同情するなら羊をくれ 投稿者: WILYOU
 太陽が一日の中でもっとも高く上がろうと頑張っているときだった、街角にあるパン屋のドアが静かに開き、パタン……と閉じた。
 その元気のないドアの音に、そのパン屋のおかみが振り向くと、彼女の娘の小さな女の子が目元を真っ赤に腫らして入ってくるところだった。
「おや、どうしたい。いつになく元気がないね」
「……隣の、ピーターが、…って、言ったのにっ」
 女の子はおかみのエプロンに顔を埋めると、しゃくりあげながらも一生懸命に告げる。
 そんな娘の太陽に焼けてパサパサの髪を撫でながら、おかみはやさしく言った。
「そうかい、嘘をつかれたんだね」
 ふところで、娘がこくりと頷くのがわかった。
「嘘は……、いけないよ………」
「そうだね。嘘はいけないね。でもね、こんな話を知ってるかい?」
 娘が落ち着き始めたことを確かめてから、おかみは言った。
「昔々。隣のピーターと同じように嘘をついた子がいてね…………」



「狼が来たぞっ!!!」
 昼過ぎてまもないうららかな午後に、ここ麓の街でそんな事を叫びながら走り抜ける少年がいた。
「何だって!!」
「どこだっ!!」
「南の牧草地だよ!!早く、僕の羊が危ないんだ!!」
 さきほどとは一変した張りつめた空気の中でそう叫ぶ少年の名はコウヘイ。親無しの羊飼いだ。
「おい!鎌もってこい!!」
「西の牧場は大丈夫なのかい?!」
「大変だ。さぼってる場合じゃないぞ!!」
 あたふたしながら大人達は、先導する少年の後を追いかける。手に思い思いの武器を持ち、息を切らしながら、丘を登っていく。
 やがて、先導した少年が立ち止まり、大人達も足を止める。が、しかし、大人達の目に飛び込んできたのは、先程の自分と同じく、呑気そうに昼を楽しんでいる羊たちの姿だった。
「これは………?」
「狼はどうしたんだ」
 やっとの事でたどり着いた大人達はしばらく呆然として、そこに立ちすくんでいたが、はっとなって後ろを振り向くと、今まで来た道を笑いながら駆け下りていく少年の姿があった。
「くそっ、また騙されたっ!」
「こら、コウヘイ!いい加減にしないか!!」
「ははっ、眠ってる脳味噌を少しは動かしてやったんだ。ありがたく思いなっ!」
 そうして、今日もコウヘイは大人達をからかって遊んでいた。



 次の日、コウヘイはいつものように、草の茂る丘の上で羊の張り番をしていた。ごろん、と草の上に寝転がって、流れ行く雲を見つめて一日を終える。
 今日もいい天気だ。そうは思っても、あまり楽しい気分にならない。
 そうやって、いつものように彼が雲の数を数えている時だった。今まで彼の顔を優しく照らしていた太陽の光が遮られ、気持ちのいい涼しさが彼の顔を包む。
「………………?」
 彼が、突然できた影に半身を起こすと、一人の見知った街の女の子が、横に立っていた。
「サラ、どうしたの?」
 いつもは下の街で働いている彼女が、ここまで上がってくるのは結構珍しいことと言えた。
「コウヘイ。また、嘘をついたのね」
 ああ、そのことか。と彼は悟り、不機嫌そうにそっぽを向く。
「だめじゃない。そんなことやってると、本当に狼が来たとき誰も来てくれないわよ」
 彼女もその場にしゃがんで、コウヘイの顔をじっと見つめる。
「どうして、そんな事するの………?」
 コウヘイは一時考えた後、言った。
「退屈だからさ」
「退屈だから、ああいう事をするの?」
「そう」
「…………………わかったわ」
はぁ、とため息をついて彼女は立ち上がる。
「おい、サラ……」
「これまで、昔なじみのよしみで、あなたの味方でいたつもりだったけど。この事に関しては、もう知らないから」
「え、ちょ、ちょっとまてよ!」
 サラはパンパンッと、スカートに少しついた土を払って、くるりときびすを返すと、麓へ向かって歩き出した。
コウヘイはパッと立ち上がって、後を追う。が、その途中でサラがくるりと振り返っていった。
「街の人に、もう嘘は言いません。って言ったら、考え直して上げてもいいわよ」
 その言葉に彼はぴたっと立ち止まる。いや、坂道を走っていた勢いで、立ち止まれずに前へ向かって転げ、一回転して止まる。
「じゃあね」
 サラは手を軽く振って、去っていく。その後ろ姿を、彼はじっと見つめていた。

次の日曜。彼は羊を狼に全部食べられる。




「知ってるよ。狼少年の話でしょ」
「そうだね。狼少年。嘘はいけないよ、って話だったね」
 ふところに顔を埋めていた女の子が、不思議そうな顔を上げる。
「でもね、大事な事はもっと他にあるんだよ」
「?」
「嘘にはホントがあるように、裏があったりもするんだ」
「うら?」
「嘘をついた少年は、本当は何が言いたかったんだろうね」
「…………………」
「本当の言葉はなかなか見えてこないものだよ、どら、もう一つ、今度は狼少女の話をしよう」




「狼ですっ!!」
 昼のうららかな雰囲気の流れる街に、尋常じゃない叫び声が響いた。
 当然のことながら、ここ、麓の街は大騒ぎとなる。
 街角にある小くぼろいカフェテラスでも、何人かの男が騒いでいた。
「アカネ、いつもの事ながら、動詞が抜けていて何がどうなったかわからないぞ」
「馬鹿!アカネの『狼ですっ!』は、『狼が来たぞ!』の意味だろうが!!おい、鎌なかったか、鎌!!」
「『狼が群をなしてラインダンス踊ってるぞっ!!』てのは考えられないのか?」
「そういう時は『狼だすっ!』って言うんだ!!」
「私、言いません…」
 ぼそっとつぶやき、街角を見つめるアカネに2人は口をつぐんだ。
「狼は、どこだっ!!」
「こっち、私の羊がいる牧草地です!!」
 やがて、集まりだした大人達を引き連れて、アカネは丘の上の牧草地へと駆け上がる。
 息を切らしながらも、なんとか短時間で大人達はたどりついた。
が、しかし、そこには羊達がのんびりと寝そべっているだけだった。
「………いない」
「狼はどこだ……」
 大人達がアカネを振り返ると、そこには息切れで笑う余裕を失ったアカネが、一生懸命坂の下へ、てとてとと駆け下りて行くところだった。
「また、嘘か………」
「あ、転んだ」
 みんなの視線の先で、アカネが石に蹴躓いて、坂の下へザザッと転ぶのが見えた。
…………………。
 そして、ピクリとも動かない。
「おい、誰が助けに行ってやれ」
 手に持っていた斧を下げ、村長がため息と同時に呟いた。




次の日。良く晴れた空の下の牧草地で、アカネが不器用にも羊を一生懸命集めようとしていると、麓から見知った少年がやってきた。
「手伝ってあげるよ」
 アカネの返答もまたずに、少年はさっそく羊を追い始める。彼の助けもあって、きようの仕事はかなり早く片づいた。
「あ、ありがとう…」
「別にいいよ」
 2人は羊の横で、草むらに座り込んで休む。昼過ぎの風が涼しく、2人の火照った肌を冷やした。
 少年の名はバズ。昨日アカネがじっと見ていた街角カフェテラスで働いている。
「昨日は、大騒ぎだったね」
「…………」
 アカネはスッと目をそらす。少年はそんな様子を見て、しばらく躊躇していたが、やがて思いを決めたようにして言った。
「どうして、あんなことするのさ」
 アカネの体がビクッと震える。
「ねぇ、教えてよ。いや、責めてる訳じゃないんだ。話したくないのなら、それでいいけど」
「…………………退屈だから」
アカネが小さな声で呟いた。
「え?」
「退屈だから…」
「…………………」
アカネの、今度ははっきのとした言葉を聞いて、今度は少年が黙った。前を向いたまま、じっと遠くのなにかを見つめている。
「……………?」
 アカネが不思議に思って彼の方を向いたとき、少年が呟いた。
「つまり、それは寂しいって取っていいのかな?」
「え?」
「寂しいんじゃないの?」
「ち、違いますっ」
アカネはそっぽを向いてしまう。
「寂しくなんか………………」
「…………………」
「寂しく、ないです………」
「…………………」
「………………!」
 少年は突然アカネを後ろから抱きすくめる。
「わかった。アカネは寂しくない。それでいいんだよな」
「バズ…………………、手、手を…………………」
「寂しくないんだったら、自分でふりほどけば?」
アカネの顔が、さっと紅色に染まる。
…………………。
「アカネは寂しくない。それでいいんだろ?」
「……………」
「…………………」
「………………はい」
アカネは小さく頷くと、首に回された腕に手を伸ばした。
「寂しく、ないです……」


次の日曜。少年の活躍によって、羊たちは狼から守られた。




「助かったの?」
「そう、羊たちは食べられないですんだのさ」
「……………わかんない」
 おかみは笑いながら娘の髪の毛を優しくすかす。
「つまり、彼女は『狼が来たぞ』じゃなくて『寂しい』って言いたかったんだね」
「…………それが、嘘の裏側?」
「そうさ。普通はね、嘘をつかない子供なんていない。ついたことあるだろう?」
「……………うん」
「いい子だ。そう、嘘をつくことは悪いことだけど、それはそれ。大切なのは裏側に気が付いてあげられる事だね。少年はそれが出来たんだ」
「できるかな?」
「できるさ。良く人のことを見てればいいんだ。そうだ、今の話には続きがあってね」
 おかみは話しながらエプロンを外す。
「それから、その少女は寂しいときは『狼です』って言い、本当に狼が来たときは『嫌です』っていうようになったんだってさ」
 おかみは取ったエプロンを簡単に畳んでその辺りに置くと、近くに置いてあったパンをひとつふたつ選んで近くのテーブルの上に並べる。
 女の子もテーブルについて、ポットからお茶を自分の小さなカップに注ぐ。
「じゃあ、その街では『狼ですっ!!』って女の子が来たら、優しく迎えてあげるのね」
「そう、みんなで『大変だっ!!』って言いながら、お茶菓子を用意するのさ」
 コトン、と焼きたてのいい匂いのするパンが食卓に並べられ、女の子が熱そうにそれを手に取ると、はむっ、とかぶりつく。そして、しばらく咀嚼して微笑んだ。
と、その時、娘が急に不思議そうな顔になって聞いてきた。
「ねぇ、もしかして最初の少年も寂しかったの?」
「なんだい、分かっていたんじゃなかったのかい?そうだよ、少年も寂しかったんだ」
 おかみは苦笑しながらも、どことなく楽しそうに話す。
「それなのに気が付いてもらえなかったのね」
「ああ、可哀想な話さ」
「でも、少年と少女のどっちも同じ事いってるのに、どうして最後が違って来ちゃうんだろうね?」
「さあ、どうしてだろうねぇ?」
 おかみは首をひねってから、小さな窓へと視線を移した。
 切り取られた気の穴から、ぽっかりと浮かぶ雲と青い空が見える。
 「ほら、いい天気だ。昼食べたら、ピーターの所へ行ってきな。あいつの嘘がどの程度か見てきておやり」
「うん!」
 パンを食べ終わった彼女が元気よく頷いて、ドアの方へと駆けてゆく。娘の後ろ姿を見ながら、おかみは干さなければいけない洗濯物のことを考えていた。
ギィッ!  バタンッ!!
この街の、いつもの午後が始まろうとしていた。






アカネ「人徳です」

                            <おわり>
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コウヘイ「同情するなら羊をくれ」

−−−−−−−−−−−+++−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「空白」の続きを書こうとして、ふと思い浮かんだのがこの話。
なんとなくタイプしていたら、いつのまにやらこんな形にっ!?
恐ろしい、恐ろしすぎる…………………。
狼少年の話です。モトネタは「晴***」の「可哀想に、あの少年(狼少年)はもうしゃべれないだろうね」「この少年は狼が来たぞ!じゃなくて、誰か側にいて!、って叫べば良かったのにね」っていうセリフから取りました。
全般的に苦しいですが、どうかご容赦を。
それとここまで読んで下さった方、ありがとうございます。

とことん少ないですが感想です。

>「アルテミス」
>神凪 了さん
おお、晴香兄が宗教団体に入るまでの顛末がしっかりとできてますね。
本当にこんなんだったら面白いのに(爆)
兄の心の動きが面白かったです。
感想ありがとうございました。

>コンビニに行こうっ!
>コウさん
てりやきっ(笑)
いいです。繭が平気な顔して食べてる辺り。
本当にあるそうですね、実際に食されたとは、なかなか☆

>星に願いを3
>幸せのおとしごさん
アカネとコウヘイのなんとないラブ感と、「私、少女ですから………」のあたりがよかったです。
最後のナナセ病というのも笑いました。


>感想下さった方
本当にありがとうございますm(_ _)m

>このSSに対しての意見
もし、「これはやばいっしょ」みたいなのがあったら、メールでお願いします。

http://www.geocities.co.jp/Playtown-Denei/1435/rri.htm