金持ちなだけじゃ駄目かしら2 投稿者: いいんちょ
朝――
気持ちのいい空気を吸いながら僕は校門の前に止められた送迎の車から降りる。
すると、運転手と執事が僕に言う。
「いってらっしゃいませ、お坊ちゃま。お昼はいつもの通りでようございますね?」
「ああ」
僕はそれだけ言って校舎へと向かう。
今日は折原、どんな事をして僕を笑わせてくれるのだろうか。

1時間目。
今日の折原は朝からやけに眠そうだった。
そして、昨日の午後のように懸命に睡魔と闘っている。
つまりは、何か起こるには絶好のシチュエーションという事だ。
そして、僕を楽しませる大事な脇役である転校生の髪の毛を折原はじーっと見つめだした。
やがて、それにも飽きたのか机の中をごそごそとし始める。
いや、僕の考えは甘かった。
転校生の髪の毛を見つめていたのは大事な伏線だったのだ。
折原は机の中から取り出したはさみで……。
ちょきちょき…ちょきちょき…。
転校生の髪の毛を切りだした。
いきなり前に座っている女の子の髪の毛を散髪しだすなど誰にも考え付くまい。
彼はいつも人の考える事のななめ少し上をいくのだ。
折原の事だから転校生の髪型を他に類を見ない独創的なものにでもする気かもしれない。
折原が切ったせいで転校生の右のおさげが少しだけ短くなる。
折原もそれに気付いたのか、今度は左のおさげを切りだした。
ちょきちょき…ちょきちょき…。
やがて、少し首をかしげた折原は今度は再び右のおさげを切りだす。
見事だ、折原。
右のおさげを切っては、短くしすぎてしまい、左のおさげを切っては、短くしすぎる。
笑いの王道をひた走る折原に、僕は拍手さえ送りたい気分だった。
「それでは、ここまで」
先生の言葉と同時にチャイムが鳴る。
ふぅ。
いいものを見せてもらったよ。
今日は授業が少しも退屈じゃなかった。
それどころか、授業が短く感じたくらいだ。
もっともそれは、先生の授業の内容には起因する事ではないが。
僕は、まだひと波乱あるだろうと折原の席の近くへとさりげなく移動する。
と、女生徒の1人が転校生に言う。
「あれ、七瀬さん、なんかスッキリしたね」
「え?」
「なんかおさげが短くなったみたい」
みたいじゃない。実際に短くなっているのだ。
面白い事に…。
「そんなことあるわけっ…あっ…」
転校生は自分の席の真下を見て、凍り付く。
当然、そこには先ほど折原が散々切っていた転校生の髪の毛が散乱している。
「ぐあ…」
折原が断末魔の叫び(?)をあげた。
だが、折原はこの程度で終わる男じゃない。
「実に気持ち悪かったぞ。
見ていたら、おまえの髪の毛が途中から、ぷちぷちと千切れ落ちていくんだからな」
「な、七瀬さん、病気?」
う〜ん、この女生徒もなかなかのぼけっぷりだ。
「ぐっ…」
そううめくと、転校生は昨日と同じように廊下まで折原を突っ張っていく。
そう、相撲の突っ張りだ。
それも下から上に回転していく本格的なものだ。
相撲部にでも入れば、即レギュラーだな。
って何を考えているんだ、僕は。
どうも思考が折原みたいになってる気がする…。
廊下へと移動した二人を追って、壁越しに廊下の様子を探る。
と、転校生の言葉が聞こえてきた。
「妖怪かぁっ、あたしはぁっっ!!」
「オレも初めて見たぞ」
「あんたが切ったんでしょっ!いつからあたしの席は床屋になったのよっ!!」
まあ、折原の前に席が決まった時からだな。
「いや、枝毛多かったから…」
ほう。
折原は親切心からやっていた事なのか。
しかし、髪の毛のお手入れはかかさずした方がいいな、転校生……名前なんだっけ?
それにしてもこれだけ面白いやりとりだ。
何かテープにでも記録すれば良かったな…。
「女の子の髪を切るなんて…」
「悪いが、オレは床屋志望だ。それなりのプライドがある」
…それは困るな。折原にはコメディアンをやってもらわないと。
「プライドがある奴がこっそり人を練習台に使うなっ!あほぉっ!!」
転校生は一喝して教室へと入ってきた。

翌日、いつものようにつまらない授業にうんざりしていると、紙切れが回ってきた。
『我がクラスにおける女子人気投票の実施の旨ご報告いたします。
なお男子生徒のみの投票で、秘密裏に実施。投票受付締切 明日』
ふ〜ん。どうせまた、窓際の男子達が考えた暇つぶしだろう。
折原なんかも協力してるかもしれない。
ま、別に興味などないが参加ぐらいはしてやるか。
でも、誰に入れよう?
うちのクラスで綺麗どころといえば…。
いや、せっかく僕が入れてやるんだ。
見かけだけの女なんかに入れては僕の品位の問題でもあるな。
となると、そうだな。長森さんあたりがいいかもしれない。
彼女は外見も悪くないし、成績もなかなかで、なによりその敵を作らない人当たりのよさ。
面倒見もよさそうで、あれだけの女はそうそう居ないのかもしれない。
いや、せっかくの暇つぶしだ。
うちのクラスの女子をゆっくり観察してから決めてもいいか。
そのまま僕は隣の男子に紙切れを回す。
そしていつものように折原の方を覗いてみると…。
紙切れを転校生に回していた…。
相変わらず楽しい奴だ。
しかし、今回はまずくないか?
オイオイ、転校生読んでるよ…。
僕はなにか面白そうな事が起きる予感がした。
果たして休み時間になると折原は転校生に廊下まで連れ出されていった。
僕もそれを追って廊下へと向かう。
その僕を遮るように、立ちはだかる男子生徒。
「なあ、中崎」
「なんだい、南森」
人気者の宿命だ。こんな時でも話しかけられたら邪険にはできない。
「おまえ、誰に票入れた?」
「いや、まだ入れてないよ」
「七瀬さん、いいよな〜」
七瀬…?誰だっけ…。
「でも、長森さんも捨て難いよな」
「で、誰に入れたんだい、君は?」
「いや、まだ入れてない」
「そうか」
そんな事を話していると折原と転校生が廊下から戻ってきてしまった。
しまった。せっかく面白そうな事が起きていたであろうに…。
この南森という男、僕の行く手を阻むものとして要注意人物に認定しておこう。

「今日はそこの列だな」
英語の時間、先生は折原たちの窓際の席を指名した。
そこには例の転校生もいる。
ま、どうせ彼女のようなバカ女は「わかりませ〜ん。てへへ…」とか言うのがオチだろう。
「では、一説づつ、英文を発音してもらった後に訳していってもらおう」
先生がそう言い、先頭の生徒が読み始めた。
誰も極端な間違いがなく、先生も頷いていくだけだ。
そして、転校生の番になった。
「The party was concluded with three cheers.
万歳三唱でそのパーティーは終わった」
驚いた。
転校生、どうやら人並みの頭脳は持っているらしい。
いや、僕の見たところ、彼女の受け持った文が一番難しいかもしれないくらいだ。
まあ、成績の悪い奴にも一つくらいは得意教科があるもんだ。
きっと、転校生は英語が得意だったんだろう。
僕はそう言う事で納得した。
だが、そんな事を考えているうちに折原の番も終わってしまった。
彼がどういう訳で笑わせてくれるのか楽しみだっただけに残念だ。
もっとも、笑い声が起きなかった事を考えるとまじめに答えたのかもしれないな。
彼は別に成績は悪い方じゃないはずだから、まじめにやれば難なくこなすだろう。

午後、現代国語の時間――
「ということで、以上が期末テストの範囲だ」
カタンと、教師がチョークを置く。
まだ残り時間がたっぷりとあるというのに、テスト範囲までの授業を済ませてしまったことに悦に入っているようだった。
変態か…?
でもまあ、この先生の授業は珍しく僕も聞く気が起きる授業だ。
要点をしっかり押さえ、なおかつ喋りがなかなか面白い。
僕の家庭教師にしてやってもいいくらいだ。
と、先生が口を開く。
「それでは残り時間を使って、漢字の読み書きテストをやる」
一斉に上がるブーイングの中藁半紙が配られた。
「とはいっても、テスト勉強に役立ててもらうためのものだ。成績にはまったく関係しない」
その言葉に少し静かになる。
が、この先生がそこで言葉を終わらせるはずはないな。
「しかし、答え合わせした後で、高得点者を発表してやるからな。もちろん、その逆もだ」
手を抜くな、という事だな。まったく、煽るのがうまい先生だ。
こんな学校においておくのはやはりもったいない。
まあ、漢字のテストなんて僕にかかれば赤子の手をひねるようだ。
ああ、こういう事の積み重ねが僕の名声をまた上げてしまうんだろうな。
「じゃあ、始めるぞ」
そう言って先生がカッカッとチョークで黒板に問題を書く。
問1、暫く
ふん、こんなのは簡単だ。『しばらく』っと
問2、儚い
これも簡単だな。『はかない』だ。
問3、微睡み
えっと、たしか『まどろみ』だ。
問4、貶す
『けなす』だな。
問5、燻る
『くすぶる』っと。ところで、これ全部常用漢字じゃないぞ…。
本当にテストに出るのか…?いや、それ以前に他の連中に解けているのだろうか?
問6、誂える
僕はいつも身の回りのものをこうしている。そう、僕専用に『あつらえる』ように指示しているのだ。
問7、烏滸がましい
こういう奴が最近は多くて困る。『おこがましい』だ。
問8、夥しい
『おびただしい』っと。これはよく使うけど、やっぱり今までのは全部常用漢字じゃないぞ…。
問9、擽る
たしかこれは『くすぐる』だな。
問10、鯔背
くっ…。この僕に分からない問題があるなんて…。
何て読むんだ…?見た事はあるぞ…。
…だめだ、分からない。
仕方ない、書き取りの方で全部取ろう。
「では、隣の席に座る者と解答用紙を交換するように」
え…?
確か先生、読み書きテストって…。
流石だ、この僕をペテンにかけるその根性。
やはりあなたはこんな所で燻っていていい人材ではない。
しかし、この僕がミスをするなんて。
ま、この問題じゃあ僕より点数を取れる奴がいるとも思えないが。
「ねぇ、中崎君。交換しようよ」
隣の女生徒が言ってくる。
「あ、ごめんね」
そう言う時に歯を光らせるのを忘れない。これでこの子も僕の虜だな。
「解答言っていくからな。採点するように」
………。
……。
………。
「すごいね、中崎君」
ふふん。僕にかかればこんな物だ。
だが、隣の子は三つしか分かってなかったぞ。
先生も酷な問題を出すものだ。0点だっているかもしれない。
しかし、そうか。あの字はいなせと読むのか。
勉強になった。ああ、こうして僕はまた一つ完璧に近くなってしまう…。
解答用紙が回収されるのを、そんな事を考えながら見ていた。
「ほう、この難問で満点がひとり」
ふ〜ん。先生も難問という自覚はあったんだな。
って満点がいるだって?
だれだ…。
そうか、長森さんだな。
漢字で僕に勝てる可能性があるとしたら唯一彼女くらいのものだ。
他の凡人どもにそんな事できるはずはない。
「え〜…」
先生がもったいをつける。そんな事しなくても誰かなんて既に分かっているというのに…。
だが、先生の口から出た名前は僕の予想とは違っていた。
僕の最も予期しなかった名前だったのだ…。
「…七瀬留美」
お〜〜と小さなどよめきが起こる。
「9点が4人で中崎、長森、村田、御堂…。
そして、0点がひとり。折原浩平」
いつもなら、何故彼がそんな点数を取ったのか疑問に思っていただろう。
しかし、僕の頭の中を支配していたのは別の事だった。
七瀬って、誰だ…?
それが、僕が転校生の名前を覚えるきっかけだった。


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マッド瑞佳「中崎君って頭いいんだぁ」
いいんちょ「そうらしいな。多分誰も気付かんと思うが、漢字テストの時に本当に9点取ってるからな」
七瀬改「へ〜。あたしも気付かなかったわ」※1
いいんちょ「ふ〜。取り敢えずここまで書いたから、暫くこの話はお休み」
七瀬改「じゃあ、そろそろあたしの乙女チックSS書くのね?」
いいんちょ「書かないって…」
七瀬改「じゃあ、何書くのよ…」
いいんちょ「多分、広瀬の話…」
マッド瑞佳「闘えっ!!の方は?」
いいんちょ「そうだな〜。まだぜんぜん書けてないからな」
七瀬改「どれどれ…。なによ、第5話、これまでのあらすじしか書いてないじゃない…」
いいんちょ「仕方ないだろ。第5話は茜ちゃん忍法帖(仮題)を本編の話として載せるつもりだったんだから
それを番外編にしちゃったからな」
マッド瑞佳「茜ちゃん忍法帖(仮題)は書きあがってるよ」
いいんちょ「いや、それは没だ」
マッド瑞佳「なんで…?」
いいんちょ「kanonネタだからな。こっちが書き直してる奴だ」
マッド瑞佳「…2行しか書けてないよ?」
いいんちょ「ああ、まだぜんぜん思い付かない」
七瀬改「はあ…。広瀬さんの話ってどんなのよ」
いいんちょ「まあ、七瀬シナリオのサイドストーリーといったところだな」
七瀬改「まんまじゃない。しかも、今回書いてる話もそうだし」
いいんちょ「ま、もしおまえが満点じゃなくても中崎はおまえの制服落札してくれるしな…。
そういう意味じゃ、七瀬シナリオかもしれないな」
マッド瑞佳「いいんちょのことだから、広瀬さんの話も続き物になるんだよね〜」
いいんちょ「そうか。これ以上忙しくなるのは得策じゃないな。
というわけで延期」
マッド瑞佳「あっさりしてるね」
七瀬改「じゃあ、感想書きなさいよ」
いいんちょ「ぐあ…」

補足
※1吉田さんが気付いてた。
と言うか昨日某チャットで…(以下略)。

おしまい