みさきリフレイン(6)  投稿者:いばいば


        <6>  ―― “二周目” 三月三日 ――



「途中からずっと手が止まってたわよ、みさき」
  突然の声。
「わっ!  ……雪ちゃん」

「ナレーションが終わったら次のテープを再生する」
「……あ」
  気がついてみると、さっきまで響きわたってたはずの台詞がひとつも聞こえない。
  練習中の張り詰めてた空気も、今はゆったりとしたものに変わっている。

「またぼーーっとしてたのね」
「……ごめんね」
「まあ、こういうことがあるからこそリハーサルの意味があるんだけどね」

「休憩終わったらもう一回始めから通すから、今度はちゃんと頼むわよ。……ほら、ちょっと貸してみなさい」
「え?」
「左手に持ってるの、流し終わったテープでしょ?」
「あ……うん」
  言われるまま差し出す。
「それにしてもどういう風の吹き回しかしらね、みさきが素直にうちの部活手伝いに来るなんて」
  すぐにカラカラと機械音。
「さすがのみさきも莫大な借金に観念したのかしら」
「…うん」

「どうしたの?  ほんとにぼーーーーっとしちゃって」
「…うん」
「はい、巻き戻し終わり、と………重傷ね。卒業式も上の空みたいだったし、なんか調子狂っちゃうわね」
「そうかな?」
「そうよ。全くどうしたの?  ここのとこ普段にも増して能天気に嬉しそうな顔してたのにね」
「……」
「しょうがないわね……まさかもうお腹空いちゃったの?」
「ううん…」
「………じゃ、体重でも気になりだしたんでしょう?  遂にみさきにも年貢の納め時がきたみたいね」
  何故か嬉し気な声に、首をふって答える。
「それならウエストが――」
「違うよ」
「それも違うの?  ……そうね…みさきに限って恋煩いなんて可能性はないでしょうし…」
「…うん……そうかもしれない」

  私をひとりぼっちにしていなくなった浩平君。

  ――これからもずっと一緒にいたい

  それは望んじゃいけないことなんだと思う。
  浩平君は今まで私の為に傍にいてくれた。
  これ以上は…きっと迷惑かけ続けるだけのわがままだから。

「えっ……」
  言葉を失う、雪ちゃん。
「……みさき、心臓に悪い冗談は止しなさいよ」
  それから乾いた笑い声をあげながら、
「そんなに心配しなくても、貸してたお昼代ぐらいまだ待ってあげるわよ」
  さっきからご飯の他には心配事がないような言われよう。
「ひどいよー、自分で言ったのに」
「……まさか…本当、なの?」
「雪ちゃん、凄く失礼だよ」
「だって…みさきが男の悩みっ!?」
「……なんかその言い方嫌だよ」

「…でもどっちにしろみさきらしくないわね」
  急に真面目な調子に変わる。
「雪ちゃん?」
「昔からいつも悩む前に行動して、結局能天気そうなとこしか見せてくれなかったから」
「……」
  もう一度会って、ちゃんとお話しして……そうしたかった。
  感謝の言葉も、浩平君への気持ちも、私はまだ何も伝えてない。

「……もう…嫌らわれちゃったみたいだから」 
  でも…振り払う。
  好きな人を私のために束縛しない、ずっとそう決めてたはず。
「……」
「だってもう一緒にいられない、って言ったっきりいなくなっちゃうんだよ」
「なにそれ、変な言い訳して」
「何回も何回も電話しても誰も出なかったし……しょうがないよね」
「わざと出ないんじゃないのっ?」  
  なんとか作った笑い顔が、真剣に怒った声に崩される。
「そんな酷い奴、こっちからふってやれば良いのよっ」

「違うよっ!」
  口をついて出る想い。
  雪ちゃんは私の為に言ってくれてるのに、激しい口調になってしまう。
「でも現に――」
  言いかけるのを遮る。
「きっと何か事情があるんだよっ!  ……あ」
  ……多分、これが私のほんとの気持ち。

「…みさき」
「だって私のことずっと待っててくれる、って約束…してくれたんだよ」
「信じてるの?」
「…うん」

「……何よ、やっぱり惚気話なんじゃないの」
  呆れたように大きな溜め息をひとつ。
「はぁ、まさか色気より食い気の代表選手のみさきに先越されるとは思わなかったわ。
で、みさきの愛しい人ってどんな人なのよ?  まさか私も知ってる人?」

「……そればっかりは秘密なんだよ」
「こらっ、ここまで言っといてそれはないでしょっ!」
  そのままこめかみをぐりぐりされる。
「雪ちゃん、痛いよ〜」
  ふざけ半分の割には、結構力がこもってたと思う。
「それなら素直に白状なさい」
「うん……浩平、君」
  なんて言うのかな?
  息をひそめて反応を待つ。
「…誰よ?  浩平君って…」
  けど拍子抜けしたように、雪ちゃん。
  浩平君の名前まで知らなかったのかな?  ……最初はそう思う。

「やだな、雪ちゃん。浩平君は浩平君だよ。…折原浩平君。」
「折原?  ……聞いたことないわね」
  ……違う。
  足が震えだす、何かが体の奥からジワジワと込み上げてくる。
「忘れちゃったの?  ほらっ、私が前に掃除さぼった時屋上で一緒にいた……」
「ごめん、やっぱりわからないわ」

  忘れた。そう、雪ちゃんは浩平君のことを忘れた。
  ……私と同じように。

「…そうだっ、澪ちゃんは?」
「上月さん?」
「澪ちゃんならきっと知ってるはずだよ」
「まあ、私も興味あるし…………上月さん、そっちにいる?」
  廊下の方向へよく通る声で呼びかける。
「………うん…ちょっと聞きたいことあるんだけど」

  パタパタと近づく足音。
「来てくれたわよ」
  雪ちゃんの声もこっちに向き直る

「……澪ちゃんは折原浩平君のこと知ってるよね」
  それだけ言って返事を待つのが怖くて、言葉を止められない。
「澪ちゃんが浩平君の上着にお昼ご飯落としちゃって、洗濯してあげたんだよね……」
  紙をめくる音、続けて何かこすれる音。
「…それからっ、それから……三人でお話しもしたよねっ。
浩平君がアメリカの州の名前全部言ってみろ、なんてふざけて――」
「えっと……知らないの、だそうよ」
  やっぱり答えは……、
「……そう、なんだ」  

「ね、みさき」
「……何?  雪ちゃん」
「そういえば前に掃除さぼった埋め合わせ、まだしてもらってなかったわね」
  悪戯っぽい声と一緒に、俯いた私の頭にポンっと何かが乗せられる……たぶん雪ちゃんの手。
  それから脅かすように、
「早くしないと、とんでもない利子がつくわよ」
「…うん」
「それじゃ今までの分合わせて…えーと……7…8回で良いのよね…分は頑張って働いてもらわないとね」
  私を元気づけようとしてくれる雪ちゃん、でも冗談は返せなかった。
  あの約束は覚えてるのに、浩平君のことは知らないってことだから。
  私は思い出せた、でも雪ちゃんも澪ちゃんも……。

「雪ちゃん、ごめんね」
「……へ?」
「ちょっと大事な用事が出来たから」
  言い残して走り出す。
  もう遅いかもしれない、だけど……。
「みさきっ!?  こらっ、待ちなさい、みさきーーーーーーっ!」


  ――オレはもう一緒にいられそうもないけど
  

  今になって最後の言葉が胸を刺す。
  私と同じように浩平君の身にも何か不思議なことが起こって、みんなから忘れられて……。

「……っ……浩平君!」
  屋上へ向かう階段を駆け上がって、乱れたままの息で屋上に飛びこむなり呼ぶ。

  ……。

「浩平君、いないの?」

  二度目の問いかけも、誰にも届かず風に消える。
  “初めての”卒業式の日、確かに浩平君がいたはずの屋上。もう…誰もいない。

  浩平君は誰からも忘れられて……たぶん…いなくなった。
  そして私は今度こそ卒業した。それが結果で、どうしよもないことで。

「……こうへ…くん」

  それでも物分かりよくなんてなれない、大好きな人を諦められるはずない。

  私は一度、浩平君のことを忘れた。
  でも思い出した、また会ってお話しした、一緒に歩いた。
  忘れたことを知ってた、最後の毎日を一番近くですごした。
  なのに耳をふさいで日常にしがみついて、大好きな人のことに気がづけなかった。

  自分が…許せなかった。

  もし、もしこの二回目の世界を望んだのが私なら……もう一度だけでも。
  それだけを祈る。
  ずっと続いて欲しいと思ってた日々を、今はただ、浩平君を求めて。




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結局2週間以上間が空いちゃいました(^^;)
中途半端にシリアスっぽくしたので強引ですけど、そういう話なんです(爆)

……唐突ですけどこのSS、木屋響子さん(KYOKO Sound Laboratry)って方の、
「See You Again」って歌を自分内で勝手にイメージして書いてたりします。
木屋さん、最近は一時的にZabadakにもコーラス・マリンバ等で参加されてるそうで、
もしかしたら御名前はご存知な方もいるかもしれないですが……無茶マイナーです(^^;
私は大好きなんですけどね……。
昔のアルバムは全部、版元倒産>廃盤故、中古でたまーにみかけるぐらいですけど、
新譜はインディーズ扱いで手に入るので、ザバ・遊佐未森・谷山浩子さんあたり好きな方は、是非是非。
>「ガイアの歌」(XECY-1001)ジーベック音楽出版    *タワーレコード・星光堂等で注文が吉
アルバム一枚ごとにイメージもガラリと変わるので、出来れば他のもお薦めしたいとこなんですけど(TT)

変身動物ポン太さん、感想ありがとうございましたー。

それでは僅かながら感想等。
また随分昔のです、矢鱈忙しくて追いつくの無理そうです。
最悪「お返し」だけは全部書たいと思ってます(^^;)

・北一色さん
>俺の替え歌を聴けー!!(笑)
どれも雰囲気出てて格好良いです。最後のはキムチ・ラーメンとか妙なノリで笑っちゃいましたけど。
*普段ドマイナーな音楽しか聴かないもので、B’zはカラオケで他の人が歌ってるの聴くぐらいっす。
替えるとこほとんどないぐらいONEっぽい唄ですか……今度持ってそうな奴から借りるかなぁ…。
 
>失われた記憶(前編)
こういう感じのラブコメ大好きです。もう転がりながら読んでました(笑)
夢うつつの瑞佳の心情とかもかわいいです。
しかも後編へのヒキというか、ムッチャ良いとこで終わってて気になりまくり。

>失われた記憶(後編)
うわ、またしても良いとこで、子供のやることとはいえ無念(笑)
オチも何段階にもなってて楽しめましたぁ。
瑞佳の必殺技でなんだろ?  やっぱネコパンチとか…?

>感想っていいな♪
帰ってこられなかった場合も、絆が足りなかったんじゃなかったのかも……怖いっす。
でも袈裟着たり体にお経を書く、とかでないだけまだマシなのかぁ。

・炎のヒマ人さん
>異変
哀れ、浩平……はおいといて、十人十色の壊れっぷりが楽しいです。
特に広瀬のざぶとんには爆笑。オチにも意表つかれましたし。

・狂税炉さん
>小曲集〜偽りのオペラ〜
あはは、童話にONEキャラ持ち込むと、こんな楽しいことになるとは。
脇役の行動想像しても楽しいですねー。特に桃太郎あたりは猿・雉でもお話になりそうですし。

・ひささん
>終わらない休日 最終話
音子、プーをまた飼えるんですね、ホっとしました。
プーも格好いいっす、再会を確信して全てを受け入れてたってラストで改めて。
キャラが魅力的なせいか、その後を色々と想像させられました。
軒先で浩平がプーと遊んでるの見て、音子が家の中から出てきて、とか情景浮かんでくるんですよね。
大連載、お疲れ様でしたー。

・変身動物ポン太さん
>う・わ・ぎ5
どんどん、過激になってきますね。そのうち上着が原形留めないような攻撃さえでちゃうのでは(笑)
しかもあんなに純真だった繭まで……(TT)

>崩れゆく日常の中で
最後に見つける本当の気持ち、だからこそ想いは強いんでしょうねえ……。

>感想SS”色々あったけど感想も復活!!記念”
不況おねですねー、笑った後辛いんですよ(TT)
一癖も二癖もある濃いONEキャラもさすがに不況には勝てないようで。
*遅れ馳せながらネット環境復活おめでとうございますー。

>う・わ・ぎ6
確かにみんなあそこまで過激なことやるなら、浩平本人狙った方が良さそうですね(笑)
シュン+広瀬コンビは思いっきり策に溺れてまくってますねー。次回は遂にあの人の登場かっ!

>う・わ・ぎ7
結局全然役にたってないですね、繭。習性というか、本能というか…。
でも上着は一枚、後々のライバルがいなくなったと思って一人でも頑ば……と思ったら逃げてる(笑)
きれいに終わったと思ったらみんな諦めてないし……続き期待してます〜(^^)

・から丸&からすさん
>紅の羽   第三話「図書室の一件」
おお、対茜のような浩平の得意技で少しお近付きに……。
でもまだまだ謎な部分みたいのがありますねー、気になります。

>第四話「探し物はなんですか?」
うあ、階段からストレートまで色々と痛そう……ってそれだけのことしてるからか(笑)
 
・はにゃまろさん
>太陽は黄金の林檎
オチ読めませんでした。だってブラッドベリなタイトルにあんなシリアスっぽい序盤で……。
………吸血少女には弱いので、ラスト凄く気に入ってたり(爆)
いや、私のこの道(ギャルゲー+ネット)の原点だったりするもので。
*キャラ名出すとネタばれるのですが、わかる人にはわかるかもしれない恋愛育成双六RPGのキャラ

・パルさん
>向日葵の笑顔 第2話
ほんとすずの笑顔には勝てませんねー。
これからの楽しい毎日の予感って感じで、読んでてほのぼの気分になれました。

・ゾロGL91さん
>秋の風の中で
いつものようにふざけてるのかと思いきや実は照れてた浩平、微笑ましいっす。
これからもずっと一緒に季節を過ごしてくんでしょうねえ…。

・犬二号さん
>戦術小犬日記・11/15
懐かしいゲームから、新しいのまで色々載ってんですねー。
何気なく精神剤とかの話題が出てくるとこも、幽玄漫玉日記風ですね(^^)
*JR高田馬場駅そばの〜
あはは、ここか新宿の方かたまに寄っったりします。学校の帰り近く通るもので。
それに漫画とかゲーム雑誌の発売とかも早くて結構便利ですし(^^;)

・神楽有閑さん
>流れる雲の下で・・・後編:悠久の誓い
ほんとの意味でのお別れですね、
みさおとの約束と、傍に瑞佳がいてくれれば浩平もきっと大丈夫でしょうね。

・いちのせみやこさん
>おうぢさま
ほんとに王子様が現れるかはともかくとして、
王子様はひとりと思ってテレビの前で闘志燃やすベクトルのズレっぷりなんか、いかにも七瀬ですね

>しゅがぁ・べいびぃ
罪な女ですね、七瀬。佐藤さん一家揃ってちょっと可哀相(笑)

・神凪了さん
>少年の炎
消えてしまっても誰かが覚えてさえいてくれれば何かが残せるんですね。
ヒロインがみんな前向きなのが素敵です。

・Matsurugiさん
>中崎町防衛部 Vol.4 <Aパート>
うあ、奥の手があっての上とはいえ、浩平とんでもない手段にでてますねー。
それと、みゅーつーの歩行型光線兵器のイメージてどっかで見たことあるような気がしてたんですけど、
あさりよしとおの漫画でそんなのあったような覚えが……元ネタなんでしょうかね?

・Tromboneさん
>もしも願いがかなうのならば…
幼なじみに次いで、今度は浩平を待ち続ける茜ですかぁ、辛いですね……。

・WTTSさん
>女折原・女住井 (感想)
うーむ、良いコンビですね。偶然からそんなとこにまでもってくとは……情事って言葉が私的大ヒット。
しかしいくら南森とはいえ、焼き増しやコピー可能な写真にそれだけの値が付くってことは、
外には絶対流出しない、っていう築き上げた信頼があるってことですね(笑)

・矢田 洋さん
>しいならしいな♪
佐織の編みかけマフラーが一番可哀相。しかし何でもいいなんてうわき者だぞ、繭(笑)
七瀬髪最優先……繭の飼ってたフェレットってもしかして「青」かったのか?
夜店のひよこみたいに塗ってあるとか…(爆)