西の流儀 投稿者:vlad 投稿日:9月15日(金)11時47分
「と、いうわけでよう来たのぉ」
「……しょうがないさ……」
「来たわよ、来てやったわよ! もうこみパ追放のせいで東京じゃどこにも出してもらえ
ないのよぉ!」
「ほしたら、二人とも、うちの旅館行こか」
「ああ……しょうがないさ」
「ようし、温泉に入ってやるわよ!」
「着いてき」

猪の坊旅館か、久しぶりだな。
 おれたちは由宇に案内されてある部屋に入った。見覚えがある……と思ったらおれが前
に泊まっていた部屋だ。
「和樹はまたここ使てや、詠美は隣や」
 とりあえず、温泉に入る前に明日の予定を確認しておくことにした。
「明日、けっこうこじんまりしたもんやけど、即売会があるから、二人とも連れてったる
わ。こっちの人間に顔見せしとかんとな」
「おう、由宇は店は出すのか?」
「ああ、コピー本を100ばかり作っただけやから、知り合いんとこで売ってもらうわ。
明日はあんたらのあいさつ回りが主目的やねん。小さいイベントやけど歴史は長いよって
な、関西近辺の主だった連中はみんな、店は出さへんでも顔は見せるんや」
 そうか。じゃあ、顔見せを兼ねて本を物色してみるかな。
「さてと……それじゃ、温泉に入るかな、この時間は空いてるだろ?」
「そやね」
 やっぱり、宿泊代払ってない身分だからなあ。他のお客さんで混み合う時間に入るのは
遠慮しときたい。
「温泉なんてちょおひさしぶり」
 こいつは……遠慮も何も無いだろうからおれが気をつけておかないとな。
「ああ、いい湯だった」
 そういって、誰かが部屋に入ってきた。部屋を間違えたのかな、と思って見てみると、
「おう、同志よ、来たか」
「……なんでお前がいるんだよ」
 九品仏大志が、浴衣を着てそこに立っていた。
「なんでといっても……お前がいるからに決まっているではないかッ!」
「……どーせー愛ね、ちょおふけつぅ!」
「ふ、子供にはわかるまい。この崇高な関係は」
「ふぅーーーっ! なんかその言い方高いとこから見下ろしてるみたいでむかつく!」
「……由宇」
「ああ、なんや和樹が西を制覇するなら自分という軍師が欠かせまい、とかいいよったか
ら呼んだったんや」
「軍師……ねえ……」
 っていうかなあ。こいつ、今のところは煽っているばっかりなんだよなあ。まあ、売り
子の手伝いとかはしてくれるけど。いまいち、こいつのいう「野望」がよくわかっていな
いのが現状だ。
「いい湯だったぞ、お前らも入ってくるといい」
 まあ、いわれんでも、こいつが体から湯気上げているのにおれたちが遠慮するつもりは
無い。
 ちょっと長湯をして出たら、既にみんなおれの部屋で飯を食っていた。
「悪いな……こんな豪勢なの」
 正直、お茶漬けでも出された方が気が楽でいいほどの御馳走だ。こんなの、正規料金は
それなりのもんだぞ。
「いいところを使っているな」
 大志は遠慮なく刺身を食べている。
「あぐ……うぐ……もぐ……むぐ……」
 詠美は一心不乱に食べている。
「気にせんでええわ。丁度、今日は珍しく広間ででかい宴会がありよんねん。どっかの会
社の社員旅行でな。そこで出てるのと同じもんや。ぎょうさん作ったとこから四人前だけ
持ってきただけやから」
「そうだ。ケチケチするな。ゆくゆくは世界規模の同人サークルを持つ男が」
 お前がえらそうにいうこっちゃないだろうが。
「そうよ……うぐ……もぐもぐ……げふ」
 お前は少し落ち着いて食え。
「まあ、うちら三人での新ユニットの本格始動記念や。こんぐらいええやろ」
「まあ、そんじゃあ、いただくかな」
 なんかさっきから左方より箸が度々おれの領土内に侵入しては物資をさらっていく。ぼ
さっとしてたらせっかくの御馳走が詠美に全部食われてしまう。
「あ……刺身が無い」
 ちらりと左を見ると詠美の刺身がてんこ盛りだ。っていうか、おれの方にはツマが不自
然なほどに山盛りだ。
「お前、勝手にツマと刺身をトレードしただろ。返せよ」
「なによなによなによなによ! 和樹がツマが大好きだと思ったから交換して上げたのよ、
事実無根よ!」
 四文字熟語を使ったので、えっへんとばかりに偉そうだ。でも、事実無根はそこで使う
言葉じゃないぞ。
「同志よ、子供のやることだ。デザートのメロンを略奪して許してやれ」
「よし、それはいい考えだ。詠美、刺身返さないとメロン食うぞ」
「あー! 駄目駄目駄目駄目! 後で食べるんだから〜」
「にぎやかでええこっちゃ」
 由宇のやつ、けっこうこういう騒がしいのは慣れっこみたいだな。あ、詠美、泣くこた
ないだろ。メロン返してやるからさ。

 そして翌日。
 どこん、と二日酔いの濁り目に朝日が眩しい。
「よし、行くぞ」
「ようし、行くわよ。見てなさい、西で伝説を作ってあたしを追放したお馬鹿どもを見返
してやんだから!」
「おーぅ、その意気や、何もこみパだけが即売会やあれへんのど」
 こいつら……おれと同等かそれ以上飲んでいたのに……っていうか、朝起きた時は頭痛
いとかなんとか症状を訴えていたクセにいざ旅館を出たら急に元気になりやがったぞ。
「即売会だからな」
「即売会よ、自分が参加しないっていってもへばってらんないわよ」
「即売会やからな」
 ……おれはまだこいつらの境地には達していねえ。
 会場は由宇が「こじんまり」といっていた割にはけっこう大きいところだった。夏こみ
とかとはさすがに比べようがないけど、けっこう店が出てるみたいだな。
「それでは、おれは……」
 大志がそう言い捨てると、相変わらずどうやってんだがわからんほどの速さで人ごみの
中に消えていった。人ごみの中に入ってもほとんど速度が変わらない。
「おう、あんたら、待っとき、ウチの顔見知りが何人かおるから、紹介したるわ」
「ああ、頼むよ」
「ふっふっふー、見た感じ、脅威になりそうなのはいないわよ。あたしとおまけの二人で
すぐにでもせーあつできそうって感じ」
 ……まあ、詠美にしては控えめな表現だな。これでも。
 こみパ追放がけっこう応えたのか、前よりはあからさまに他人さまを馬鹿にする言動が
無くなったよな。そういう意味では、詠美にとってはよかったのかな。
「おーい、二人ともちょっと来ぃや」
 由宇が呼んでいるので行くと、由宇の周りに何人かの人間が集まっていた。
「おう、あんたが千堂かずきか、よろしく」
 立て続けに握手を求められて、それに応じる。
「おお、大庭詠美ってあんたか」
 詠美の方も女の子たちに囲まれている。
「なんや、もっと見るからに天才って感じかと思ってたのにかわええ子やん」
「最近、絵ぇとか荒れてきとんで」
「あんた、あたしらが逆立ちしたってどうにもならん才能持ってんのに勿体無いで、ほん
まに」
「うーーーっ、今度は久しぶりに本気出してやるわよ」
 由宇からの毎月の東京土産のおれの本は、今では仲間内で回し読みされて評判らしい。
まあ……悪い気分じゃないよな。
「そしたら、お近づきの印に、なんか御馳走させてもらおか」
「そやね」
「千堂さん、肉とか、鍋物とか好きかいな?」
「ええ、好きですよ」
 すき焼きか……しゃぶしゃぶか……なんか今回の関西行は御馳走ばっかりだな。ここは
一つ養分を補充させてもらおうか。っていうか、大志の奴が来るんなら瑞希も連れてきて
やればよかったな。部屋は詠美と一緒のとこに泊まればよかったんだし。
 それからおれと詠美は由宇に連れられて本格的にあいさつ回りに行くことになった。
 驚いたのは、由宇が「こっちだけでやっとる人やけど、西の方じゃ知らんもんがおらん」
といっていた人が詠美はともかく、おれのことも知っていたことだ。
 なんか……由宇が士気を高めるためにおだててくれてるのかと思ってたけど、けっこう
おれってこっちで有名なんだな。うむ、一生懸命描いてきた甲斐があるってもんだ。
「ほんで、ウチら三人で組んで来月辺りからこっちで活動するさかい」
 と、由宇がいうと、大げさに、
「そんなんやられたら他んとこ霞みよるやんけ。勘弁してや」
 などと、いってくれる人もいた。
「由宇姐さん、こみパで小動物虐待して追放喰らったいうんはホンマ? 動物いじめたら
あかんて」
 などと声をかけてきて詠美に睨まれている奴もいた。
 一通り回って紙袋に満載するほどに本を貰ったので休憩しながら何冊か目を通していた。
 しばらくしたら大志が合流してきたので、そこら辺について話した。
「おう、和樹、そろそろ退けんで」
 ついつい夢中になって読んでいたら由宇が呼びに来た。
 会場に来た時にあいさつした人たちが少し離れたところに集合している。そうか、なん
か食べに行こうっていってたな。
「千堂さん、相談したんやけど、ここと由宇んとこの旅館の間にええとこあるから、そこ
行こうや」
「はいはい」
「ほしたら行くで、ノーパンしゃぶしゃぶ」
「……え?」
 のぉぱん?
「間違うたフリして箸でつまんでもええんやで、そやけどソフトにな」
「うひゃひゃひゃひゃ」
「げひゃひゃひゃひゃ」
「は……は……は……はは……ふははははははは!」
 とりあえず合わせて笑っておくか。
「ちょい待ちぃや! しゃぶしゃぶ行くんは聞いとったけど、そんなことは聞いてへんで」
 と、由宇ら女性陣は預かり知らぬところか。
「せやかて、せっかく関西に来たんやし。関西が産んだノーパン文化を……」
「アホったれぃ! ウチらそないなもん見たって美味くもなんともないわい!」
 案の定、女性陣には総スカンだな。……いや、おれも別に行きたいわけでは……。
「むきぃーっ! ちょおむかつく!」
 詠美が突然地団駄踏み出した。
「なんで和樹ばっかりなのよ、あたしへのせ、せ、せ、アレは無いわけ!?」
 接待、という言葉が思い出せなかったな。
「せやけどな、詠美ちゃん。さすがにフリチンしゃぶしゃぶいうんは無いんよ」
 あってたまるか。
「アホなこというとると遠海に出すで。今回のイベントで使ってもうて金無いんやろが、
お好みにしとき、お好みに」
 由宇が所々に鉄板を仕込んだハリセンを手でいじくりながらいうことにより、事態はけ
っこうあっさりと収拾された。

「さて、ほしたら、やろか」
 翌日、由宇が詠美を連れておれと大志が泊まっている部屋にやってきた。これからもう
二泊する間に、来月の即売会に出すものを大体決めて、下書き程度は描いておこうという
のだ。
「存分にやれぃ、野望のために! おれが見ているからな」
 くそ……やっぱり見てるだけか。
「和樹はなんか考えとるんか」
「いや……実はあんまりな……こっちじゃ最初だし、創作系でばしっとしたのをやってみ
ようかと思っているんだけど……」
「甘い甘い! ちょお甘いったら無いわね!」
「……詠美はどんなの描くんだよ」
「客受けするやつよ」
「……だから、どんなの?」
「昨日、寝る前に貰った本を読んでみたんだけど、詠美ちゃんってば時代を見抜く目がす
るどすぎてもうどんなのがこっちで受けるかわかっちゃったもん」
 時代を見抜く目か……大志が「嗅覚」といっていたやつだな。確かに、詠美のそういう
ところは尋常ではないところがある。
「ほう……どう見たんや?」
「……ズバリいって……阪神タイガースよ!」
「な、なにぃ! ……って、なんじゃそりゃ」
「……」
「……」
 あれ、由宇、大志、どうしたんだ。黙っちゃって。
「さすがだな……」
「ふん、あんた、やっぱり鋭いな」
 え、今の答えでいいの?
「由宇、阪神タイガースって……あのプロ野球の阪神タイガースだよな?」
「Jリーグに阪神タイガースがあったら見てみたいわい」
「え、でも……」
 確かに、プロスポーツをネタにして、過去の試合を思い入れたっぷりに描く観戦記ふう
の漫画とか……スポーツ選手同士がアレしちゃったりするようなのはこみパでも見るけど、
そんなに数は多くない。
「関西人の九割は阪神ファンや」
 ……そうだったのか。おれが聞いた話では七割という話だったんだが。
「これでもう詠美ちゃんさまのえいこーある関西デビューは決まったようなもんよ」
「でも、あんた野球とかそんな詳しいんか?」
「むー、それは……あれよ、新聞ぐらいとってるでしょ。それを見て、最近活躍している
選手をさらさらさらっと」
「ふーむ、まあ、それでも悪くはないけど……それやとねえ。えいこーあるデビューする
には弱いんやないかなあ」
「な、なによ、だったらどんなの描けばいいっていうのよ!」
 詠美が探るように由宇を見る。挑発してなんかいわせてまんま頂く気だな。こいつは。
「まあ、教えといたろ」
 由宇はそれを全て承知したような表情だ。
「阪神は阪神でも……やっぱり一番人気あるんは優勝した頃の選手や」
「そうか!」
「……阪神って優勝したことあったの?」
 あー、詠美! そんなこといったら。
「あったんや、ボケぇ!」
 すぱん、とハリセン(純紙製)が一発。
「あのどっからホームランが出るかわからん強力打線。一点取られたら三点取り返したる
んや。ファミスタでもめっちゃ強かってん」
「ふみゅ〜、あたし、そんな時代のこと知らないわよ〜」
「よし、ちぃと待てや」
 ゴソゴソと持ってきた袋から何かを取り出す。おお、色あせたそれは阪神が優勝した時
の新聞や雑誌じゃないか。
「あんたのことやから、目ぇつけるんやないか思うて保存してあったの持ってきたったん
や」
「……誰が誰だか全然わかんない」
 まあ、そうだろうなあ。詠美は最近の選手でもよほど有名じゃないと知らないんだから。
「えーっと、このばぁすっていうのが人気あるのかな」
 お、なかなかいいとこに目をつけるな。
「まあ、確かにの。優勝の原動力やった。でも……それ以上に、もうこいつを使うておも
ろい話描いたら一躍関西同人界に名前がとどろく、いうんがおるんやで」
「な、そ、それは誰だ!?」
「川藤や!」
「……か、かわとう!?」
「そうや、川藤や! 阪神ファンの八割は川藤ファンや!」
「そ、そうだったのね! よーし、やってやるわよ」
 由宇……さりげなく詠美を騙しているんじゃないだろうな。
「ふみゅ……おっさんだね」
「しょうがないやろ、掛け値なしにホンマもんのおっさんや」
「こんなので本当にいいの?」
「ええんや! 関西でトップ立ちたないんかい!」
「た、立ちたい!」
「ほしたら川藤を描かんかい! 川藤を!」
「よーし」
 詠美が鉛筆を握って一心に紙に向かう。そして十分後。
「できた!」
「どれどれ……」
 ほう……さすがやるもんだな。写実的ってわけじゃなく、でも特徴を捉えてる。
「どうよ! 川藤を描いたわよ!」
「……ホンマに描いてどないすんねん」
「むっきぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
 詠美、キレる。
「和樹ぃ、和樹ぃ、あたしもうこのノリやだよう。一緒に東京に帰ろうよう。全部由宇が
悪かったことにして謝ってこみパに出してもらおうよう、辛いよう、苦しいよう」
 一転、泣きつく。
「あー、よしよしよしよし、由宇……詠美を騙してたのか?」
「なにいっとんねん。ざこばに敬意を表した軽いギャグやんけ。うん、上手いこと描けと
るよ、これ」
「ふにゅ〜」
「もう……止めてやれって」
 詠美がアメリカンクラッカー型の涙を流しているじゃないか。
「うん、絵はこないな感じでええと思うで。これでストーリーがよかったら受けるわ」
「よ、よーし!」
 最近、立ち直りが早くなったな。詠美も成長しているのか。……嫌でも成長しなきゃな
らん環境にいるせいなんだろうけど……。

 その夜、おれは大志の助言を受けながらオリジナルストーリーを練った。
 詠美は、おれが一時頃に部屋を覗いたらまだ明かりがついていて、あっちも頑張ってい
るようだった。

 翌朝。目が覚めるとそこは緑色だった。
「……何やってんだ。詠美」
 詠美の後頭部がおれの顔の上に乗っている。なんで、おれがこいつに枕にされてるんだ
よ。
「んー、おはよ」
「なんで人を枕にしてんだ。お前は」
「んー、夜中の四時ぐらいに下書きできたから見せて上げようと思って来たんだけど、眠
くなったから寝たのよ。枕は和樹が使ってるし」
 これは元々おれの枕だ。……それより、下書きができたって?
「どんなのだ」
「うふふふふふふ、見たいわよねえ。当然!」
「いいから、早く見せてくれ」
 もったいぶった手つきで渡された原稿を見る。「川藤物語」か、ストレートなタイトルだ
な、と、いうことは王道的な話かな。
「な、なにぃ! 川藤がメジャーリーグに!?」
 なんてことしやがる。
「ふっふっふっ」
 しかし……アレとして割り切って読むとけっこう面白いな。さすがだ。
「おーい、朝飯どこで食うんや?」
 丁度、由宇がやってきた。
「おう、これ見てみろよ。詠美が描いたもんだけど」
「ふっふっふっ」
「おう、もうでけたんかい」
 由宇が下書きを読んでいく。
 何度かクスリと笑ったものの、それほどの反応ではない。もっといい反応があっていい
と思うけどな。
 やがて、読み終わると、
「んー、なんかな」
 ぽつりと呟いた。
「な、なによなによ! どこがまずいっていうのよ!」
 当然、詠美が食って掛かる。
「あれや、確かにおもろい。水準は楽に越えとる。でも、川藤がメジャーってのはあかん
わ」
「いや、そりゃ無茶かもしれないけど、それはそれで……」
「あかんわ。やっぱり阪神におらんと」
「え、でもでもでもでも、クライマックスではナ○ツネを半殺しにしてカーネルサンダー
スを重りに道頓堀に沈めてるのよ、これでばっちりのはずよ」
「うん、それはええ。上手いこと阪神ファンの溜飲を下げよるわい。でもな、川藤ファン
の九割は……『阪神の川藤』が好きなんや」
「そ、そうか!」
「がぁーーーん」
 派手な効果音を上げて詠美はぶっ倒れ……寝た。
 今は朝の七時。三時間ぐらいしか寝てないからな、しかもその前に下書きを描いていた
わけだし、無理もない。
 おれは一度畳んだ布団を部屋の隅に敷いて、詠美を寝かせてやった。

 それから……。
 東京に帰った後、詠美は川藤が監督になった阪神タイガースが色々無茶する話をフルカ
ラーで80ページ描いた。おれはおれでゲームとオリジナル創作を各々20ページほど書
き下ろした。
 そして、いよいよ三人の新ユニットのデビューだ。
「……なんでサークル名が『辛味亭うぃず2』なのよ! 確か辛味FISH with ブ
ラザー2にするっていってたじゃないのよ!」
 とか詠美がぶっちぎれていたが、次は『cat or fishうぃず2』にするとい
われてなんとか思いとどまったようだ。関西まで追放されたらシャレにならんしな。んで、
その次は……また『辛味亭うぃず2』になる。
「同志和樹よ、お前の計画手に取るようにわかるぞ。女など所詮おだてに弱いもの。今は
サークル名などよりあの二人を飼い慣らし忠実な手駒とするのが肝要、名を捨てて実を取
る気だな」
 大志……お前はおれを買いかぶり過ぎだ。おれはただ単に二人の気迫、情熱、その他に
押し切られただけだ。
 だが、蓋を開けてみたら評判は上々、けっこう刷ったんだけど午後になるころには完売
した。
 うん、なかなか幸先がいいぞ。
「素晴らしい! 予想以上であったぞ。西を制覇したも同然だな」
 まあ、こういっちゃなんだけど、由宇と詠美と三人で組んだら怖いもん無しだな、怖い
のは内輪揉めだけだ。そのためにも、おれが二人の間を取り持たないとな。正直、それさ
え無かったらこの三人のユニットで同人界に名を轟かせる自信はある。おれはともかく、
詠美や由宇は既に名が轟いてる二人だし。
「おう、二人ともお疲れさん、茶でも飲みぃな」
「完売よ、完売! やっぱし完売はちょお気分いいわ!」
「魔法瓶に冷たーい麦茶入っとるし、差し入れにもろた菓子があるさかい、摘まもうや」
「おう、いいなあ」
 幾つか菓子を口に運んでいると由宇が、
「あ、あんま菓子食ったら打ち上げで食えんようになるから控えぃ」
「おう、もう打ち上げ決まってんのか」
「ああ、こないだ行きそびれてもうたやろ。しゃぶしゃぶや」
「へえ、いいなあ」
「おう、みんな来よったで」
 この前、一緒にお好み焼きを食べに行った人たちがやってきた。
「よーし、ほしたら行こうか!」
「ホンマに行くんか? 由宇〜」
 男性の一人が困ったような顔でいう。他の人らも似たような顔をしている。
「行くわい、なっ!」
「うんうん、行きたいわ」
「どんなんやろね、なんやわくわくしてきよったわ」
 なんか女性陣が盛り上がってるな。しゃぶしゃぶ……に行くんだよな?
「何よ何よ何よ、なんか企んでるのね、パンダ!」
 のけ者にされていると思ったのか、詠美がムキになって由宇に食って掛かる。
「企みなんかあらへんちゅうねん、ええとこに連れてったるんや。そうそう、詠美ちゃん
を接待したろいうんや」
「接待……あんたもようやくあたしの価値に気付いたようね」
「おう、ほしたら行こか、フリチンしゃぶしゃぶ」
「……え?」
 ふりちん?
「かずきはん! すんまへん!」
 いきなり、先ほど由宇と話していた男の人が床に平伏した。
「堪忍、堪忍や! わしが面白半分に探したら、最近オープンした店があって、それをわ
しが由宇に教えたばっかりに」
「オープンした店って……フリチンしゃぶしゃぶ?」
「ホンマすんません!」
「あの……フリチン?」
「はい、美少年がぶらぶらさせながら接客するのがウリの店なんですわ」
 ……箸で摘まんだりするんだろうか……。
「な、な、な、な、な、なによそれ! あ、あ、あたしはそんなとこ行か行か行か行かな
いわよ!」
「何いうとんねん。一度は見ときや、芸の幅が広がんで」
「嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌、お好み焼きでいいよぅ〜」
 あーあ。やっぱり泣いたか。
「おもろい漫画描くには見聞広めな、ウチはあんたのためを思っていうとるんやで」
 っていっても明らかに半笑いな由宇があからさまに怪しい。
「ふみゅ〜ん」
 首を抱え込まれたな。もう逃げられまい。
 っていうか……もしかして……。
「おれらも行くのか?」
「あったりまえやないか、打ち上げなんやから」
「い、いや、おれはいいって!」
 何がかなしゅうて美少年がぶらぶらさせてるの見ながら肉を食わねばならんのだ。
「ええやんええやん、芸の幅が広がんで」
「いや、しかしだな」
「同志よ、見聞を広めるいい機会かもしれんぞ」
 お前は頼むから黙っててくれ。
「ほな行こかー!」
「嫌じゃあああああ! 吐く吐く、絶対吐く!」
「ふ……ふみ……」
 詠美もなんかいおうとしてるけど首を軽く極められてるんで声が出ないようだ。
 ちょっと待ってくれ。いや、ホントに待ってくれ。
 あー、もう、大志は頼りにならねえし詠美は既に無力化されてるし、やっぱり瑞希の奴
を連れてくるべきだった。あいつだったらそんないかがわしい店に行くのには反対してく
れるはず。
 瑞希!
 助けてくれ!
 と、いったところで瑞希は東京だ。
 しょうがない……観念するか。
「なんてな……ウチらだけで行くからあんたらは好きにしや」
「え?」
「さすがに男連れでそんな店行きたないもん」
「由宇〜」
「どうせ一次で終わる気や無いやろ? 二次会で合流ってことでどないや?」
「おう、それで構わないぞ」
「よし、ほしたら、携帯に電話入れるさかい」
「ああ」
「……ふ……み……みゅ……」
「あんたはこっちや、さ、行くでえ!」
 詠美が何かを訴える目でおれを見る。
 ……社会勉強だと思って諦めてくれぃ。
「さて……それじゃあ」
「それじゃあ、わしらは……行きますか」
 みんなして意味ありげに笑う。
「行きますか」
「行きますか」
「行きますかー! ノーパンしゃぶしゃぶ!」
「行きましょうー!」
 そして、おれたちは第一歩を踏み出した。待っていろ、ノーパンしゃぶしゃぶ。
「……あれ?」
 と、その前に立つ人影。
 息を切らせて両肩を上下に揺するその人影……なんでこんなところに?
「……瑞希……来てたのか?」
「和樹が呼んだんじゃない」
 瑞希は、笑っていった。
「助けてくれ、って呼んだじゃない」
「な、なに! あの心の声が届いたっていうのか!?」
「さあ、私が来たからにはもう安心だよ!」
「いや、それよりお前どうやってここまで」
「和樹をひどい目に合わせようっていうのは誰?」
「新幹線で数時間はかかるはずなんだが……」
「大丈夫よ、私が守ってあげるね」
「いや、そうじゃなくってだな」
「む!」
 眉を逆立てた瑞希の視線の先には大志がいた。
「大志! あんたね!」
「同志瑞希よ、誤解するな。我々はこれからノーパンしゃぶしゃぶに行って見聞を広げよ
うとしているだけだ」
「な、なんですって! あんた、和樹をそんないかがわしいところに連れて行こうとした
の!?」
「この世には光あれば影あり、創作に携わる者は見聞を広め……」
「やかましいっ!」
 ぼこん、とどっから取り出したのかテニスラケットの柄で一発。
「このこのこのこの!」
 今度は網の方で殴り始めた。
「瑞希、止めろ」
 大志に網の目状の傷がついて流血してるじゃないか。
「ええい、このまんまところてんにしてやるわ!」
 止めるんだ。瑞希。ここで「闘○ラー×ンマン」ネタをやっても誰も幸せになれない。
 よし、ようやく瑞希を押さえたぞ。大志は……この傷だったら二時間で再生するだろう
から放っておこう。
「さあ、和樹、東京に帰ろう!」
「え?」
「さ、行こう」
「いや、でも、ノーパン」
 だって、ほら、ノーパンしゃぶしゃぶ。
「私が守ってあげるからねっ!」
 いや、でも、ノーパンしゃぶしゃぶ。



「もう和樹を関西には行かさないわよ! 絶対変なところに連れ込まれるんだから」
「そういうことなんだ。悪ぃ、由宇」

「ふみゅ……みゅ……ふみゅーんみゅんみゅんみゅん」

「和樹はみずきっちゃんが離してくれへんし、詠美は店に入った途端に気絶して気がつい
たらすぐ逃げたまんま連絡取れんし……失敗したわ」


 千堂和樹。大庭詠美。猪名川由宇の三人による強力ユニットは唯一度の活動の後、解散。

                                     終