にへぇ〜〜〜〜〜〜 あたしは自室で飽きることなく自分の左手を眺めていた。 正確には薬指に填っているモノだ。 耕一が先日贈ってくれたダイヤの指輪…… 『あんまり高い物じゃなくて悪いけど……』 なんて言ってたけど…… 無理したんじゃないかな……耕一の奴…… でも…… にへぇ〜〜〜〜〜〜 これを貰ってから、あたしの顔は緩みっぱなしだった。 千鶴姉は呆れ果てていたし、初音まで苦笑していた程だ(ちなみに楓は相変わらずの無 表情だった)。 みんなにはちょっと悪いかな〜…… でも…… でもでも……! にへぇ〜〜〜〜〜〜 ばたーーん! 「あ・ず・さ・せんぷぁーーーい!」 うわっ! かおりっ!? 何の前触れも無く扉を開けて部屋に飛び込んできたのはかおりの奴だった。 あたしはとっさに左手を背中に隠した。 ちょっと、かおり。勝手に人の家に上がり込まないでよ! 「玄関で声を掛けたんですけど、誰も出てこないし鍵も開いてたので上がらせてもらいま した〜。勝手知ったる他人の家というやつですぅ」 まったくこの娘は…… 「それより梓先輩、顔が崩れてましたけど何かあったんですかぁ?」 な、なんでも無いよ! 「……ふ〜〜ん。じゃあ、後ろに隠したものは何ですかぁ?」 あ、あんたには関係無い物だよ…… 「むう〜〜……」 ………… 「えいっ!」 うわっ! 「やあっ!」 おっと! 「とうっ!」 うりゃ! ・ ・ ・ 「……はあはあはあ」 ……ふうふうふう かおりがあたしの後ろに周りこもうとし、あたしがそれを阻止するという事を10分程 続けていた。 か、かおり…… あんたいい加減に…… 「……ていっ!」 むに …………………… んぎゃーーーーーーーーーーっ!! な、なんてことするのよ、あんたはっ!! いきなり胸を鷲掴みしてきたかおりの手を振切り、あたしは思わず両手で自分の胸を隠 した。 「……その指輪は何なんですかぁ?」 え… あっ! 手を胸の前にすれば当然指輪はかおりの目に曝されることになる。 かおりがすごーくヤな目付きをしている。 誤魔化しきれないよね、もう…… ……婚約指輪だよ。 あたしは開き直って言った。 「……あの、ぐうたらすけべえ男ですかぁ?」 ぐうたらすけべえ……確かにあたしがそう言ったことあるけど…… ……そうだよっ。 「いけませぇーーん!」 いきなりかおりが激昂した。 「先輩は騙されてるんですっ! あのすけべえ男は先輩の体だけが目的なんですっ! きっとあの男は先輩の体を玩具にして散々弄んだ挙句シャ○漬けにして香○に売り飛ば すつもりなんですっ! あの男は最低の人間のクズですっ!!」 ぱあーーーんっ! ちょっと、いい加減にしなさいよね、かおり! あたしはあまりな言い様に、思わずかおりの頬をひっぱたいていた。 「……あ……」 かおりは叩かれた頬を押さえ、呆然とあたしを見つめた。 そして無言のままあたしの部屋を飛び出して行った。 ………… ちょっと、やり過ぎたかなあ。 でも、好きな人のことをああまで悪し様に言われて黙っていられるほどあたしは温厚じ ゃない。 まあ…… これであの娘もあたしのことを諦めてくれただろう…… その考えがどれほど甘いものだったか、その時のあたしが知る由もなかった…… ・ ・ ・ 「梓せんぱーーい! あれほど愛し合い求め合ったあたしをどうして捨てるんですかぁ! もう、あたしの体に飽きちゃったんですかぁ!」 だーーーー!! かおり! あんた何てこと口走るのよっ! しかも天下の往来で! 大体あたしとあんたが愛し合ったことなんか一回も無いでしょーーが! あれからかおりは毎日のように猛烈なアタックをかけてきていた。 文字通り夜討朝駆けというやつで、周りに人がいようといまいと関係無し。 あたしは時に鬼の力まで使って逃げ回っていたが、どういう訳かこの娘はあたしを捕ま えてしまう。今も商店街の真中で捕まってしまった。 通行人や店の人の視線が痛い…… ううっ、式は明日だっていうのにぃ…… ……こ、こうなったら実力行使よっ! かおり、ちょっと来なさい。向こうの路地裏に…… 「きゃん! 先輩とうとうあたしの愛を受入れてくれる気になったんですかぁ!?」 いいから早く! ていっ! あたしはかおりを人気の無い路地に連れ込むと素早く当身を食らわせた。 かおりは物も言わず意識を失う。 少ーし鬼の力が出ちゃったけど……この娘なら死ぬことは無いだろう。 後は何処かから鎖を調達してきて、簀巻きにした上で山にでも捨ててくればいいだろう。 これもあたしの幸せの為。成仏してね、かおり。 そしてあたしは鬼の力を解放すると、かおりを肩に担ぎ夕暮れ時の商店街の空に舞った。 これで全ての問題は片付いたと思っていた。 そう、この時は…… To be continued ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「という訳で『死が二人を分かつまで』の前となるエピソードです」 「スゴク早く出来たネ!」 「うむ、構想開始は前作とほぼ同時期だが、半日程度で書き上げてしまった」 「キョーフの大王が降ってこないといいデス」 「……予言など無意味な物だが……珍しい事だとは自覚している。 ところで『死が二人を分かつまで』のダリッチの登場シーンは『あ〜る』がもとネタで すが、『雨月山麓男声合唱団』の影響を強く受けている事を付加えておきます」