里村茜抹殺指令 Act2 投稿者: 壱弥栖
「総帥! バニ山氏が敗退したというのは本当ですか!?」
  広報の男が慌てた様子で飛び込んできた。
「騒ぐでないっ! どうやら我々が甘かったようである。
  だが安心するがよい! ラビット鈴木が動いたのだ」
  諌める総帥。
  その言動には一片の動揺も無い。
「鈴木氏ですかっ!」
「そうであるっ! お前は知らぬだろうが彼奴は元プロレスラーなのである。
  そのイカしたリングネームでデビュー以来、連戦連敗勝ち知らず。
  ついたあだ名はダメうさぎ。失意の底に沈んでいた所を我輩が引き入れたのだ。
  一応、我が連盟屈指の格闘能力の持ち主であるぞ!」
「……鈴木氏は本当に強いのですか?」
  疑惑の声をあげる広報。
  だがたちまち総帥に一喝された。
「うつけ者っ! あのうさちゃんマスクだけで信じるに値するではないかっ!
  それでも世界うさちゃん愛好家連盟の一員であるかっ!」
「申し訳ありません! まだまだ私は未熟でしたっ!」
「分かれば良い。ふふっ、我輩には見えるぞ……我々の栄光の未来がな。
  うわはははははははははははははははははははははははははっ!」
  その自信に溢れた高笑いは基地中に響いていった。


  朝。
  人々が各々の仕事場、学校に向かう時間。
  一人の男が道端に立っていた。
  背は高い方で体つきもなかなかがっしりしている。
  そしてなにより頭にかぶったうさぎのマスクがひときわ異彩を放っている。
  そう、彼こそが三幹部の一人、ラビット鈴木であった。
「ふふ、通学路で張っていればターゲットは必ず捕まるはずだ。待っていろ、里村茜」
  完璧な作戦(と言う程でもないが)で茜を待ち受ける鈴木。
  ただ一つにして致命的な問題は、今日彼は寝坊しており、すでに茜は登校しているという事だけだ。
  と、彼の視線は遠くから青いおさげを揺らして爆走する少女に止まった。
  正確にはその少女――七瀬留美が鞄にぶら下げている主のマスコットにだ。
  やはり茜に貰ったのだろう。
「あれはっ! さては里村茜め、危険を察して刺客を送ってきたか!」
  勿論そんなはずはないのだが、勝手に敵と判断した鈴木は無謀にも七瀬の前に飛び出す。
「そこな娘! 里村茜の手の者と見た! 俺のこのマスクに賭けて貴様を……」
  ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!
「邪魔よっ! 遅刻するじゃないっ!」
  ドガッ
  吹き飛ばされる鈴木。
  さらに運悪く大型トラックが走ってくる。
  キキキキキキーーーッ!
  ずしゃごきっぐしゅべきっ
「……あ……う……」
  言葉無く、ぴくぴくと痙攣する鈴木。
「本当に見捨てて行くなんて! 折原っ! 着いたらとっちめてやるわっ!」
  ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!
  砂煙を上げつつ七瀬が走り去った後には無残な屍がただ残されていたのであった。


  ――再び世界うさ以下略の秘密基地――
「総帥っ! そういえば三幹部の最後の方のご説明は?」
「おお、そうであったな。残る一人はうさぴょんであるっ。彼女は我が連盟の紅一点であるぞ」
「ほう! 女性だったのですか」
「ただぁぁぁし! 40過ぎのおばちゃんであるがなっ!
  経歴としては若い頃、うさびょんという芸名でアイドルデビューを夢見ていた様である。
  結婚後も夢を捨て切らなかったのであろう。感心な事に彼女は自ら我が連盟を訪ねてきたのだ!
  ちなみに我が連盟のテーマソングを歌ってもらう予定である」
「さすがは世界うさ(略)連盟です! 人材にも幅があります!」
「うわはははははははははっ! 先のラビット鈴木と二人でなら最早何の心配も無いのである!」
  断言する総帥。
  察しの通り、彼らに鈴木の事故報告はまだ届いていない……。


  浩平達の教室。
  二人の男子生徒が珍妙な顔で話していた。
「道に迷った……ってわけでもないよなぁ」
「ああ、そういう風には見えなかったよな……」
「どうした?」
  浩平が口を挟む。
「いや……なんか、校舎内を妙な女の人がうろついてたんだ」
「忘れ物を届けに来た……って格好にも見えなかったしなぁ」
「ふーん……妙なってどんな格好なんだ?」
「思い出させるなよ、あんなの」
「そうそう」
  とたんに男子生徒達は顔をしかめた。
「へ〜、暇だし見に行ってみるか」
  好奇心を刺激され教室を後にする浩平。
  その後ろ姿を男子生徒達は"やれやれ物好きな"といった調子で見送った。


「ふんふんふ〜〜〜ん。さ〜て、茜って娘はどこかしらね〜〜〜」
  いつのまにか最後の一人となっていたうさぴょんは一人順調に校内への潜入を果たしていた。
  休み時間の廊下は幾人もの生徒が行き交っている。
  そしてうさぴょんの姿を見掛けた生徒は皆一様に彼女から距離を置いた。
  彼女の格好はというと
  頭――うさ耳バンドがぷりてぃーだ。
  体――半袖のふりふりアイドル衣装によく肥えたボディが絶妙のアンバランスを醸し出す。
  足――ミニスカから突き出す太くグレイトな足はまさにスーパーロボット。
  ざっとこんなもんである。
  この怪しい不法侵入者の噂は瞬く間に広まっていた。
  そこに噂を聞いた浩平が現れる。
「どれどれ……げっ、もしかしてあのおばさんかぁ?」
  うさぴょんを目にして思わずひく浩平。
「あ、坊や〜。ちょ〜っと聞きたいんだけど」
  うさぴょんは浩平に歩み寄った。
「うげっ、オレか…………って…………ん???」
  浩平の顔が怪訝なものになる。
「あらあら、どうしたの? へ〜んな顔して」
  顔色を悪くした浩平はかすれた声で話しかけた。
「…………か……母さ……ん……か?」
「へ? ……もしかして浩平?」
「あ、ああ……」
「あらまあ大きくなったわね〜。そうかぁ、もう高校生なのねぇ」
「…………」
「どうしたの浩平、黙りこくっちゃって」
  沈黙を続ける浩平は心中で激しく苦悶した。
(なんだ? なんで行方不明の母さんがオレの学校にいるんだ?
  なんであんな格好してるんだ? 一体どんな宗教にはまってたんだ?
  ていうかあれがオレの母親なのかぁぁぁ〜〜〜?)
「ちょぉ〜と、本当にどうしたのぉ?」
  ずずいっ! と近寄るうさぴょん。
(うう、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜)
「ま、久しぶりなんだから、つもる話でもしましょ」
  と、浩平が突然走り出した。
  ダッ
「認めてたまるかぁぁぁ〜〜〜!!! あんたなんか知らーーーん!」
  現実から逃げ出す浩平。
  その目に光る雫が涙を誘う。
「ちょ、浩平? 待ちなさいよ〜」
  うさぴょんも息子の後を追った。
  ダダダダダダダダダダダダ
「オレはこんな親を持った覚えはない! 他人だぁぁぁ〜〜〜!」
  ダダダダダダダダダダダダ
「何言ってるのよ〜」
  ダダダダダダダダダダダダ
「断じて違ぁ〜〜〜う!」
  校内を走り回る二人。
  すでにうさぴょんの頭からは茜の事などすっぽり抜け落ちていた。


  世界うさ以下略の秘密基地では、未だ現状も知らずに総帥と広報は盛り上がっていた。
「うわははははははははははっ、はぁーーーっはっはっはっはっはっはっ!」
「総帥! 我々の明日は……明日は何色ですか?」
「決まっておろう、うさちゃん色であるぞ〜〜〜!」
「総帥〜〜〜っ!(感涙)」
  その時、作戦室にうさ会員が入ってきた。
  うさ耳の付いた白い全身タイツに身を包んでいる。
  俗に言う戦闘員スタイルだ。
「うさっ! うさささささっ!」
  報告?を手早く済ませ、うさ会員は退室した。
「な! ラビット鈴木が交通事故、うさぴょんは任務中に消息を絶っただとぉぉぉ!!!」
  広報もショックを受ける。
「総帥! 所詮うさぎはカメには勝てないのですかぁぁぁ〜〜〜!」
「くそぉぉぉ〜〜〜、うさぎはたぬきを芥子で焼き殺したのであるぞぉぉぉ〜〜〜!」
「桃太郎さんお供に入れてぇぇぇ〜〜〜!」
  あまりのショックで錯乱する二人。
「待てぇい! 落ち着け、落ち着くのだ広報! うさぎは月を見ては寝るのである!」
  バキィィィ!
「ぐへぇっ」
  広報を殴り、総帥はなんとか落ち着きを取り戻す(非道)。
「はぁはぁ、誰一人として里村茜に接触する事が出来ぬとは。彼奴の側近を侮り難し、である」
「ぐふっ、そ、総帥、どうするのですか?」
  その言葉を聞くと、総帥は広報に背を向け無意味に上を見上げた。
「仕方が無かろう。我輩自ら出撃する! 広報、付いて参れ!」
  そう言ってしばし浸っていた総帥が再び向き直った時、
  ……そこに広報の姿はなく、暗いモニターがただ総帥の姿を鈍く映すのみであった。
「く……逃げたか、根性無しめい! 所詮……所詮人間は一人という事であるか!
  こうなればぁ! こうなれば我輩一人でぇぇぇ!」
  吼える総帥の背には滅多に見れない哀しみが垣間見えていた。
  シャー
  その時、自動扉が開いた。
「総帥、お待たせしました」
「広報! 逃げたのではなかったのであるか!」
  思わぬ広報の姿に驚く総帥。
「何言ってるのですか、出撃準備をしていたんです! さぁ総帥、行きましょう!」
「おお広報……いや、お主はこれより我輩の副官である!」
「総帥……はいっ!」
「行くぞ! もはや我々には後はない! 出撃である!」
「はいっ!!!」
  意気込む二人は世界うさ(略)連盟備え付けの移動用高機動人力二輪マシーン(つまり自転車)、
  その名もらびっ兎一号、二号で出撃した。


  きこきこきこきこきこ
「着いたぞ! 広報、いや副官! 校内の見取り図を出すのである」
「どうぞっ」
  総帥は差し出された図面としばし睨みあう。
「ふむ……まずは屋上である。行くぞ!」
  二人は屋上へと侵攻していった。
「それで総帥、ここで何をするおつもりですか?」
  屋上に到着し、元広報は総帥に質問する。
「ふふ、ここである。ここの二階下に里村茜の教室があるのだ。
  よし、ここをぶち破って彼奴を強襲するのだ!」
「そ、総帥! 我々は悪の組織ではありません! それはまずいのでは!?」
  さすがに元広報はしりごむ。
「副官よ……世の常識にとらわれていては我々の目的は達成できぬぞ!
  常識とは普通に生きている奴等に通用する物である!
  我々のような非常識で崇高な目的を持つ者にとっては、関係ないのである!
  よいかっ! 世間の非常識は我々の常識であるぞ!」
  がーーーーーーん
  元広報は頭をどでかいハンマーで殴られたような衝撃を受ける。
「そ、そうかっ! 分かりました総帥!」
「うむ、では作戦開始である」
  そして数分後……コンクリートを破壊する爆音がこだました。


「はあ、はあ、はあ……ま、捲いたか」
  恐ろしい現実から息もからがらに逃げ出した浩平はなんとか教室に向かっていた。
  教室に向かいながらも浩平は感じていた。
  彼方より近づいてくる"永遠"の気配に。
(やばい、やばいぞ。この感じは……あれだ)
  そう、彼が耐え切れないほどの現実に直面した時、"永遠の世界"への扉は開かれるのだ。
  がらり
  浩平が教室の扉を開く。
「どうしました浩平? 顔色が悪いですよ?」
「いや……なんでもない」
  茜に軽く応えると浩平は自分の席に向かおうとした。
  その時、永遠は来た。

「えいえんはあるよ」

(うっ! 来たっ!)
  ドドーーーーーーーーーン!!!
  同時に上から爆音が聞こえる。
「ぐあっ」
  崩れる天井、そして浩平の上に降りてくる人影。

「ここに」

  びしぃ
  さっそうと降り立った総帥は浩平を踏みしめながら茜に指を突きつける。
「うわはははははははははははっ! 里村茜! 我が輩自ら……」

「あるよ」
  ゴォッ!

「うおっ! な、何であるか?」
  薄らいでいく総帥の体。
  見る間に希薄になっていく自分の存在感に総帥は驚きを隠せない。
「総帥? 一体何が……?」
  遅れて降りてきた元広報も総帥の異変に気付く。
「う、おおおおおぉぉぉーーーーーー!!!」
  瞬く間に総帥の存在は消えていきその姿も完全に無くなった。
  その跡には
  瓦礫と
  潰されてのびている浩平の姿が
  あるのみで
  あった。


(BGM:遠いまなざし)
  ――交番――
「一晩泊まって頭も冷めたろう、二度とこんな事するんじゃないぞ」
「すいません、自分でもなんでこんな事していたのか分からないんです。
  どうかしていたようで、すいませんでした」
「ああ、二度と援助交際なんてしようと思うなよ」
「はい、ご迷惑おかけしました」

  ――病院――
「しかしあれだね。君もどうしてトラックの前に飛び出したりしたんだい?」
「いやー、それがどうも思い出せなくて。あんな所今まで行った事も無いんですけどねぇ」
「ふーむ、軽い記憶喪失だろうけど、まぁ心配ないでしょう。家や仕事の事も覚えているようだし」
「そうですね」

  ――高校――
「も〜、浩平はどこ行っちゃったのかしら」
  どすどす
「疲れちゃったわね〜、とりあえず帰りましょ。
  あら? 私、今まで何処にやっかいになってたのかしら?」

  ――世界うさちゃん愛好家連盟秘密基地――
「あれ???」
「……俺達ゃなんでこんな変な格好してるんだ」
「さあ?」
「帰ろう……」
  総帥の強力なカリスマを失ったうさ会員達はコスチュームを脱ぎ捨て、次々と基地を出ていく。

  ――教室――
「そ、総帥?」
  総帥が消えた教室で元広報は呆然と膝をついていた。
「消えた? 馬鹿なっ! お前、総帥に何をした!?」
  元広報が倒れた浩平に食って掛かる。
「うう……総帥? 誰のことだ?」
「なにを言っている! さっき私と一緒にここに現れた方だ!」
「あんたこそ何言ってるんだ? 何しに来たのか知らないが、あんた一人でここに来たぞ。なあ住井」
「ああ」
  浩平の言葉に側にいた住井も頷いた。
「…なんだと? 何を馬鹿な事を!」
「いい加減にしろよ! だいたいあんた何なんだ?」
「くっ」
  大きくなった騒ぎにこれ以上はまずいと思ったのだろう。
  元広報は教室を後にし基地へ向かった。
  そして無人の基地に愕然とする。
「ど、どういう事なんだ?」
  しばし呆けていた後、再び元広報は走り出した。

  ――バニ山バニ夫
「うさ連? なんですかそれは」
  ――ラビット鈴木
「あん? 総帥? 誰だそりゃ」
  ――うさぴょん
「え? 確かにうさぎは好きだけど?」

「一体どういう事だ? 皆総帥の事を、世界うさ(略)連盟の事を忘れてしまったのか?
  あの御方の存在などはじめから無かったというのか?」
  日も暮れた無人の基地でがっくりと膝をつく元広報。
「こんな馬鹿な事があるわけが……」
  その時、元広報の脳裏に総帥の最後の教えが蘇る。
『世間の非常識は我々の常識であるぞ!』
「……そうですね総帥、我々ならこんな非常識な事態も普通と見ていいんですよね。
  ならば、ならば私は総帥の復活を信じて組織の再編に尽くしましょう!」
  そして元広報は夜空の星を見上げたのであった。


(BGM:輝く季節へ)
  ここに一つの抗争は終わった
  結果的には先走った片方の
  一人相撲となってしまったが
  これは決して無駄ではない
  その意志は
  より強固な物となって
  受け継がれたのだから……

  〜〜〜FIN〜〜〜



  衝撃の予告!!!
  世界うさ(略)連盟の侵攻は総帥の消滅によって頓挫した。
  だが君は忘れていないだろうか?
  うさちゃんともっとも関わりの深かったあの人物を。
  そう、総帥の影で糸を引いていたあの人物は決して諦めてなどいなかった。
  自ら手勢を率いてその人物は再びこの言葉を発する。
「里村茜を抹殺するんだよ!」
  1999年7月、第二次里村茜抹殺指令が発令される……(大嘘です)。