金持ちなだけじゃ駄目かしら4 投稿者: いいんちょ
翌朝、学校へ行くとなにかいつもとは違う浮ついた空気が漂っていた。
理由は分かっている。人気投票の結果だ。
もっとも僕は既に結果を知っているが。
1位は七瀬さん、12票。2位は長森さん、11票。3位は里村さん、5票。4位は……誰だっけ?名前を思い出せないぞ。
まあ、いいか。
しかし、なんかクラスの男子の数より合計票数が多い気がするのはなぜだろう…?
まあ、どうでもいいか。
住井が「1時間目に結果を回すからそれまでは口外しないで欲しい」と言っていた。
わざわざ誰かに教えてやる気もないので、やはりどうでもいいが。
しかし、折原と七瀬さん、この結果を見たらどうするだろう?
きっと喜ぶのだろうな。
そんな、七瀬さんの喜ぶ顔が、僕は見たかった。

やがて、1時間目が始まって間もなく人気投票の結果がクラスの男子達の間を回っていく。
そして、当然それは折原の席にも回る。
ぽんっと一枚の折りたたまれた紙切れが折原の机の縁にぶつかって床に落ちた。
それを拾って広げる折原。
そこには、人気投票の結果が書かれているはずだ。
そして、その後のリアクションはやはり折原と言う他はないものだった…。
「よっしゃああぁぁぁぁーーっっ!!七瀬、やったぞぉーっ!!」
折原はそう叫ぶや、前に座る七瀬さんの髪の毛を乱暴にグワシャグワシャと掻き乱した。
オイオイ、今は授業中だぞ。
相変わらず楽しい奴だ。
「………」
「ぐあ…」
折原はそこで我に返ったようだがもう遅い。
先生に一喝された後、しおしおと項垂れてしまう。
気にするな、折原。
君は僕を楽しませてくれさえすれば、卒業くらい何とでもしてやろうじゃないか。
だからめげずに僕を楽しませてくれよ。
心の中でそんなエールを折原に贈る。
と、七瀬さんが後ろを振り向き折原に小声で話しかける。
「折原っ…」
折原の机に仕掛けたマイクが七瀬さんの声を捉えた。
そう、僕は過去と同じ過ちはしないのだ。
僕はちゃんと2人の会話が聞こえるように折原の机の裏に小型マイクを設置していた。
どうでもいいが、まだ髪の毛の一部が逆立ったままだぞ、七瀬さん…。
「折原、ありがとね。一位だったんでしょ、あたし?」
「ああ」
「なんだか疲れちゃったけど、楽しかった。
またこの次もあったら、協力お願いね」
「ヤなこった」
「まぁ、あたしひとりだっても、結果は同じだったかも知れないけどさ」
そう言って微笑む七瀬さん。
だが、その微笑みは僕に向けられたものではなかった。
そう、折原に向けられたものだ。
僕が最後の一票を握っていて、僕が七瀬さんを選んだ事など七瀬さんは知らないのだ。
僕が、七瀬さんの本性を知っていてもなお彼女に入れた事は知らないのだ。
それは仕方のない事だ。
でも、僕はその笑顔が無性に欲しくなっていた。
彼女の笑顔が。
いや、むしろ彼女の全てを僕のものにしたい。
いつしか、僕はそう考えていた…。

4時間目が終わり放課後を迎える。
先生がぱたんと教科書を閉じた瞬間、折原はなぜか猛然とダッシュして、そのまま後ろのドアから外に出た。
「こうへーいっ!!掃除サボったら駄目だよーーっ!!」
長森さんが折原の背中にそう叫ぶが、折原は止まる気配なくそのままインをつき、階段の方へと姿を消した。
きっと、またなにか面白い事をしでかすつもりなんだろう。
しかし僕はそれを追いかけていって見物する気にはならなかった。
七瀬さんを一緒に帰らないか誘ってみようと考えていたからだ。
迎えの車は帰らせればいいし、彼女が望むなら車で送っていってもいい。
とにかく、まずは行動を起こさなければ何も始まりはしない。
そして折原が姿を消した今が、お誂え向きのシチュエーションといえた。
これからの予定を話し合うクラスメート達。
その中を突っ切り、僕は七瀬さんの方へと向かう。
「おーい、中崎」
と、僕を呼ぶ声がした。
くっ、またこいつか。
「七瀬さんが1位だったな、人気投票」
そんな事は知ってる。
「俺、実は七瀬さんに入れたんだ。やっぱりかわいいもんな〜、彼女。
体つきは華奢だし、なんて言うかこう、守ってあげたいって感じだしさ」
安心しろ南森。七瀬さんになら逆に守ってもらえるぞ。
そんな事を考えながら、折原と僕だけが彼女の本性を知っている事に少なからずの優越感を覚えた。
ってこんなくだらない話に応じている場合じゃなかった。
七瀬さんを誘って、半年ぶりに歩いて帰ろうと思っていたのに…。
南森との話を角が立たないように打ち切って窓際の席を見ると、やはり、もう七瀬さんの姿はそこにはなかった…。
慌てて教室を見回すがもう帰ってしまったようだ。
このまま歩いて商店街へ向かえば会える可能性もなきにしもあらずだが、可能性として高いものではないだろう。
僕は彼女と一緒に帰る事を諦めざるを得なかった。

週が変わって月曜日。
午前中の授業を半ばぼうっと聞き流し、僕はただ七瀬さんを見ていた。
折原がちょっかいを出す気配はない。
でも、もう僕は七瀬さんがそこにいてその横顔を眺める事ができるだけでも良かった。
やがて、午前の授業が少し早めに終わりを告げる。
折原が立ち上がった。
まだ学食に行くには早い。チャイムが鳴るまでは外には出てはいけないからだ。
いや、折原はパンをぶら下げているから学食じゃないのか?
と、折原は長い髪の女の子の席で立ち止まった。
えっと、そう里村さんだ。
それだけ確認すると、僕は再び視線を七瀬さんの方に戻した。
七瀬さんは丁度鞄からかわいい弁当箱を取り出しているところだった。
七瀬さんの周りには、相変わらず男子がたむろしている。
その中に入っていく事はつまりは群衆の中の1人になると言う事だ。
そんな事は僕のプライドが許さない。
何か、あの群れを追い払う手はないものだろうか。
「…どうしたの?」
「時間もあるみたいだし、今日はここで食わないか?」
折原と里村さんの声が僕の耳に入る。
まあ、仕方ない。すぐ傍の席だしな。
「寒いの嫌ですか?」
「暑いのに比べたらいいような気もするけど、やっぱり嫌だな」
…全然話が見えない。普段どこで食べているのだ?
まあ、どうでもいい事だけど。
「私も暑いのは嫌です」
「だろうな。その髪の毛だもんな」
しかし、特に興味のない話でも耳に入ってくると気になるものだな。
それにどうやら折原の玩具は里村さんに変わったらしい。
「いっそのことスパッと切ったりはしないのか?」
「切りません」
「短くてもそれはそれで似合うような気もするけどな」
「…嫌です」
「何なら、オレが切ろうか?」
そう言えば折原の奴、この前床屋志望だとか言ってたな。
「…絶対に嫌です」
「そうかぁ、一度やってみたかったんだが」
「自分の髪の毛を切って下さい」
やがてチャイムが鳴って2人が席を立つ。
男の群れに隠れてしまった七瀬さんを見ていても仕方ないので僕はその後を追った。
そして、2人が向かったのは中庭だった。
…風邪ひくぞ、2人とも。

昼食を摂り教室に戻ると、七瀬さんの周りには既に男達はいなかった。
七瀬さんは本を読んでいる。
…やっぱりあれもクラスの男達に対するイメージ作りなんだろうな。
本当に七瀬さんは努力家だ。
そこへ折原が戻ってきてちょっかいを出す。
「おい七瀬、なにかして遊ぼう」
「うるさいわね。見ての通り、本を読んでるのよ。邪魔しないで」
「そんな本なんてどうでもいいだろう。
いつものように、豪快に電話帳でも裂いてみせてくれ」
「いつやった、そんなことっ…!」
「お〜、いつもの七瀬に戻った」
「くっ…。あのねぇ、麗らかな午後に窓辺でひとり読書を嗜む……乙女にしか為せない技よ」
「ムリしてまでそんな技を使うこともないだろう」
「もう話しかけないでっ」
折原の奴、とうとう七瀬さんを怒らせやがった…。
「じゃあ迷子かぁ…?」
「そういう歳にもみえなかったけどな」
食堂から戻ってきた生徒達の会話が聞こえてくる。
それに対して折原が話しかける。
「どうした?」
「なんか、校舎内を私服の女の子が駆け回ってるんだ」
「忘れ物を届けにきたふうにも見えなかったしなぁ」
「ふぅ〜ん…」
どうでもいい話だ。どうせ、先生に捕まって追い返されるのがオチだろう。
「浩平ーっ!」
今度は長森さんがドタバタと教室に入ってくる。
どうでもいいが、何で折原の周りには人気投票上位3名が集まってくるんだろう…?
「なんだ、犯人はおまえだったのか。いつの間に制服に着替えたんだ」
「なにわけわかんないこと言ってるのっ!あの子だよ、今朝の子っ!」
………?
「はぁん?」
「あのフェレットのお墓作るの手伝ってあげたコ!あのコが、学校に来てるの!」
「なに?」
「絶対、わたしたちを探してるんだと思うよっ」
そんな会話を交わして、2人は教室を出ていった。
私服の女の子というのに心当たりがあるようだ。
だが、もうじき授業が始まるのだ。
僕はそれを追いかけたりはしないで、読書を続ける七瀬さんをずっと見つめていた。
なんとなく事件の予感はしたが、僕を笑わせてくれる性質のものではない気がした。
それに、七瀬さんは折原ほどではないにしろ見ていて退屈しない。
ただ見ているだけで様々な顔を見せて僕を楽しませてくれる。
今見ているこの一瞬を逃しただけで、僕の知らない七瀬さんを見逃してしまうような気がするのだ。
そして七瀬さんを見ているとそれだけで僕は幸せな気持ちになれる…。
こういう気持ちを恋と言うのだろうな…。


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いいんちょ「うぅっ…。毎日投稿するという予定があんな事で崩れるなんて…」
マッド瑞佳「SS入れたFD家に忘れたんだよね」
いいんちょ「しくしく…。しかし、毎日SSをアップすることがこんなに辛いとは思わなかった…」
七瀬改「自分で言い出したことじゃない」
マッド瑞佳「でも、頑張ったよ」
いいんちょ「そうか?」
七瀬改「あんまり誉めるとつけあがるわよ」
いいんちょ「くっ。しかし、教訓はあるぞ」
マッド瑞佳「どんな?」
いいんちょ「ギャグ物はやはり最低2、3日は寝かせて熟成させないと面白くならない」
七瀬改「牛肉じゃないんだから…」
茜「…いいんちょ」
マッド瑞佳「わぁっ!」
七瀬改「現れたわね…」
茜「これ、あげます」
いいんちょ「あ、ああ。ありがと」
茜「じゃあ、帰ります」
七瀬改「何しに来たの、あの子」
マッド瑞佳「何もらったの?」
いいんちょ「ん?何かカードみたいなものだぞ」
七瀬改「どれどれ…」
『今夜、主のぬいぐるみを頂きに参ります。怪盗忍者茜ちゃん』
いいんちょ「ぐ…あ……」
マッド瑞佳「予告状だよ」
七瀬改「あ、ついに届いたのね、あのぬいぐるみ」
いいんちょ「ちくしょう、せっかく手に入れたのに盗まれてたまるかっ!
七瀬、瑞佳、協力してくれ。ぬいぐるみは絶対死守するんだ」
七瀬改「まぁ、いいけど」
マッド瑞佳「なんかわくわくするね」

茜ちゃん忍法帖第2話へ続く(大嘘)

おしまい