「こまりました・・・」 わたしは、コンビニエンスストアの中でつぶやいてしまいました。 今日はわたしの十回目の起動記念日。 結婚記念日だ、と言うご主人さまのご意見は言い過ぎだと判断します。 でも・・・・・・嬉しい。 感情制御ルーチンが揺さぶられるような・・・「悦び」。 この想いを形にして、ご主人さまに届けたい。 わたしにできる限りの事を、して差し上げたい。 そう言ったわたしに対してご主人さまは、 「じゃあ、記念日にはフルコースを作る、ってのはどうだい?」 と、ご提案なされました。 「ただし、できるかぎり安く、ね」 と付け加えるあたりが、ご主人さまらしいです。 そして、今日が来ました。 奥様は昔のご学友と旅行中、とのことで、わたし一人で夕食の準備です。 一週間も前から、お料理の本を読み続けました。 前菜、主菜、オードブル。 無茶苦茶な取り合わせになってしまいましたが、メニューは秘密です。 ただ、デザートだけはご主人さまがお決めになりました。 とても大好物なんですが、恥ずかしくて奥様には頼めないんだそうです。 その名は、ホットケーキ。 焼きたての甘い香りに、メイプルシロップとバターを添えて。 調理の直前になって、ホットケーキミックスがない事に気づいたのは、つい先程。 急いで走り込んだコンビニエンスストアには、その原料粉はありませんでした。 どうしたら良いのでしょう・・・・・・。 あ・・・。 ふいに、わたしの中でなにかがひらめきました。 最近よくあるんです、こういうことが。 意識するわけでもなく、連想するわけでもなく。 ご主人さまのことを考えると、火花のように浮んでくるアイデア。 わたしは調味料の陳列棚から、バニラエッセンスを手に取って買物カゴに入れました。 「いやあ、旨くなったなあ」 「ありがとうございます」 ご主人さまの賛辞に対し、その背後に控えていたわたしが答えます。 いつもは相席してご意見を伺うのですが、今日だけは、と給仕のように振る舞っています。 実はもう一つ、理由があったのです。 ご主人さまの召し上がる速度を観察しながら、デザートをお出しする時間を推測。 その、ちょうど五分前。 わたしはエプロンのポケットに忍ばせたバニラエッセンスの小瓶を・・・ ・・・魔法の小瓶を取り出すと、ご主人さまに見えないように口に含みました。 単体ではとてもマズイと聞いていましたが、わたしには味覚器官がないのでわかりません。 ためらわずに呑み込みます。冷却水の補給と同じように。 ご主人さまの方を見ます。 フルコースのディナーは滞り無く進行中です。 気づかれてはいないようですね。 「お客さま・・・」 ん、と振り向くご主人さま。 「デザートはこちらでお召し上がりになりませんか?」 「ホットケーキ? いい香りだな」 首を傾げながら、席を立つご主人さま。鼻をクンクンさせていらっしゃいます。 わたしは急いで階段へ、寝室に上がり、エプロンを外して、ワンピースを脱いで。 下着をとって、ベットに腰掛けました。 飲んでから、五分。 いま、わたしの身体中の冷却水には先程のバニラエッセンスが行き渡っています。 そして、それを廃棄しようとする冷却機構が汗を分泌して・・・ 「こういうホットケーキか・・・」 くすっ、と笑ってご主人さまが寝室にお入りになります。 シャツを脱ぎながらわたしに近づきます。 そして、本日のデザートを抱き上げました。 そのまま頬ずりをして。 きっと、焼きたてのホットケーキの香りを楽しんでおられるのでしょう。 それから、ベットの上にわたしを仰向けに盛り付けました。 そのわたしの左脇に身を寄せて、 「メイドさん?」 「はい」 「頼んだのはホットケーキだったのにな?」 え・・・やっぱりダメですか? こういうのは・・・?。 あ、ご主人さまの視線を、胸元に感じます。 「プディングが二つ、サクランボまでのせて・・・サービスかい?」 そう言って、手にとって。 ・・・乱暴に揺らせて。 「手掴みは、はしたないですよ。ちゃんと・・・」 二人の視線が合います。プディングの谷間越しに。 「・・・お口でご賞味ください」 ご主人さまは、微笑んでから右のサクランボを口に含まれました。 左のサクランボは指で弄んで。 そして、空いている左手はプディングの下方に伸び、 中央に窪みのあるホットケーキにあてがわれます。 「よく焼けてるね。とっても柔らかい」 そう言って、弾力をお確かめになられます。 ああ・・・。 とても暖かくて、安心できる時間。 ご主人さまは、おなかを触るのがとっても好きなんです。 奥様のときも、いつも触っていて・・・触られる奥様もとても幸せそうで。 見ているわたしの方まで、幸せな気分になるんです。 わたしが、ぽおっとなっているスキに。 ご主人さまは右腕でわたしの背中を抱いて、 そして左手が・・・わたしの・・・。 「ああ、こんなところにメイプルシロップがあったんだ」 耳元で囁かないで下さい。 ・・・いいえ、今準備できたばかりなんです。出来たてなんですよ、それは。 「かけるのを忘れてたよ。」 言いながら、ご主人さまはシロップをたたえたミニポットに指を入れて・・・ 「・・・あ・・・ふ・・・」 ・・・かき混ぜ始めました。 浅く、優しく。 深く、激しく。 指は二本に増えて。 二本ともちがった動きで、ポットの内壁を確かめています。 わたしの両手が、シーツを握り締めています。 視野の中のわたしの身体・・・失敬・・・デザート全体が小刻みに震え始めました。 それからご主人さまは、ポットからメイプルシロップをひとすくいして、 「メイプルシロップって、バニラ味だったっけ?」 ・・・口にふくまれました。 ご主人さまが口にされたメイプルシロップ。 わたしが作ったシロップ。 その光景を見た瞬間。 わたしは、わたしの感情制御が効かなくなるのを認識しました。 「お客さま・・・」 ん? と振り向く笑顔。ご主人さまの笑顔。 「バニラエッセンスにはシナモンが合うんです」 はて、と困ったような悩むような表情。 「買うのを忘れてしまって・・・ ・・・お客さまのシナモンスティックをお借りしてもよろしいですか・・・?」 ああ、と気づいたようなジェスチャーを見せてから、起き上がるご主人さま。 下着をお取りになってから、わたしの脚の間に座ります。 そして・・・生木を裂くように腿が開かれて。 シロップがあふれそうなポットは、遮るものもなく、 ご主人さまの視線の前にさらけ出されました。 「我慢してたんだね」 わたしは両手で顔を隠そうとしました。 その時です。 ご主人さまの両腕がわたしの腰を掴み、持ち上げるように引き寄せます。 「きゃっ?!」 ご主人さまはとてもイジワルです。 わたしの腰を高く上げて、わざと見えるようにして、 「ほら、しっかり見ていてくれよ。調理方法を教えてくれないと、困る」 ああ、いやでも見えてしまいます。 桜色の肌。開かれた脚。濡れた・・・ 何よりも、それらをご覧になっているご主人さまの瞳。 視線が合った瞬間、真剣な表情でご主人さまがおっしゃいました。 「愛してるよ」 そして・・・。 シナモンスティックがメイプルシロップの水面に。 ・・・そのままゆっくりと中へ沈められていきました。 ぬ・・・にゅ・・・・・ 見えます。 あふれるのが。 たたえられたシロップが、それが沈むのに合わせて、あふれる。 あふれたシロップが雫になる。 その雫は、ホットケーキの窪みを越えて、プディングの谷間を越えて、 わたしの鎖骨の窪みに溜まります。 「かき混ぜた方がいいんだよね」 悪戯めいた笑いを浮かべて、それがポットを撹袢します。 ああ・・・。 かき混ぜるだけじゃないんですね。 そんなに、出し入れさ・・・れたら・・・ ・・・あふれてなくなっちゃ・・・います・・・よ? 「ああ・・・だめ」 「なにがだめなの?」 「た、助けて、助けて下さい! おかしくなってしまいます・・・」 「困ったメイドさんだなあ」 ・・・困ったお客さま。 さらに激しく撹袢されて。 あふれた分は、代わりを・・・注いで頂かないと・・・いけませんよね。 「注いで下さい・・・」 「なにを?」 「いじわるしないで下さい・・・」 「ミルクしかないけど?」 「おねがいです・・・」 わたしはこの日一番のせつない表情をたたえて、甘えた声でおねだりをしました。 「お情けを、ください」 肌が合います。 可能な限り広い面積が接するように、ご主人さまはわたしの肢体を・・・ ・・・調理したてのデザートを抱きしめます。 それが最も深い位置に差し入れられて。 幾度も、強く突かれて。 時間感覚が狂っています。何百回と出し入れされているような錯覚。 そして・・・ ばしゃっ。 ばしゃっ・・・ぴゅるっ。 とくん。 とくんとくんとくんとくん・・・・・・。 「・・・ごちそうさま」 「い、いかが・・・でしたか・・・」 息も絶え絶えに、わたしはお客様のご意見を伺いました。 「三つ星」 耳元で囁かれたご主人さまは、召し上がったデザートの上に横たわれます。 熱いシナモンスティックをそのままにして。 ・ ・ ・ ・ ・ 「あーあ」 半時ほどまどろんで、ご主人さまがつぶやかれます。 仰向けになったご主人さまの横に控えていたわたしは、すぐに再起動をかけます。 追加のご注文でしょうか? ご主人さまは鼻をひくひくさせるジェスチャーをなさりながら、わたしを見ます。 「寝室がケーキ屋さんになってしまった」 わたしには嗅覚器官がないので、わかりません・・・。 「ふとん、いや、ベットごと大掃除だな、これは」 そう言ってご主人さまは、肩の上に乗っているわたしの頭を、こつん、とたたきます。 「・・・もうしわけございません」 わたしは謝罪しました。やり過ぎだったようです。 得られた快感より経済的損失の方が大きかった、とご判断なされたのでしょう。 すぐに掃除の準備を致します。もうしわけございません、ご主人さま。 「こら」 上半身を起こしかけたわたしの背中が、優しく抱かれました。 「まだ食べ終わってないんだけどな、二枚目を」 ・・・抱き合ったまま、横に転がるわたしたち。 下になるわたし。 上になるご主人さま。 ”お預け”をされていたお子様のように、右のプティングを咀嚼なされます。 ・・・味わってくれています。 「マルチ・・・」 顔を埋めたまま、囁くようにご主人さまはおっしゃいました。 「来年はペパーミントキャンディがいいな」 「・・・はい」 承知いたしました、ご主人さま。 ・・・浩之さん。 ・・・・・・あっ。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 藤田浩之・・・。 ・・・・・・おまえを殺す!! (←GW風に。) 「ご自分で書いておいて、なにをおっしゃるんです?」 いや、最初はHM−13と中年基幹職、みたいなイメージだったんですが。 「・・・研究所に帰らせていただきます」 と、セリオさんがおっしゃると思って、マルチさんにご登場願いました。 ちなみに、浩之は三十二歳くらいを想定してます。 マルチファンの方々には重ね重ねお詫びを申し上げます(ぺこり)。