鬼狼伝(22) 投稿者:vlad
 
 うわ! だっせえ!(何がださいかはこの下の書き込み参照)
 はい、一目でわかりますね。題名のとこにリンク先のアドレス打ってしまいまし
た。そういえば、題名を打った覚えがない(笑)
 って、笑い事じゃねえな、こないだクラッシュさせたばかりなのに。
 申し訳ありません、まさたさん。
 この下の、変な題名のやつ削除して下さい。
 お願いいたします。
 
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  おれが一年生の時だったよ……。
 
 そろそろ混み始めたガード下の飲み屋の奥まった席で、桐生崎が話し始めた。

 十ぐらいの空手道場が主催の大会があったんだ。それが確か、一番最初の大会だった
な……そんなに歴史のあるもんじゃねえ。
 その、主催してる道場ってのにおれが通ってたとこと、小倉道場があったのさ。
 それぞれの道場から何人か出てきてよ、年齢別でよ、八人でトーナメントをやったん
だ。おれは十六歳の部に出てよ、まあ、くじ運も良かったんだがドンドン勝ち進んで…
…結局優勝しちまったんだ。
 あん時は嬉しかったよ、小さい大会でよ、それほど選手のレベルも高いってわけじゃ
なかったが、やっぱり優勝だからよ。
 おれが二年の時にも大会はあった。
 おれは十七歳の部に出場したよ。もちろん、優勝候補だっていわれて……ま、いい気
になってたのさ。去年より出場選手が増えて十六人のトーナメント戦になってたんだけ
ど、関係ねえって思ってた。優勝するのはおれだって思ってたよ。
 おれはAブロックになったんだが……トーナメント表を見て、笑い出したくなったぜ、
去年、手こずった強敵どもがさ、ゾロゾロとBブロックに雁首揃えてやがんだ。
 今年もくじ運がいいぞ。って思ったね。
 Aブロックには何人か注意しなけりゃならねえ奴らはいたけどよ、油断さえしなけり
ゃ負けやしねえと思った。中には、白帯巻いてる奴までいやがる。
 ……まさか、その白帯に負けるとは思わなかったがな……。
 一回戦、二回戦は全然危なげなく勝ったんだ。二回戦の相手はちょっと手こずるかな
と思ってたんだが、相手が堅くなってるところへ出会い頭に回し蹴りが思い切り頭に入
って一発でおしまいさ。これは今日は行けると確信した……。
 さ……こっからがおめえの聞きたい話だ。
 三回戦……つまり、Aブロックの決勝で月島拓也と当たったのさ。

 月島拓也は、一見すると格闘技とは不釣り合いな柔和な表情をしている青年であった。
 全くそれまで無名の選手であった。それもそのはずで、空手をやり始めてまだ一年程
度しか経っていないということだった。
 桐生崎が、彼のことを安全パイだと思ったのも無理はないことであった。しかし、そ
れまでの拓也の試合を観戦もせずにいたことは、明らかに油断であったろう。
 試合場に上がった時、既に拓也の右目の上が腫れていた。二回戦で蹴りを貰ったのだ
という。
 ほとんど攻撃を喰らうことなく勝ち上がってきた桐生崎と比べて、随分と体を痛めつ
けてきたようだ。
 そのことからも、桐生崎が己の勝利を確信したのも不思議ではなかった。
 試合開始してから、牽制気味の正拳を二発放った後、桐生崎はいきなり上段回し蹴り
で拓也の頭部を襲った。
 二回戦、これ一撃で勝負を決めた必殺の攻撃だ。
 拓也は腕を上げてガードしたが、その上からでも大きなダメージを与えたであろうこ
とが見ていても一目瞭然だった。
 今ので仕留められなかったのがむしろ意外と思いつつ、桐生崎は数発立て続けに胸に
正拳を放った。
 どっ、どっ、どっ。
 重々しい音が連なって響いた。
 フルコンタクトルールなので、顔面を拳で殴ることはできない。自然、胸や胴体を殴
る場面が多くなる。
 拓也は辛うじて反撃してきたが、拓也が一発繰り出す間に、桐生崎は三発送り込んだ。
 試合は完全な桐生崎ペース。
 むしろ、拓也が昨年の優勝者に対してよくやっているという雰囲気が会場に流れてい
た。
 拓也への賞賛はもちろん、桐生崎にとって気分のいいものではない。
 さっさと決めてやる。
 桐生崎の攻撃に荒々しさが増した。
 昨年、大会の主催者の先生方に非難された獰猛な攻撃だ。
「強いのは認めるが、荒々しすぎる」
 とか、どこかの先生がいっていた。
「これはあくまで、空手を通じて青少年を健全に育成しようという大会であって、潰し
合いではない」
 とも、いわれた。
「押忍」
 と、いいながら、そんなものはいざとなったら無視すると決意していた。
 決意を生かす時がやってきたのだ。
 ここまで来ては、桐生崎も拓也がよくやっていると認めざるを得ない。
 認めたから、行くのだ。
 桐生崎のラッシュが始まった。
 おおーっ、と低い歓声が四方から聞こえてくる。
 盛んにハイキックで頭部を狙う素振りを見せておいて腹部への正拳を叩き込む。
「うぅっ……」
 拓也の唸りが、桐生崎の耳にまで届いた。
 拓也の上半身が前に倒れる。
「!!……」
 桐生崎の口から、声にならぬ声が発されたのは、次の瞬間であった。
 拓也の腹部に突き刺した正拳を引こうとした桐生崎の表情が変わっていた。
 引けない。
 ガッチリと固定されている。
 どのように固定されているのかは、拓也の上半身が前に折れ曲がっているためによく
見えない。この大会の試合場は、観客席より低い位置にあるために、そこから見てもわ
からないだろう。
 腹への正拳が効いて体を曲げているのだと桐生崎は思っていたし、試合を見ている者
も思っていただろう。
 しかし、もしかしたら、拓也はそれで桐生崎の拳を取っているのを隠しているのでは
ないだろうか。この大会のルールでは投げ技、関節技は禁止されている。
 とにかく、桐生崎の視線を阻む拓也の上半身の向こう側で、拳が捕らえられているの
は間違いない。
 桐生崎が異変を察知して強く手を引こうとした時──。
 痛みが生じた。
 拓也に捕らえられている右拳の親指だ。
 親指をへし折ろうとしている!
 これまで関節技は無縁のものであった桐生崎の背筋に未知の──ものが走った。
 手を引き、拓也の腹に足を押し付けて引き剥がそうとする。
 親指を絡め取った拘束はすぐに解かれた。
 これ以上は、動きが不自然になって審判に見咎められると踏んで、拓也が自ら離した
のだ。
 桐生崎が審判を見る。
「大丈夫か? できるか?」
 審判が、上半身を前に倒したままの拓也に尋ねている。
 どこに目をつけていやがるのか。
 桐生崎は思わず審判に、先程の拓也の指取りの反則を主張しようとしたがやはり止め
た。
 昨年優勝者の自分が、白帯の男に指を取られたということが恥であると思い直したか
らだ。
 そのようなことを喚くよりも、あの男を叩き潰すことを考えよう。
 もう決めた。
 もうキレることに決めた。
 潰す。
 拓也は、審判に向かって、大丈夫です、といいながらファイティングポーズを取って
いる。
 そうだ。
 ここで、まいったされて逃げられてはたまらない。
「はじめっ!」
 審判が手刀を振り下ろした。
 試合再開だ。
「はぁぁっ!」
 裂帛の気合とともに中段回し蹴りを放つ。
 拓也はそれを腕で受けたものの、大きくよろめいた。
 続けて、正拳を打ち込む。
 親指はしっかりと握り込んでいるので取られる心配は無い。
 胸を、どしんと叩いて、すぐに前蹴り。
 拓也は、前蹴りを受けて倒れた。どう見ても、その蹴りによって倒されたように見え
る。
 無我夢中で拓也が倒れまいと桐生崎の足にしがみついた……ように見えた。
 桐生崎は引き倒されながら拓也の目を見ていた。
 こいつ!
 故意だ。
 二人はもつれ合って倒れた。
「っ!……」
 桐生崎の口から苦鳴が漏れる。受け身のために掌を開いたところを人差し指と中指を
まとめて握られたのだ。
 ゴロリと拓也が転がってその上に覆い被さった。動作に特に不自然なところはなかっ
た。
「くあっ!!」
 と、呻いているので、受け身を取り損ねてその痛みに身をよじったように見えた。
 しかし、その行動によって、握られた桐生崎の指が外部からは見えにくくなってしま
った。
 野郎っっっ!
 またやりやがった。
 桐生崎の中に熱いものが生まれた。
 恐怖であり──。
 戦慄であり──。
 その二つが混ざり合ったものだった。
 なぜか……怒りはその成分に含まれていない。
 なんとか、それを振りほどいた……というよりも、先程と同様、桐生崎が拓也の体を
押し退けると拓也が自ら離した。
 結局、拓也は桐生崎の指を折ることには成功していない。
 しかし、桐生崎には確実に恐怖が生まれた。成功失敗の問題ではなく、拓也が「躊躇
せずに」ああいうことを仕掛けてくる男だということを知って、桐生崎の心に拓也に対
する恐怖心が芽生えたのだ。
「立って!」
 審判が叫んだ。
 二人が立ち上がって、それぞれ開始線に戻る。
 注意、とも、警告、とも、審判はいわなかった。
 ただ、手刀を振り上げた。
 それを振り下ろせば試合再開だ。
 桐生崎は、その目の節穴ぶりを呪いたくなった。
 審判は神様だという言葉がある。
 確かに、スポーツにおいて審判の言葉は絶対とされており、神に近い権限を与えられ
ているといえるかもしれない。
 しかし、当然のことながら彼らは神様ではなく、普通の人間だ。
 だから、「神の権限」を「与えられて」はいても、「神の能力」を「持っている」わけ
ではない。
 だから、目の届かないところでの反則は取りようがない。
 例え観客の何人かが気付いたところで、審判が気付かねばどうしようもないのだ。原
則的には……。
「はじめっ!」
 次はどう来るだろうか……。
 桐生崎はそう思っていた。
 思考がとことん受動的になってしまっている。
 次はどういう風に来るだろうか……。
 桐生崎は不安と闘いながら拓也と向かい合った。
「せぇぇぇぃっ!」
 不安をかき消すように思い切り左の中段回し蹴りを放った。
 拓也の右腕がそれを受けて振動する。
 瞬間──。
 拓也の右手がスルリと桐生崎のふくらはぎの上を滑るようにして左足に巻き付いた。
「!!……」
 何かが来る。
 桐生崎は戦慄した。
 その拓也の右手が、ぱっ、と離れた。
 ?
 何事かと思った。
 拓也の左足が床から離れたのを見た次の瞬間、桐生崎の右側頭部は鳴っていた。
 ゴツッ。
 重々しい音が鳴っていた。
 ?
 どうなったのだろうと、天井を見上げながら考えた。
 ああ、奴は、おれの意識が自分の左足と奴の右手の方に行ってしまった瞬間を狙って
左足でおれの頭を蹴ってきたのか……。
 理解した。
 自分が倒れていることを理解したのはその少し後だった。
「立てるか!」
 審判が自分を見下ろしてそう叫んでいる。
 節穴の目で自分を見ている。
 この節穴のせいで……いや、いうまい。
 自分が意地を張ってそのことを主張しなかったのにも原因の一端がある。
 神様じゃないんだから……見えていないところの反則は取りようがないだろう。
 もう、いうまい……。
「立てるか!」
 難しいな……。
 でも、桐生崎は立った。
 自分の意地はまだ終わっていない……ような気がした。
 もう少し意地を張らねばいけないような気がしたのだ。
「はじめっ!」
 朦朧とした意識のまま、桐生崎は前に出た。
 強烈な右のローキックが来た。
 腹と胸を正拳で連打された。
「強いのは認めるが、荒々しすぎる」
 とか、どこかの先生がいっていた。
「これはあくまで、空手を通じて青少年を健全に育成しようという大会であって、潰し
合いではない」
 とも、いわれた。
 その先生方は、今、役員席でこの試合を観戦している。
 駄目じゃねえか……。
 青少年の健全なる育成なんだろ?
 そのための大会なんだろ?
 だったら……。
 こんな奴出場させちゃ駄目じゃねえか……。
 見ろよ、おれを殺してもおかしくない目をしてやがるぜ。
 いつ人殺しになっても平気なような目をしてやがるぜ。
 拓也の右手が桐生崎の道着の奥襟を掴んだ。
 まずい……。
 思った時には奥襟を引き落とされていた。
 もちろん、それに引っ張られて頭部も落ちていく。
 跳ね上がってくる拓也の右膝を、最後まで目を開いて見ていたことは、桐生崎の意地
だったのかもしれない。

「それで……ノックアウト負けさ……」

                                     続く

     どうもvladです。
     今回、とうとうオリジナルキャラを前面に出してしまいました。こ
     の作品を始めるにあたって「わがままにやります」とか「自己満足
     だけでやります」とか散々いっていたんですが……にしても、やば
     いかなあ、という思いはあります。いや、ホントに。
     この桐生崎というキャラにはモデル……というにはやや違うのです
     が、雰囲気的な元ネタになったキャラがいます。夢枕獏さんの『餓
     狼伝』に出てくる伊達潮雄というキャラです。とても好きなキャラ
     です。
     同作を読んでいる方に「ああ、そういえば」などと思っていただけ
     たら非常に嬉しいです。
                                                                       
 では、また……。

 

http://www3.tky.3web.ne.jp/~vlad/