我が闘争 投稿者: vlad
「はあ……」
 矢島は、溜め息の一つもつきたい心境であった。
 最近、とことんついていない。
 ケチのつき始めはやはり、失恋したことだろう。
 今から思ってみればなんとも間抜けな恋であった。
 まず、彼はターゲットの神岸あかりとの橋渡しを彼女の幼なじみの藤田浩之という男
に頼んだ。
 浩之は渋々と引き受けてくれたのだが、あかりと二言三言会話を交わしただけで、
「あきらめろ」
 と、一方的にいったのである。
 どうしても納得できない矢島は随分と長いこと悩み、ある日、とうとうあかりに玉砕
覚悟で告白した。
 覚悟が役立つ結果となった。
 もうその時にはあかりは浩之と正式に付き合い始めていたのである。
 思いっきり道化役になってしまったことを痛感しつつ、矢島は思いっきり落ち込んだ。
そして、気持ちが落ち込んでいると、やはり何事も上手くいかない。
「はあ……」
 溜め息をつく。
「なんかこう、自分を変えるっていうか、そんなこと無いかな」
 などと、「自己啓発セミナー」にはまってしまうようなことを呟いていたら、
「あるわよ」
 と、後ろから声をかけられた。
「えっ! ……な、長岡さん!」
 声の主は長岡志保であった。
 あかりとの一件を散々校内に流布させた張本人だ。
 よって、当然矢島は彼女を苦手としている。
「自分を変えるには行動あるのみよ!」
「はあ……でも、具体的に何をすれば……」
「あれよ!」
 志保の指差した先には一枚のポスターがあった。

 数日後、矢島はあれよあれよという間に、「生徒会長候補」というものになっていた。
「頑張ってね、矢島くん、僕も応援するから!」
 と、いっているのはクラスメートの佐藤雅史。
「うん、私も手伝うよ」
 とは、同じくクラスメートの神岸あかり。悲しいことに、彼女のその言葉が素直に嬉
しかったりする矢島であった。
「あたしにまかせておきなさい!」
 胸を張るのは志保。引きずり込んだのは彼女なのだから応援してもらわねば困る。
「ま、うちのクラスから生徒会長が出るんもええやろ、私も協力さしてもらうわ」
 と、クラス委員の保科智子がいってくれたのは、正直頼もしい。
「ヤジマが権力を握るのアタシも手伝うヨ」
 なんか部分的にまずいような気もするが、宮内レミィのその申し出もありがたい。
 なんだかんだいって、矢島はその状況が満更ではないと思うようになっていた。
 他のクラスメートも応援してくれるようだ。志保はクラスが違うが、別に生徒会長選
というのはクラス対抗ではないので問題は無い。
「おい、志保」
 みんなで選挙運動について話し合っていると、ここのところ姿を見せなかった浩之が
やってきて志保を呼び出した。
「あ、ちょっとゴメン」
 と、いって志保がみんなの輪から外れて、浩之とコソコソと話し始めた。
 みんなに聞かせられないような話なのか……。
 そう思った矢島は、ついつい二人の話を盗み聞きしてしまった。
「それで……どうなの?」
「上々だ。ただ、今んとこオッズに大きな差はねえな」
「まあねえ、まだ発表されただけだからねえ」
「他の学年にも宣伝に行かせてるからよ、まだまだ客は集まるぜ」
「よし、上出来よヒロ」
「んじゃ、おれぁまた回ってくるわ」
「頼んだわよお」
 浩之は、みんなに手を振って去っていった。
 なんか……やばいこと話していたような気がするのだが……。
 志保に聞いてみたいが……なんかやばいような気がする。
「ねえ、志保、浩之ちゃんは何してるの?」
 おお! 神岸さんナイス!
「ヒロはね、ちょっと別の仕事をしてもらってるのよ」
「あ、そうなんだ」
 あかりは納得したようであった。
 矢島は無茶苦茶納得できなかった。
 しかし、話はどんどん進んでいく。
「ポスターどうしよっか」
「誰かに矢島くんの似顔絵描いてもらったら」
「え、ちょ、ちょっと恥ずかしいな、それ」
 矢島が慌てていうと、みんなの間から明るい笑い声が上がる。
 最初は、生徒会長に立候補するなんていやだったけど、満更でもないな、と矢島は思
った。
「おい、志保」
 浩之が来た。
「あ、ちょっとゴメン」
 志保がみんなの輪から外れていく。
 矢島は聞き耳を立てた。
 と、いうより、自然と立った。
「どうしたの?」
「いや、一年の何人かのグループがよ、やってやがんだよ」
「え……」
「だからよ、そいつらがうちらの営業妨害してんだな」
「あらあら、で、どうなの」
「胴元になってんのは三人ぐれえ、別になんてことねえ奴らだ。でも、客はけっこう集
まってやがる」
「それはまずいじゃないの」
「おう……だからよ」
「……やるの?」
「ああ……情報の操作を頼まぁ」
「うん、まかしといて」
「そんじゃ、行ってくる」
 浩之はみんなに手を振って去っていった。
「浩之、なんだって?」
 よくぞ聞いてくれた! 佐藤!
「ああ、なんでもないのよ」
「ああ、そうなんだ」
 なんで、それで納得する!
 しかし、自分で聞く勇気は無い矢島であった。
 それからみんなで色々と話し合った。
 今日は帰ろうという時になって丁度浩之が帰ってきた。
「おう、みんな帰るのか……そんじゃおれも引き上げるかな」
 そういった浩之の服になにやらシミがついているのが異常に気になったが、やはり尋
ねる勇気は無かった。

 それから、矢島は選挙運動期間の間、仲間とともに懸命に頑張った。バスケ部の方は
ややおろそかになってしまったが、久しぶりに充実した一時だった。
 今日は投票前日、最後の頑張りどころだ。
「よし、頑張ろう」
 と、決意した横で浩之と志保がしている内緒話がやはり気になる。
「ちょっと」
 矢島は遂に意を決して内緒話中の二人に声をかけた。
「なんだ」
「なによ」
「一体、なんの話をしてるんだい?」
 矢島の顔は緊張に張り詰めていた。
「なにって……」
 浩之がにやり、と笑った。
「なにって……ねえ」
 志保が口に手をあててクスクスと笑う。
「わかってんだろ」
「もう、わかってるくせにぃ」
「い、いや、わからん、全然わからんぞ!」
 矢島は慌てて首を横にブンブン振った。
「もちろん、トトカルチョに決まってんじゃねえか」
「ねえ、みんな知ってるわよ」
 浩之と志保はさらりといった。
「な、な、トトカルチョって……賭事じゃないか!」
「ああ」
「うん」
「……」
 平然と肯定されて矢島は窮した。
「なにしとんの?」
 そこへ、智子がやってきた。
 矢島にとっては救いの神であった。この二人を智子に叱ってもらおう、と思った。は
っきりいってこの二人に居直られると矢島では手に負えない。
「ほ、保科さん、聞いてくれ」
「なんやの?」
「藤田と長岡さんが生徒会長選でトトカルチョをやってるんだ!」
 どどーん。
 と、矢島にしてみれば、そのような擬音を炸裂させたいほどの重大発言であった。
「なんや、知らんかったんか」
 智子、全く動ぜず。
「二人とも、実弾はなんぼ用意できたん?」
 智子は冷静にいった。
「弾に回せんのは二十万ぐれえかな」
「そんだけありゃ上等や……よし、みんな集まってんか!」
 智子が集合をかけ、みんなが集まってきた。
「ええか! 最後の頑張りどころや! 頼むで!」
「おーっ!」
「藤田くん」
「おう」
 浩之がカバンを取り出してきた。
 それを開けると、中には大量の千円札と五千円札と万札が少々入っていた。
「いいか、狙いはクラブの部長クラスだ。まとめて票を動かせる。どいつもこいつも金
の臭い嗅がせて、それでも駄目なら札で横っ面ひっぱたいてやれ!」
「うん、浩之ちゃん、私、頑張る」
「おう、その意気だ。……雅史、お前はサッカー部の方、頼むぜ」
「うん、もう大体、根回しは済んでるから」
「そうか、ようし」
 この間、矢島、一言も発せず。
「矢島よお、当選したらおれらにもいい目見させてくれよお」
「ふふふふ、お互い、持ちつ持たれつでね……」
 浩之と志保の声が悪魔の囁きのように思えた。

 翌日、新たな生徒会長が誕生した。
 後に「金権生徒会長」の名で呼ばれる男の、それが第一歩であった。

                                    終

   選挙用語解説

 実弾
     現金のこと。
     意見を変えて欲しい時などに使う。
     戦場を飛び交うさまから、この呼び名がついたのかもしれない。

 金の臭いを嗅がせる
     実弾を使った技の一つ。
     とてもいい臭いがするらしい。

 札で横っ面ひっぱたく
     実弾を使った技の最終形態。
     人間の欲望を的確につく身も蓋もない荒技。
     ちなみに、私はこれに抗う自信が全く無い。


          どうもvladです。
          これも一応、ダーク系になるのかなあ?

 それではまた……。