約束 〜もうひとつの絆〜 投稿者: 折笠 美冬
  10月。季節は秋に移り変わる。暑かった夏の名残も消えて、風が涼しさ
でなく冷たさを与えるようになる頃。3月に卒業してもう来なくても良くな
った、家のすぐ近くにある高校の屋上。そこに私はいた。

(・・・もう半年になるんだね・・・ここに最後に来てから・・・)

  私は盲人用の専門学校に通っていた。高校へは一人で通っていたが、専門
学校はひとつ隣の町にあるために必ず両親に付き添ってもらっていた。その
ために高校の時以上の苦労をかけさせてしまっていて申し訳ないと思ってい
る。
  
(・・・それでもね、私、頑張ってるよ・・・いつも、笑っていられるよう
に頑張ってるんだよ・・・)

  だけど、頑張ってる私を一番見て欲しい人は・・・

(・・・ねえ。どこに行っちゃったの、浩平君・・・)

  風が私の横を通りすぎる。まるで、流れて行く時間を伝えるかのように。

(・・・私ね、いろいろな人に聞いたの。浩平君が幼馴染だって言ってた長
森さんや、友達だって言ってた七瀬さんや、浩平君を知っているはずの人達
に。・・・でもね、みんな浩平君のこと知らないって言うんだよ。・・・酷
いよね。みんな、浩平君のこと忘れちゃったんだよ。浩平君のこと覚えてる
の、私しかいないんだよ・・・)
  
『・・・綺麗な夕日だな。今日は70点ぐらい付けてもいいかな』

(・・・そう言ってくれないの?また、意地悪してるんじゃないの?・・・
本当に私の近くにいないの?・・・) 

  見えない目からも涙は溢れてくる。はらはらと落ちる雫は、風に飛ばされ
ながら虚空へ放り出されてく。

「浩平君、早く声を聞かせてよ・・・私、もう挫けちゃいそうだよ・・・」



「綺麗な夕日だね。100点満点だ」
「えっ!?」

  いつからいたのだろうか。すぐ近くで聞こえた男の人の声に私は振りかえ
った。

「ああ、驚かせちゃったかな」

  ・・・浩平君ではない。声も、口調も違う。

「ううん。大丈夫、なんでもないよ。ちょっとびっくりしただけ」
「先に声を掛けておくべきだったかな?」
「気にしなくてもいいよ。別に」

  ・・・何故だろう。いままで聞いた事のない、はじめての人の声なのに、
すごく懐かしい感じがする。

「そうか・・・あ、僕は氷上シュンっていうんだ。よろしく先輩」
「・・・私のこと知ってるの?えーと、シュン君」
「うん。親友からよく聞いていたよ」
「親友?」
「そう、親友」

  親友。その言葉にさっきの懐かしさが絡む。・・・ひょっとして・・・ひ
ょっとしたらこの人は・・・

「・・・誰なのか、聞いてもいい?」
「親友がかい?」
「うん。そう」
「・・・もう気がついているんじゃないかな・・・先輩は」
「・・・そうだね。もう、気づいてると思う」

  瞳に光を宿せない私に普通に接してくれるひと。それでいて私に限りない
優しさを与えてくれているひと。そして、私の前から消えてしまったひと。

「僕から感じられたでしょう?彼の優しさが」

  そう。目の前にいる人から感じていたのはあの人の優しさだった。

「・・・うん。でも、あの人は・・・」
「彼は戻ってくるよ」
「え!?」
「いつかはわからないけど、彼は先輩との約束は守るよ。きっとね」
「本当に!?本当に戻ってくるの!?」
「うん。・・・だから、待っててあげてよ。そうでないと、彼はまた何処か
に行っちゃうかもしれないから」

  シュン君の言葉が、閉じかけていた私の心を見えないこの瞳より大きく開
かせた。そして、さっき引っ込めたはずの雫が、再び両方の瞳から流れ落ち
ていく。・・・こんなに涙を暖かく感じたのは初めてだった。

「うん・・・うん」
「・・・じゃあ、僕はそろそろ行くよ」
「シュン君」
「なんだい?先輩」
「ありがとう・・・ホントにありがとう」
「うん。・・・絶対に忘れないであげてね、先輩」
「わかってる。・・・絶対守るよ、いつまでも」
「約束だよ・・・」

  ・・・それから私は待ちつづけた。くじけそうになっても必ず帰ってきて
くれると信じて、ずっと笑顔のまま待ちつづけた。

「シュン君との約束もあるからね・・・」

  遠い、冬の空を見上げながら呟く。

(・・・だから、早く帰ってきて浩平君・・・)



  3月の新緑の萌える卒業式の日、浩平君は帰ってきてくれました。
・・・そして。


  シュン君が去年の6月に亡くなっていたことを知りました。

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今続いているSSの方が気に入らなくて書きなおしているため、急遽書き上げた
みさき先輩とシュンくんのSSです。

急ごしらえの割には個人的に妙に気にいってるので、感想なんかいただけると嬉
しいです。他の方のSSにレス入れないでおいてなんですが(汗)

明日は、長編の方の続きが載せられるといいなぁ・・・。(しかし、ホントに終
わりが見えなくなってきた(^^;;;)

では。