ去られた、悲しむ人のない別れ。浩平君がそう望むのなら、
私を救ってくれた人を、気持ち良く送り出してあげなきゃいけないのかもしれない。
優しい浩平君が、ひとり忘れずに残された私に罪悪感を感じないように。

自己満足でも、なにもお返しできない私に残された、最後のことだから。

「…えっと…どこかでお会いしましたか?」

言葉は震えていたかもしれない、表情は不自然だったかもしれない。
自分でも、とても上手なお芝居には思えなかった。
「……あ」
何かを言おうとする浩平君、呻き声にしかならない。
きっと私の態度をおかしいと思う余裕さえなくて……。

次の言葉をかけるのが自然かもしれない。
だけど口を開いたら、何を言っちゃうかわからなかった。

――冗談だけどね。

そう言って笑えば、きっと間に合ってしまうから。
もう限界だった。押し込めてた感情が胸の奥からこみあげてくる。

歩き出す。
ゆっくりと早足にならないように、上を向いて涙が零れないように。

乱れた呼吸を傍に聞きながら、その横を通りすぎる。
背中を向けた後も怖かった。
まだ浩平君の目が追いかけてそうで、
もう一度名前を呼ばれたら、それだけで捕まってしまいそうで…。

そのまま数歩進んで、校内へ続く扉に指をかけたとき、

何でだろう……ふと、“初めての卒業式”の日に、ここに置き去りにしようとしたものの正体が、
私が今ここにいる理由が、心の奥からぼんやりと浮かび上がった。

私が帰ってきたのが、
例えば……あんなにも嬉しかった入学式じゃなく、ずっと心残りのままだった修学旅行でもなく、
どうしてもう卒業も迫った“今日”この日でなくちゃダメだったのか。

屋上で浩平君を待つうちに、頭をもたげた悪戯心。
出会った頃の浩平君の意地悪に宣言した、仕返しの約束。

……もう油断してる頃だから、とっても驚くんじゃないかな?

単純な思いつきだった。
いつも通り話かけてくるだろう浩平君に知らないふりして、
誰ですか? そう言って驚かせようとして……。

今日は……そんな日だった。

子供っぽい思いつきに胸をワクワクさせた日
フェンスにもたれ何気ないふりして待った日、
そして、私の中の浩平君が消えた日

誰かが屋上に足を踏みいれた気配、
一歩一歩近づいてくる靴音を背中で受けとめながら、慌てだすとこを想像しておかしくなる。

…けどその瞬間は、どんなに待ってもやってこなかった。
全然話しかけてくれる気配のない浩平君。
段々そこにいるのが知ってる人じゃなく、全く別の人みたいな気がしてきて、
もしかしたら一人になりたくて屋上に来た人かもしれない、そう思うと確かめられなかった。
――ううん、これは言い訳。

私は浩平君を忘れた。

…もし、もし自分から言葉をかけてれば、何かが変わったかもしれない。
あの日に生まれた小さな後悔、心の深いところに刺さったままの最後の欠片。
きっとそれが私をここに連れてきた。

ここは最初から…私が望んでた場所だった。

力をこめて扉を引き開け、体を滑りこませる。
耳をふさぎたくなるような大きな音、扉は閉ざされる。

ふたりの世界を別ける分厚い固まりは、もう風の音も通さない。
後に残った静けさに、私の泣き声だけが響く。
首筋を、手の甲を、涙がぽたぽたと叩いた。

こんなに遠回りして同じこと繰り返して……何にも変わらなかった。
無力な私に出来る精一杯のこと、そう信じてた。
今でもその想いは変わらないはずで。

なのに、ただ、悔しかった。





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そいや、就活の時期近し、てこともあり、以前般教の授業で一般常識問題やったんですけど、
そこで「小春日和」の意味、間違えて覚えてたことが判明………みさき先輩に騙されてたよ(^^;)
あれはあくまでも、本で読んだ・耳にした言葉等のイメージで意味を想像した、ってことで
シナリオ上わざと間違えたのかもしれないですが、浩平も澪シナリオの地の文で同じように使ってて、
これじゃ間違ったままの印象が広まっちゃうんじゃ、って気がしたり。
あ、カノの栞シナリオじゃ正しく使われてるみたいですけど(^^;)

いや、私がもの知らないだけで、普通はすぐ違うってわかるもんなんだとは思うんですけど、
今後の新作も含め、大勢に多大な影響を与え続けてくのだろうだけに、ちょっと心配しちゃいます(^^;)
以前雑誌gMのKanonインタビュー記事でのシナリオの方の発言にも、
典型的な誤用で「確信犯的」とありましたし。