空白(1) 投稿者: WILYOU
99,4,12

『起動』

突然走った信号に、僕の体はビクッと震える。
新品の回路に初めて流れたプログラムは『起動』。誰かが僕を動かしたのだ。
休息に体が暖まっていくのを感じながら、僕は自分という存在を初めて認識していた。
「…………………動いたの?」
「動くけどね。成功とはまだ言えないよ」
外から聞こえる声、不思議に思って僕は瞼をパッと開いた。
「きゃっ」
最初に目に飛び込んできたのは膨大な量の光。眩しくて何も見えない中、僕は、まだ不慣れな目の精密機器をぎこちなく動かして、光を調節する。
次に見えたのは1組の男女。後で分かったことだが、『制服』を着た男と女が僕をじっと見つめていた。
僕はその女の方に注目する。男の方は冷たい目で僕を観察しているのに対し、こちらは心配そうな顔つきで、じっと僕を見上げていた。
(?)
と、その時。『起動』のプログラムが走り終わり、体の中からスッと消えた瞬間。僕は僕が誰であるかを完全に悟った。 
 そして、すべき事も。
「………マスターは」
 聞いたこともない男の声が、僕の口から流れる。
「えっ?」
「まだ動いたばっかで、顔の小さな部品が十分に動かせないみたいだな」
 勝手にペラペラ喋る男を無視して、僕は聞き返してきた女に、もう一度訊ね返した。
「マスターは、あなたですか?」
 しっかり発音できたセリフに僕はいくらか満足する。
「……住井君?」
「え〜と、マスター、つまりこの機体の管理者は誰ですか?って聞いてるんだけど。どうする?」
「そう………」
 女の方の動揺は収まったが、その目にはどことなく失望の念が伺えた。
「………なんなら、俺が引き受け―――」
 と住井が申し出ようとしたが、女は何かを吹き飛ばすように首を横に振ると、彼の言葉を遮って言った。
「ううん、いいよ。私が無理言って頼んだんだもん。これ以上、迷惑かけたくないよ」
「……長森さん、俺、本当にいいから」
「…ありがとう。でも『浩平』の存在を知ってるのは私しかいないし…」
悲しく笑う彼女に、住井は何も言えず黙る。
「…………マスターは、私だからね」
長森がこちらを振り返ってそう僕に告げた。
「わかりました。よろしく、マスター」
 僕が伸ばした腕に、彼女はしばらくきょとんとしていたが、慌てて手を握り返してきた。
「よろしく、浩平」
 

 kuhei-1 それが僕の型番。




4,25

 折原 浩平(おりはら こうへい) 17歳 
 現在叔母の家に滞在中 家族は母親がいるが行方不明中

それが自分に与えられたステータス。
僕は、アンドロイドでありながら、「人」としてこの日本に存在している。
『浩平』という少年をもとに作られた僕が、逆に『浩平』のスペースを奪っている。普段ならとても考えられないことだろう。
だが、彼の場合はいくらか特殊なケースに当たるらしい。
『折原浩平』。この少年をの存在を示すものは、書類の上と、長森の頭の中にしか残っていない。
突如として消えた少年。非科学的な事象だが、現にこうして書類が残っているのも事実だ。
僕は彼が戻ってくるまでの、彼のステータスの守り番をまかされた。
声と、顔しかにていない僕が、性格もまったく違う少年になりすましても、誰も気が付かない。
滑稽、と言うのだろうが、あいにくと僕は皮肉な感情の表現方法を知らなかった。

「浩平、着替えた?」
 ガラッ、と倉庫のドアが開いて長森が入ってきた。
 あれから何週間か、僕はこの倉庫で寝泊まりしている。寝泊まり、といっても定時に起動、終了を繰り返すだけなのだが。
「長森。おはようございます」
 あれ以来、長森がマスターとなってから今日。僕は彼女をマスターとは呼ばず、長森と呼ぶように命令されていた。
「おはよう。今日も早いね」
「ええ、学校に行きますか?」
「うん。いつもより早いけどね」
 そうして僕は鞄をもった後、倉庫から出、庭を回って家の入り口から外へと出る。長森家、その倉庫を彼女に借りて、僕はここ一週間少し寝泊まりしていた。
「ごめんね、あんな倉庫に押し込めて」
 学校へと続く道の途中でマスターが
「いえ、カプセルさえあればどこでも寝られますから」
「親にも内緒でいるから、見つかったときはうまく逃げてね」
「カモフラージュもしてありますから、大丈夫ですよ」
それに僕があのそ倉庫にいるのは夜中の間のみ。そんな時間に倉庫をいじることはまずないだろう。
「…………………」
「…………………?」
 彼女が突然黙るので、不思議に思って見ると、横で僕を見上げている彼女と目が合う。
「何か?」
「え、ううん。見た目も声も浩平と全然変わらないのに、そう話されるとちょっと違和感がね」
 そして彼女は、ごめんね、とつけくわえると、前を向いて黙ってしまう。
 『ごめん』その意味を考えながら、僕は黙って歩きつづけた。
 

99,5,1

今日は5月。新しい月の始まり。
桜もとっくに散って、若葉が大きくなり始めた。
「今年も花見に行かなかったね」
長森が若葉の下で笑っていた。
彼女の香りがした。

5,3

回りを見てもアンドロイドがいない。
自分を作った住井の技術力にほとほと感心する。

5,12

今日で起動から一ヶ月が過ぎた。
住井の家へ行き、定期メンテしてもらう。
異常なし。

5,13
昨日メンテして貰ったばっかりの体だったが、登校中に物陰から飛び出してきた女の子の体当たりを喰らった。
結構痛い。見ると同じクラスの子だった。
名前は七瀬。さすがに相手も悪いと思ったらしく、一生懸命あやまった後、急いで学校の方へ走っていった。
横で長森がやたらと笑っていた。
珍しい、あまり笑わない娘なのに。

5,16

今日は席替えがあった。今のクラスは2年からの持ち上がりだそうだが、僕の知っている人はいない。僕を知っている人もいない。新鮮な感覚だ。
窓側の後ろから2番目。前はこの間ぶつかった七瀬だったが、彼女は僕だって気が付いていない。

5,17

 授業が最近退屈だ。
テストなどで赤点をとっては、『浩平』のかわりに学校へきている意味がない。との事で、知識だけは完璧に詰め込んであるため、授業をうける必要がない。
見る点と言えば、教師の教え方がうまいか悪いか。自分も一緒に頭の中で講義を進める。
今日は僕の方がうまく進められた。

5,18
 
 暇だ。することがない。
 今日は雨が降っていた。 
 
 そうそう、いい加減クラスの連中に顔を覚えられた。
 でも僕は『浩平』じゃない。いいんだろうか?
 
5,19
 
 いいかげん聴衆のいない講義をするのも飽きた。暇つぶしに前の女の子の髪の毛で遊んでいたら、途中で後ろの住井に止められる。
 何か?と訊ねるより早く授業が終わり。僕の悪戯に気が付いた七瀬が、突っ張りで僕を廊下へと押し出す。
つっぱり、結構きく。
七瀬留美。デンジャーな人物リストに追加。

5,20

日曜。学校を休んで住井の家へと向かう。
体の調子がおかしい。昨日のつっぱりが効いたか?
メンテしてもらったら部品が壊れていたので、なおして貰う。
長森と住井がワリカンで部品を買ったらしい。
困った顔をしているにも関わらず、長森の顔がどことなく嬉しそうだった。
「しょうがないな」と笑っていた。

5,24

 スポーツテスト。この日初めて加速装置を使用した。
100メートルを5秒台で走り抜けたら、みんなにいろいろと言われた。
住井も長森にいろいろ言われていた。

(追)加速装置を取り外される


6,1

「梅雨前にどこか外に行こう」
 長森が僕を外へと連れ出した。
 商店街、公園を回っていたが、僕は物が食べられない。
 クレープ屋の前で立ったままの長森に「買ってきたら?」と聞いたら、「ん…、やめておく」と言ってきた。
 演技の下手な奴だ。
 顔に全部出ていた。

6,3

 今日は長森が学校を休んだ。しかたないので一人で行く。

6,4

 長森が僕をほっぽって先に行く。しかたないので先に行く。
 放課後。高台の公園で彼女を見つけるが、声がかけられない。
 悲しんでいる以外。僕には彼女の気持ちがわからない。
 何を言っていいかも分からない。
 日が沈むまで、ずっと見ていた。

6,6
 
 長森に会いたくない。僕は先に学校へ行く。
 住井が長森にいろいろと相談を持ちかけているようだ。

6,12

 長森が夜中、倉庫に突然押し掛けてきた。
 目の前であやまりながら泣く彼女を僕は黙ってみていた。
 そんな僕を見て、彼女はまた泣いていた。
トタン屋根にぶつかる雨がうるさかった。

6,15

 アルバイトを始める。コンビニで時給750円。
 柚木詩子という奴にあった。
 変な奴。

6,18

 長森がまた一緒に学校へ行きだした。
 あまり僕を見なかったが、笑っていたのでよしとしよう。

6,21

 コンビニで万引き発見。ロケットパンチで取り押さえたら、詩子がうるさい。
 みのもんたに電話していた。

6,23

 ロケットパンチが長森にばれる。
 その日はせっかくの日曜だったが、長森が住井を責めるのをじっと聞いていた。
 雨が強かった。暇つぶしにはちょうどいい。


7,1

 新しい月。何か起きそうで起きない、そんな日。
 空回りする期待を窓際で持て余していたら、長森が珍しく笑った。

 
7,3

 テスト週間。別にやることもないが暇だ。

7,4

 暇だ。

7,6

 暇、というよりは、いいかげん寂しい。
 暇だと長森に言ったら、テスト勉強に混ぜてくれた。
 
7,7

 長森の部屋で、趣味の悪いうさぎのぬいぐるみを見つける。
 ボタンを押すと、聞き覚えのある声が流れた。
 夜中、それが自分の小枝と言うことに気が付き飛び起きる。
 知らないところで自分に重ねられてきた他人の輪郭。
 長森のくすんだ笑顔の理由が、ほんの少しわかった気がした。
 僕も長森がいなかったら、少しは嫌だろうから。
 
 (追) タナバタは雨で見られない。
     願い事も叶わないだろう 
7,8

 またまた学校で席替え。里村茜という娘の隣。
 長森に似ていた。
 特に雰囲気が。

7,16

 授業中、右手に異常。
 力加減がうまくいかない。
 何でも握りつぶしてしまうので、腕ごと外していたら住井に殴られた。

7,19

 住井が生徒指導に呼ばれた。いい加減こいつの性格がわかってきた気がする。
 クラスで住井の悪さについて話し合っていたら、僕の話題がでた。
「折原君と住井君をたして2で割ったらちょうどいいのにね」
 佐織という子が漏らした一言が、やたらと気になった。

7,20

 夏休み。
 暇だったので、バイトの時間を増やした。

7,25

 里村茜が詩子の友達だという事を知る。正直驚いた。

7,27

 里村がコンビニに顔を出す。あいにく詩子がいなかっので、話でもと思ったら、どこからともなく詩子が現れる。
変な奴。

8,5

 七瀬がコンビニに来た。嫌な顔をされたが、お互い暇なので、しばらく話し込んだ。

8,6

 長森が海へ行くと言った。
   
                   <続く>
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初めて日記形式に挑戦してみましたが、難しいですね。
なんか重い話になってしまいました(−−;
こんなはずでは…………………、次は是非とも明るい話に。
後1,2回で終わる予定です。
描写が不自由分ですので、とりあえず補足説明を入れておきます。
主人公は住井に作られたアンドロイドです(ネタもとは「飛行少年」)
外観、声などは浩平と変わらないものの、人格はまったくのオリジナルで、多少浩平ににせてはあるものの、全然違います。
時間は浩平が永遠の世界へ消えている一年。彼を留年させないように、と長森が住井に浩平ロボを作ってくれるよう依託したのが始まりです。
どうして彼女がそう思ったかについては、深く考えないで下さいね(^^;
クラスメートには、3年の時になって初めて気が付いた奴、と認識されています。
補足が長くてすいません。文章力ないから(T T)

>感想下さった方
本当にありがとうございます。

>刑事版
SS書かれる方などの、感想、後記etc………などの掲示板です。
前回の説明が不十分そうだったので、付け加えです。
アドレスは下に(勝手に宣伝すいません)

http://denju.neko.to/menu/bbs3/minibbs.cgi