「中崎〜」
不意にかけられる声。
…またしてもこいつ、南森だ。
何を勘違いしているのか知らないが、最近僕によく話しかけてくる気がする。
ほどほどにしてもらいたいものだ。
僕は今、七瀬さんを見て心安らぐひとときを過ごしているのだ。
邪魔しないで貰いたい。
「何ボーッとしてんだ?次、体育だぞ」
………。
……。
…。
忘れてた。
ありがとう、南森。
しかし、僕が隣の教室で着替えていても結局折原は姿を見せない。
彼が姿を見せたのは、授業が始まってからだった。
一体何をしていたんだ?
放課後、教室をぱたぱたと出ていこうとする長森さん。
出口のところで折原に向かって叫ぶ。
「浩平、早くっ!」
「あー、ちょっと待ってくれ。体操服がないんだ。おい、七瀬、盗んだだろう。返してくれ」
…さっき隣のクラスの奴に貸してたじゃないか。
「誰がんなもの盗むかっ…!」
「あ、そうか。別のクラスの奴に貸したままだった」
「浩平、早く〜!」
「うー……よし、いくか。ああ、七瀬、疑って悪かったな」
…本気だったのか。
見事だ、折原。骨の髄にまで染み付いたそのコメディアン魂。しかと見せてもらったぞ。
「浩平ーっ!」
「いま、いくぞ」
そんなやりとりをしながら2人は出ていった。
長森さんといる時の折原は、七瀬さんといる時に匹敵するほど妙な言動をするが、まあ、プライベートな時間までは立ち入るまい。
そう思い、僕は教室を後にした。
次の日、折原は昼までずっと寝ていた。
なにか昨日よほど疲れる事でもあったのかもしれない。
幸い、戦前生まれの古典教師などは趣味で教鞭を執っている人物なので何をしていようと怒られる事はまずない。
現に僕の目の前で南森達が花札に興じている。
しかし、折原が寝ていては僕の退屈を紛わせてくれる人間がいないじゃないか。
そう考えながら、ふと視線を巡らせるとその先に七瀬さんの顔があった。
真剣に授業を聞いている。
その真面目な表情は、僕には無い物のように感じた。
やがてチャイムが鳴り昼休みを迎える。
「う〜、よく寝た」
折原はそんな事を言って購買へパンを買いに行った後、昨日と同じように里村さんと中庭へ行った。
風の子元気な子、と言うところか。
僕にはとても真似できない。
僕も昼食を摂り教室に戻ると、七瀬さんの周りには既に男達はいなかった。
七瀬さんは外を眺めている。
…やっぱりあれもクラスの男達に対するイメージ作りなんだろうな。
本当に七瀬さんは努力を惜しまないな。
そこへ折原が戻ってきてちょっかいを出す。
「おい七瀬、なにかして遊ぼう」
「うるさいわね。見ての通り、外を眺めているのよ。邪魔しないで」
「そんな外なんてどうでもいいだろう。
いつものように、豪快にそこから飛び降りてみせてくれ」
「死ぬわっ!」
「お〜、いつもの七瀬に戻った」
「くっ…。あのねぇ、休み時間にひとり憂い顔で外を見やる……乙女にしか為せない技よ」
「ムリしてまでそんな技を使うこともないだろう」
「もう話しかけないでっ」
…なんか、昨日と同じようなやりとりをして同じように七瀬さんを怒らせているな…。
あとどれくらいのバージョンがあるんだろう…?
「じゃあ、誰かを探しているのか?」
「兄弟がこの学校にいるのかもな」
食堂から戻ってきた生徒達の会話が聞こえてくる。
それに対して折原が話しかける。
「どうした?」
「なんか、また校舎内を私服の女の子が駆け回ってるんだ」
「相変わらず忘れ物を届けにきたふうにも見えなかったしなぁ」
「ふぅ〜ん…」
どうでもいい話だ。どうせ、先生に捕まって追い返されるのがオチだろう。
ってなんか昨日もそんな事思った気がするな…。
「浩平ーっ!」
また長森さんがドタバタと教室に入ってくる。
…なんか、昨日とおんなじような展開だな。
「なんだ、また犯人はおまえだったのか。だからいつの間に制服に着替えてるんだ…」
「なにわけわかんないこと言ってるのよっ!あの子、繭っ!」
「はぁん?」
「椎名 繭っ!あのコが、また学校に来てるの!」
「なに?」
「またわたしたちに会いにきたのよっ」
そんな会話を交わして、2人は教室を出ていった。
私服の女の子と言うのに心当たりがあるようだ。
しばらくして折原だけ戻ってくる。
しかし、まるで昨日の再現フィルムでも見ているようだったな。
「なにかあったの…?昨日の再現フィルムのような行動していたけど、あんたたち」
さすが七瀬さん。僕とまるで同じ事を考えるとは…。
七瀬さんと同じ事を考えていたっていうのが妙に嬉しい気がするのはなぜだろう?
しかし折原は、七瀬さんの質問には何でもないとだけ答えた。
う〜ん…気になる。
次の日――
「七瀬、話があるんだ…」
1時間目が終わり、休み時間に入ると七瀬さんに折原はそう言った。
「なによ、改まって…」
「すまないが、屋上まできてくれ…」
これは、何かが起こる。
僕の勘がそう言った。
「お〜い、中崎〜」
一体何度この僕の邪魔をすれば気が済むのだ、この南森と言う男は…。
「先生が呼んでるぞ〜」
くっ。僕のように容姿端麗、成績優秀、加えて金持ちな人間というのは何処へ行っても目立つものだ。
それゆえにクラス委員なんかをやらねばならない事もままある。
それがこのような形で仇なすとは…。
仕方ない。僕は後ろ髪引かれる思いで職員室へと向かった。
4時間目の終わりのチャイムが鳴る。
いつ聞いても、退屈な授業の終わりを告げるチャイムとは良いものだ。
と、チャイムに混じって折原の席に仕掛けたマイクからぐぅぅぅ〜〜っと音が聞こえた。
「なんだ、七瀬。恥ずかしい奴だな」
「あたしじゃないわよ」
「じゃあだれなんだ?」
「あたしよりも後ろから聞こえたけど」
「後ろ…」
折原は振り向く……と、当然そこは壁。
「誰もいないじゃないか」
「…そんなはずないわよ。確かに後ろで…」
ぐぅぅぅぅ〜。
「…あなたじゃないの?」
「それは盲点だった」
どうしてこう、何でもない事でもここまで笑わせてくれるのだろう、この折原浩平と言う人物は…。
「馬鹿な事言ってないで、学食にでも行って来たら」
「そうだなぁ…今日はたくさん食べたい気分だ。5人前くらいは平気だな」
「そんなの無理に決まってるでしょ」
「分からないぞ、もしかしたら食えるかもしれないじゃないか」
「はいはい、分かったから、さっさと行って来て」
「…絶対に食ってきてやるぞ」
折原はそう言って食堂へと向かった。
どうやら今日は、里村さんと中庭へ行く気配はない。
なんとなく、僕はその後について食堂へ行った。
まあ、庶民の味というものを知るのも勉強になるだろう…。
食堂につくとそこは人であふれていた。
席を探すが、空いている席がない。
紫のウェーブのかかった髪の女の子と栗色の髪の小柄な女の子が喋っている。
食事も摂らずに。
別のテーブルではダークブルーの髪の女の子がお盆を持って立ったまま金髪の女の子と雑談に花を咲かせている。
オムライス、冷めちゃうぞ…。
いや、それよりもこういう輩がいるから食堂が必要以上に混んでいるのではないだろうか?
そんなことを考えながら折原を探すと、濡れ羽色の髪をした女生徒と向かい合わせで座っていた。
その2人の間には……えっ?
僕はなにか悪い夢でも見ているのだろうか?
そう思い、たまたま傍を歩いていたクラスメート、確か南とかいう奴だ。
そいつの頬をつねってみた。
「い、痛っ!」
どうやら夢ではないらしい。
横で南が文句を言っていたりするが無視する。
そう、そんなことより問題なのは、折原の目の前に座る女生徒だ。
彼女の目の前に積まれている物。
カレーの皿が5皿。
うどんの丼が6つ。
定食の食器が4つ。
そして今、2杯目のカツカレーを食べている。
…うっ。なんか気持ち悪くなってきた。
と、折原が席を立ってカツカレーを更に3つ持ってくる。
食欲をなくした僕はこれ以上気分が悪くならないうちに教室に戻った。
そしていつものように七瀬さんを見ている。
珍しく今日は七瀬さんは今からお昼を食べるらしい。
いつもなら食べ終わってクラスの男子に対するイメージアップを図っている時間なのに…。
何かしていたのだろうか?
しまったな。折原のあとについて行って東洋の神秘を見るよりも面白い事だったかもしれないのに。
そんな事を考えながら見ていると、七瀬さんは弁当を食べ終わった。
その、ぷくぷくとしたほっぺたにご飯粒がついている…。
これはこれで面白いが教えてあげた方が良いだろうな。
そう思い、僕は席を立つ。
「七瀬さん、ほっぺたにご飯ついてるよ」
「えっ…?」
僕の指摘に七瀬さんは慌ててご飯粒をとった。
そして、顔を真っ赤にしながら僕に言う。
「お、教えてくれてありがと、中崎君」
か、かわいい…。
僕は思わず抱きしめてしまいたくなる衝動に駆られた。
それを必死で堪える。
僕は七瀬さんの事が好きなんだ、と改めて認識してしまった…。
彼女に僕を見て欲しい。
彼女の全てを知りたい。
彼女の全てを手に入れたい。
彼女の……。
彼女を…。
……。
…。
午後の授業が始まり、先生が授業を始める。
普段なら聞く気も起きない授業だが、今日は違う。
僕は頭を冷やすために真面目に授業を聞いていた。
と、後ろの席の男子生徒に背中を突つかれる。
「…?」
僕は訝しく思いながら振り返ると一枚の紙を渡された。
広げて見てみる。
『七瀬留美の汗、臭い付きの本校指定の制服あり。価格は競りにて』
そこにはそう書かれていた。
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七瀬改「話、引っ張るわね…」
マッド瑞佳「ちょっと余計なシーンが多いんだよ」
いいんちょ「まあ、それは認めないでもない事を否定はできない事にやぶさかではないな」
七瀬改「…何言いたいのかわかんないわよ」
いいんちょ「まあ、話をどうしてもここで切りたかったんだよ」
マッド瑞佳「どうして?」
いいんちょ「いや、期待が高まるんじゃないかなぁ、と」
マッド瑞佳「でも、すぐ下に続きが投稿しあるよ?」
七瀬改「なんかそれって間抜けよね…」
いいんちょ「それは言わんでくれ」
おしまい