ARUZII 投稿者: 壱弥栖
 某年、某日。
 大西洋上を航行していたタンカーがSOS信号を残し連絡を絶った。
 至急現場にヘリが救助に向かった。
 だがヘリは、わずかな現場の映像を残し消息を絶った。
 その映像には人々を叫喚させる物が映っていた。
 化け物、怪獣、モンスター。
 まるで映画に出てくるような巨大な生物が現れ、映しているヘリを瞬く間に叩き潰す。
 その様子がありありと映されていた。
 100Mをゆうに超える怪物の姿は毛皮と呼ぶにはあまりにも強固な皮膚に覆われ、
 巨大な頭部には大きく裂けた口、鋭い目、尖った耳。
 大きな胴体には短いが鋭い手足を持っていた。
 どことなくハムスターにも似ていたが、それを何万倍にも凶悪化したその容姿を、
 可愛いなどと思う人間は極一部を除いているはずはなかった。
 世界は震撼した。
 至急、米国を中心に怪物の捜索がされ、多大な犠牲の末に発信機を付ける事に成功。
 割り出した怪物の進路はアメリカだった。
 米軍は総力を持って怪物に挑むが、人類の兵器はことごとく通用しなかった。
 そして怪物は北アメリカ大陸に上陸。
 結果…アメリカは壊滅した。
 さらに怪物は世界中を練り歩き、都市をことごとく破壊していった。
 まるで我こそは地球の主だと言わんばかりのその振る舞いに怪物は"アルジー"と呼称された。
 核さえも退けたアルジーの前に、最早人類は打つ手が無かった。
 そして…アルジーはついに進路を日本へと向けた。
 だが、日本には一つだけ、アルジーに対抗しうる物があったのだ…。


「折原長官、アルジーの首都上陸予測時間…あと2時間です」
 報告を受けた浩平――現防衛庁長官――は顔をわずかに緊張させた。
「第七コンテナの様子は?」
「オールグリーン、異常ありません」
「よし…住井に繋いでくれ」
「はい」
 …………
 しばしの沈黙の後、モニターに住井の顔が映し出される。
「こちら住井だ」
「折原だ、これからアルジー殲滅作戦を発令する…アルジーの誘導は頼んだぞ」
「任せておけ、何がなんでも作戦地区に連れていってやるぜ」
「頼む。オレもこれから現場に出る…通信もこれで最後だ、それじゃな」
「ああ…じゃあな。無事に作戦が終わったら飲みに行こうぜ、俺のおごりだ」
「へぇ、気前がいいな。楽しみにしてるぞ」
 通信を切る。
 作戦が成功しても浩平が生きている確立は殆ど無いだろう。
 それを知っていても普通に接する住井の様子に浩平は微笑みを漏らした。
 そしてゆっくりと歩き出す。
 作戦開始時刻は刻一刻と迫っていた。


 ………………………………

 ズガーーーーーーーーーン

 ………………………………

 ガキーーーーーーーーーン

 ………………………………

 港に設置されたコンテナの奥底から断続的に激しい物音が聞こえてくる。
 この中に何が入っているか、浩平以外に知る物はいない。
 意外と小さなそのコンテナの壁は何重にも補強されているが、その激しい音は今にも壁を破壊しそうな気にさせる。
 アルジー殲滅作戦…その実態は実に単純な物だ。
 毒をもって毒を制す、それだけの事だった。
 ここ数年間、暗く狭いコンテナ内に閉じ込められたソレは捕獲前よりも数段凶暴かつ凶悪になっていた。
 このような事態を見越してソレを捕獲をした浩平でさえ、使用するのをためらったほどだ。
 だが、ついにこの日が来た。
 ソレが人類を救うのか、新たな脅威となるか、分からない。
 しかしこれが人類に残された最後の手段だった。
 現場に着いた浩平はコンテナに近づいた。
 とたんに中の物音が激しくなる。
 ソレは鋭敏な感覚で自分を閉じ込めた憎き存在…浩平を感知しているのだろう。
 その様子を確認すると、浩平は作戦位置、コンテナ正面に距離を置いて待機した。
「折原長官、来ました! アルジーですっ!」
 そこに住井の戦闘機に誘導され、アルジーがゆっくりとこちらへ歩いてきた。
「うまくやってくれたな…これより最終兵器を解放するっ! 総員退却だ!」
 浩平の指示で隊員達は浩平を残し全員すみやかに退却する。
 それを尻目にアルジーが港に侵入した。
 ゆっくりと人気の無くなった港内をアルジーが進む。
 そしてその巨体が丁度コンテナの正面と浩平を結ぶ直線上に重なった。
「今だ! コンテナオープンっ!」
 浩平のがリモコンを押し、開かれる扉。
 そして…一つの影が飛びだした。


 …………
 光が射した。
 長く自分を閉じ込めていた扉が開いたのだ。
 憎っくきヤツは正面にいる。
 復讐のため、勢い良くコンテナから飛び出した。
 目の前の巨大な怪物が自分に向かって牙を剥くのが分かる。
 邪魔をする奴は誰だろうと…叩き潰す。
 あたしは怪物に飛び掛かった。


 地獄のような光景だった。
 コンテナから飛び出したのは青いお下げを揺らす少女だった。
 少女は目の前のアルジーに飛び掛かると。
 その腕をいともたやすく引き千切った。
 激痛にもだえるアルジーに少女は更につかみ掛かる。

 ザシュ…ドシュ…ガスッ…ベキッ…グチャ…メキメキッ…

 一瞬にして八つ裂きにされたアルジーを踏みつけ、少女は吼えた。
「お〜り〜は〜ら〜〜〜!!!」
 少女の慟哭が響き渡る。
 この地獄絵図はそうそう静まりそうにはなかった…。



 かくして地球は、人類は救われた。
 折原長官の捨て身の作戦によりアルジーは死亡。
 しかし折原長官は帰ってはこなかった。
 唯一、現場を目撃した住井二尉はこう漏らしている。
「折原は全て覚悟していた…それにあの"最終兵器"については…何も語りたくはない」
 最終兵器の詳細については最早知りようが無かった。
 ただこの事件と英雄、折原浩平の名は人々の記憶に植え付けられたのだった。





 だが……浩平は生きていた。
 死の寸前にえいえんのせかいへと逃げていたのだ。
「ぐおおおおおおお……」
 浩平は必死に耐えていた。
 世界を救った英雄と言う形で人々と強い絆が出来てしまった浩平。
 気を抜くと一瞬で呼び戻されてしまう。
 戻れば今度こそ命はないだろう。
「ぐぬぬぬぬぬぬぬ……」
 浩平の孤独な闘いは続く。



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