みさきリフレイン(3)  投稿者:いばいば


        <3>  ―― “二周目” 二月十七日 ――
 
 
  教室を包む、ざわついた空気。
  耳を傾けてみると、そのひとつひとつが楽しそうな話し声。
  噂話、授業の心配、昨日見たテレビに遊びの相談、それから……卒業後の進路の話。
 
  朝の教室にはどこか急かされたような空気があると思う。
  先生が来るまでの短い間、みんな早口でなるたけ多く話してやろうとしてるみたい。
 
  そんな独特の雰囲気に浸ってるうちに、
  演劇部の朝稽古を終えた雪ちゃんが、一日の初めから疲れ果てて教室に入ってくる。
  疲れててもそれを感じさせない張りのある声が朝の挨拶をふりまき、
  同じように乱れのない足音が私の側で止まる。
 
「おはよう、みさき」
「……おはよう、雪ちゃん」
 
  それは私が永遠に失ったはずの、ありふれた日常の1コマだった。
  あまりに当たり前過ぎて、本当にもう体験済みの日かなんてわからないぐらいの。
 
  2月17日
 
  それが私のいる世界に付けられてる名前だった。
  お母さんも、ラジオのニュースも、雪ちゃん達同じクラスの友達も、みんな声を揃えてそう告げていた。
 
  記憶と食い違う、もう過ぎ去ったはずの日付。
  ほんとだとすれば“私の時間が戻った”としか思えなかった。
 
  確かだと思ってたものが、あっけなく否定されて、
  おかしいのは自分なんじゃないか、そんな考えさえ浮かんできて、
  恐いと感じるのが普通なんだと思う、信じられることじゃないんだと思う。
  ……でも、私はいつもと同じように一日を過ごした。
 
  半信半疑のまま家を追い出されてやってきた学校。
  いつも変わらない朝の活気に包まれた校内に、先客のいない下駄箱に、私は確かに安心していた。
  期待と不安で胸を高鳴らせながら教室の引き戸をガラリと空けると、
  昨日別れを済ませたはずの友達から、今までと変りない挨拶。
  返事をしながら席について手に入れたのは、これ以上ない喜びだったんだと思う。
  
  私が本当に恐かったのは、暗闇の向こうにあるみんなの表情だった。
  ずっとからかわれてただけで、今にも「見事に騙されてたね」、そう言って笑い出しそうに思えて……。
  そんな風に、急に私を包む魔法が切れるのが恐かった。

  ここは私の望んでた世界、そのものだったから。
 
 
 
 
「みさき、今日は掃除だからね」
  授業が終わった途端、待ち構えてたように、雪ちゃんの声。
 
  すぐに最短ルートの教壇前を駆け抜けて、迷わず出口の方向へ向かう。
  そのまま引戸に手をかけて開け放つと、スピードを上げて廊下をパタパタと走り出す。
 
「みさきーーーーーーーーーっ!」
  3階の廊下を全速力で突っ切って、階段を駆け上っていると、
  部活で鍛えられた雪ちゃんの大きな声が少しずつ遠ざかっていく。
  唯一光を取り戻すことのできる場所にいる、たったそれだけのことが嬉しくてしょうがなかった。
  
  いつもとのように階段を昇りきると、そこは屋上に通じる場所。
  扉を押し開けると、屋上の空気が流れ込む。
  冷たい風が頬に気持ち良かった。
  
  放課後の屋上も、いつものように私を迎えてくれた。
 
  夕焼け前の屋上のどこか乾いたような匂い、空の下にいるんだと実感できる瞬間。
  一時も休むことなく駈け抜けてく風、
  その風に乗って校庭から微かに届く、運動部のみんなの活気に溢れたかけ声。
 
  それから……鉄扉を押し開けて屋上に足を踏み入れる、誰かの気配。
 
  …………。
 
「浩平君、だよね」
  物音の主に向かって、私は半分以上確信を持って問い掛けた。
「あ……先輩…」
  ……やっぱり、浩平君だった。
  でもその声は、不意をつかれたように驚いてから、
「みさき、先輩…」
  確かめるようにもう一度、私の名前を呼んだ。
 
  “昨日”会ったときに私が忘れてたことを、不思議そうにしてなかった浩平君。
  お互いのことを忘れてた?
  ううん、違うと思う。あの時浩平君の言葉の端々に浮かんでた不自然な様子。
  浩平君は確かに私のことを知ってた。
  ……そういえば、私にも思い当たることがあった。
 
      もし…、もしもだ   
      オレが先輩のことを忘れたらどうする?

  何時だったか、今と同じこの場所でされた、突然の質問。
  あれは自分のことを話してたんだ……浩平君は忘れられることを知ってた。
  
      思い出いっぱいあったら、きっと浩平君が私のこと思い出してくれるよ

  そう答えたのは私自身。
  だけどあんなに大切にしてた思い出を簡単に忘れたことが、
  そのまま平気で話してたことが、堪らなく哀しかった。

「ね、浩平君――」

  ――謝らなくちゃいけないこと、あるんだよ……。

  続いてそう喉元まで出かかった言葉を、言いかけて飲み込んだ。 
  微かな予感がした、たった一言で確かにここにある何かが壊れれてしまいそうで……。
 
  屋上で風を感じながら、他愛のないお喋りをする。
  それももう無くしたはずの、えいえんに続いて欲しいと願ってた幸せな時間。  
 
  でもちゃんと言わなくきゃ……。
  そう焦る私に、心の奥でささやくものがあった。
  
  何で?  何で言わなくちゃいけないのかな?
  そんなこと知らないはずの今の浩平君を、傷つけるだけかもしれないのに?

  ……私が無意識のうちに口にしてたのは、
  ふたりの間では挨拶代りの、いつもの台詞だった。
 
「夕焼け、きれい?」
 
 
 
――――――――――――――――――――――――――――――

うーん、短い上、話が全然進まないですね(汗)
当初は10話前後で終わらせる予定だったんですけど、どうなるか不安。
夏休み前半遊び呆けてた報いで、書く時間なかなか取れないですし……一週間でレポート残り3つ(泣)
 
それと「思い出した」のは、みさき先輩が戻った先の時間ではまだ「えいえん」の影響力が弱かったので
一旦忘れてたのを思い出してしまったというか……分かり難すぎ…ううっ、文章力欲しいっす。
 
全く関係無いですけど、この間ダリエ(濱田理恵)って(マイナー)歌手の「みゅう」って唄聴きまして
これが歌の中でみゅうみゅう連呼してて非常に良い感じでした(爆)「みゅー」じゃないのが残念。
 
矢田 洋さん、WTTSさん、犬二号さん、Percomboyさん、シンさん、感想ありがとうございましたっ
それと僅かながら感想モドキ、間空いちゃったもので見逃してる方いらしたらすいません。
 
・神凪 了さん>
>アルテミス
戦闘シーンの迫力凄いです、引き込まれました。
*そういや、こっちが一方的に知ってるだけですけど、神凪さんとは初投稿の時期同じ頃なんですよね。
……で、これだけの大作、その他にも色々と凄いSS発表されてますし……あはは、惨めな気分(爆)
 
・高砂蓬介さん
>みさき先輩とグレイ君
みさき先輩偉大ですね、矢○ちゃんなんて目じゃないですっ(爆)
 
>みさき先輩とグレイ君リターンズ
すっかりお友達になってますね。でもさすがにショックだろうな、澪(笑)
 
・北一色さん
>髭先生の華麗な生活
髭が繭と教室入ってくる場面、ビジュアル思い浮かべると無茶苦茶笑えます。
 
・いちのせみやこさん
>シンデレラのリボン
あ、浩平痛そう…。澪、さすがにそれは不器用過ぎ、しかもその後「選択肢ミスなの?」には爆笑。
 
・Percomboyさん
>悔恨への帰還 3
意味深な瑞佳の台詞、みさき先輩の身に何があったのか?
それは浩平の記憶が乱れてるのと関係あるのか??……私の中で謎が謎を呼んでます。
 
・犬二号さん
>A棟巡回員の怠惰なる日常・7
高槻のキレっぷりが、堂に入ってます。「怠惰」って空気も薄れてきたみたいですね、緊迫しまくり。
これから先、郁未達の動きとどう絡んでくるんでしょう。
*あ、レイクラってそんな話だったんですね……ってCon-Human壊しちゃって良かったのか?>レイフォ
 
・サクラさん
>七瀬留美・暗殺計画(7)
詩子が良い味出してます。ところどころでとんでもないこと言ってるし。
 
・YOSHIさん
>〜短編〜【永遠】
良い根性してます、由起子さん。確かにえいえんの20代。
 
・WTTSさん
>密着! 人気投票!(第32投稿)
滅茶深いですね。長森が一位に〜なんてちょっと考えただけで頭痛くなりました。
テキストのところどころから、材料探して固めってってるのが凄いです。
「一方その頃…広瀬」も次のはより一層楽しみにしてます。
*『29:13』……ふふふふふふふ、ずっと男子校だった私にしてみれば、んなもん(泣)
*カルトQは降参です。完全に勘になるので、それも何か。うーん、ずっとROMってはいたのに…。
 
>リレーSS第21話(第33投稿)
おおっ、仲良い広瀬と七瀬のやりとりがここで見られるとは!
しかしあらすじとしてまとめて見ると、まさに予断を許さぬ怒涛の展開ですね(笑)
 
・風来のもももさん
>ああっ瑞佳さまっ
なんか住井の芸術って、「猟奇」まではいかないにしても、やっぱ女の子絡みな印象受けます(笑)
 
>移り行く刻の中で
使われてる言葉がみんな格好良いっす。「記憶は少しずつ形を失っていく」って部分には考えさせられました。
 
・シンさん
>みさお
もの凄く純粋ですね、みさおの想い。それが哀しい結果になっちゃいますけど、
同じく幸せを願った「某kanonキャラ」とも奇跡の方向性が違っただけなのに、とか思ったりも。
*は、はい?何で戻ってるんだ!?>
えーと、一言で言っちゃうと「時間が戻る」っていうSF(?)ものなんです(汗)
理由のこじつけはそのうち“出来たら”します(爆)…にしても、文章力の無さがつくづく恨めしいっす。
 
・うとんたさん
>替え歌だよ〜
「瑞佳なんて忘れて」の時点でもうやられました。なんて計画的(?)な歌(爆)
 
・Tromboneさん
>いつか見上げた空
えいえんの世界に旅立とうとしてる浩平でしょうか、重いですね。
 
>だいすきなひと
繭が言葉足らずながら、一生懸命気持ちを表現しようとしてる姿が何ともいえずかわいいです。
 
>夏祭
こっちもラブコメですね、ふたりとも幸せそうです。
 
・まてつやさん
>同じクラス?
葉子さんと茜、すりかわってても気付かない人とかいそう(爆)
……でも葉子さんのその後ってかなり気になってたりします。
 
・はにゃまろさん
>ピーターパン
お姉さん七瀬と素直なとこ見せる浩平のやりとりが良いです。あと拗ねるワニ繭が可愛い過ぎ。
それでもって浩平の影。ゲームと同じくほのぼのしてる合間にああいう場面が出てくると恐くなります。
 
>おなかの空いた蛇
深そうなんですけど、私の茹だった頭ではわかりませんでした(汗)
あとトン(漢字出ない)でしたっけ??>蛇
 
・から丸&からすさん
>未来
いや、自分が書いてるからこそ「もしかして…」っていうのが。
今までこのネタあんま見かけなかった(と思う)のに、今になって同時期に、偶然ですね。
ともかくお互い頑張りましょう〜(爆)
 
・矢田 洋さん
>やってみよう
丁度この間までやってました、とらハ2(爆)替え歌は元曲聴きながら読めると最高だと再確認。
なんか笑えるけど痛めという、読んでて不思議な感じでした。
 
>リレーSS第20話
「アレ」気になるんですけど……次の人次第なんですね(笑)
リレーSSってそういうとこが読んでて楽しいです。
*誤字脱字の指摘、ご丁寧にありがとうございました、助かりまくりです〜
 
・まねき猫さん
>雨月物語〜浅茅が宿〜第5話
1年でさえつらいのに、7年とは…茜可哀相過ぎです。詩子じゃないですけど浩平早く帰ってやれ、とか。
 
・変身動物ポン太さん
>う・わ・ぎ3
澪と繭が一緒にペコペコ頭下げるシーンが微笑ましいです。
繭はオークションはやらないみたいですけど、それはそれでちゃんと洗濯出来るか不安。
 
>替え歌・・・です
すいません、元ネタわかりませんでした(汗)普段聴いてる音楽、滅茶苦茶偏ってるもので。
もう時間のない浩平だけに「大切な昼休み」とかっていう言葉が響きました。
 
>鏡 (前編)
鏡な住井面白いっす、登場したのがもし本物住井だとしたら(ないでしょうけど)収拾つかなくなりそう。