二人は仲良し 投稿者: WILYOU
 放課後、皆は楽しく帰っているというのに、何故か俺と七瀬は職員室の掃除をやっていた。
「ほら、新入り。灰皿汚れてるだろうがぁっ!」
 窓ガラスをキュッュッと吹いていた俺が、体育教師が言ったと思われる怒鳴り声に振り向くと、向こうの席で七瀬が平謝りしていた。
 職員室掃除。普段の掃除時間以外、皆が好き勝手やっている放課後に行われるこれは、ごさっしのとおり『罰』というやつである。
「ほら、折原。しっかり力込めて拭けよ!」
 すでに名前を覚えられている俺が、通りがかりの校長にポンッと尻を叩かれる。
「…………………」
 俺は、こうなった原因を思い返していた。

<2時間目>
 この時間はいつも退屈だ。俺はそんな事を思いながらも、片手で住井からもらったモデルガンをもてあそんでいた。
 シグザウェルとでもいっただろうか?とにかく本物っぽく、ずっしりと重い。俺は冗談混じりで七瀬の背中に狙いを付けて、引き金を引いてみた。
 パシュッ!
 とたん何かが射出されるような音と、手にきたいくらかの反動。
 そう、モデルガンには弾が入っていたのだ。
しかし反動が思ったより強く、銃口がぶれたのか、弾は七瀬には当たらずに、七瀬の机に当たった。
 ボッ
 とたん、勢い良く燃え上がる七瀬のノート。
「きゃあっ!」
 大慌ての七瀬。それを隣の生徒が発見し、クラスは大騒ぎとなった。
…………………これは何?
 俺は騒ぎを耳に聞きつつ、手に持ったモデルガンをじっと見つめる。と、それがいけなかった。
「あ〜っ、あんたでしょっ!」
 なんとか火を静めた七瀬が、モデルガンを持っていた俺を発見し、くってかかってきた。
「い、いや、これはだな、その…………………」
 とっさに言い訳できない自分が悔しい。
 そしてしばらくの論争の後。
「浩平だよ」
 という一部始終を見ていたらしい長森の声で、俺は教師に職員室掃除を命じられることとなる。

「で、なんであたしまでやんなきゃなんないの?」
 バケツを手に、通りかがった七瀬がボソッと俺に言ってきた。
「喧嘩両成敗だって先生が言ってたろ?授業を騒がした罰だ」
「それにしたってこの扱いはなに!?そんなに悪い事してないのに、なんでここまで嫌がらせされなきゃいけないの!?」
 興奮状態の七瀬。まあその気持ちもわからないものでもないが。
「怒鳴られる。お尻さわられる。何よりも先生からここに来た生徒達までが、私を犯罪者みたいに見るのはどうしてっ!?」
「わかってないな、七瀬」
「………どういうことよ」
 俺はそこで一呼吸置いて、続けた。
「これはそういう奴が来るとこなんだよ」
 俺が言ってから、七瀬はしばらく黙っていたが。
「嫌ああぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!」
 と窓ガラスに頭を押しつけて泣き出した。
「ほら、新入りっ。さっさと行け!そうだ折原お前も手伝ってやれ」
 ここに来る家に顔見知りになった数学教師に怒鳴られて、俺達は廊下へと向かった。


「まったく、長森が言わなきゃな……」
 そう、あいつの一言が俺にとどめをさしたのだ。
「わたしは感謝してるけど」
 隣でバケツを手に、重そうにして歩く七瀬。
 廊下の先の流し台へ行くところだ。
 と、そこで俺は立ち止まる。
「甘いな、七瀬」
「甘いはいいから、あんたも1つ持ちなさいよ」
 と、バケツを押しつけられながらも、俺は残った片手でチッチッと指を振る。
「長森がああいわなければ、原因不明の自然発火ってことで片づいていたんだぞっ」
「そんなんで片づけたくないっ!」
 七瀬の猛反発によって俺は沈黙した。
 そしてしばらくして俺達は流し場に着く。もう掃除している生徒もいないせいか、人気がまったくなかった。
 バケツの中の水を流し、中に入っていた雑巾を洗う。が、面倒くさいので俺はバケツに綺麗な水を入れると、その中に雑巾を放り込んでかき回す。
「何やってんの?」
「雑巾洗濯機」
 と、七瀬がため息をつこうとした、ちょうどその時だった。

 バシャッ

 突然バケツの中から白い手が出てきて、バケツのふちをがっしと掴んだのだ。
「……………………」
 七瀬はため息を付きかけた状態で固まり、俺はまったく声が出せない。
 ザバッ
 もう一本でできたでが同じように縁を掴み、中から何かが出てこようとしていた。
「な、何?」
 七瀬が声を絞り出すが、俺の方はまったく声が出ない。
 俺達がそうやっている合間にも、本体は水面から出てこようとしていた。
 ザバッ!
 本体が頭から出てくる。が、バケツが小さかったのだろう。それは一旦ひっかかったようにピタッと止まった。
 バキィッ!
 しかしそれも一瞬のこと、そいつはバケツを割って中から躍り出てきたのだ。
 雑巾を頭にかぶり、びしょびしょのその姿は…………………。

『タキシード茜』

「…………………」
「酷いです」
 雑巾をはらいのけながらも、恨みがましそうな目で俺を見つめる茜。
「いや、俺に言われても……」
 そして、一陣の冷たい風が辺りを通り過ぎた。
「…早く家に帰ってシャワー浴びたいのでいきなり本題に入ります」
「あ、ああ」
 すると茜は頭にかぶっていたシルクハットを手に取ると、中に手を突っ込んだ。
 ごごそごそ…………………。
 そし中から何かを引っぱり出す!
 茜に引っ張られるような形で出てきたそれは、ちびみすがだった。
「あなたの落とした瑞佳は、これですか?」
「…………………これって、『池』か?」
「はい」
 長森。昼からどうも見ないと思ったら、そういった背景があったとは。
「それって誘拐って言わない?」
 七瀬のもっともな表現は、茜のいつもの、しかし鋭い眼光によって消え去った。
 そして俺と七瀬が硬直していると、茜は両手を前に差し出すと、手のひらを合わせ、しばらくこする。
 そして茜がそれを開いた瞬間、ポンッという気持ちのいい音とともに、煙があたりに立ちこめ、中から一人の女性が姿を現した。
 おとなしそうな雰囲気を持つ、その女性は……。
「おとな瑞佳ですか?」
 そして茜は最後にステッキを振って、スモークと最後の一人を出す。
「浩平っ」
 言わなくても分かる、普通の瑞佳が中から現れた。
「…………………」
「どれですか?」
 流し台の上に立つ女性4人。水を汲みに来た、体育系部活のマネージャーとおぼしき2人が、こちらに気が付いて方向を変えて去っていくのが、視界の端に伺える。
「あ〜、とりあえずそこから降りたら…」
「どれですか?」
 さっきよりも強い口調でせまる茜。どうやら本当にシャワーを浴びたいらしい。
「ん〜、そうだな…………………」
 ちびみずか、大人瑞佳。この2人はおとなしそうだ。
 今の瑞佳も十分献身的といえば献身的だが、いくらかうるさい感じがある。そう、今日の授業のように。
 と、なるとだ。ちびみすがと大人瑞佳。ということになりそうだが、ちびみずかは将来今の瑞佳のようになる恐れがある。 
 いや、それ以前にあっちの世界へ連れて行かれたらたまったものではないのだが…。
 と、なると大人……、いや、いくらなんでも大人っぽい瑞佳というのもちょっとひいてしまう。
 となると、だ。
「決まりましたか?」
「ああ、決まった。俺が、俺が落としたのは…………………」
 辺りに、重い、重い沈黙が流れた。
 
「茜、お前だ」
「えっ」
 茜の頬が少しだけ朱色に染まる。
 瑞佳といいたいところだったが、悔しいのであえてここは茜を選んだのだ。
 しかし決して茜をおろそかにしている訳ではない。
「さっ、早く帰ってシャワー浴びるんだろ」
「ちょっと浩平っ」
 長森の非難は無視するとして。
「ほらっ」
 光る八重歯、浩平必殺のスマイルを見せて、俺は茜を魅了した。
 と、茜がコクンッと頷いて、流し台から降りてくる。
 まさか本当に聞くとは思わなかったが、結果オーライ。俺は茜の冷えた肩をさりげなく抱くと、今だ硬直している七瀬に手を振って帰ろうとした。
「ちょっと浩平っ!授業中のことなら浩平が悪いんでしょっ!」
 非難の声をあげる長森。しかし俺は無視、しようとした。
「役目、果たさないと…」
 そうボソッと呟いた茜が、くるりと振り向いてステッキを振る。
 すると不思議や不思議、立っていた3人の瑞佳が、流し場に散らばっているバケツのかけらへと吸い込まれていく。
「きゃあっ!」
「…………………」
「きゃっ!」
 そして後には七瀬と、俺達2人が残されていた。
「さ、行きましょう」
 さりげなく言う茜を見て、俺は怒らせないことを心に誓った。


<そして茜の家>

 タキシードを脱いだ茜が、いつもの制服姿でまっている間。俺は風呂場の準備をしていた。といっても二十四時間風呂なので、ただ見に行くだけだったが。
「お〜い、ばっちりだぞ!」
 と、俺が 風呂場から外に向かって呼びかけた時だった。
 
 ザバアッ!

 後ろで水の跳ねる音が聞こえた。
「浩平」
「こうへい」
「浩平さん」
 静かながらもちょっと怒気を含んでいると思われるその声に、俺は後ろを振り向く気にはなれなかった。

<茜家リビング>
 何故か心配になって後からついてきていた七瀬と茜が話していると、風呂場の方から浩平のものとおぼしき悲鳴が聞こえた。
「な、何?」
「そういえば、風呂場とバケツがリンクしていること忘れてました」
 ズズッと暖かいお茶をすする茜。
「…………………ねぇ里村さん?」
「はい?」
「どうしてあんな事を?」
「浩平が長森さんを選ぶことで、仲直りのきっかけを作ろうとしてたんてですけど…………………」
「悪かった。俺がわるかったぁっ!」
 またも、聞こえるぐぐもった浩平の声。
 …………………。
「ま、これでもいいんでしょうけどね」
 くすっと茜が微笑んだ。 

                   <おわり>


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