赤い稲妻 投稿者: vlad
  おれは冬休みになった途端に男っ気と湿気の多いアパートから脱出して隆山の柏木家
にやってきていた。
 今晩はクリスマスイブだ。
 梓が豪勢に料理を作ってくれるというので今から楽しみだ。
 大晦日にはみんなで蕎麦をすすり。
 元旦にはみんなでおせち料理をつまみ。
 みんなとこたつに入ってぬくぬくとみかんなど食べながら過ごすのだ。
 去年まではこうは行かなかった。
 クリスマスは無縁のものであり。
 大晦日にはカップそばをすすり。
 元旦は昼まで眠りコンビニの世話になり。
 下手をするとバイトが入って、コンビニのレジで年を越す。
 そのような惨憺たる年末年始を送っていたのである。
 この夏に親父が死に、その葬式に出席するためにおれはここにやってきて、まあ、色
々とあったわけだが、帰る時に、是非、年末にまた来てくれといわれてこうして遠慮も
何もせずにやってきたのである。
 つまり……あの親父は、おれが寂しい年末を送っている時に、みんなと楽しく過ごし
ていたということだ。……墓石蹴っ飛ばしてやろうか……。
 でも、この前の夏に起きた一件の後、気持ちの整理をするために一度思い切り蹴りを
くれてやったらぶっ倒れて欠けちゃったんだよなあ。やっぱり止めとくか……。
 いや、やはり許せんぞ。灯油が買えずに台所のコンロで我が身を暖めたあの夜に親父
が暖かい部屋でみんなと一緒に暖かい蕎麦をすすりながらゆく年くる年なんぞ見て、日
付が変わったら「あけましておめでとう」なんていい合いながら、
「まだ早いかもしれないけど、お年玉だ」
 なんていって千鶴さん……は社会人だから無しとしても、他の三人にお年玉を上げて、
「叔父さん、ありがとう」
 なんて梓と楓ちゃんと初音ちゃんに感謝されたりして、
「はっはっは」
 などと笑いやがって翌朝には、
「叔父さん、お餅は幾つ入れる?」
「うーん、三つでいいかな」
「喉に詰まらせちゃ駄目だよ」
「ひどいなあ、年寄りみたいじゃないか」
 なんて微笑ましい会話を交わしていた時に、おれはとある年中無休の牛丼屋の前で、
「店を出たら……すぐそこの路地に逃げ込む、それでも追ってきたら後ろ蹴りを……」
 などと食い逃げのシミュレートを三十分にわたってした挙げ句、結局、実行する勇気
が無くて腹を空かせて家路についていたことを思えば、到底許されるものではない、よ
し、今度仏壇の供え物を盗み食いしてやろう。
 居間のこたつでたまと一緒にゴロゴロしながらそんなことを考えていたら、初音ちゃ
んがやってきた。
 今日は、学校の友達とどこかへ行っていたようだ。
 外出用におしゃれした姿が無茶苦茶可愛い。
「やあ、初音ちゃん、おかえり」
 初音ちゃんは、おれの声を聞いているのかいないのか、素早く左右を見回している。
「お兄ちゃん、お話があるの」
 初音ちゃんは下半身をこたつに突っ込んで座布団を二つ折りにした枕に頭を乗せてい
るおれのそばにちょこんと座った。
「どうしたんだい?」
 と、おれがいっている間にも、キョロキョロと辺りを気にしている。どうやら、他人
には聞かれたくない話らしい。
 なんだなんだ? 千鶴さんたち──お姉さんたちにも話せないことか? ……つまり、
おれは初音ちゃんに頼りにされてるってことだな。
 おおおお! なんか知らんが力が湧いてきたぁ! 初音ちゃん、なんでもお兄ちゃん
にいってみろ!
「あのね」
「うん」
「サンタさんは本当にいるよね?」
「……えっと、もう一回」
「サンタさんは本当にいるんだよね?」
 初音ちゃんのつぶらな瞳が、おれのことを真っ正面から見つめていた。
 語感、表情などから、初音ちゃんの望んでいる答えがどんなものかはわかる。しかし、
こちとら二十年以上生きてきて夢と現実の境界線をたっぷりと見せつけられ、もはや心
には夢の残りカスさえ残っていないような大学生である。
「どうなの? お兄ちゃん」
 初音ちゃんのすがるような瞳と声が、おれの中に残っている「子供は夢見とったらえ
えやないかい!!」(なぜか関西弁)という気持ちを激しく貫いた。
 しかし……初音ちゃんって確かに外見は小学校高学年みたいだけど、実は高校一年生
なんだよな……。十六歳だよな……。
 うーむ。
 考えようによっては……すごく貴重な子だな。
 なにしろ最近のガキは下手すると幼稚園児ぐらいでもうサンタさんのことなんて信じ
てなかったりするもんなあ。
「ああ、あれはね、父さんと母さんが夜中にこっそりと枕元に置いていくんだよ、ま、
結果的にプレゼントが二つ貰えるから僕的には満足だけどね」
 なんていいやがるのだ! (作者の偏見かもしれない)
  畜生! なんてこったい!
「子供は夢見とったらええやないかい!!」
 おれは思わず叫んだ。初音ちゃんがびっくりしているが、おれは叫ばずにはいられな
かったのだ。
「夢見とったらええ、夢見とったらええんよ」
「お、お兄ちゃん?」
「あ、ああ、なんだい初音ちゃん」
「ええっと……サンタさんは本当にいるのかな、っていう話なんだけど」
「あ、ああ、それね……」
 いざとなるとおれは窮した。ここでサンタさんはいるよ、なんていって後でそれが嘘
であるとわかった時の初音ちゃんの落胆を考えると……どうも気が引けてしまう。おれ
のことを恨むなどということは初音ちゃんに限っては無いだろうけど……。
「ねえ、どうなの? お兄ちゃん」
 相変わらずのすがるような声と目だ。おれはこれに恐ろしく弱い。
「え、ええっと……初音ちゃんはどうしてそんなこと聞くのかな?」
 おれは話の方向を少しだけ修正した。苦し紛れに「問題の先送り」ってやつをやって
しまったのだ。
「それは……」
 初音ちゃんは天然記念物として指定したいほどに珍しい素直な子だ。おれの誘導にい
とも簡単に引っかかってしまった。
「今日、お友達と話していたらね」
「ふむふむ」
 話を聞いてみると、つまりは、友達と話している最中にサンタクロースの話になり、
「サンタさんは本当にいるんだよ」と思っている初音ちゃんは思いっきり笑われてしま
ったのだという。
「サンタさんはいるよね」
 またまた、すがるように初音ちゃんがいう。
 弱い。……弱いんだよ、それ。
「ああ、もちろんさ!」
 おれは親指を立てて大きな声でいった。
 ああ、嘘をついたさ。それがどうしたこの野郎!
「そうなんだ。……よかったぁ」
 初音ちゃんがそういって微笑むんだよ、これでいいじゃないか。
「聞きたいことはそれだけなの、それじゃ、私着替えてくるから」
 初音ちゃんはにこにこと笑いながら立ち上がり、居間から出て行った。すっかりおれ
を信じ切っているようだ。……ちょっと後悔。
 おれは一息ついて……障子の向こうに人の気配を感じた。
「ん? 誰だ?」
 すぐに障子は開いた。
 千鶴さんに梓に楓ちゃん。
 千鶴さんは仕事。梓と楓ちゃんは今晩の料理の材料の買い出しに行ってたんだけど、
なんだ、みんな帰ってきてたのか。
 千鶴さんたちは居間に入ってきて、おれの周りに腰を下ろした。
「耕一さん……今の初音との話、聞いていました」
 千鶴さんの表情が重い。一体どうしたというのだろう。
「誤算でした……私がもっと早く耕一さんに話しておけばよかったんです……」
 そんなことを沈んだ表情でいわれると非常に気になる。
「一体、なんですか?」
「今年こそは……初音に本当のことをいおうとしていたんです……」
「本当のことって……もしかしてサンタのことですか?」
 千鶴さんたちは黙って頷いた。
「耕一さんからさりげなくいってもらおうと思ってたんです」
「なるほど……しかし、なんで高校生になるまでに教えて上げなかったんですか? そ
りゃあ、すっかり信じ切っている初音ちゃんにそんなこというのは辛いだろうけど……」
「あたしたちは……」
 と、梓がいった。
「何度か教えてやろうとしたんだ……でも、叔父さんが……」
「親父が、どうかしたのか?」
「子供の目は、夢を見るためにあるんじゃあ、つまらん現実を見るためのもんじゃあり
ゃせんのじゃ! っていって……」
「子供は夢見とったらええやないかい……ともいってました……」
 と、付け足したのは楓ちゃんだ。
 やはり、あのおっさんはおれの父親らしい。
「で、どうするの?」
 つい今さっきサンタさんはいる! と断言してしまっただけに、ちょっとおれの方か
らいうのは勘弁して欲しい。
 それがわかっているから、千鶴さんたちも困っているのだろう。
「とりあえず……今年は……」
 千鶴さんが押入を開けた。
 梓と楓ちゃんが、赤と白の塊を取り出した。
 とりあえず今年も「先送り」ということになるらしい。

 パトロール、という大義名分は一応ある。
 市民と親しく触れ合う、という大義名分も掲げることが可能である。
 に、しても。刑事がこのようなところで油を売っているのはどうであろうか、と柳川
祐也は思うわけである。
「長瀬さん、そろそろ」
 柳川は、エプロン姿の女性と談笑する上司の長瀬に声をかけた。
「ん、ああ、そろそろやばいか」
 腕時計を見ながら、長瀬はいった。
「はい」
 と、答えた柳川の足下には幼い園児がまとわりついていた。
 ここは、とある保育園である。
 最近、巡回中にここに立ち寄ることが異常に多い。
 柳川が幼児にまとわりつかれている間、長瀬は何をしているかというと歳の頃、二十
代後半の美人の保母さんと話している。
 どうも、熱の入れようが尋常ではない。
「長瀬さん、独身貴族じゃなかったんですか?」
 と、尋ねたら、
「妻帯貴族になることにした」
 と、いうことらしい、相変わらず自分の都合で「身分」がコロコロ変わる人だ。
「ああ、そうですかあ」
 長瀬がまだ何か話している。どうやら今晩ここで行われるクリスマスパーティーの話
をしているらしい。そういえば、飾り立てたクリスマスツリーが部屋の隅に置いてある。
「それで、今年はサンタさんの役をやる方が怪我をしてまして……」
「はあ、そうなんですかあ、それは大変ですねえ」
「毎年、みんな楽しみにしてるのでなんとかならないものかと思っているのですが……」
「そういうことなら、私に任せて下さい」
 そういって、長瀬は胸を叩いた。
 御苦労なことだ。と、柳川は思った。
 サンタ姿の長瀬が頭に浮かぶ。
「柳川くん、聞いての通りだ。頼むぞ!」
 長瀬がそういって肩を叩いた。

 夜11時。
 3時間ほど前から降り始めた雪があらゆるものを白く彩っていた。
 今年はホワイトクリスマスだ。
 寒いぞ。畜生!
 おれは、柏木家から少し離れた路上で着替えていた。
「家の中で着替えていたら初音に見られるかもしれません」
 と、千鶴さんがいっておれを家から追い出したのだ。
 くそ、何が悲しくてこんな寒い中で着替えねばならんのだ。
 おれはこれから、初音ちゃんの部屋に行って、靴下にプレゼントを入れてくるのだが、
考えてみればなんでわざわざサンタの格好して外部から侵入せねばならないのだ。
「叔父さまは毎年そうなされていましたから……」
 千鶴さんが申し訳なさそうに、しかし、反論を許さぬ雰囲気でいった。
 親父め、変な前例作りやがって……。
 さて、着替えが終わってすっかりサンタクロースになったところでそろそろ行くかな、
おっと、白い付け髭も忘れずに装着しないとな……。
 ええっと、裏口の鍵が開いているはずだから、そこから入って初音ちゃんの部屋に行
ってプレゼントを置いてくる。……ま、別になんてことない作業だよな。問題は初音ち
ゃんが目を覚ました場合だけど、その時は上手く誤魔化せばいい、ああ、そのためのサ
ンタの衣装か。
 初音ちゃん、今サンタが行くから待ってろよ。
 なんか……段々わくわくしてきたな……親父の気持ちがちょっとわかる。
 おれは、右手に塀を見ながら積雪を踏んでいった。

 おれはサンタになっていた。
 ……わかってるよ、全然似合っていないことは。
 なんとなく長瀬に押し切られてしまった。どうも、あの人はおれの天敵だな。
 さて、これからおれは保育園のクリスマスパーティーにこの格好のまま乱入する予定
である。
 夜11時。
 どんなに「サンタさんが来るまで起きてるっ!」と気張ったところで、子供にとって
眠気の限界の時刻だろうな。そろそろ行くか。
 そういえば、柏木家がすぐそこだな。
 おれは何気なく少し遠回りになるのを承知の上で、柏木家の方に回ってみた。
 サンタがいた。
「鍵かかってるじゃないか、千鶴さんだな……もう……」
 などと呟いている。あのサンタ、柏木家の関係者か?
 サンタは壁をよじ登ろうとしている。これは……一応、警察官として放ってはおけん
な。

「あー、待ちたまえ」
「へ?」
 突然、後ろから声をかけられて耕一は思い切り手を滑らせて壁から落ちた。
「誰だ!」
「お前こそ誰だ」
 しばし、二人のサンタの睨み合いが続く。
 やがて、埒があかないと思った柳川が警察手帳を取り出した。
「おれは、こんな格好をしているが実はこういう者だ」
「警察官?」
「そうだ。お前はなんだ? 今、この家に侵入しようとしていなかったか?」
「いやいや、違うんですって、おれはこう見えてもこの家の人間です」
「名前は?」
「柏木耕一です。ここの親戚で、冬休みに遊びに来てるんですよ」
「……柏木耕一か、貴様!」
「は? 柏木耕一ですけど」
「おれだ! 柳川祐也だ!」
「ああ、あんたか」
 耕一は深く頷いた。柳川ならば知っている。確か、血縁的には自分の叔父にあたるは
ずだ。異世界の魔王とかいう大それたものと一緒に戦ったこともある。
「ガティムとの戦いが終わったら決着をつけようといっておいたはずだな」
「そういえば……そんなこといってたかな?」
「いい機会だ。ここで決着をつけてやる」
「おいおい、本気かよ……もういいじゃねえか、そんなこと」
「いいことあるか!」
 以前、散々どつき回して水門に蹴落としたことがある。まだそのことを恨んでいるら
しい。
「死ねぃ!」
「うわっ」
 柳川の腕が唸った。
 耕一は次々と送り込まれてくる柳川の攻撃をさばきつつ、どうしても疑問を口にせず
にはいられなかった。
「なんでそんな格好してんだ?」
「お、お前も同じじゃないか!」
「おれは……初音ちゃんにプレゼントをあげに行くんだ」
「お、おれは、この近くの保育園のクリスマスパーティーに行くのだ。いっておくが、
上司の長瀬に無理矢理やらされているんだからな、そこんとこ勘違いするなよ」
 以上のやり取りの間にも、二人の間では突きや蹴りが交換されている。
「うおおおおっ!」
 柳川が背中に背負った袋を振りかざして耕一目がけて振り下ろした。
「おっと!」
 耕一はすかさず両手を上げてそれを受け取る。
「こらこらこらこら! プレゼントが入ってんじゃないのか、これ!」
「割れ物は入っていないから大丈夫だ!」
「そういう問題か!?」
「それ以上でもそれ以下でもないっ!」
「わけのわからんことを……」
 ばこんっ。
 そんなこといって油断してたら耕一は思いっきり蹴られた。
「ちっくしょう、てめえいい加減にしろよ!」
 耕一が憤激を発して腕を振った。
 今までは防御主体だったのだが攻撃主体に切り替えたのだ。
「くっくっく、そうこなくてはな」
「後悔するなよ!」
 耕一の腕が赤い稲妻と化して柳川に襲いかかる。
 それから人知れず人知を越えた死闘が展開されていたのだが、
「むっ」
 やがて、耕一は話し声が近付いてくるのを察知した。
「待て、柳川、人が来る」
「命の炎を見たことがあるか? その揺らめきを」
「人の話を聞け」
 耕一はすぐそばの角の向こうから近付いてくる幾つかの気配を感じていた。三人……
ほどだろうか。
「こらこら、そんなに走ったら転ぶぞ」
 そんな、男の声が聞こえた。
「そうよ、気をつけなさい」
 続けて、女の声。
「大丈夫だよ!」
 最後に、小さな女の子らしい声がした。
 家族連れ、というところだろうか。
「おい、人が来る」
「スキあり!」
 柳川の拳が耕一の顔を打ち抜く勢いで命中した。
「人の話を聞けっていってんだろ!」
 耕一は負けずにぶん殴り返した。
「貴様!」
「この野郎!」
 互いの襟首を掴みあって咆哮した時、微かな小さな声が聞こえた。
「あ……」
「ん?」
「なんだ?」
 耕一と柳川が視線を転じた先には、まだ小学生にもなっていないような小さな女の子
が立っていた。
「お、お父さーん! お母さーん!」
 女の子は大声を張り上げた。
「あ、ちょっと待て!」
 と、鼻血を流しながら耕一はいった。
「サンタさんが喧嘩してるよお!」
 女の子は、背中を見せて角の向こうに消えていった。
「ちいっ、勝負はお預けだ」
 柳川は地面に落ちている袋を背に担ぐと全力疾走して闇の中に消えて行った。
「くそ、なんだってこんな目に……」
 ぼやいた耕一の目が一瞬赤光を放ち、次の瞬間にはその体は柏木家の壁よりも遙か上
方にあった。
 庭に着地した耕一は初めからこうしときゃよかったと思いつつも勝手口にと向かった。
 もしかしたらここも千鶴さんに閉められているのでは、という危惧も幸い杞憂に終わ
り、耕一は柏木家に入ることができた。
 素早く初音の部屋にと向かう。
 そろりと中に入ってベッドを見ると枕元に靴下が置いてある。
「ようし、初音ちゃん、プレゼントを上げよう」
 気分はすっかりサンタクロースの耕一がその枕元に歩み寄る。
 目が合った。
 初音の目はぱっちりと開いていた。
「うおっ!」
 数歩、耕一は退いた。
「サンタさん?」
「そ、そうそうそうそう! サンタさんじゃよ」
「サンタさん……やっぱり本当にいたんだ……」
「いつもいい子な初音ちゃんにプレゼントを上げよう、じゃ、わしは次の子にプレゼン
トを上げに行くんでお別れじゃ」
 初音の手にプレゼントを渡し、耕一はすぐに身を翻した。
「サンタさん、ありがとう」
「うむ」
「サンタさん……なんでボロボロなの?」
「え?……」
 初音にいわれて初めて気付いた。耕一が着ているサンタクロースの衣装は、先程の柳
川との死闘によってボロボロになってしまっていたのだ。
「なんで?」
「それは……悪い奴と戦っていたからじゃよ」
「ええっ! サンタさんってそんなこともするの!」
「ま、まあ、ついでにの」
「すっごおい」
「は、はははは、それではさらばじゃ」
「うん、ありがとう、サンタさん」
 部屋を出た耕一は後ろを確認しつつ自分の部屋に逃げ込んで素早く服を着替えた。
「ふう……」
 溜め息をつきつつその場に座り込み、今年のクリスマスイブは終わった。

 一方、柳川の方も自分の姿がボロボロになっているのに気付いていた。
「うーむ……ま、悪い奴と戦っていたとでもいって誤魔化すか……どうせ相手は子供だ」

「お兄ちゃん、聞いて聞いて、昨日サンタさんに会ったんだよ」
 翌朝、耕一が居間に行くと、初音が話しかけてきた。
「へえ、それはよかったね」
「サンタさんはね、プレゼント配るだけじゃなくて悪者と戦ってるんだって」
「……は、はあ、そうなの……」
「すごいよねえ」
「そうだねえ」
 梓に脇腹をつつかれた。
「どういうことだよ……耕一」

 さらに数日後。
 近くの保育園の園児と初音がなんかやたらと意気投合しているのを耕一は見かけた。
「?……ま、いいか」
 
                                     終

     どうもvladです。
     見ての通りのクリスマスSSです。
     少々混雑が予想されるので早めに出しました。
     いくらなんでも、高校一年生の初音ちゃんがサンタクロースのこと
     を信じているわけがないだろう、という意見は却下します。
     大人が夢見たってええやないかい!!

 それではまた……。