関東藤田組 小悪党 前編 投稿者: vlad
「おう、なんかあったらおれんとこ来いや」
 最近、それが浩之の口癖になっていた。
 その日、その時。
 場所は新宿駅南口付近。
 浩之の口からその言葉が出た。
 男が二人。這いつくばっていた。
 一目見て、何を生業にしている種類の人間かがわかる。
「じゃあな」
 と、浩之は老人にいった。
 その老人が二人の男に何やら因縁をつけられている雰囲気だったので浩之が声をかけ、
話し合いも何も無く男たちが激昂して浩之にぶちのめれたというわけである。
「旦那、待って下さいよ」
 老人は浩之を追い掛けてきた。案外と機敏な身のこなしだ。
「なんだよ、爺さん」
 自分の祖父といっても不思議ではない年齢の老人であった。
「御礼に一杯どうで?」
「あん? 爺さんが奢ってくれるってのか?」
 ここのところ、金欠で酒の味から離れ気味である。見たところ貧相な爺さんだが、自
分からこんなことをいってくるとは実はけっこう金を持っているのかもしれない。
 十分後、近くの公園のベンチの上で、浩之は苦り切っていた。
「これかよ、おい!」
 目の前に、缶ビールとイカのくんせいが置いてある。
「すんませんね、懐があんまり暖かくねえもんで」
 期待した自分が馬鹿であった。
 しかし、懐に寒風が吹いているクセに浩之を追っかけてまで一杯御馳走してくれよう
としたのだ。とても律儀な人なのかもしれない……と、でも思わねば浩之は暴れだしそ
うであった。
「ところで、藤田さんではありませんかい?」
「ん?」
 浩之は、鋭く眼光を放った。そこそこ有名人らしいので「その手」の人間にはよく顔
が知られているが……。
「そっちから名乗れ」
「三笠木平吉(みかさぎ へいきち)、七十五歳でさ」
「藤田浩之、どういう噂を聞いてんのかは知らねえけど、藤田組の組長じゃなくて藤田
商事の社長だ」
「やっぱりそうか。一度だけ顔を見たことがありましてね」
「そうかい」
 浩之は「イカくん」という名のイカのくんせいを鷲掴みにして口に運んだ。
「実は折り入って相談がありまして……」
「なんだとぉ」
 なんだか、思っていたよりも面倒なことになりそうなので浩之は顔を渋面に変えたが、
つい十分前に「なんかあったら来い」と豪語した手前、知らぬ顔を決め込むこともでき
ない。
「実はえらいことを知ってしまったんですが、わし一人にゃ荷が勝ち過ぎると思い悩ん
でいたところ、こうしてあの藤田さんにお会いできたんですから、ここは思い切ってそ
のことを御相談しようと思ったわけでして」
「ああ、そうなの。イカくん、もうねえの?」
 浩之はあまり心を動かされた様子もなく「イカくん」の空袋をベンチの隣に置いてあ
るゴミ箱に投じた。
「是非とも、藤田さんぐらいの方でないとどうにもならんのですよ。なにせ多くの人の
命がかかってますから……」
「おいおい、なんか話がでかそうだな」
 いいつつ、三笠木が差し出した新たな「イカくん」を開封して、浩之は二本目の缶ビ
ールを手にした。
「爺さん、あんましでっけえ話なら警察に持って行った方がいいぞ、おれなんか動かせ
る人数はたかが知れてんだ」
 民間の警察会社の中では規模実績ともにトップクラスの来栖川SP(セキュリティー
・ポリス)の専務の来栖川綾香と浩之は親しい知り合いであり、社員の中にも何人か知
っているのがいる。なんだったら自分が仲介してやろうか、といおうとした時、
「いや、警察はまずいんで」
 三笠木は声を潜めていった。
「なんでよ、もしかして……爺さんの身内の恥に関わる話か?」
「いや……」
「じゃあ、なんだよ。警察に知られたらまずいようなことにそうそう協力するわけには
いかねえぞ。こう見えても妻がいるんだ」
「申し上げますとも……実は、警察がやばいのはわしの方でして……」
「あん?」
「わしゃ、実はスリをやってますんで……」
「なにぃ」
「ですから、あんまり警察さんとは関わりとうないんで」
「……」
 浩之は口をつぐんで、三笠木老人を改めて観察した。いわれてみれば──あくまでも
いわれてみればだが、なんとなく敏捷そうで手先も器用そうな爺さんだ。
 不用意に来栖川SPの人間と深い知り合いだといわないで良かった。
「あ、爺さん!」
 やがて、浩之が叫んだ。
「まさか、さっきおれが張っ倒してやった連中、その被害者じゃねえだろうな!」
 財布をスったスリを捕まえていた被害者をぶちのめしてしまったとあってはシャレに
ならない。
「違いまさぁ、ありゃ、この辺で少しばかり幅きかせてる周防組の若い衆でさ」
「周防……聞いたことねえな」
「ここいらだけのローカルやくざでさ、旦那ほどの大物の耳に入ってなくても不思議は
ありませんて」
「まあ、な」
 特にここ、東京都新宿区ともなればその稼業の人間の人口密度は高い。構成員数千を
数える大組織でさえその全てを把握しているわけではないのだ。
 そして、中には小さいながらも、その混沌状態ゆえにどこの大組織の傘下にも属さず
にやっているところもある。
 周防組はその一つであるらしい。
「奴ら、あんまりでかいシノギ(商売)はできねえもんだから、わしらみたいなもんか
らタカろうとしやがるんで……ケッ、儲けの七割渡せたぁどういう了見だ!」
「おれは、あんましその辺詳しくねえけど、七割ってのは高いな」
「でしょう」
「で、相談ってのはそれかよ?」
「いや、そんなチンケ……っていってもわしにとっちゃ死活問題ですが……とにかく、
もっとでかいことなんで」
「おう、じゃ、その話っての聞こうか」
「あれは三日ほど前のことですが……」
 と、三笠木は話し始めた。

「わしゃあ、山の手線をグルグル回りまして、まあ、その、一仕事終えてアパートに帰
る前にこの公園に寄ったんです。へい、夜の12時を少し回ってましたかね」
 満員電車と同様、あるいはそれ以上に夜遅い終電間際の時間の電車はスリが食指を動
かす「仕事場」である。
 酔って、椅子に座って眠り込み、体を大きく広げているために上着の内ポケットから
財布が覗いたりしている乗客も多い。
「公園? ベンチで寝てる酔っ払いの懐でも漁ろうとしたのか?」
「いえ、わしは電車でしか仕事はしませんよ」
「そうなのか」
「ええ、以前、電車以外のとこで仕事して巡回中のおまわりに捕まっちまったことがあ
るんで……」
「ふうん」
 浩之にはいまいち理解できないのだが、昔気質の泥棒やスリは意外なほどに縁起を担
ぐ者が多い。
「で、なにしにここに来たんだ?」
「へえ、その……ようくね、この公園は夜中になるとベンチで男と女が……」
「待て待て!」
 浩之が遮る。
「いい歳して覗きかよ、爺さん」
「最近、そっちの方が衰えましてねえ……」
「爺さんのシモの近況なんざ聞きたかねえぞ」
「なんだか、この頃は人がしてるのを見るのがたまらんようになりやして」
「しょうがねえジジイだな……」
 浩之はもう呆れとかそういう段階を通り越して諦めた表情でビールを飲んでいる。
「でね、わしが張ってたベンチ……ここから少し奥の方に行ったとこのベンチに男が二
人やってきたんで……へい、潜んで五分ぐれえしか経ってねえ頃でした」
「そいつらが、どうした?」
「驚かねえで下さいよ、そいつら、駅を爆破させるとか相談してたんで」
「なにぃ……」
 浩之の顔に真剣さが生まれる。それまではただ真っ昼間から酒を飲んでいるぐうたら
チンピラみたいな面持ちだったのだが。
「聞き間違いじゃねえだろうな」
「聞き間違えるわけはありやせん、なんたって、ベンチの真下に潜んでたんですから」
「全く、よくやるな……」
「確かに、新宿駅の南口のどっかに爆弾仕掛けるっていってやがりましたぜ」
「へえ、つまらんことに時間を費やしやがる……で、なんか理由みたいのは聞いてねえ
のか」
「よくわかりませんが、なんかそれで当局に自分たちの怖さを教えてやるとかいってや
がりやしたよ」
「過激派ってやつだな、そりゃあ」
 最近、その類の犯罪が増えてきている。つい先日、それを特集した報道特番を見た覚
えが浩之にはあった。
 浩之がまだ生まれてもいないような時代にやはり過激な政治団体のテロ事件が頻発し
たことがあるらしく、その映像が盛んに流れていて、中でも一番インパクトがあったの
が、過激派が立てこもった山荘とかいうのに鉄球で穴を開けて機動隊が突入するシーン
だった。
「わしの若い頃に学生さんが随分やっとりましたがねえ、ああいうのは」
「そうらしいな」
 そういう運動に学生が多く加わっていたというのも、浩之はその特番で見て知ってい
た。
「で、他にはなんかいってたか?」
「なんでも今日の夜中にまたここで落ち合うらしいですぜ」
「聞いたのか」
「ええ、けっこう周りを気にしちゃいたらしいが、真下に人がいるとは思わなかったん
でしょう、そこそこでかい声で話してやがりまして」
「素人だな」
 浩之は直感的に思った。
 どこか抜けているというか、穴がある。
 浩之は綾香の方から犯罪などのデータを回してもらってよく読むが、中東の方のある
テロ組織では、仕事の打ち合わせは全て暗号で行われるという。何も知らない人間が聞
いてもごくごく普通の日常会話なのだが、実は暗殺の相談をしていたりするらしい。
 そこまで、と行かなくとも、せめて爆弾とか爆破とか当局とかいう言葉は何か隠語を
使って然るべきであろう。
「それじゃ、警察にチクリ入れて今晩ここに張り込んでもらやいいじゃねえか」
「いや、でも信じてくれやすかね……それが心配で」
「そうか……」
 警察会社だって暇ではないのだ。ただ電話して、新宿駅爆破を企んでいる過激派が今
日の夜にここに来るから人数を出してくれといっても動いてはくれないだろう。
 そうなると、詳しく、浩之にしたような話を警察にしなければならない。
 と、なると、この三笠木の爺さんの覗きやら、もしかしたらスリのことも藪から蛇で
発覚してしまうかもしれないのだ。
「そこで、旦那を男の中の男、あの藤田の親分と見込んでお願いしてえんです」
「あんまし買いかぶられても困るけどなあ……」
 どうも、三笠木は浩之が来栖川SPと繋がりがあるとかそういうことは一切知らず、
ただ義侠心のある親分だとでも思っているらしい。
「どうしても、連中、わしの手でなんとかしてやりてえんでさ」
「そこがわからねえな……」
 浩之は訝しげにいった。
「なんで爺さんがそこまで首突っ込む必要があんだよ、なんだったらしばらく新宿から
離れてりゃいいじゃねえか。別んとこだと仕事ができねえわけでもねえだろ」
 浩之は尋ねた。
 ある意味、それは浩之が三笠木を試したといえるだろう。浩之の見るところ、三笠木
を動かしているのは「義憤」であるような気がしてならない。それを確かめたかったの
だ。
「旦那、奴ら、駅を爆破しようとしてるんですぜ、新宿駅といったら何人もの人間がい
まさぁ、それを全部木っ端みじんにしようとしてるんですぜ」
「夜中にやるってことは考えられねえか?」
 それならば、被害者は最小に押さえられるはずだ。到底、許される行為ではないのは
確かだが……。
「それはねえです。二人の内の一人がいったんです。その時間には何百人何千人もの人
間が駅にいるな。と」
「ほう」
「それにもう一人の奴が答えやがった。だから効果があるんだ。と」
 三笠木の持っていたビールの缶が妙に乾いた音を立てて潰れた。
「奴ら、人がたくさんいる時間帯を狙って爆弾を爆発させようとしてるんでさ、旦那は
そんな連中を許せるんですかい?」
「いや……」
 静かな表情ながら、段々と、実は激しやすいその性格に火がつき始めたのは浩之は自
覚していた。
「それにね、ここはわしの故郷みたいなもんなんで」
「故郷? ……新宿がか?」
「へい、もうこの近くに住んで、六十年になりやす。空襲で焼け野原になっちまった頃
からわしはここを知ってるんですぜ、随分と変わっちまったが、やっぱりここはわしの
故郷の新宿でさ、駅前で屋台出してる野郎なんてわしゃガキの頃から知ってるんでさ」
「……」
「なんかね、ここを守りたいんで……」
「……」
「それ以上に、関係ねえ人たちを無差別に殺そうとしてるような連中は許せねえんで
すよ。わしはケチなスリですがね、それだけは……それだけはやっちゃいけませんや、
人を殺すのだけはいけませんや、ましてや……」
「爺さん」
「ましてや……そんな大勢を……それで死ぬ人たちはあいつらに何をしたっていうんで
すか、そりゃあね、中にはわしみてえなのや、やくざも混じってるでしょうがね、ほと
んどは真面目に働いて、真面目に暮らしてる人らですよ。旦那、目くそが鼻くそを笑う
ようですがね、いくらわしみてえな悪人でも、それだけは許せませんわ」
「……」
 浩之は三笠木の目を静かに見つめていた。
 この老人を動かしているものが、欲とか私心とか、そういうものと全く別の次元に存
在するものであることを浩之は確信していた。
 それに、自分も、善人と称するには少々経歴に傷がついている人間である。
 だが、やはり、そんな自分たちの目的達成のために無差別殺人をよしとするような輩
には激しい怒りが沸き上がってくる。
 なんだ……。
 おれも目くそみたいなもんか……。
「いいだろ、爺さん、手ぇ貸すぜ」

 その日の夜。
 浩之は公園のとあるベンチに座っていた。
 昼間、三笠木と一緒に酒を飲んだベンチである。
 ここよりだいぶ離れた場所にあるベンチの真下に、三笠木が潜り込んで今か今かと来
客を待っていることだろう。
「旦那」
 と小さい声が浩之の耳に入った。
 浩之はイヤホンをしている。
 そのイヤホンから声は出てきていた。
「……」
 浩之は無言でイヤホンを手で掴み耳を澄ませた。
 三笠木に、高性能の盗聴器を持たせてあるのだ。例のベンチの周りに身を隠すような
場所が無いために、仕方なく浩之は少し離れた位置に待機することにしたのである。
「すいません」
 と、明らかに三笠木ではない、もっと若い男の声がした。
「西新宿のせんべい屋にはどう行ったらいいんでしょうか?」
「この先の角を右に曲がったところです。糸に気をつけて下さい」
 いまいち意味不明な会話の後──。
「おう」
 と、二人の男の声が重なって聞こえた。
 どうやら、今のわけのわからん会話は合言葉だったらしい。なかなか凝って……と、
思った途端に、
「どうだ。爆弾の方は」
 急かすような声が聞こえた。
 やはり、肝心なところが抜けている。
「もう仕掛け終わった。このリモコンで爆破できる」
 別の声が答えた。
「携帯電話みたいだな?」
「似たようなもんだ。ようはこれで爆弾に仕掛けられた発火装置に電話をかけるような
ものだ」
「ま、その辺はおれはよくわからんが……にしても、なんだかドキドキしてきたな」
「む……ま、まあな」
「大丈夫か? きちんと爆発するか?」
「大丈夫だ。とりあえず、二つの内、片方を爆破させてから警察に電話をして犯行声明
を出す。それでいいな」
「犯行声明は昨日考えておいたぞ。獄中の同志の釈放と……」
「ま、そんなものだな」
 そんな声を聞きながら、浩之は小型のマイクに向かって呟いた。
「爺さん、リモコン持ってる方がわかったら、そっちを尾けてくれ」
 つまり、浩之と三笠木は二組の盗聴器をそれぞれマイクとイヤホンを逆にして持ち、
トランシーバー代わりに使っているのだ。と、いっても、ベンチの真下にいる三笠木が
声を出すわけにはいかないので、どうしても一方通行になってしまうが、簡単な合図は
決めてあった。
 ポン、ポン……。
 と、マイクを軽く叩いた音が浩之のイヤホンからした。これは「了解」の合図だ。
「それじゃ、そろそろ行くか」
「ああ、決行は明日の九時でいいな」
「おう、明日の朝の八時半にここで落ち合おう」
 どうやら、駅から少し離れたところから本当に爆破するかを見届けようというつもり
らしい。
 浩之は立ち上がった。
 やがて、イヤホンから三笠木の声が聞こえてくる。
「旦那、リモコンを持ってる方の奴が西側の出口の方に向かってますぜ」
「おう」
 と、答えて、浩之は駆け足に近い早足で西側の出口の方にと向かった。物陰に隠れて
少しだけ待つと、ジャンパーにジーンズ姿の二十代前半と見える男がやってきた。
 それに少し離れて歩いている三笠木の姿を認めると、浩之は二人をやり過ごし、三笠
木からやや距離を取って後に続いた。
 男は新宿駅南口から駅に入り山の手線の切符を買った。
「旦那……」
 三笠木の声が聞こえてくる。遠くから見ただけではどこまでの切符を買ったのかわか
らない。
「一番高いの買っちまえ」
 浩之はそういって、
「二枚だ」
 と、つけ加えた。
 切符を買って、その手間で開いてしまった距離を縮めんと三笠木が早足で改札をくぐ
り、その直前、擦れ違うように切符を渡された浩之も続く。この辺は、さすがに稼業が
稼業だけあって上手い。すっ、と浩之の上着のポケットに切符が入っていたのだ。あの
調子で財布を狙われては浩之といえど危ないところである。
 電車に乗っても、もうこの時間には乗客はほとんどいないので、男を見失うことは無
かった。
 男は日暮里で降車し、そのまま駅から出た。もちろん、つかず離れず三笠木が、そし
て浩之がその足跡を踏むように尾行している。
 駅から歩いて十分のところにある二階建てのアパートの一階の一番端の部屋に、男は
入った。入る際、ポケットから出した鍵で部屋のドアを開けたので自分の部屋なのだろ
う。
「旦那」
 追い付いてきた浩之に、三笠木は興奮しきった声をかけた。
「あそこだ。あのアパートが奴のねぐらのようですぜ」
「ほほう、そうか」
 浩之は腕組みしつつ、辺りを見回した。アパートの隣に駐車場がある。
「よし、あそこで張らせてもらおう」
 そこからなら、アパートの入り口のところを見張れるし、男が入っていったという部
屋の窓からはこちらが見えない。
「来る途中にコンビニあったな、おれがなんか買ってくら、爺さんは見張り頼むわ」
「へい」
 威勢良く答えた三笠木をそこに残して浩之は駐車場を出た。
 コンビニで食料を買い込む前に、携帯電話を取り出してそれに指を伸ばす。
「はい、もしもし」
 どことなく眠そうな声は、来栖川綾香のものであった。浩之が押した番号は綾香の携
帯電話の番号だったのである。
 家族と、来栖川SPの人間以外でそれを知っているのは浩之だけである。
「わりぃ、寝てたか」
 時刻は夜中の一時を回っている。
「帰りの車の中よ、ちょっとウトウトしてただけ」
「そうか、実はちょっと情報を掴んでよ、今から明日の朝に人数手配できるか?」
「来栖川SPでは常時緊急用員が控えてんのよ、そんなのわけないわ」
「それはそれは……」
「なんかあったの?」
「詳しいわけは話せねえんだが、ちょっとおれの頼む通りに人を動かしてくれねえか?」
「……いいわ」
 綾香は小考した後、快諾した。

                                     続く