次郎衛門II世 第三話 大統領への夢! 投稿者:vlad 投稿日:5月6日(日)07時36分
「ふむ」
 ハンドルを握る次郎衛門のすぐ傍らで車に搭載されたテレビがニュース番組を流してい
る。
 昨夜隆山で起きた事件を報じている。
 次郎衛門が、そして梓がその場に居合わせた事件である。
 犯人の少年が謎の黒ずくめの男にサブマシンガンによって射殺されたと報じられていた。
 次郎衛門と梓のことは「怪しい男女二人」といわれている。
 少年が書いていた犯行声明らしき文章の一部が残されており、その文章を心理学者など
が分析している。
「……あのようなつまらん奴の妄言を相手に、無駄なことをしよる」
 次郎衛門は呟いた。
「でも……」
 遠慮がちな声は初音のものだ。
 「怪しい男女二人」を追っていたらしき「黒ずくめの男二人」は逃走する際に阻もうと
する警官隊に向けて発砲。その流れ弾が野次馬にも当たり、警官四名、一般市民十二名が
死傷したとのことであった。
「ぬう」
「……あたしらが逃げたせいで……」
「よし、出陣じゃあ!」

 敵の親玉――おそらく、ダリエリだろう、と次郎衛門はいう――と話をつけるために、
次郎衛門は東京行きの高速へと車を乗り入れた。
 今やこの国の権力中枢部を押さえているらしき敵はおそらく首都東京のどこかにいるだ
ろうと思われた。
「とにかく、江戸入りじゃ」
 次郎衛門は夜を徹して高速道路を行き、朝方には東京に入るつもりであった。
 そのために夜になってもハンドルを握りアクセルを踏んでいた。助手席では楓がうつら
うつらとし、後部座席では千鶴たちが眠っている。

 空が白み始めた頃、車は停まった。
 ごつん。
「痛いなあ……なんだよ、着いたのか?」
 どうやら助手席の背もたれに思い切り頭をぶつけたらしい梓が目をこすりながら背もた
れに手をかけて身を起こす。
「なんだよ、まだ高速じゃないか……なんでこんなところで停めるんだよ」
 梓のいう通りで、車はまだ高速道路の上にあり、しかも料金所の前というわけでもなく、
道路の真中に停まっている。
「まだ着いておらんのに出迎えが来おったわ」
「出迎え!?」
 梓が叫んだ時には、楓が既に目を覚まし、千鶴と初音も寝ぼけ眼をこすりながら身を起
こしていた。
 前方に、乗用車が五台横を向いて停まっている。
 そして、その前に数人の人間の姿が見える。
「あいつらか!?」
「いや、そうではないようじゃが、目当てはわしのようだ」
 いいつつ、次郎衛門はサイドブレーキを引き、ドアを開けて表に出た。
 千鶴たちもゆっくりと警戒しながら後に続く。
「わしらに用かな? 道を塞ぎおって」
「うん、確かにあいつだ」
 一枚の写真と次郎衛門を見比べて男がいった。
 現役プロレスラーにして参議院議員、枷広重であった。
「枷さん、おれたちが……」
 数人の若い男たちが前に出ようとする。誰もがシャツを筋肉で張り詰めさせたような体
の持ち主たちであった。
 枷の後輩のレスラーたちである。
「いや、おれがやろう、ハッ」
 枷がそれを制する。
「おれが押さえつけるから、ハッ、その後を頼む、ハッ」
「はい、わかりました」
「よし、上着を預かっておいてくれ、ハッ」
 枷は上着を脱ぐと、体をほぐし始めた。
「どうやら……あの者がわしとの一騎打ちを所望しておるようだ」
 次郎衛門は首を振って、こきっ、という音を一度鳴らしただけであった。
「あ! あれ、プロレスラーの枷だよ、枷!」
 と、枷の正体に逸早く気付いたのは梓であった。
「ぷろれすというと、さっき梓と見た西洋相撲のことか?」
「そうそう、深夜にテレビで見たあれだよ」
「面白い。西洋相撲とは手合わせしたことがないわ」
「まあ、あんたなら負けることはないと思うけど……」
「よし、それでは参る」
 次郎衛門が前に出るのに呼応して枷もまた歩を進めた。
 枷が右手を頭よりも少し高い位置に掲げて、それを次郎衛門に向けて前方に伸ばした。
 掌は開いている。
「? ……」
「手四つだよ、ハッ」
「手四つ?」
「受ける気があるのなら、ハッ。左手でおれの右手と組み合え」
「ほう、力比べじゃな」
「そうだ、ハッ」
「では、一手願おうか」
 次郎衛門が無造作に左手を出した。
 素人――。
 枷と、そして彼の後輩たちが次郎衛門を見て思ったことである。
 枷が腰を落としているのに対して、次郎衛門が直立、ほとんど棒立ちといっていい立ち
方をしているからだ。
 手四つといっても、握力、手首の力だけを比べ合うのではない、腰を落とし重心を安定
させることも重要な要素となる。
 いってしまえば、全身のあらゆる箇所を手首から先の闘いに動員する。
「手四つの力比べをすれば、ある程度の実力がわかる」
 という言葉はそれに由来するものであり、いわば自分が思う箇所へ最も効率的に力を集
中する方法がわかっているかどうかがこれで判断できるのだ。
 勝った。
 枷は確信した。
 見るからに中肉中背でそれだけでも自分に勝てるとも思えないのに、この何もわかって
おらぬ姿勢である。
 万が一、この男が極端に着やせしていて、握力や手首の力が自分よりも強い、というあ
り得ない仮定をしたとしても、勝てる。
 手と手が……組み合った。
「ハッ、もらった!」
 枷が自然に、思わず、叫んでいた。
 しかし――。
「ぐわわわっ!」
 見る間に枷が両膝を付いた。
 次郎衛門の膂力、尋常にあらず。
「ぬう!」
 次郎衛門が手を解いて枷の後ろに回っていた。
 枷の両足が浮き、その頭が弧を描いて落ちていく。
 刺客・枷広重。
 バック・ドロップの撃に果つ!
「たぶらわ、ハッ」
「ぷ、ふー」
 次郎衛門が息をつく。
「か、枷さん!」
 枷の後輩たちが駆け寄ってそっと枷を抱き起こした。衝撃で完全に気絶している。
 その手を取って脈拍を見ようとした男が、青ざめた顔になると、顔を枷の胸に押し付け
た。
 左胸に耳を当てる。
「た、大変だ!」
「どうした!?」
「か、か、枷さんの心臓が、止まってる!」
「おい」
 次郎衛門が、彼らを見下ろしていた。
「すぐに手当てすれば蘇生するかもしれぬ。見逃してやるから早ぅ行けい」
「は、は、は、はいー!」
 彼らは枷を担ぎ上げると車の後部座席に乗せて、すぐに車を発進させた。一人が頭が揺
れないように押さえ、もう一人が心臓マッサージを行っているのが見えた。
「ふう……」
「次郎衛門、こ、殺したのか!?」
「いや、あやつも相当に鍛えておったようじゃ、おそらく一命は取り留めるであろう」
「それにしても、あんたバック・ドロップなんて使えたんだ」
「昨日のテレビで見て覚えておったのよ。抱えて敵の頭を地面などに打ち付ける投げは戦
場でも使ったことがあるわ」

「ダリエリさま……」
「む……」
 ベッドの上で、それが声を発した。
 それは、何か黒くてごつごつとした物体であった。
 ごつごつとした感じに見えるのは、その体の表面に無数の、固そうな瘤が浮いているか
らだ。
「高速道路に置いた密偵よりの連絡です。次郎衛門が東京都内に入りました。堀が放った
刺客が高速道路上にて仕掛けましたが返り討ちに遭った模様」
「で、あろうな」
「はっ」
「例の二人も帰ったか……」
「それが……」
「あれからすぐに次郎衛門を追ったのであれば、もう帰っておるはずであろう」
「彼らは、ただいま隆山市内において療養いたしております。もう既に回復を果たし、そ
ろそろあちらを発つかと……」
「療養……だと?」
「それが……次郎衛門を追って警察が取り囲む民家へと入り、逃げようとした次郎衛門を
追おうとしたところ、警官隊に阻まれ、これに発砲」
「うむ」
「突破しようとしたところ、怪我を……」
「奴らが怪我……どういうことだ。まさか警官が機関銃を持っていたわけでもあるまい」
「いえ、それが一人は投げ飛ばされ、一人は蹴られたとのこと……」
「馬鹿な、普通の人間が……」
「只今、その警察官というのを調べさせているところです」
「ふむ……その者、ここに連れてまいれ」
「はっ、私もそのつもりで……」
「この体、そろそろ限界じゃ」
「はっ」
「それで……アメリカの方はどうなっておるか……」
「はっ、それが……新大統領め、なかなか強情な男で……」
「物分りの悪い男よ」
「我らが帰るため、NASAを抱えるアメリカは必要不可欠」
「うむ」
「とりあえず対立候補だった男に声をかけてあります」
「その件は任せる」
「ははーっ!」

 アメリカ。
 ホワイトハウス。
 数人のブレーンに囲まれた男こそが、アメリカ大統領、ジョン・ロッシュであった。
 そして、その彼らをさらに取り巻く屈強な男たち。
 アメリカ大統領たる者に常に付きまとう暗殺の凶刃。
 実際にそれに倒れた者も少なくないのは周知の事実であろう。
 そのために、この世界規模のVIPを護衛する壁ができうる限り高く厚く険しくあるこ
とは当然ではあろうが、それにしてもこの度就任したロッシュのそれは前大統領の二倍、
いや、三倍にはなろうかという人員、装備を駆使した鉄壁であった。
「今度の大統領は殺される心当たりでもあるのかい?」
「彼は、自分がジョン・F・ケネディに匹敵する大統領だと思っているのさ」
 などという会話――人名をリンカーンに変えたものも見受けられた――が酒の席などで
交わされていた。
 だが、彼は、実際に殺される心当たりがあったのである。
 極東の島国、日本。
 或いは、偉大なるステイツのアジア方面基地兼友好国。
 そこに住む「何か」
 オニ、オーガ。
 そして、自らは「エルクゥ」と自称する人間ではないものたち。
「あのような連中にいつまでも従っているわけにはいかん」
 その存在を知った上院議員時代から、密かに心中に期するものがあったロッシュは、こ
の度、そのわけのわからん生物どもにNOを叩きつけたわけである。
 そのための、この過剰とも思えるほどの警護であった。

「お時間です」
 その声も、ドアを叩く音も、その男の耳には届いていないようであった。
「一枚」
 男の手が小さな紙片を摘まんでいた。
 男の左右にそれぞれ同じ大きさの紙片が幾つも集まっていて男は、その右の山から紙片
を一枚摘み上げて、それを左に移すという作業を繰り返していた。
「一枚……二枚……三枚……」
 一枚移すごとに数を数えていく。
「四枚……五枚……六枚……」
 左手でその作業を行い、右手はペンを握っていた。
「七枚……八枚……九枚……」
 そのペン先が置かれているのはA4サイズの紙の上であった。
「十枚……」
 十枚を数える毎にペンを動かして横に短い線を引く。
 その線が紙を埋め尽くして右下の僅かなスペースにしか白い部分は残っていなかった。
「ミスターボア!」
 ドアが開いた。
 何度ノックをして何度呼びかけても返事が無いので無断ではあるが、ドアを開けたのだ。
「あ、ああ、イワミ」
 その男は、ボアという、先程の大統領選挙でロッシュと接戦を繰り広げた政治家であっ
た。
 イワミと呼ばれた男は日系アメリカ人でボアの腹心と目されている男である。
「皆、集まっています。早くミスターロッシュの新税制への対策を話し合いま……」
 ボアの前の二つの山を見てイワミは凍りついた。
「な、こ、これは!」
 それは、投票用紙であった。全て、ボアの名を記したものである。
「やあ、イワミ、そろそろ集計が終わりそうなんだ」
「し、集計?」
「ああ、やっぱりだ。やっぱり私の方が多そうだぞ、この分では」
「あ、あなたは……」
「ロッシュめ、大統領などとふんぞり返りおって、やっぱり票の操作をしていたのだ」
「ミスターボア……」
「うん?」
「そのようなことをしている暇があったら、大統領の新税制への……」
「大統領!」
 ボアの大声に、イワミの言葉は遮られた。
「な、な、なにをいっているのかね。君ともあろう者が、ロッシュなどを大統領と」
「し、しかし、もはやそのことは……」
「こ、こ、これを見よ。わ、私が一枚一枚確実に数え上げた結果だぞ」
「ミスターボア、もっと現実を……」
「わー、わー、私はーっ! だ、大統領になりたいんじゃー!」
「な!」
 この人は、そこまで……。
 かちゃ……。
 と、音がしたのはその時だ。
 ドアノブが回る音であった。
 二人がそちらを見た時には壁に背中を預けた黒ずくめの男がいた。
「だ、誰だ!」
「失礼」
「一体どうやってここに入った」
 大統領選において破れたとはいえ、ボアが国家の重要人物であることに変わりはない。
その私宅に簡単に入れるわけがないのだ。
「普通に、正面口からですよ」
「……ミスターボアのお知り合いですか?」
 もしかしたら、仕事は関係無い全くプライベートでの知り合いなのかと思い、イワミは
尋ねた。
「し、知らんぞ、そんな男は!」
「む……」
 イワミの手が緩やかに腰へと行く。
 そこには拳銃がホルスターに収まっている。
「警護の方々は職務に忠実でしたよ。ただ、どんなに勤勉な蟻でもビスケットの欠片を運
ぶのが精一杯だということです。岩が落ちてきたら潰されるしかない」
「……殺したのか……」
「眠っていただいているだけです。……あなた方と敵対したいわけではありませんので、
非礼な訪問は御容赦を……」
「……東洋……日本人か……」
「ええ、こちらに住んで十五年になりますが」
「なんの用かな」
「いいお話ですよ。あなた方ほどの位置にある政治関係のお仕事をしているならば御存知
でしょう……」
 沈黙。
「我々、エルクゥを……」
 沈黙が生んだ効果を知りきったような笑みをこぼしながらいった。
「オニ……」
「オーガ……」
「我々の本拠地は日本ですが……その手はアメリカにも及んでいるのも御承知でしょう」
「それが……なんの用だ」
「ロッシュ氏があまりに強情なのでね。退場いただきたいのですよ」
「なに……」
「それをあなたの手でやってくれるのなら……我々が後押ししてあなたを大統領にして差
し上げる」
「な、なにを馬鹿な……」
 しかし、腹心とは裏腹にボアには効果絶大であった。
「だ、大統領!」
「お、お前があのエルクゥだという証拠はあるのか」
「証拠ですか……それではお腰のものを抜いてください」
「……」
「遠慮無くどうぞ」
 両手を左右に大きく広げる。
 いわれた通り、拳銃を抜いたイワミはロックが外れているのを指先の感触で確認しなが
ら、男を睨みつける。
「どうしろと?」
「撃ってください」
「……」
「ほう、M92Fですか」
 ベレッタM92F。
 9mm弾を撃ち出す、アメリカ軍が正式採用している拳銃である。
 そのために、生産数も多く。手に入れるのが容易である。
 口径でいったら38口径と45口径の間で護身用としては十分な大きさといっていい。
 当然、直撃を受けたらタダでは済まない。
「どうぞ。お好きな場所を」
 両手を広げたままいった。
「……」
 イワミは、引き金を引いた。
 狙いは、心臓。
 躊躇いは無かった。この男がただの狂人だとしてもかまわない。それでこの男が死んだ
としても正当防衛でなんとでもなる。
 弾が、左胸目掛けて――。
 男が左手でそれを阻んだ。
「いかがです?」
 掌の中に弾があった。
 ころり、と転がったところに血が滲んだ痕跡すら無かった。
「考えておいてくださいね」
「あ、待て!」
 男が身を翻すのを追おうとしたイワミだが、
「大統領……大統領……」
 ブツブツと呟くボアに気を取られた。
「ミスターボア!」
「大統領〜」
「しっかりしてください! あんな怪しい奴のいうこと……」
「ねー、ねー、イワミ、イワミぃー。あいつ、私を大統領にしてくれるって……」
「な、なにをいっているんです。いいですか、奴はミスターロッシュを退場させることが
できたら……といっていたんですよ」
「そ、そんなの当然じゃないか。ロッシュは票を操作して……」
「そのこと、仮にそうだとしても、もう仕方のないことなのです!」
「そ、そ、そんな……私がちゃんと自分で集計して……」
「ミスターボア! 現実を見てください!」
「あ、あ、あ」
 ボアはよろよろと後方に泳いで机に手をついた。
「い、一枚、二枚、三枚、四枚」
「ミ、ミスターボア!」
 イワミは相当にガックリしながらも説得を試みた。
「いいですか。退場させるといっても、どうするつもりです」
「ど、どうするといっても、奴に大統領を辞めさせるしか……」
「だから、どうやってです。ミスターロッシュがおとなしく辞任などするとお思いですか?
非常の手段が必要となりますぞ。奴らもおそらくそのつもりで『退場』という言葉を使っ
ているのでしょう」
 本当にこの男はわかっているのか、と思いつつもイワミはいった。
「なぁんだ」
 ボアは晴れ晴れとした表情でいった。
「殺せばいいじゃない」
「……!」
「ふ、ふ、ふ、大統領。私が大統領にー」

 本庁に呼ばれた。
「一体、なんだというのだ……」
 柳川裕也は首を傾げながら隆山から本庁へとやってきた。
 どこから来た話なのか、人手不足の隆山警察署署長がにこやかに送り出してくれた。
 そうしたら……。
「なんだというのだ……」
 東京都郊外にある医大病院に行けと来た。
「わけがわからん」
 ぼやきながらも、足を運んだ。
 上司の長瀬の薫陶を受けている柳川は、お役所仕事は上からいわれたことをできる範囲
で適当にやってればいいということを学んでいた。
 地下に下りた。
「ほう……」
 なんともいえぬ雰囲気だ。
 肌が泡立つような……。
「面白い……」

「東京都内に入ってからの次郎衛門は不規則に動き回っているようです」
 男が――この男ももちろん普通の人間ではない――ベッドに横たわるダリエリに報告し
ていた。
「油断するなよ、不規則に見えてもただの当てずっぽうではない」
「はっ」
「奴めは、わしらの気配がわかるからな」
「思うように動けないように、足止めのための刺客を放ったらいかがかと……始末できれ
ば儲けものです。用意はできております」
「うむ、そのように……」
「はっ」
「ところで……体だが……」
「それならば、どうやら只今到着したようです……」
 ドアが、ゆっくりと開いた。
「おお……」
 ダリエリが唸った。
「やはり……我らが血を引きし者……」

「ふうむ……」
 次郎衛門がコンビニの駐車場に車を停めた。
「おらんのお、まあ、数自体は大したものではあるまいが」
「あんた、本当に連中の気配わかるのか?」
「うむ、特に戦う時の奴らの気配はすぐわかる」
 なんとか生け捕りにして、ダリエリの居場所を吐かせたい。
「動き回るより……待つ方がよいかもしれぬな……」
 どうせ、自分たちが東京に入っていることも、もしかしたら今ここにいることも既に向
こうにはわかっているだろう。
 彼らにとって次郎衛門は唯一にして巨大なる目の上のタンコブなのだ。いつか必ずその
存在を抹消せんと襲いかかってくるはずである。
 そうなれば……。
「よし、飯にいたそう」
 次郎衛門は四人と連れ立ってコンビニへと行った。隆山とは違ってここ東京は奴らの本
拠地であるから動員できる人数も遥かに多いだろう。
 そうなれば、こちらが二手に分かれた場合、そのどちらもに襲撃を仕掛けてくるという
のもありうる。そして、四人の内誰かが人質に取られてしまえばこちらの行動は大きく制
限されることになるだろう。
 次郎衛門は、妻の転生した楓や初音はもちろん前世時代は敵でしかなかった千鶴と梓も
この短い間に好きになっていた。
 できる限り一緒に行動するべきであろう。
 弁当などを買い込んで車に戻ろうとした時――。
「ぬ!……」
「次郎衛門……」
「わしの後ろに!」
 車の影から黒いものが飛び出して、それが火を噴いた。
 サブマシンガンを持った黒ずくめの男であった。
「おう!」
 次郎衛門はすぐさま腕を振った。
 カッ、カッ、カッ。
 と、弾かれた銃弾がアスファルト上を跳ねる。
 サブマシンガンの掃射は多少のバラつきはあるものの、横一列に並んで弾が来る。
 その中で自分と、そして背後の四人に当たるものだけを腕で弾き飛ばしたのだ。
「やるな、次郎衛門!」
 男が叫んだ時には次郎衛門の右手が下方に、アンダースローのような軌跡を引いて地上
スレスレの位置を通過していた。
 その手を振りぬいた一瞬後には、男が仰け反っていた。
「ぐう……」
 うめいて、すぐに吐血する。
 服が黒いためにわかりにくいが、腹部から血が流れ出ていた。
 次郎衛門が、先程弾き飛ばして地面に落ちた銃弾の内、最も手近なものの位置に駆け寄
り、腕を振ってそれを摘み上げ、そのまま男に向けてその銃弾を投げ付けたのだ。
「まだ後詰がおるぞ! 早く車へ!」
 次郎衛門が四人を促す。
 腹部から流血する男を連れていくかどうか一瞬迷った次郎衛門だが、男がまだ完全に戦
闘不能とはいえないこと、どうせすぐに追っ手が来て、それから逃げるのにかかりきりで
尋問が行えないであろうこと、などと考慮して捨て置いた。
 そして、大体の作戦も決まった。
 追っ手から逃げつつ反撃し、最後の一人を捕まえるのだ。
 駐車場から路上へと車を発進させる。
 とりあえず……車をどこかで捨てる。
 その際に、四人を安全なところに逃がせれば万全なのだが……。
「むう……」
 それにしても、自分が運転にかかりきりでは反撃もままならない。
「誰か免許を持っておるか?」
「あ、私が」
 千鶴が右手を胸の高さに、ちょこんと挙手する。
「よし、まかせたぞ」
 そういって次郎衛門は後部座席に乗り込む。
「えでぃふぇる、りねっと、ちと狭くなるがすまぬ。あずえる、助手席に行け」
「え、え、え、わ、追い出すなよ!」
「はい」
「が、が、頑張ってね、お兄……次郎衛門さん」
 次郎衛門は先程の男が落としたサブマシンガンを拾ってきていた。
「ようわからぬが、これを引けば弾が出るのはわかるわ」
「おい、おい、次郎衛門!」
 助手席から梓が怒鳴っている。
「なんじゃあずえる、騒々しい」
「千鶴姉にハンドル握らせたら駄目だよ!」
「なんじゃ、りずえるはあまり運転が上手でないのか?」
「丸太の上を片輪走行できるくせに百メートル先から見えてる電柱に真正面から衝突する
人だよ!」
「それは珍妙な……」
「おかしいんだよ、千鶴姉は」
「あーずーさー、気が散るから黙ってなさい!」
 既にアクセルは踏まれていた。
「よし、参るか」
 後部座席から身を乗り出した次郎衛門はすぐにそれらしき車が後を追ってきているのを
発見した。
「狩を前に猛っておるな……手に取るようにわかるぞ」
 にやっ、と笑った。

 一台のワゴン車が道を走っていた。
 一不法入国者を護送する車だ。
 に、しては厳重な警備と、数機のマスコミのヘリに上空から見守られながらその車は進
む。
 護衛にあたる警察と、報じるマスコミにある情報が入った。
 マスコミの方はこれは大事件と勇躍したが、警察の、特に現場の責任者は顔ばかりか全
身を青ざめさせたといっていい。
「二台の車が機関銃を撃ち合いながらこっちに向かっているだとー!?」
 すぐに進路を変えることを命じようとした時には、猛スピードで一台の車が後ろからや
ってきた。
 スピードがある一定以上に出ているとそうそう進路を変えられるものではない。
 170キロを確実にオーバーしているその黒塗りのリムジンは真後ろからやってきた。
「み、道開けろ! 行かせるんだ!」
 運転手はその命令に忠実に従って対向車が来ないのを確認の上、ハンドルを右に回した。
「げっ!」
 だが、黒いリムジンが思い切り全く同じ方向に進路を変更していた。
 譲ってあげようという気持ちが時折起こすよくある光景ではあるが、なにしろ片方のス
ピードが尋常ではない。
 と、いうよりもワゴン車の運転手はハンドルを右に切る作業を行っている最中にそのこ
とに気付いたものの、そこで咄嗟に左に切れるほどの瞬発力など持ち合わせていなかった。
誰がそこに座っていても、そうであっただろう。
 だが、あまりに後続のリムジンのスピードが速いために追突は免れた……が、後部座席
にワゴン者が横から衝突する形になった。
「御免」
 信じ難いことが起きた。
 後部座席から身を乗り出した若い男が掌で、ぽん、とワゴン者を押したのだ。
 ワゴン者はなんとその一押しで横転した。
 リムジンの方はというと一瞬、車体の左側が浮き片輪走行となったものの、すぐに立て
直して走り去った。
「どうだ。各自!」
 助手席に乗っていた警察官が身を起こすと後部座席に護送するべき人物の姿が無い。
 まさか、逃げられた!?
 その思いも束の間、自分よりも一足先に気がついて車外に出ているのが窓から見えた。
「な、な、な、なんだね、こ、これは!」
 あまり流暢とはいえないが、十分に通じる日本語でその人物はいった。
「もしや、日本政府が私を、こ、こ、このような形で謀殺しようとしたのではないか!」
「そ、そのようなことは……」
 この人物の身に何かあっては下手をすれば国際問題である。警察官はしどろもどろに言
い訳した。
「だ、大体だな。私がこの国に来たのは休暇をディズニーランドで楽しむためであって、
き、き、貴様らが思っているようなスパイ行為など断じてしていない! こんな扱いをさ
れて、国外追放されるというだけでも、わ、私に対する侮辱なのに、そ、そ、その上、命
を奪おうというのか!」
「いえ、ですから、そのようなことは断じて無いと私の命を賭けて断言いたします」
「き、貴様ら、私の父が誰だか知っているのか!」
 だが、その時、もう一台の車がこれまた猛スピードでやってきた。
 報告にあった二台の車のもう一台に違いない。
「危ないです。道の端に、さ、私と一緒に!」
「だ、騙されんぞ! そうやって私を謀殺する気であろう! こ、こんな国、テポドンを
打ち込んで……ぶべらっ!」
 時速170キロを越える車がその人物の体を舞い上げ、駆け抜けていった。
「何かはねたようだな」
 助手席に座る黒ずくめの男がいった。その手にはサブマシンガンが握られている。
「人間だったようだ。邪魔なのではね飛ばしたが」
「そうか」
「次郎衛門め……必ず討ち果たしてくれる」
「楽しいな。この狩は」
「ああ」
 人間を――何かをはねたことなど男たちの頭からはきれいさっぱり無くなっていた。

                                     続く

     どうも、vladです。
     いやー、なんかおれが占有しちゃってるみたいで(笑)
     このまんまだと勘違いする人が出てくるんじゃないかと心配してい
     ます(笑)
     「あそこ、vladさんのなんですか?」とか聞かれちゃったりして(汗)

     「はい、そうです」と答えることにします。