黒い噂 投稿者: vlad
 ぱっ、と男の顔が映し出される。
 画像が荒い。家庭用の八ミリビデオカメラで撮ったものだろう。
「やあ、今度、生徒会長になった矢島です!」
 爽やかくん。
 その称号を与えられても不思議ではない爽やかな笑顔と声であった。
「今回、みなさんが支持してくれたおかげで、生徒会長になれました。その期待を裏切
らないように頑張るから、これからも応援をよろしく!」
 爽やか。
 ひたすら爽やかである。
「これ……なによ?」
 と、いったのは志保であった。
「見ての通りやけど」
 と、智子が応じる。
「矢島の野郎、これを生徒会長就任セレモニーで流そうってのか?」
 理解できん。と、表情で主張しているのは浩之。
 三人とも、この度誕生した新生徒会長のブレーンを自称他称する人間であった。
「爽やか……なのは我慢できるとしてもよ、なんかこう……違わねえか?」
 浩之は口で説明できない部分をジェスチャーで補おうとして、結果、わけのわからな
い踊りを踊った。
「うーん、そうねえ……ちょっと軽いかなあ……もっとこう、どしっとしてた方がいい
と思うんだけど……」
 別に浩之に倣ったわけでもないだろうが、志保の両手も意味不明の舞いを舞う。
「うーーーん、私としては……ちょっとパワー不足みたいな気がするなあ……もうちょ
い気合入るような方がええかもな」
 二人の即興ダンスを冷静に見ながら智子がいった。
「かといって……今更撮り直しもできねえな……セレモニーは明日だからな、あの馬鹿
もう帰っちまったし……」
 浩之はそういうと、部屋の隅っこにいた映研の部員を見て、おい、といった。
「は、はい」
「これによ、どの程度手を加えられるんだ?」
「え、えっと……ここの視聴覚室はけっこう設備が揃ってるから……」
「ほう……」
 浩之はそう呟くと、志保と智子に視線を転じた。

 翌日。
 五時限目に新生徒会長就任のセレモニーが予定されていた。
 前年までと違い、今回は体育館のステージの天井からスクリーンを下ろして、そこに
新生徒会長をでかでかと映し出す。
 矢島の発案である。
 本当は、リアルタイムで壇上の自分を映し出そうとしたのだが、機器的設備的な問題
で断念し、あらかじめ録画しておいたものを流すことにしたのである。
 今までは、ただ壇上に上がっていたのだが、それでは後ろの方の人間には新生徒会長
がどんな顔をしているのかもわからない。
 一応、親しまれる生徒会長を目指している矢島としてはなんとかしたいところであっ
た。そこで、スクリーンに目をつけたのである。
 やがて、体育館に生徒が集まり始めた。
 矢島は、今回のセレモニーに賭けていた。
 生徒会長になったのはいいのだが、どうも「黒い噂」が絶えないのが頭痛の種である。
ここらで一発、爽やかなイメージを前面に押し出したいところであった。
 天井からスクリーンが下りてくる。
 全て予定通りだ。
 矢島は体育館ステージ脇でパイプ椅子に腰をかけながら、腕組みしていた。
 ちら、と腕時計を見る。もうそろそろ時間だ。
 電灯が次々に消えていった。窓は既に黒いカーテンに閉ざされているので、体育館の
中が薄暗くなる。
 ぱっ、とスクリーンにでかでかと自分の顔が映し出されたのを見て、矢島は深く頷い
た。

「生徒各位に告ぐ!」

 誰だ!
 と、矢島は思った。その声は肉声ではない、確かにその映像の声だ。
 しかし、自分の声ではないし、自分はあんなことをいった覚えはない。
 スクリーンの自分がにこりと爽やかに笑った。
「今度からこの学校仕切らせてもらうことになった矢島だ! 下の名前はまだない!」
 ……。
 あれは……。
「尻尾振る奴にゃ優しいが、噛み付く奴には容赦しねえ、そこんとこよろしく!」
 ……。
 藤田の声だ……。
「好きな言葉は、天上天下唯我独尊!」
 ……。
 藤田ぁーっ!
「喧嘩の値段にゃ文句はつけねえ、死にたい奴はいつでも売りに来やがれ!」
 そういって、爽やかな笑顔でガッツポーズ。
 ……。
 ぷつっ、と映像は消えた。
 体育館に薄い闇が戻る。
「藤田ぁーーーーっ!」

「そんなに怒んなよ」
 放課後、生徒会室。
 浩之に全く反省の色は無かった。
「そうよそうよ」
 志保も「それって何色?」というような顔をしている。
「なんで保科さんがその場にいながら止めてくれなかったんだよ!」
「ん、そんなにあかんかったか? 力強い生徒会長って感じでよかった思うけど」
「違ーう! おれは親しまれる生徒会長になりたいのっ!」
「まあ、怒るな」
「怒るわいっ!」
「うーん、矢島くん、こんなに怒るとは思わなかったわね」
 志保が浩之に向かって困った表情でいった。
「ああ、予想してたのの1.5倍は怒ってるもんな」
「お前らなあぁっ!」
 矢島はそう怒鳴って、志保……は女の子なので遠慮して浩之の襟首を掴んだ。
「おいおい、落ち着けよ」
「これが落ち着いていられるか!」
「おい、誰か甘いもん持ってこい」
「おれを馬鹿にしてんのかぁ!」
 矢島は両手を上に上げた。
「うぎぎぎ……苦しい」
「矢島くんっ! ほら、砂糖水よ」
 コップを持った志保が叫ぶ。
「お前ら、おれをなんだと思ってるんだああああっ!」

 その日、生徒会室の前を通った人間は一人残らず、生徒会長が暴れていたことを翌朝、
友人たちに触れて回ったという。



 就任してから一ヶ月。
 だいぶ生徒会長の仕事にも慣れ、サマになってきた矢島であった。
「ふう……」
 そろそろ文化祭が近いので忙しくなってきた。だが、友人たちが手伝ってくれるので
大丈夫だ。
「あ、会長、話があんのよ」
 生徒会室に志保が訪ねてきた。
 その後ろに浩之までいる。
 この二人組はできればあんまり関わりたくないコンビであった。しかし、かなり問題
はあっても一応、彼らは生徒会長当選の功労者なので無下にもできない。
「なんだよ、二人とも」
 今日もまたろくな話ではないだろう。
 悲しいことにそういう類の知恵がここ一ヶ月で着きまくった矢島は、瞬間的に身構え
た。
 この二人は有能は有能なのだが、その能力を生かそうとする方向が非常に問題なので
ある。
「ねえねえ、こんなの作ったんだけど」
 そういって、志保はタオルを取り出した。
「ん……ただのタオルじゃん……って、なんだよこれ」
 広げてみると、なんの変哲もない白いタオルかと思ったそれには、大きく、矢島、と
彼の名前がプリントされていた。
「なんなの、これ?」
「矢島タオル」
「また……妙なの作ったなあ」
 矢島は少々恥ずかしくもあって苦笑した。
「これ……売るのか?」
 この二人が営利目的以外でこのようなことをするわけがない。
「うん」
 浩之と志保は頷いていった。
 この二人の行動と言動がここまでぴったりと合ったのを矢島は見たことがない。
「むう……まあ、売るのはいいけど、押し売りみたいなのは止めてくれよ」
 今更、止めても無駄だと思ったので承認したが、押し売りのようなことをされては評
判が下がりまくる。それだけは阻止せねばならない。
「わぁってるって、おれらもそこまではしねえぜ」
「そうそう、そんなひどいことはしないわよ、欲しい人に売るだけよ、ねえ」
「ああ、こう見えても利益抜きでやってんだぜ、おれたちゃ」
 大うそつき。
 とは思ったが、とりあえず声に出すのは止めておいた。
 一週間後、矢島が廊下を歩いていると、例の「矢島タオル」を見かけた。
 何人かの生徒が、それを首や手に巻き付けているのである。矢島、というプリントの
ところを見えるように巻いているのでそれと分かったのだ。
「なんだ? なんの流行りだ?」
 矢島は首を傾げつつ生徒会室に行った。
 丁度、浩之と志保がいたので聞いてみる。
「なあ、あのタオル、売れてんの?」
「ん、ああ、おかげさまでな」
「結構、評判なのよ」
「無理矢理売ったりとかは」
「してねえって」
「しないわよ、そんなの、最近じゃ向こうから買いに来るぐらいよ」
「ホントかよ……」
 矢島はいまいち信じられなかった。いくらなんでも、ただ自分の名前がプリントして
あるだけのタオルを金出して手に入れようという人間がそういるとは思えない。
「すいません」
 そこへ、一年の男子が現れた。
「藤田先輩か長岡先輩いますか?」
「おう、おれだけど」
「なんの用?」
「あの……例のタオル、お二人が売ってくれるって聞いたもんで」
 文化祭関連の書類に目を通していた矢島はさっと顔を上げた。まさか、本当に向こう
から買いにくるとは……。
「ほいよ」
「どうも」
 浩之がタオルと金を交換している。
「この矢島、って文字が見えるようにすればいいんですよね?」
「そうそう、わかってんじゃねえか、おめえ」
 その一年の男子は、手首にタオルを巻き付けた。
 矢島。
 の文字が誇らしげに手首に現れる。
「どうも、ありがとうございました」
「おう、まいどあり」
 矢島は呆然とその光景を眺めていた。
 恥ずかしさはあったが……やはり悪い気はしなかった。

 ちょっと前から謎の通り魔事件が起こっているらしい。
 放課後、一人で歩いているといきなり後ろから殴られるという、まことにタチの悪い
事件であった。
 これは……生徒会長としては黙っていられん!
 矢島は使命感に燃えて立ち上がった。
 矢島は、その事件を新聞部のある一年が調べていると聞いて、会いに行った。
「お、おれはもう、あの事件からは手を引きましたよ」
「は?」
 いきなり、そんなことをいわれて矢島は拍子抜けした。
「そうなのか?」
「はい、本当です。信じて下さいよ、会長」
「はあ?」
 なんだか……いっている意味がよくわからないのだが……。
「じゃ、おれ、帰りますから、もう本当に手を引きましたから」
 そういって、逃げるように去っていった。
「な……なんだってんだ?」
 矢島はわけがわからぬ内に、廊下でばったり出くわした一年生に話を聞いてみた。
「僕は大丈夫ですよ」
 と、その一年生は、人を疑うことを知らないかのような純真そうな表情でいった。
「なんといってもこれがありますから」
 そういって、腕を見せる。
 最前から矢島も気付いていたが、彼は腕に例のタオルを巻いているのである。
「これがあると大丈夫なのか?」
「あれ、知らないんですか? この会長のタオルを体の見えるところに着けておけば、
通り魔の奴も怖がって手を出せないって噂」
「はあ? 初耳だぞ」
「本当にそうらしいですよ、すごいですね、会長、僕尊敬しちゃいます!」
「は、はあ……」
 なんかおかしい……。
 非常におかしい……。
 これがおかしくないのなら、この世の中におかしなことというのは無くなる。
 気付いてみれば、校舎の中に人がまばらである。そろそろいい時間のようだ。
「最後に、誰かもう一人話を聞いてから帰るかな……」
 矢島は呟きながら廊下の角を曲がった。
 すると、前の方に一人の男子生徒の後ろ姿があった。
「よし、あいつに……」
 近付いていこうとしたその時。
 その男子生徒の後ろ姿に別の人影が被さった。
「なんだ!」
 と、叫ぶ間に棒状の物が閃いて、男子生徒は横に倒れた。
「あ、あれは!」
 倒れた男子生徒を見下ろしたのは、どうやらそいつもここの男子生徒らしいが……手
には金属バットを持ち、顔には覆面をしている。
 どう見ても怪しい。
 ごきっ!
 倒れている生徒の背中にバットが叩き付けられた。
 ……そういえば……あの生徒は矢島タオルを身につけていないようだ。
 そんなことを考えてる暇があったら止めねば!
 と、矢島が気付いた時、またもやバットが唸った。
「む! ゆるさん!」
 だっ、と駆け出す。
 がしっ、と肩を掴まれた。
「誰だ。邪魔を……」
 振り返った矢島は、言葉を失った。
「なんだ。長岡さんじゃないか」
 そういった時には、素早く志保の手が動いていた。
 手と手が合わさる。
「こ、これは……」
 なんか紙のような物体が志保の手から矢島の手に移っていた。なんとなくいやな予感
がしたので見てはいないが……たぶん……。
「ま、これで……ねっ」
「な、長岡さん……」
「何も見なかったことにね」
「も、もしかしてあの覆面」
「うふふふふ」
 志保はにっこりと笑った。
「ことを荒立てて面倒なことになったらお互い損でしょ」
 確かに……このままこの件が表沙汰になれば自分も共犯……どころか、自分が主犯だ
と思われかねない。
「矢島くんはおりこうさんだから、わかるわよねえ?」
「……」

 生徒会長矢島。
 彼の周りには常に「黒い噂」が絶えない。

                                    終

          どうもvladです。
          性懲りもなくやってしまいました。
          今回ので正真正銘、終わりです。
          ……やっぱりダーク系だな……この話。