死が二人を分かつまで 投稿者:WASTE

 ……心臓が破裂しそうなほどドキドキしている。牧師の声がやけに遠くに聞こえる。
「柏木耕一。貴方は柏木梓を妻とし、病める時も健やかなる時も彼女を愛する事を誓いま
すか?」
「はい、誓います」
 あたしの隣にいる耕一の声は対照的にはっきり聞こえる。
「柏木梓。貴女は柏木耕一を夫とし、病める時も健やかなる時も彼を愛する事を誓います
か?」
「……はい、誓います」
 あたしの声、震えていなかっただろうか?
 ただ一言なのに、その言葉を口から出すのに全身全霊を挙げなくてはならなかった。
 不安と恐れ、そしてそれらを遥かに上回る歓びの為に。
「…それでは指輪の交換を。指輪をここへ」
 あたし達の前に置かれた指輪のうち一つを耕一が取る。
 耕一の大きな手があたしの左手を取り、あたしの手からシルクの長手袋をはずす。
 別段変わったところの無いごく普通の指輪。
 でも、あたしにとって特別な指輪。
 それを耕一があたしの指に填めてくれる。
 そして、あたしも耕一の指に指輪を填める。
「…では誓いのキスを……」
 耕一があたしが被っているヴェールを上げる。
 いつもおちゃらけてヘラヘラしている耕一が、いつになく真面目な顔をしているのが妙
に可笑しい。耕一ってばこういう風にきりっとしてると結構ハンサムなんだよね。
「……梓……そうまじまじと見詰められると恥ずかしいんだが……」
 耕一に小声でそう言われ、あたしは慌てて目を閉じた。
 そして少し顔を上に向ける。
 ………………


 ばーーーん!!

 あたしと耕一の唇がまさに触れようとした瞬間、大きな音を立てチャペルの正面の扉が
開かれた。

「そこまでですっ!」
 かおり!?
 そちらに目を向けると両手に銃を持ち、物騒な物を山ほど背負ったかおりがいた。
 おまけに懐中電灯を頭の鉢巻に差してるし……
「梓先輩はわたしの物ですっ! 汚らわしい男なんかに渡しませんっ!!」
 あんたどうやってここに……
 鎖で縛って山の中に置いてきたのに……
「そんな事したのかお前……」
 耕一が呆れた口調で言う。
 だって仕方ないじゃない。あの娘ちっとも諦めてくれないんだもん。
 泣いて喚いて、「散々弄んだ挙げ句捨てるのか」だの「二人の愛の日々は何だったのか」
なんて人が聞いたら誤解するような事を喚き立てるんだもの。
「……まあ、あの娘らしいな……」
 納得しないでよ、もう。
「何をごちゃごちゃ言ってるんですかぁ。とにかく邪魔者には死あるのみです!!」

 ズドン!!

 うわっ!
 あたしと耕一はとっさに床に身を投げ出し弾丸を避ける。
 こ、こらっ、かおり! 危ないじゃない!
「心配ありません! 狙ったのはその男ですから!」
 あーもー、この娘はーーー!


 ガチャーーーン!!

 ステンドグラスが砕け散る。
 かおりの撃った弾が当たったんじゃない。誰かが飛込んで来たんだ。
 ガラスの破片を盛大に降らせながら、そいつは床に降り立った。

 柳川!?
「……お前、生きていたのか!?」
 耕一が驚きの声を上げる。
 そう。こいつはあたしと耕一の目の前で刑事に撃たれて死んだはずなんだ。
「ふっ、狩猟者があの程度で死ぬと思うか? あの時はただ“死んだフリ”をしていただ
けだ!」
 ……ああ、タヌキは鉄砲で撃たれると、びっくりして仮死状態になるっていう……
「狩猟者をケダモノと一緒にするな!」
 似たようなもんじゃない。それより痛くないの、あんた?
 破片まみれになり、全身からダクダクと血を流し続ける柳川にあたしは尋ねた。
「狩猟者は苦痛を気力でカバーできるのだ!」
 よーするにやせ我慢してんのね。
 あたしはくそ偉そうにふんぞり返る柳川を呆れて見やった。


 ドッカーーーン!!

 突然、あたしと耕一の直下の床が大音響と共に吹き飛ぶ。
 今度は何なのよ〜

「……憎シヤ次郎衛門、恨メシヤ怨敵次郎衛門……」
 もうもうと立ち込める埃の中からおどろおどろしい声が聞こえる。
「ダリエリ!?」
 少し離れた所にいる楓が息を呑むのが判る。
 ダリエリ……
 そうだ、思い出した。前世であたしを殺しやがった奴だ。
 なんで今頃……
 そして巨大な人影のようなモノが姿を現す。
「娑婆ノ空気ガ恋シクテナ。地獄ノ底カラ戻ッテ来タゼ」
 戻ってくんなっ!!
「一曲歌ワセテモラウゼ」
 歌うなーーーーーっ!!


 まったく、こいつら何だって揃ってここに……
 !!
 殺気を感じてあたしがその場から飛び退くのと、床が大きく抉られるのは殆ど同時だった。
「……ちっ」
 千鶴姉!?
「かおりさんも柳川もダリエリも不甲斐ないですね……」
 !? そ、それってどういう……
「3人は私が手引きしたの」
 な、なんでっ? なんでそんな事を?
「私ね、疲れちゃったのよ…… 偽善者でいることに……」
 ……千鶴姉が偽善者だというのを認めるのは吝かじゃないけど……それとこれがどうい
う関係で……
「だからこれからは自分に正直に生きる事にしたの……」
 そりゃ結構なことで……
「だからね、梓ちゃん。死んで、私に耕一さんを頂戴(はぁと)」
 ハートマークを付けてとんでもない台詞を言うな! この偽善者ーーー!!
「あ・ず・さ・ちゃん。今なんて言ったのかな〜〜?」
 ひ、ひぃ〜〜〜〜 自分で自分の事をそう言ったじゃないか〜〜
「自覚していても、他人にあらためて指摘されると不愉快なものなのよ」


「……ちょ、ちょっと楓ちゃん!」
「さあ耕一さん。料理だけが取柄のがさつな牛チチ女なんか放っておいて、私と一緒に愛
の逃避行にGoです……」
 耕一の悲鳴じみた声とやたらと腹の立つ台詞に首を巡らすと、楓が耕一の首根っこを引
っ掴んでズリズリと引きずって行こうとしていた。
 ちょ、待……
「お待ちなさい!」
 あたしが言いかけるより早く千鶴姉が楓を呼び止めていた。
「何ですか、千鶴姉さん?」
 楓は千鶴姉の鬼気を平然と受け止め、そっけなく言った。
「耕一さんを放しなさい! 耕一さんは私のものです!」
「違います。耕一さんは私のものです。500年前からそう決まっているんです。
 鬼違いで人の腹に穴をあけた挙句水門にぽい捨てして、それが間違いだと分かると『て
へっ、間違えちゃいました』なんて世の中を舐めた台詞を吐く偽善女は耕一さんに相応し
くありません……」
「きぃーーーーーっ! 誰が偽善女ですってーーーーっ!!」
「……きちんと指摘しないと分かりませんか? それとも年をとって耳が遠くなったんで
すか?」
「¥○×##!!!」
 千鶴姉の矛先が楓に向かったのは有難いけど……
 耕一はあたしのものだよぅ……


「みんなやめてよぅ。耕一お兄ちゃんと梓お姉ちゃんが可哀想だよぅ!」
 半泣きになりながら初音が叫んでいる。
 ううっ、初音、あんたいい子ね。あたしの味方はあんただけだけだよ。
 ……無力だけど。
「ふえーーーーん、誰も聞いてくれない……
 そうだっ! こんな時は……!」
 !?
 初音っ! それはっ…… そのキノコは〜〜〜……

 パクッ、モグモグ……、ゴックン

「………………………………
 うるぅああぁぁぁぁーーーーーーっ!!」
 やっぱりぃ〜


 ………………
「耕一さん……あなたを……殺しますっ!」
「オレノ歌ヲ聴ケェーーー!」
「葵ちゃんは強い!」
「……で、でも、浩之ちゃんは、やっぱり小さい頃から浩之ちゃんだし……」
「耕一ぃ! 愛してるぜベイビー!!」
「ふはははっ、命の炎をみせろ!」
「瑠ぅ璃ぃ子ぉーーーー!!」
「梓先輩がわたしの物にならないなら、先輩を殺してわたしも死にます!」
「悪ぃ子はいねかー、泣く子はいねかー」
「来栖川のぉ科学力はぁ世界一ぃぃぃぃぃ!」
「フィルスソード、大閃光斬りっ!」
「……電波、届いた?」
「……帰ってください」
「あ、あの……滅殺です」


 チャペルの中――既にそう呼ぶことは不可能なものに成り果てている――は阿鼻叫喚の
巷となっていた。
 ……なんで? なんでこうなるの?
 あたしが何かした?
 あたしはただ、人並みの幸せを手に入れようとしただけじゃない。
 神様、あなたはあたしが嫌いなんですか?
 やっぱり、あたしが鬼だから?
「…… ……」
 ……ふふっ……そう……
 ……そうなのね?
 みんなあたしが悪いのね?
「……ずさ……」
 電信柱が高いのも、郵便ポストが赤いのも……
 初音が見た目小学生なのも! 楓が根暗で早食いなのも! 千鶴姉が貧乳偽善鬼会長で
おまけに年増で殺人料理の達人なのもっ!!
 うわーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!
「あずさっ!!」
 へっ?
 こ、こういち?
 我に返ると目の前に耕一がいて、あたしの肩を掴んでいた。
「大丈夫か梓? 何だか錯乱してたみたいだが……」
 う、うん…… 大丈夫……だと思う……
 あたしと耕一は部屋の隅の瓦礫の影にいた。耕一がここに運んでくれたんだろう。
 あらためて周りを見てみると、相変わらず修羅場のままだった。
 おまけに二人共酷い有様で、髪は乱れ服はボロボロ。耕一に至っては血まで付いている。
 ううっ、あたしと耕一の結婚式が〜〜
「……なんとも凄い事になっちまったなぁ」
 あたしの気持ちを知ってか知らずかのんびりと耕一が呟く。
 耕一……あんたこんな事になっちゃって、悔しいとか悲しいとか思わないの?
「そりゃ残念だけどさ……」
 じゃあ、どうしてそんなに平然としてるのよ?
「梓がいるからな」
 えっ?
「俺はこうして梓が側にいてくれるだけで十分幸せだよ。
 ……梓、おまえは俺がいるだけじゃ不満か?」
 そ、そりゃ……あたしだって……耕一が…… ごにょごにょ……
「顔が赤いぞ梓」
 う、うるさいっ。誰の所為だと……
 照れ隠しに怒鳴りつけようとしたあたしの頬を耕一の指先が触れる。
 な、なに?
「ん、途中だったな、と思って」
 え、何が?
「誓いのキス」
 え…… あっ……!
 耕一が片手であたしを優しく抱き寄せ、もう片方の手であたしの顔をそっと上向かせる。
 そして今度こそあたしと耕一の唇が触れ合う……


「梓……」
 ん……
「ずっと一緒にいような……」

 そうだね……耕一……
 ずっと一緒にいようね……


 ……死が二人を分かつまで…………




                                 おしまい


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「素敵ですネ…… Wedding…… ワタシもいつかヒロユキと……」
「(……理解不能)えー、これは某HPに掲載された梓と耕一の結婚――正確にはその直
前――の様子を描いたSSを読んで思いついた物です。ドタバタともシリアスともつかな
い中途半端な代物ですけど…… 書き始めたのは5月中なのに途中ほったらかしていた為
やっとこさ完成しました」
「……おめでとうございます。……ところで誰が貧乳偽善鬼会長で年増で殺人料理の達人
なのかな〜」
「それは千づ……
 ………………………………」
「返事がありませんね…… ただの屍のようです」
「Sigh…… ヒロユキ……」