金持ちなだけじゃ駄目かしら1 投稿者: いいんちょ
「んあ〜、静かに」
朝の連絡事項を告げていた髭先生が、騒ぎ出すクラスの男子連中に向かってそう言った。
ちなみに髭先生と言うのは僕のクラスの担任で髭面なためにそう呼ばれている。
僕はあのような下品な顔立ちの男と仲良くなりたいとは思わないから、本当の名前なんかは当然覚えてなどいない。
で、何故騒ぎ出したかという事だが…。その理由を僕は知っている。
と言っても先週髭先生が言っていた事をちゃんと聞いていただけなのだけれども。
いや、それ以前に髭先生の隣にいる人物を見れば予想はつくか…。
そう、そこには女の子がいた。
「こらっ、男連中、うるさいぞ。そこそこっ!ウェーブをするなっ」
あまりに騒然としてしまったクラス内を静めるのに必死の髭先生。
しかし、そこまではしゃぐ事なのだろうか…?
「んあー、先週の終わりに話したとおり、転校生くんだ」
転校生くんって…。
普通は転校生の〜さんだとか言うものだと思うのだけど…。
もしかして髭先生は転校生の名前を忘れてしまったのだろうか。
有り得るな。
なにしろクラスの生徒の半分がペンギンに変わっていても気付かないだろうと言われているくらいだからな。
ま、僕にはどうでもいい事だ。
そう、転校生の名前など。
「じゃ、自己紹介どうぞ」
髭先生がそう言うと、ぴた、と喧噪が止まる。
それを見計らってその子が口を開く。
「七瀬 留美です」
なるほど、確かに見た感じは可愛らしいとは言える。
「えー、急な親の転勤の都合で、こんな時期はずれに転校することになってしまいました。
すごく、不安だったんですけどなんかみなさん楽しそうな方ばかりで、ほっとしましたぁっ」
なんてことを可愛らしく言うから、クラスの男子連中は歓喜乱舞、大騒ぎしている。
まあ、ノリがいいという事なのだろう。
「静かにしろっ。ほらそこっ、危ないから机の上で踊るんじゃないっ」
「それではよろしくお願いします」
ぺこっと頭を下げる。
それに対して男子連中が、歓迎の声をあげる。
「んあー、で、席の方だが…そこの列がひとり少ないな」
髭先生が折原の方を見る。
折原というのは個性派ぞろいのこのクラスでも、一際目立つ、変な奴だ。
まあ、見ていて飽きのこない奴だから将来、いっそ僕の家で雇って僕専用のコメディアンになんかするのもいいかもしれない。
「折原。廊下に机が持ってきてあるから、それをおまえの後ろに並べてやってくれ」
それだけ言うと、折原の返事も聞かずに髭先生はHRを締めくくりにかかる。
「では、みんなあまり質問攻めにしないようにな。以上」
そして教室を出て行く。
すると、わっと転校生の周りに輪ができる。
「はぁ…」
折原はそれを横目になんともやりきれない溜め息をつきながら、彼女のための机を取りに廊下に出た。
黒板前にできている人だかり。
まるで飢えたハイエナだ。
いや、甘いものにたかるアリか?
まあ、そんな事はどうでもいい。
僕には関係のない事だ。
そう、見てくれだけで頭の悪そうな転校生の女の子など…。

やがて、チャイムが鳴り授業が始まった。
しかし、いつ聞いてもつまらない授業だ。
僕には専用の家庭教師がついていて、家に帰ればどんな疑問にも答えてくれる。
そして、彼らは教えるのがうまいから学校の授業なんかよりも進んでしまうのだ。
聞いた事のある話を、より下手に説明されて聞く気など起こるはずもない。
だからだろうか、僕はよく授業中、後ろの方の席に座る折原を眺めていたりする。
しかし、何故彼は一番後ろの席なのだろうか…?
たしか、僕の記憶では学年の初めは一番前だったような気がするのだけども。
それにさっき髭先生は、折原の後ろに転校生の席を置くように言ったはずだ。
でも、なぜか転校生は彼の前にいる。
まあいいか、理由など。
しかし、いちいち後ろを向かなければならないのは、少々面倒だ。
そうだ、今度先生に手をまわして折原の席をまた前に戻そう。
うん、それがいい。
そんな事を考えていると、折原が何か変な事をしようとする前兆のきらきらと輝く目になっている事に僕は気付いた。
これは、きっとなにかまた変な事を思い付いたに違いない。
まあ、僕の席は少し離れているから巻き込まれる事はないだろう。
そう思い高みの見物を決め込む。
すると、折原は転校生の長く垂れた髪の毛の先を、椅子の背の部分に結びつけた。
あれは、かなり極悪だ…。
転校生は早くも折原の玩具としての運命が決まったみたいだな。
憐れ、合掌……。
………。
……。
…。
そしてようやくチャイムが授業の終わりを告げる。
「今日はここまで」
先生がぽん、とまとめた教科書で教卓を叩く。
「起立っ!」
ガタン。
ゴキィッ!!
ものすごい音がした。
「ぐ…あ……」
転校生がとても奇妙な体勢で止まっている。
立ち上がろうとしたところへ、髪の毛が椅子の背にくくりつけてあるもんだから、思い切り首を後ろに曲げて身体を反らせていた。
ま、当然だな。
僕は笑いを必死で堪える。
やはり、彼は今すぐにでも僕専用のコメディアンとして確保しておくべきだろうか…。
「礼!」
教室は休み時間へと入る。
どすん!
転校生は一度、椅子に座り直すと、振り向き、椅子の背から髪を解く。
そしてゆっくりと立ち上がり、折原の正面に立つ。
僕は二人の交わす会話が聞きたくて、そばまで行く。
「殺す気かぁっ!このあほぉっ!!」
…外見と性格とは、得てして食い違いのあるものらしい。
「おー、やっぱり今朝のコとは同一人物だったか」
二人は既に面識があったのか…。
「…はっ」
転校生は何かに気付いたように顔をはっとさせた。
「…あ…えっと…」
周りを窺うように視線を巡らせる。
僕は慌ててあさっての方向を見て彼女に気付かれないようにした。
「ごほっ…ごほっげほっ…!」
唐突に咳き込んで、一目散に教室を飛び出して行く。
「ありゃ、七瀬さんどうしたんだ…?」
また質問攻めにでもしようとしたのか、男子連中がそんな事を言った。

昼休みにも相変わらず転校生の周りには人だかりができる。
だが、折原は特に変な事もせずに長森さんと教室を出ていった。
非常に残念だ。
となればこの埃っぽい教室に用はない。
僕は校舎裏に停めてあるロールスロイスに乗り、その中で一流コックによる出来立ての昼食をとると教室に戻った。
きっと次の授業で折原が何かしでかしてくれるだろう。
なにしろ彼ときたら新しい玩具を買い与えられた子供のような目で転校生を見ているからな。
しばらくは常に何かしらちょっかいをかけるだろう。
そして、見ている僕を楽しませてくれるのだ。
うん、折原はいい奴だな。

果たして、僕の望んでいた時はすぐにやってきた。
折原は授業が始まるとすぐになにやら眠そうな顔をしていた。
と、やおら転校生の垂れ下がった髪をひっ掴み、自分の指にぎゅっと結びつけたのだ。
しかし、髪の毛というのは結んだりし難いものだ。
折原は結構器用だな…。
と、折原は結んだだけで黒板の方へと向き直り授業をまじめに聞き始めた。
5秒間だけ…。
「イタぁっ!!」
転校生の声が響き、折原の指に巻かれた髪の毛は引っ張られてほどけていた。
なるほど、眠気を振り払う緊張感を持続するためにああしたという事か。
さっきの授業であんな事をした直後だけにその緊張感はかなりのものだろう。
もっとも、それも折原の睡眠欲には勝てなかったらしいが。
「なんだ?」
「どうしたどうした」
短い悲鳴を上げた転校生に、注目が集まっていく。
しかし、僕のように一部始終を見てない連中は何があったのか分からず、すぐに教室は静けさを取り戻した。
が、さすがは僕の見込んだ男だ。
彼はこれくらいではへこたれず手首にきつく転校生の髪をぎゅっ!ぎゅっ!と結びつける。
折原は今度こそ睡魔に打ち勝つつもりのようだ。
なかなか男だな、折原。ますます気に入った。
3秒後…。
ぶちぶちぃっ!
「きゃあああッ!!」
さっきよりもすぐに寝るあたり、笑いのつぼを心得ているな、折原。
しかし、可哀相に。
初日からあのキング・オブ・変人の折原に目を付けられたんじゃ、彼女も苦労が耐えないだろう。
三日もあれば円形脱毛症でもできそうだ。
僕は彼女の不運に心からもう一度合掌した。
そして授業が終わって転校生によって廊下に連れ出される折原、その勇気に乾杯。


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いいんちょ「おわった、おわった」
マッド瑞佳「もんだ〜いだよっ」
七瀬改「このSSの主人公は誰でしょう?」
いいんちょ「いや、簡単だろ」
マッド瑞佳「そうかな?」
七瀬改「それにしてもあんた、学習能力皆無ね…」
マッド瑞佳「ほんとだよ…」
いいんちょ「…?」
マッド瑞佳「昨日、いけだものさん主催(?)の座談会に行ってきたんだよね」
いいんちょ「そうだが…」
七瀬改「カラオケで歌も歌わず延長してた時に言ってたでしょ」
いいんちょ「…はい?」
七瀬改「連載二つ抱えると死にそうになるって…」
いいんちょ「ぐ…あ……」
七瀬改「言われてからそれを犯すなんて、殺人的にバカよね…」
マッド瑞佳「ほんと、ばかだよねぇ」
いいんちょ「しくしく…」
七瀬改「泣いてないで、早くたまりにたまってる感想書きなさいよ」
マッド瑞佳「闘えっ!!七瀬改もだよ」
いいんちょ「そうだ、この話はこれで終わりにしてしまえばいいんだ!」
七瀬改「本気…?」
いいんちょ「本気」
マッド瑞佳「はぁっ…」
いいんちょ「駄目か…。じゃあ、リレーSSに」
七瀬改「却下」
マッド瑞佳「自分で広げた風呂敷きなんだから、自分で畳むべきだよっ」
いいんちょ「…はい」

おしまい