鬼狼伝(37) 投稿者:vlad
 綾香は、第2ラウンド開始早々、右のローキックを放った。
 第1ラウンドで同じく、右のローで痛めておいた静香の左足を徹底的に攻めるつもり
だ。
 静香は主にグラウンドでの攻防を得意とするタイプであるが、もちろん、エクストリ
ーム大会で準優勝した経験があるだけに打撃技に対する防御は一流に近いものを持って
いる。
 静香は左足を上げて、綾香のローキックをブロックした。
 その蹴り足が戻るのと右拳が唸ったのとほとんど同時であった。
 普通、強力な、力を十分に発揮したパンチを打つためには足による踏み込みが不可欠
とされている。
 右のパンチを打つならば、左足を踏み込み、腰を回転させ、それに乗せるように右拳
を打ち出す。
 だが、踏み込みと腰の回転は敵にパンチを打つということを知らせることにもなる。
そのことからボクシングでいうジャブのような、主に肘の伸縮運動で打つようなパンチ
が使われることになる。
 に、しても、ローキックに使った右足を戻してすぐに右で打ってくるとは静香の予測
を越えていた。
 しかも、それが速く、強い。
 上半身を後ろに反らしてスウェーでかわしたが、綾香は休む間も無くさらに攻撃を送
り込んでくる。
 両手両足。
 四本の槍が立て続けに突き出されてくるのに似ていた。
 専ら、キックはローである。
 ミドルだと脇に抱え込まれて、軸足を刈られて倒される恐れがあるし、ハイは打った
直後、蹴り足が上空にある内に軸足に片足タックルに来られると倒されてしまう。
 ジャブにストレートを交えたパンチを数発打った後、綾香はまた右のローキックを放
った。
 それが唸る前に、静香が左足を引いていた。
 左足への右ローを静香が警戒しているであろうことは計算に入っている。
 綾香の右足は静香の左足があった空間を抜けた。
 駆け抜けた。
 そのまま、静香の右足へと到達する。
 バチッ。
 と、音が生じた。
 ローが横から静香の右膝を襲った。
 喰らった瞬間、静香は咄嗟に右足を九十度、右回しに回転させた。
 綾香の足刀が静香の右の膝裏に触れた。
 下がっていた静香の左足が前に出ていた。
 前に出て、右に走る。
「!!……」
 まずい、と思った時には遅かった。
 読まれていたのだ。
 そうでなければ、こうまでスムーズに静香の足は動かない。
 キックを放ったら蹴り足はすぐに戻すという鉄則を、綾香は忠実に守っているつもり
だ。
 その綾香の蹴りが戻る前に捕らえられた。
 ローを喰らった右足と、前に出てきた左足──。
 この二本の足に綾香の右足が挟まれていた。
 静香はこれを狙っていたのだ。
 右足の膝裏が綾香の右足の足の甲を左側に押し──。
 左足が綾香の右足の膝裏を右側に押していた。
 綾香の右足がその回転巻き込まれた。
 体が左に向かって泳ぐ──いや、泳がされる。
 左足が一瞬宙に浮き、またマットに着く。
 静香が綾香の右足を挟んだ自らの両足を右回しに回転させつつ、膝を落とした。

 どっ。

 と、綾香の右膝がマットに着いた。
 浮かせようにも、上から静香の左足が押さえ付けていて動かない。
 静香の手が伸びきっていた綾香の右足を曲げる。
 綾香の右の膝裏の上に静香の左足のスネが乗り、綾香の右足の膝から先がまたその上
にと来る状態になった。
 さらにその上に静香の腰がのし掛かってくる。
 綾香の右足の足首から足の甲にかけて体重をかけてくる。
「っっっ!!」
 食いしばった歯の間から、苦鳴が漏れた。
 右足の膝の裏の辺りに激痛が生じている。
 膝の裏近辺の軟らかい部分に、スネという固い部分を乗せて、上から体重をかけられ
たのだからたまらない。
 体重をかけつつ、静香の上半身が綾香の背中と接触するほどに前に倒れた。
 両腕が綾香の頭部へ巻き付いてロックする。
 変形のSTF。(ステップオーバー・トゥホールド・ウィズ・フェイスロック)
 足を極める。(トゥホールド)
 顔を固める。(フェイスロック)
 その両方の言葉をその名称に含んでいるが、より効くのは足の方である。
 むしろ、フェイスロックの方は、この変形STFの場合は、足に体重をかけた状態を
崩さぬために相手の上半身をうつ伏せのまま固定する意味合いが強い。
「くうっ!」
 綾香が両手で自分の頭部をロックしている静香の腕を外そうとする。
 頭を思い切り前に出す。
 そして、一度押し出しておいて引き、引くと同時に自分の手を生じた隙間に割り込ま
せる。
 左右に広げて、静香の腕を外していく。
 足を間断なく鈍い痛みが攻め続ける中、この作業をするのだからなかなか大変だ。
 ロックされた頭を押し出す首の力と、頭部をロックした腕を外す腕力と、その間にも
容赦無くやってくる足への痛みを耐える力と、この三つのどれが欠けてもこの技は外せ
ない。
 上半身が自由になったので、綾香は思い切り右に体を返した。その際、右腕を伸ばし
て、静香の道着の後ろ襟首を掴んで右にと引っ張る。
 外れた。
 だが、そう簡単に立ち上がらせてはくれない。
 右足を腕に抱え込んでアキレス健を極めようとしてくる。
 右足を引く。
 左足にアンクルホールド。
 相手の足を自分の足で挟んで固定し、爪先をどちらかの手でキャッチし、もう一方の
手を相手の足首の辺りに巻き付けるように回して、爪先を掴んだ自らの腕の手首を掴み、
相手の足首を横に捻る技である。
 足を重点的に、そして矢継ぎ早に攻めてくる。
 綾香の目の前に白いラインがあった。
 無我夢中で転がる。
 例え、指一本でもラインの外に出ればブレイクになる。
 転がった瞬間、足首が捻られた。
 横に伸ばした綾香の右手がラインの外に出ている。
「ブレイク!」
 レフリーが綾香の足首から静香の手を引き剥がす。
「中央へ戻って」
 いわれるままに、静香は中央線へと戻った。左足を少し引きずるようにしている。
 綾香はなんとか立ち上がった。
 一連の攻撃で、足が大きなダメージを受けている。
 立っていることは可能だが、この分だと、蹴りが打てない。軸足一本で体を支える自
信が無い。
 試合が再開された。
 いきなり、静香が思い切った両足タックルに来た。
 綾香の足が弱っているのを見越した攻撃だ。膝を合わせられても、その威力は大した
ことは無いと踏んでいるのであろう。そして、その通りであった。
 だからといって、これを喰っては倒される。
 綾香は必死で身を横に引いた。
 なんとかかわす。
 静香の体勢は当然前のめりになっている。顔が、綾香の腰よりも低い位置にあった。
 今なら、ローとミドルと間ぐらいの高さの蹴りで顔面を蹴撃できる。
 ここは思い切って──。
 蹴りを──。
 先程のSTFで重点的に痛めつけられた右足を蹴り足に使い、右に比べてそれほどの
ダメージを受けていない左足を軸足にすれば一撃、強力な蹴りが打てる。
 だが、迷いが無いわけではない。
 左足首はダメージは少ないといっても先程、アンクルホールドで捻られている。
 果たして耐えられるのか?
 その、ただ一瞬の間に、静香の体が空中で反転して背中がマットに着いていた。
 ダウンだ。
 エクストリーム・ルールでは、腰から上の部分がマットに着くとダウン状態と見なさ
れる。そして、今まで何度か触れてきたように、ダウン状態の相手への打撃技は禁止さ
れている。
 綾香は舌打ちした。
 そういえば、さっきの葵との試合の時も似たような状況があった。
 静香のタックルを葵がかわして、静香が自分からわざと倒れたのだ。
 綾香がそのことを思い出していると、ゴングが鳴っていた。
 第2ラウンドが終了したのだ。

 インターバルの間、綾香は試合場の隅っこで座り込み、足を軽く捻ったりマッサージ
したりしていた。
 今のラウンドは初めから終わりまで押されっぱなしだった。いいとこ無しだったとい
っていい。
 やっぱり、違う。
 高校生部門とは選手のレベルが違う。
 高校一年生で、そして初出場で一般部門のAブロック決勝まで来た葵は、それだけで
褒められるべきだろう。一回戦と二回戦が、葵のファイトスタイルと同じな立ち技系の
選手が相手であったとしてもだ。
「綾香さん」
 試合場の下にいる葵が声をかけてくる。
「行けます。綾香さんは強いんです!」
「……」
「行けます! 行けます!」
 葵。
 あんたの試合じゃないのよ、これは。
 あんたがそんな泣きそうな顔をすることはないのよ。
「行けますよ!」
 葵。
「綾香さんはいつだって強かったじゃないですか!」
「綾香」
 浩之。
「最終ラウンド、頑張れよ」
 いいながら、浩之が葵の頭の上に手を乗せる。
 ポンポン、と軽く叩く。
「うん、頑張る」

「完全に押しているが、ラッキーパンチには気を付けろよ、打撃は一発で終わることも
あるからな」
 セコンドの柳川の指示に静香が黙って頷いている。
 柳川は警察官だけに柔剣道、逮捕術の心得がある。暴れている人間を取り押さえるの
に関節技は最適な手段であるから、その方の知識もある。
「あ、いいなあ」
 静香がぽつりと呟いていた。
「何がいいんだ?」
「ほら、あれ、綾香さんは強いっていってるじゃないですか」
「ああ」
「さっきは、あの男の子があの子に葵ちゃんは強いっていってたんですよ」
「そうか」
「いいなあ、と思って」
「何がいいんだ?」
「あの、強い! ってやつです」
「そうか」
「いいなあ」
「……」
「柳川さんもいいと思いませんか?」
「……そうか?」
「私はいいと思うなあ」
「……お前もいって欲しいのか?」
「え、そんな……柳川さんがいやじゃなかったらいって欲しいかなあ、とか思ってるん
ですけど」
「……」
 いやである。
「いいなあ」
 玩具を欲しがる子供の目をしている。
 でも、いやである。
 でも、玩具を欲しがる子供の目をしている。
「……なんていえばいいんだ」
「え! えっと……静香ちゃんは強おい、って」
「……ちゃん付けは勘弁してくれ……」
「だったら、お前でいいですから」
「……お前は強い」
「はい!」
 玩具を買ってもらった子供の目をしている。
「第3ラウンドが始まる」
「はい」
「行って来い」

                                    続く

     どうも、vladです。
     37回目です。
     自分とこの掲示板に貸借天さんからタレコミ(笑)があったんです
     が、PS版ではかなりエクストリーム・ルールに改定があるらしく、
     顔面への膝攻撃は禁止。
     という条項が追加されているらしいです。
     ってことは、綾香は二回戦で負けているということになります(笑)
     まあ、この話はPC版しかやっていない男が書いているということ
     で御了承下さい。
     それにしても今回は遊んでしまった。ま、プロレスファンが誘惑に
     負けたってことでこちらも御了承下さい(笑)
    
     追伸。
     変形STFはそこそこ効きます。どうぞお試し下さい(笑)



 

http://www3.tky.3web.ne.jp/~vlad/