親友 投稿者: vlad
 僕は佐藤雅史。
 今年で二十一歳になる。
 今はある大学に通っている。
 将来は……できれば、プロサッカー選手になりたい。今度の大会でどこまで行けるか
だな、うちの大学のサッカー部はけっこう強くて地区大会程度なら問題はないんだけど
……いや、油断は禁物だ。
 僕は今、アパートで一人暮らしをしている。自宅から通えないことはないんだけど、
ちょっと片道三時間は辛いので、大学の近くに部屋を借りたんだ。
 今日は日曜日、大会前の最後の休み。
 だから、部屋でゆっくりしている。
「佐藤くん、お昼ご飯何がいい?」
 台所の方から声がした。
 僕はベッドから起き上がって、声のした方を見た。
「今あるものだと……大したもの作れないけど」
 そういいながら、冷蔵庫を開けているのは磨倉優香(まくら ゆうか)さん。僕より
一つ年上の大学の先輩だ。
 優香さんは、昨日の晩からこの部屋にいる。
 と、いえば察してもらえると思うけど、れっきとした僕の恋人だ。はじめは、優香さ
んが僕のこと「かわいいかわいい」っていって頭を撫でてたりしてたんだけど、その内
になんとなく……詳しく説明するのは避けるけど……つまり、そういうことだ。
 僕と優香さんはもう付き合い始めて三ヶ月になる。僕には自覚はないんだけど、周り
の人たちによると、僕は見事なほどに尻にしかれているらしい。
 そういえば、女性上位が多い……。
「買い物行こうか?」
「うん、そうですね」
 僕は、幸せだった。
 本気で、この人と結婚していいとまで思っている。
 そして、ずっとこのささやかな幸せの中にいたい。
 僕の今までの人生に見合った平凡で、穏やかな日々になるだろう。
 一時期、僕は、平凡すぎる自分の生き方に疑問を持っていたことがある。でも、今は
もう迷わない。
 部屋を出ようとした時、電話が鳴った。両親だろうか? と、僕が思いつつ受話器を
取った。
「もしもし、佐藤ですけど」
「あ、雅史ちゃん?」
 耳に飛び込んできたのは懐かしい声だった。と、いっても今でも時々会ってはいるん
だけど。
「どうしたの? あかりちゃん」
「そっちに浩之ちゃんが行ってない?」
「え? 来てないけど」
「そう……だったらいいの……」
 あかりちゃんはそういって切ってしまった。なんだ、随分と唐突な電話だな、浩之、
どうしたんだろ? 
 僕と優香さんは買い物に行った。
 優香さんが作ってくれたお昼ご飯を食べていると優香さんが、
「佐藤くん、誰か来てるよ」
 と、いった。
「え!」
 僕はさっきのあかりちゃんの電話のことを考えていて気付かなかったのだが、確かに
インターホンが鳴っている。
「はいはい」
 僕がドアを開けると、見覚えのある人が、電気と水道のメーターボックスを開けてい
た。
「浩之!」
「おう、雅史」
 メーターボックスを閉じて立ち上がったのは、間違いなく浩之だった。
「いないのかと思ってボックス開けちまったぜ」
 インターホンを鳴らして返事が無いと、浩之は絶対にこれをやる。
「ごめん、ちょっと取り込んでたんだ」
「そうか、わりいんだけど、なんか飲ませてくれ」
 浩之は僕を拝みながらいった。そういえば、息が荒い。
「ああ、いいよ、上がって」
「おう」
 と、ずんずん入ってきた浩之の顔が複雑に動いた。
「おい、こっちの人……」
 視線の先にいるのはもちろん優香さんだ。
「うん、この前話した優香さんだよ」
「おう、そうかそうか。ども、雅史の知り合いの藤田浩之です」
「うん、話は聞いてるわよ」
 そういえば、あかりちゃんが浩之のことを探してるみたいだったな。
「浩之、今さっきあかりちゃんから電話があったよ、どうも浩之のこと探してるみたい
なんだけど」
 ぶふっ。
 と、麦茶を飲んでいた浩之は咳き込んだ。
「な、なにぃ、あかりから!」
「うん、浩之がこっちに来てるか? っていうから、来てないっていったらすぐに切れ
ちゃった」
「むう……うーむ……」
 浩之は改めて麦茶を飲み干すと、立ち上がってウロウロと室内を歩き回った。
「くそ、もう手が回ったか……こうしちゃいられねえ」
 浩之は忙しなく立ち上がり、
「じゃ、またな」
 部屋から出ていこうとした。
「ひっろゆきちゃん♪」
「わああああ!」
 浩之は後ろに仰け反った。ドアを開けると目の前にあかりちゃんがいたからだ。
「うふふふふふ、やっぱりここだったわね」
「うぐ……あかり」
「あかりちゃん」
「あっ、雅史ちゃん、久しぶり」
「あかりちゃん、どうしたの?」
「聞いてよ聞いてよ! 浩之ちゃんったらね、ひどいんだよ!」
「え、なにが?」
 と、僕がいっている横で浩之はそっぽを向いている。
「私というものがありながら浮気したんだよ!」
「え!」
「違うっ! 断じて浮気ではない!」
 浩之はムキになって否定した。
「でもでも、姫川さんとか松原さんとかレミィとかと一緒に歩いていたのを見た人がい
るんだよ!」
「違ぁーう! たまたま会って茶ぁ飲んだり食事したりしてただけだ!」
「でもでも、姫川さんと水族館にいたとことか、松原さんと後楽園ホールにいたとこと
か、レミィと遊園地にいたとことか見た人がいるんだよ!」
「それはっ! たまたまチケットがあって、お前が都合悪いんで誘ったんだよ!」
 段々、浩之の方が苦しくなってきたような気がする。
「でもでも、姫川さんに膝枕してもらってるとことか、松原さんと一緒に寝っ転がって
いたとことか、レミィとキスしてたとことか見た人がいるんだよ!」
「違う、断じて否! 琴音ちゃんはその日はロングスカートだったし、葵ちゃんのは、
あれは……寝技の練習だ! レミィのは……ほれ、キスっていってもほっぺたにだろう
が、アメリカじゃほっぺにキスなんてのは挨拶代わりだぞ!」
 だいぶ……苦しい。
 しかし、なんとか言いくるめようとしてるのはさすがだ。
「でもでも、ラブホテルから出てくるのを見た人もいるんだよ!」
「あ? なにいってんだお前? おれは三人とはデートはしたけどな、肉体関係はない
ぞ」
 浩之は、今度は本当に心当たりが無いらしい。
「やっぱりデートだったんだね」
「あ……」
「やっぱりデートだっていう意識があったんだね」
「ちょ、ちょっと待てぃ!」
「うふふふふふ」
「くそ、つまんねえ知恵つけやがって、どうせ志保だろ……あ! くだらねえ情報吹き
込んだのもあいつだな!」
「それは御想像におまかせするよ……浩之ちゃん、帰ろう♪」
「ま、待て、おれが愛してるのはお前だけだ。いや、マジで、あの三人は一時の気の迷
いみたいなもんだ」
 かなり……苦しい。
 あかりちゃんの目がこわい。
「わかった……あかり、目ぇつぶれ」
 浩之の顔が真剣になった。今まではこの緊迫感みなぎる場面にあってもどことなく抜
けているような顔だったんだけど。
「目ぇつぶれ!」
 浩之が怒鳴ると、あかりちゃんはびくり、と震えた。なんだかんだいってこうなると
あかりちゃんの方が弱い。
「こ、これでいい?」
 あかりちゃんの目が閉じられた。
「そのまま……じっとしてろ」
 浩之は優しくいって……靴を持ち、部屋を横切り、窓を開け、僕と優香さんに頭を下
げて、窓枠に腰掛けながら靴を履いた。
 僕が予想したのと全く同じ行動をしてくれるので嬉しくなってしまうほどだ。やっぱ
り浩之はいつまでも僕の知っている浩之だ。
「そんじゃ、すまなかったな、バタバタしちゃって」
 そう、小声でいった浩之が地面に下りると、
「逃げられないよ」
 あかりちゃんが呟いた。

 ごん。

 なんだか重々しい音。
 浩之が頭を抱えてうずくまっていた。足下に割れた鉢植えが散乱している。
「そんなことだろうと思って、みんなにも来てもらったんだよ」
「くそ、人を疑うことを知らないあかりはどこに行ってしまったんだ」
 浩之が頭を振った。土がパラパラと落ちる。
「浩之ちゃんのせいでどっかに行っちゃったよ」
 なんか説得力がある。
「ええい! 逃げ切ってみせるぞ! さらば!」
 浩之が駆け出そうとした瞬間。

 ごん。

 二つ目の鉢植えが落下してきた。
「いってえ……琴音ちゃんか……」
「そういうことです」
 聞き覚えのあるその声は、表からした。
「楽しかったですね、水族館」
「お、おう、楽しかったなあ」
「一時の気の迷いだったんですね♪」
「ちょっと待てぃ!」

 ごん。

 痛そうだ。
 しかし、浩之は頭を押さえながらも、こういう時だけ異常に発動する不屈の精神で逃
走を開始した。
 浩之が消えた方とは逆の方から、姫川さんが現れた。
「どうも、佐藤さん、お久しぶりです」
「ああ、久しぶり」
 そういいながら、僕は浩之が気になって窓から顔を出した。
 浩之は、十メートルほど行ったところで立ち止まっていた。
 ……浩之の前に女の子が立っている。
 ええと……あれは確か、浩之が高校生の頃、よく顔を出していた同好会の子だな。
「よ、よっ、葵ちゃん」
 うん、確か松原葵っていったっけあの子。
「私、先輩には色々教えてもらいました」
「そ、そんなことはねえよ」
「私、一晩泣いて強くなれたような気がします」
「そ、そうか」
「これも先輩のおかげです」
「あははは……そ、そうかなあ」
「あの……最後にお願いがあるんですけど」
「あははは……おれと葵ちゃんの仲じゃないか、なんでもいってみろ」
「殴らせて下さい」
「ちょっと待てぃ!」

 ばこんっ。

 ぼこんっ。

 ばきっ。

 痛そうだ。
 鼻血が出てる。
「おのれ! 負けるか!」
 しかし、浩之はこういう時だけ発揮される常人離れした体力で、フェンスを登った。
 ジャンプしてフェンスを掴み、足を振り上げて強引にフェンスの上に引っかけて転が
るように乗り越える。その間、僅か二秒。
「ふはははは! さらばだ!」

 ぷすっ。

 勝ち誇った浩之に矢が刺さった。
  痛そうだ。
「アカリ、コトネ、アオイ! しとめたヨ♪」
 嬉しそうに叫んでやってきたのはやっぱりレミィだ。
「うぐ……レミィ……お前もやはりおれのことを恨んで……」
「なんでアタシがヒロユキを恨むの?」
「いや、だって……」
「今日は、アカリがヒロユキをハンティングしていいっていうから来たの」
「ああ、そうですか……」
 矢が刺さっては、さすがの浩之も逃走を続けることはできなかった。
「じゃ、雅史ちゃん、お騒がせしちゃってゴメンね」
 あかりちゃんが深々と頭を下げた。
「また今度、遊びに来てね」
「うん」
 あかりちゃんはそういうと、浩之を連行していった。
「佐藤……くん……」
 優香さんが呆然とした顔でいった。
「佐藤くんの友達って……なんかすごいのね……」
「ん、そうかなあ?」
 今でも時々、あんな生き方もいいなあ、と思うことがある。
 僕は、親友を──踏んでも蹴っても死なないような浩之を、とても尊敬している。
 尊敬できる友人というのは得がたいものだと僕は思う。

                                    終

     どうもvladです。
     なんか自分で書いててわけわからんです。テーマもなにもない。
     ただ適当に書いただけの話です。

     =============++++=============
         ぐあっ! なんか下の方で二重書き込みやっちまいました。
      無茶苦茶恥ずかしい。
     申し訳ありませんでした。