いかさまプリンス 投稿者: WILYOU
 日差しがカーテン越しに、ちらかった部屋を明るく照らし出し、鳥のさえずりが聞こえる晴れた日の朝。 トントンと階段を上る音が聞こえ、やがてドアを開けて1人の女の子が姿を現す。彼女は散らかった部屋にさして驚きを感じる様子もなく、慣れた調子で床に広げられた物をよけながら、大きく膨らんだベッドの横まで歩み寄ると、すぐ横のカーテンをシヤッと開けてベッドに向き直り、布団の中の人物が頭からかぶっている布団をパッと引き剥がした。
 見慣れたパジャマ、見慣れた寝相、しかし、いつもと違っている何かに瑞佳は驚いて息を呑んだ。
 そう、中には外人としか思えないような金髪の青年が眠っていたのだ。
「ん〜…………………」
 そしてその外人は瑞佳の目の前で、膝まではがされた布団を半身を起こして掴むと、ズルズルと引っ張って体の上にかぶせ、そして頭までスッポリとかぶるとそのまま動かなくなる。
 そして瑞佳が何も言えずに見ていると、中から静かな寝息が聞こえてきた。
「…………………」
 瑞佳は、今度はそろそろと布団をはがしにかかる。
 うん、間違いなく金髪だ。
 布団を腰辺りまで下ろした辺りで、自分の目を疑いつつも彼女はそう確認すると、今度はスルスルと布団を彼の足下まで下ろした。
「ん……んん…………………」
 さすがに冬の空気が身に染みたのだろう、その外人は2,3、体を横に揺すった後、うっすらと目を開き始めた。
 その瞳。南の島の海のような、輝かんばかりのコバルトブルー。そんな彼の目と瑞佳の目が合い、瑞佳は何も言えずに、ただただ身を堅くするばかりだった。
「…グモニー」
「……………浩平だね」
 安堵とも呆れともわからないため息を付きながら瑞佳が言った。
「…………………ああ」
 しかし浩平はたいしたリアクションをするわけでもなく、寝ぼけた調子で辺りをきょろきょろと見渡しながら呟いた。
「いかん、ブルーアウトしている」
「ブルーアウト?」
「知らないのか?戦闘機のパイロットが空中で回転する際にGが足の方にかかり、血液が足下に溜まって、頭に回る血が減り、貧血状態になるのがブラックアウト。それとは逆に頭の方にGがかかった場合、頭や目の毛細血管に多量の血液が流れ込み、赤く見える現象をレッドアウトといい、この場合は青く見えているから…」
「どうでもいいけどネーム長いよ、浩平」
「…………………」
「…………………」
「……………………………………最近、つき合い悪いな」
「うん」
「…………………」
「…………………」
「で、聞いて欲しそうだから聞くけど、ブルーアウトって何?」
「ああ、そうそう、何故か世界が青く見える」
「海の中みたいに?」
「いい表現だ」
「ファンタジーだね」
「…………………」
「…………………」
「…………………で?」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「わたしが聞きたいな………」




 ……タッタッタッ
 
 そうして、今日も2人は朝の町中を学校へ向けてランニングしていた。葉の落ちた木々が少し寂しげな、それでいて何か落ち着いた感じを漂わせる公園の横を走り抜け、駅へと急ぐサラリーマンを追い越し、散歩途中の見知った犬ににこやかに微笑みつつすり抜ける。と、まあここまではいつもと同じなのだが、今日は浩平が一風変わった格好をしているだけに、結構人の注目を集めていたりもする。
「もしかして、寝る前からカラーコンタクト付けてたの?」
「ああ」
 こちらをじろじろと眺めてくる主婦に目線を合わせないようにしながら、瑞佳は静かにため息を付いた。
「危ないよ、眠っている間にずれることもあるんだよ!それに髪もこんな風にして…」
 瑞佳は走りながらも、浩平の金髪に近くなった髪に手を伸ばす。ブリーチされて傷んだ髪が指にからみつく。色具合にむらがあるのを見ると、恐らく自分で染めたに違いない。
「七瀬さんがみたらびっくりするよ」
 と、そこで浩平はあることに気がついた。
「って、そういえばなんで今日はお前が起こしに来てるんだ?」
 そう、七瀬とつきあい始めてからしばらくしないうちに、朝は七瀬が浩平を起こしにくる事になっていたはずだ。
「今日は用事があるからって、昨日電話貰ったの」
「なるほど………」
 そして2人は最後の曲がり角を曲がる。校門まで約50メートル。残り50秒の所を2人は一気に駆け抜けた。
「よし、校門を過ぎれば後は髭との勝負だな!」
「うん!」
 そうして、2人が校門を抜けようとした所だった。浩平は突然後ろから襟元をむんずとつかまえられてつんのめった。
「朝の校門チェック時に、金髪でこの生徒指導部の番長。清水センセの前を駆け抜けるたぁ、ええ度胸や。折原浩平」
 何故か名前をフルネームで覚えられている浩平。
「あ〜、え〜とですね…」
 浩平は言葉に窮した。時間はほとんどなく、いいわけをするにもそこそこ納得のある説明をしないと抜けられない。となると、短く且つ効果的ないいわけが求められるわけだ。『隔世遺伝です』。これはまさにファンタジー。『宗教の戒律で』。しかし浩平は少しばかし仏教派だ。『実は僕ニューハーフなんです』。これは単語の使い方を誤っている。
「実は…」
「ん?」
「ストーリー半ばでの、主役キャラの改造、パワーアップによる外装のチェンジです」
「…………………」
「…………………」
「……………浩平、それメカ物の話?」
 後ろからの長森のその一言が、浩平に生徒指導室行きを宣告した。



 そして朝のホームルーム後。こってりとしぼられた浩平が、力無く教室のドアを開けて入ってきた。
「グモニー、七瀬」
「あんた誰よ…」
 七瀬の席の前へ来たところで軽く声をかけてみたのだが、予想通りいつものようなリアクションは返ってこなかった。
「おお、折原気合いはいってるじゃないかっ!?」
 次の授業の先生が横からやたらと嬉しそうに語りかけてくる。まあ、彼は生徒指導だったりもするのだが。
 浩平としては七瀬と話したかったのだが、今日は少し無理のようだ。放課後にでも一緒に帰ろう。
「さて、用務員室に黒色スプレーがあったよな〜」
 嬉々として浩平を引っ張る先生に連れられて教室を抜けながら、浩平はふと思っていた。
 どうして、七瀬や澪の青くなっている髪が違反にならないのか?と。
「女の子ですから」
 ドアの隅から茜が顔を覗かせていた。 



「で、今日はどうしてあんな事やったのよ?」
 下校中。夕暮れ時の町中を歩いていると、七瀬が訊ねてきた。
「あ、ちょっと待て。もう少しで先生に外された関節が戻りそうだ」
 そうして浩平は腕の関節をはめる。後、体で壊れた箇所は3つ。もう少しだ。
「…………………自爆的」
 七瀬が少し引くが、すぐにもとのように浩平の横に並んだ。
「で?」
「何がだ?」
「どうしてそんなことしたのよ」
 七瀬が浩平の傷んだ髪の毛にそっと触れる。ひとつまみ持ち上げたそれは夕日をたっぷりと浴びて、茜色に光っていた。
 浩平は七瀬の手をスッとどけると、彼女の前に立つ。ちょうど夕日がバックから俺を照らしてくれる位置だ。
「王子様っ」
「…………………は?」
「王子様みたいだろう」
 浩平は両腕を少し広げる。が、彼女はしばらく黙った後、いくらか重々しくため息をつくだけだった。
「………もしかして、昨日私が言ったことの影響?」
 そう、浩平は昨日七瀬がこぼした『王子様』という言葉そのものになろうとしたのだ。
 七瀬をお姫様にしてあげるために……。
「ああ」
 七瀬はもう一つため息を付く。が、今度は呆れていたと言うよりもしょうがない的なため息だった。
「………一つ言っておくけど」
「なんだ?」
 と、その時。突然七瀬が俺の浩平に軽くキスをしてきた。 
「私、あなた以外の王子様なんてたぶんいらないからね」
 そうして照れたようにそっぽを向いて歩き出す。当然のように浩平は後ろを追いかけた。顔が熱くなっていくのがわかった。
「で、たぶんってなんだ?」
「う…ん……、なんとなく断言できなかったから」
 七瀬が困った顔で振り返る。そして、お互い目があって少ししてから一斉に吹き出した。
「まあ、とにかく。私にとって大切なのは王子様じゃなくて、あなたがどうかということ」
 そして七瀬は浩平の顔をまっすぐに見つめる。
「でも頑張ってくれたのは嬉しい…」
 そして自然のように互いの顔が引かれ、唇が触れようとしたところで当然のように七瀬が緊急回避する。
 浩平は何故かその後ろにあった電柱に目を瞑ったまま接吻した。
「何やってるのよ?」
「…………………」
 まあ、これも七瀬らしいといえば七瀬らしい。
「あ、そう言えば」
 と、その時。浩平は不意に思いついた。
「どうしたの?」
「お前って無理に王子様が欲しくないんなら、別に無理してお姫様になりたくもないんだよな」
「それとこれとは話が別っ。ただ、無理してでもなりたいと思うこともあるけど、髪染めてまでなろうとは思わないかな」
「う〜ん、そうか」
「そっ」
 愉快そうな足取りで先をゆく七瀬。浩平は彼女の背中を見て少しだけしまったと思った。
 まあ、いいだろう。別にお姫様から遠ざかったわけじゃなし。
 浩平はそう完結すると七瀬に追いつき、横に並ぼうとした。
 夕日の光を受けて、先程授業中に染めた七瀬の後ろ髪が、金髪から茜色に染まっているのが、浩平にはやたら印象的だった。










            (この後浩平がどうなったか、定かではない)


                        <おわり>
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ここまで読んで下さった方ありがとうございました。
え〜と、深く気にしないで下さい(^^;内容的にも技術的にも(笑)
このSSは6月頃に書いたんですが、途中で中断し、再び書き直した時には何故か3人称が1人称になってたりと、いろいろと不都合が生じました(爆)
まだ「浩平」の部分が「俺」になっている所があったら、それは無視して読んで下さると嬉しいです。
にしても教師が黒スプレーで生徒の髪を染めるのは邪道だっ(笑)

感想なくてすみません(ーー;

http://www.geocities.co.jp/Playtown-Denei/1435