関東藤田組 人間の恋人 後編 投稿者: vlad
 それから浩之は雅史と昼飯を食って、しばらく暇を潰した。来栖川電工本社ビルは、
藤田商事からはそこそこ遠い位置にあり、わざわざ帰るのも面倒だったのである。
 一応、電話で帰りが午後七時以降になることを連絡しておいた。
 そして、午後五時五十分、浩之と雅史はロビーのソファーに座って待っていた。
 六時五分、湯島が現れ、遅れを詫びつつ、場所を移すことを提案した。
 これに従って移動した会社近くの喫茶店で、湯島は御影とそのメイドロボ、HMX─
18型フィーユについて話を始めた。
「御影はね……こともあろうに、そのフィーユっていうメイドロボに惚れてしまったん
ですよ」
 湯島の口から出た言葉に浩之は驚かなかった。昼に会った時の口振りからして、その
程度のことは予想していた。
「どういうことなんです?」
 湯島の話によると、そもそも御影と暮らしていたフィーユは三機の試作機の内の一つ
であるらしい。
 さらに、フィーユは長瀬主任が現場で指揮をとって制作された最後のメイドロボであ
る。
「フィーユにはね……私はマルチと同じくらいの情熱を注ぎ込んだよ……フィーユの完
成後は現場は後進に任せようと思っていたからね」
 後で御影のメイドロボのことに気付いた浩之が電話をしたら長瀬主任はそんなような
ことをいっていた。
「フィーユは、体を構成している物質が人工であるという以外は極力人間にそっくりに
作ってある。それこそ、やぶ医者がちょっと見たぐらいじゃ人間と見間違うようにね。
え、なんでかって……こだわりに決まってるじゃないか! ええっ!」
「怒られなかったんですか」
「お前の道楽に出資してるんじゃないっていわれた」
 そりゃいわれるだろう。
「でもね、フィーユはメイドロボだけに止まらずに医療目的の使用も考えて作ったんだ」
「医療?」
「そうだ。体が滅茶苦茶になった人間の脳をフィーユに移植して、その人間を蘇らせる」
「そ、そんなことができるんですか!」
「できないよ。まだまだそこまでは行ってない。こればっかりは実験が容易にできなく
てねえ……クローン人間への脳移植に先越される可能性が高いんだけどねえ」
 そういいつつも、
「私の分野はこれだからね」
 と、長瀬主任はいっていた。おそらく今まで、会社に莫大な利益を上げさせると同時
に甚大な損害も与えてきたに違いない。クビにもならず優遇されているのは、手放せな
い技術力があり、そしてトータルでは会社に儲けさせた分の方が多いからだろう。
「その……試作機が、なんで御影のとこに?」
 浩之は湯島にいった。
「その頃はね、御影と私は長瀬主任の下でフィーユの制作に関わってたんですよ。その
内に御影の奴が試作機の一つと異常に仲良くなりましてねえ……」
「異常に仲良く、とは?」
「その……恋人同士みたいな感じですね」
「はあ……」
「それで、フィーユは結局、人間にできる限り近づけようとしたせいでコストが物凄く
かかってね、HMX─18型は製品化されなかったんですよ。それで、試作機も機能を
停止することになったんですが……御影の奴がね」
「その仲良くなったやつを引き取る、とでもいったんですか?」
「そうです。それで、長瀬主任がそれを許可しましてね。あの人は、けっこうそこら辺
は融通きかせる人ですから……」
「周りの反応はどうだったんです?」
「それほど悪いものではなかったですよ、そんなに好きなら仕方ない、って感じでした
ね。私はちょっと納得できなかったんですが……その時は御影の気持ちを過小に見てま
したからねえ、まさか本当にメイドロボを一人の女性として愛してしまう、なんてこと
になるとは思っていませんでしたから……」
「まあ……そうでしょうね」
「あいつも……ずっと長瀬主任の直属だったらこんなことにはならなかったのかもしれ
ません」
「は? それはどういう……」
「フィーユの開発が終了してすぐ、私と御影はそれぞれ別のとこに配属されたんです。
それで、その先であいつ、随分と白い目で見られたみたいでね」
 湯島は沈鬱な表情でいった。
 浩之は黙って頷いた。マルチに付き添って何度か行ったことがあるのだが、長瀬主任
の管轄の開発室というのはかなり独特な雰囲気があり、メイドロボというものに対して
制作者として愛情を持っている人間が多い。
「かくいう私もね……あいつとはけっこう口論をしたんです」
「そうですか」
「はい、フィーユを可愛がるのもいいが、そろそろ結婚したらどうだ? とかそれとな
く持ちかけたりしたんですよ、わざわざ親戚に頼んでお見合い話まで持って行ったりし
たんですがね……」
「御影は受けなかったんですね」
「ええ、それで確か一ヶ月前です。御影が私にいったんです。結婚するつもりはない。
おれはずっとフィーユと一緒にいるってね」
 湯島の表情に苦いものが滲んだ。
「私はね、やっぱり納得できないんです。フィーユはどんなに人間的でもロボットなん
です。私だってね……御影のとこにいたフィーユのことは好きだったんです。でもね、
だって……おかしいじゃないですか……いくら好きでもロボットを恋人にするなんて」
「……お気持ちはわかります」
「そこで、御影と激しく口論しました。あいつはロボットでもフィーユには心があるん
だっていってました。でも……私が、それでも体は人間の体じゃないじゃないか。と、
いったんです。どんなに似せてあっても、心があっても、作り物の体じゃないか……御
影の奴、なんにもいわないで怖い顔で私を睨んでました。私は何もいわないで去り……
それから会っていません……」
 両目を掌で覆った湯島に浩之は声をかけずにただ張り詰めた視線を注いでいた。
「親友だったんです。あいつは……本当に……」

「ヒロ……待ってたわよ」
 事務所に戻ると、志保が不適な面構えで浩之の帰りを待っていた。午後八時、残って
いるのは志保だけである。
「なんだよ」
 浩之は御影のことで憂鬱な気持ちになっていたので、素っ気なくいった。
 やはり……御影はフィーユと「駆け落ち」してしまったのだろうか……。
「ヒロ、あんたの頭の堅さが証明されたわよ」
「あん? なんの話だ」
「これよ、これ」
 志保は、先程の行方不明の少女たちの写真が貼り付けてあるノートを取り出した。
「それがどうした?」
「あんた、この三人の行方不明事件には関連は無いっていってたわよねえ!」
「ん、そんなこといったか?」
「いったわよ! あたしはしっかりと覚えてんだからね!」
「で、なんだよ」
「この、一番下の子」
「それがどうした」
「今日の午後二時過ぎに死体になって発見されたわ」
「な、なに!」
 浩之はそれまで目を合わせようともしなかった志保に向けてギラついた視線を向けた。
「ふふん、しかもね、死体の状態がこの一番上の子と似ているのよ」
「状況……って……あれか」
「うん、ほとんど一緒だったらしいわよ、この真ん中の子はまだわかんないけど、少な
くとも、この二人を誘拐して殺した奴は同一人物なんじゃないの?」
 勝ち誇る志保を相手にせずに浩之は雅史を見た。
「浩之……まさか……」
「飛躍しすぎかとは思うけどな」
「……なによなによ、あたしをのけ者にして」
「もう一つ、繋がるかもしれねえ」
「えっ」
「まあ、当たって砕けろだ。雅史、明日もう一度長瀬主任に会いに行こう」

 翌日、なんとかアポを取って浩之と雅史は長瀬主任に会いにやってきた。
「主任、これを」
 浩之が机の上に広げたノートを見て、長瀬主任は目を細めた。
「えっと、この女の子たちが何か? 君のコレか?」
「違います」
 長瀬主任は小指を立てたまま、うーん、と呟いて写真をじっと眺めた。
「ぱっと見て、どう思いました?」
「似てるね……三人とも」
「そうでしょう」
「うん、三人ともどことなくフィーユに似てるよ」
「そうでしょう」
 浩之は、長瀬主任を真っ直ぐ見据えつついった。
「主任、いってましたよね、フィーユは医療にも使えるように作ったと……」
「確かにいった」
「体が滅茶苦茶になった人間の脳を移植する、とかいってましたね」
「そういうことも考えていた。とはいったと思う」
「逆は可能ですか?」
「逆?」
「フィーユの方の脳……にあたる機関を人間の脳と取り替えることは可能なんですか?」
 長瀬主任はインスタントコーヒーを口にした。
「そんなことが可能なんでしょうか?」
「現段階では99パーセント不可能だ。もし、できたとしても……その状態を長期にわ
たって維持できるかどうかは確実ではない」
「ほぼ不可能ということですね」
「ああ……私はいつかできると信じているが」
「御影も信じていたんでしょうか……」
 それには何も答えず、長瀬主任は再びノートの写真を見た。
「この子たちは?」
「一人が行方不明中、二人が、既に死体で発見されました」
「……」
「死体の状態が酷似しています」
 浩之はノートのページをめくった。
 新聞の切り抜きが貼り付けてある。
「一度、脳が摘出され、再び元の場所に戻されて縫合されているということです」
「……」
「御影が行方不明になる直前、器具や工具が無くなったそうですね」
「ああ」
「……おれたちは、その線で探ってみますよ」
 立ち上がった浩之に、長瀬主任はいった。……いや、それは浩之にいったのではなく、
ただ独語しただけなのかもしれない。
「現時点では不可能なんだよ……御影くんもそのことはわかっているはずなのだが……」
「失礼します」
 浩之は雅史を促して部屋から出ようとして、セリオと鉢合わせした。
「おっと」
「失礼いたします」
「主任、セリオが来てますけど」
「ん……ああ、なんだい?」
 何か考え事をしていたらしい長瀬主任は慌てて顔を上げていった。
「先程、フィーユという方から電話がありました」
「なに!」
 叫んだのは浩之である。
「こちらのお電話に回そうとしたのですが、すぐに切れてしまって」
「それで! どんな内容の電話だったんだ!」
「お名前を名乗って……ただどこかの住所をいって……切ってしまいました」
「住所……どこだ!」
 セリオは長瀬主任の机まで行き、机上のメモ用紙を取ると、それにその住所を書き込
んだ。
「長瀬主任……フィーユっていうメイドロボは製品化されていないんですよね」
「ああ……今、稼動しているHMX─18型フィーユはただ一つ」
「ちょっとおれ、行って来ます」
 浩之が謎の住所の書かれた紙を持って小走りに扉へと向かう。
「待て、私も行こう」
 長瀬主任が立った。
「ちょっと荒事になるかもしれないですよ、大丈夫ですか?」
「心配無用、ちゃあんとセリオが守ってくれる」
「お供いたします」
「よし、それじゃ行こう」

「ここか……」
 浩之たちの前に六階建てのビルが立っている。
「本当にここの五階か?」
「浩之、見て」
 雅史が看板を指差していった。
 このビルはそれぞれの階を事務所として貸しているらしい。5階にはごく普通の事務
所が入っている……ということになっている。
「行ってみよう」
「慎重にね」
「ああ」
 エレベーターで5階まで行った一行は浩之を先頭にして下りた。
「ん……」
 浩之は小さく呟いて左右に目を配った。
 全くの直感であるが、人がいるという雰囲気が感じられない。ひんやりとした感触が
絶えず肌を撫でる。
「気をつけて」
「おう」
 目の前にあるドアのノブに浩之は手をかけた。
「ちっ、鍵がかかってやがる」
 浩之は舌打ちした。
 素早く針金を取り出してカチャカチャやり始める。
「開いたぞ」
 僅か十秒ほどで浩之は立ち上がり、ドアを開いた。
 浩之は静かにドアを開け、室内に潜入した。正直な話、他人様の家に侵入したことは
一度や二度ではない。
 まず、浩之が感じたのは、殺風景な部屋だ。ということだった。しかし、その殺風景
な室内に自分が入ってきたのとは別のドアを見付けた。
 そのドアに鍵はかかっていない。
 浩之はドアノブを回した。

 世間の冷たい反応を予想していなかったわけじゃない。
 変態といわれるぐらいのことは覚悟してた。
 それが出世に影響したって構わないと思っていた。
 自分だってできれば辛い道を歩みたくはない。
 でも……しょうがないじゃないか、好きになってしまったんだから……。
 だけど……僕は自分が思っているよりも遙かに弱い人間だったようだ。
 もう耐えられないよ、フィーユ。
 でも、やっぱり君を愛しているんだ。フィーユ。
 親友も……君のことをよく知っている彼も、僕らが愛し合うことを納得してはくれな
かった。
 親友で……共に君の開発に携わったあいつなら、わかってくれると思っていたんだけ
ど……それは僕の考えが甘かったようだ。
 フィーユにはちゃんと心がある。

 それでも体は人間の体じゃないじゃないか。
 どんなに似せてあっても、心があっても、作り物の体じゃないか。

 ああ、その通りだ。親友よ、全く君のいう通りなんだ。
 僕は君のいうことを受け入れるよ。
 でもね、フィーユ、僕は君を愛することを止めるわけじゃないんだ。
 ……すぐに、君の体を見付けて上げるよ。
 ……作り物じゃない体を。
 君が「人間になれたら」みんな僕たちを祝福してくれるよ!

 ドアを開け放った瞬間、浩之は体勢を低くして室内に躍り込むと同時に、素早く視線
を四方に放って状況を把握し、その次の瞬間には、そこにいた人物に抜きはなったコル
ト・ガバメントの銃口を向けていた。
「御影!」
 少しやつれてはいるが、それは確かに御影陽介であった。
「!……」
「待て、違うんだ!」
 いきなり叫びだしたのは、御影と一緒にいた白衣の男であった。
「違うんだ! 違うんだ! おれじゃねえ、こいつだ!」
 と、御影を指差す。
「おれじゃねえ、全部こいつがやれっていったことなんだよ! おれは、おれは何度も
止めようっていったんだ!」
「やかましい! 黙ってろ!」
 浩之が両眼を見開いて一喝すると、その白衣の男は、ぺたり、と床に座り込んだ。
「ん……藤田くんなのか……」
「……みんな、大丈夫だ」
 御影が銃器の類を持っていないと見て、浩之は外にいる雅史に声をかけた。
 雅史と、そして長瀬主任とセリオが入ってくる。
「主任!……」
「御影くん……」
 長瀬主任は室内を見回した。
 手術室のような部屋であった。おそらく、床に座っている白衣の男は、もぐりの医者
か何かだろう。ロボット工学方面には天才的な才能を持つ御影も、人体の切開や縫合は
心得ていないはずだ。
「ふう……」
 奥の方に横たわっているものを見て、長瀬主任は溜め息をついた。
「君がそんなことをするとは思いたくはなかったが……」
 浩之もそれには気付いていた。
 奥に横たわる二つのそれはどことなく似た顔を、双方ともに安らかな寝顔にして眠っ
ているように見えた。
「寝ているだけか……それとも、殺したのか……」
 浩之の目に黒い渦が巻いていた。この状態で爆発すると、彼を止められる人間はその
妻ぐらいとなる。雅史にも、ちょっと自信が無い。
「ふふ、誰も死んではいないさ……」
 その言葉を額面通りに受け止めるには御影の面上に漂っているものが尋常ではなかっ
た。
「主任、とうとうやりましたよ」
 ゾッとするような微笑みだった。
「フィーユ、起きて」
 御影は奥の方に向かっていった。
 その声に応じて起き上がった。
 フィーユじゃない方が。
「てめえ……」
 間違いない、真ん中の写真の女の子だ。
「まさか……成功したというのか……」
 それほどの設備が整っているわけではない。
 長瀬主任は、立ち上がったものに、御影の執念を見た思いがした。
「陽介さ……ん」
「先程、手術が終わったばかりなんですよ」
 御影はにっこりと笑っていった。
「これで晴れてフィーユは人間になれました。これで……みんな僕たちを祝福してくれ
るでしょう」
「しねえよ」
 浩之は、冷然といい放った。
「なんだって?」
「祝福なんかしねえよ」
「なぜだい? これで僕とフィーユは幸せになれるのに」
「お前の幸せの代償が大きすぎた……いや、お前は他人の幸せを代償にしやがった……」
「それは……しょうがないじゃないか、どうしても人間の体が必要だったんだから」
 浩之は何もいわずに数歩進み、正拳をにっこりとした笑顔に炸裂させた。
「!!……」
 よろめいた御影を浩之はさらに殴り、倒れてもなお上に乗って殴った。
 歯が折れ、血が飛んでも拳を打ち下ろすことを止めなかった。
「思い知ったか! 馬鹿野郎!」
「なにをするんだ……」
「なんで殴られるかわかんねえか、この馬鹿」
 浩之は最後に痛烈なのを一発叩き込んで、攻撃の手を止めた。
「僕は、フィーユと幸せに暮らしたかっただけだ……それだけなんだ。……誰も……誰
も僕を裁けない。だって、幸せを掴もうとするのは、当然のことじゃないか……」
「法とかいうもんがお前を裁くだろうよ」
 浩之は立ち上がり、御影を見下ろしながらいった。
「君や、法は、僕を裁く権利があるというのか……」
「法のことは知らねえ……でも、おれはお前を裁いたんじゃねえ」
「……」
「お前のやり方が気に食わねえからぶん殴ってやったんだよ」
 浩之は舌打ちしながら御影に背を向けた。
「浩之……」
 雅史の気遣わしげな表情を見て、浩之は吐き捨てるように呟いた。
「おれは、人を裁こうと思って暴力を振るったことなんか一度もねえよ」

 浩之と擦れ違うように一人の少女が倒れた御影に歩み寄っていた。
「陽介さん……」
「フィー……ユ」
 浩之は黙ってそれを見ていたが、やがて少女の方の様子がおかしいのに気付いて、背
後にいる長瀬主任の方に視線をやった。
 長瀬主任は、無言でゆっくりと首を横に振っていた。
「フィーユ?」
「……」
 少女は、笑ったまま前のめりに、御影に覆い被さるように倒れた。
「フィーユ!」
「やはり……長時間は保たなかったか……」
 長瀬主任は呟くと、祝福されざるカップルに近付いていき、少女を抱き起こした。
 それからのことは、浩之にはよくわからない。ただ、長瀬主任は死体になってしまっ
たそれの頭を切り開いて中にあったものを、元あったところに戻したようだ。
「主任、お久しぶりです」
 それは、起き上がって悲しそうにいった。
「さっきの電話は、やっぱり君が?」
「はい、悩んだんですけど、長瀬主任しか頼れる人が思いつかなくて……」
「君は、彼を止めたかったんだね」
「はい……でも、時間が無かったんでここの住所だけをセリオさんに教えたんです」
「そうか……うん」
 その間に、浩之と雅史は白衣の男を尋問して、彼がもぐりの医者であること、御影に
雇われて少女の頭を切開縫合する手伝いをしていたことを聞き出していた。
「主……任……」
 途切れ途切れのしわがれ声は、御影が発したものであった。
「なんだい」
「僕は、どうなるんでしょうか?」
「三人の罪無き少女を猟奇的に殺した。情状酌量はしてもらえんと思う……」
「たぶん、死刑だな……」
 浩之が複雑な表情をしながらいった。
 当然であると思うと同時に、マルチの掃除を手伝ってやっていた御影陽介のことを、
浩之はまだ覚えていた。
 精神鑑定により無罪、という可能性も無い。近年の治安の悪化により、間隔の空いた
複数人の殺害や、無差別殺人などの凶悪犯罪には、精神異常や薬物服用による刑の軽減
が適用されなくなっている。
「フィーユは、どうなるんです?」
「……こんなことがあったからな……メモリを全部消去することになるだろう」
「……フィーユは僕を忘れてしまうんですね……」
 ぼんやりと天井を見ながら御影は呟き、そして目を閉じた。
「セリオ……来栖川SPを呼んでくれ」
「はい」
 セリオが部屋を出ていった。
「雅史……こいつふんじばるぞ」
「うん」
 浩之と雅史は白衣のもぐり医師の白衣をはぎ取り、それを捻って紐状にして、それで
男を縛り始めた。
「しまった!」
 長瀬主任の声がしたのは、男を完全に縛り上げた時であった。
「どうしまし……」
 浩之も雅史も絶句して立ち止まった。
 メスを深々と胸に突き立てて、御影陽介だったものは倒れていた。
「自分で自分を裁いたか……いや……」
 長瀬主任は沈鬱な表情でいい、沈黙した。
「後を追……いや、先に逝ったのか……」
 呆然と呟いて浩之は、御影に寄り添うフィーユを見た。
 フィーユは確かに泣いていた。

「フィーユ、ちょっと買い物頼まれてくれないか」
 長瀬主任が私を呼んでいいました。
「ああ、ゆっくりでいいよ、ゆっくりで、散歩がてらに行ってきなさい」
 私はいわれた通り、買い物を済ませた後、ゆっくりと街を歩きました。私、お散歩が
好きなんです。メイドロボなのに……おかしいでしょうか?
 でも、このお散歩にはちゃんとした理由もあるんです。
 私は、とある事情で、つい最近、メモリを一度初期化されてしまったんです。だから
世の中にある色々なものを見て社会勉強をする必要があるんです。
 でも……時々、気になります。
 私のメモリには以前、どんなことが入っていたのでしょうか?
 そこには、どんな人たちが住んでいたんでしょうか?
 もうわかりません……。
 でも、微かに、ほんの少しだけ覚えているんです。
 そのことを話すと長瀬主任は、
「うーん、おかしいなあ、完全に初期化したはずなんだけどなあ……ま、支障は無いか
らいいや」
 と、おっしゃっていました。
「愛の力かねえ……」
 この言葉の意味はよくわかりませんでした。
 私は気が付くとお寺にいました。
 メイドロボとお寺なんて、すごく変な組み合わせだと私も思います。
 墓地の方に行きました。自分でもなぜそのような行動をとったのかよくわかりません。
 非常に非論理的な表現になるのですが……誰かに呼ばれたような気がしたんです。
 私が立ち止まったのは、とある墓石の前でした。
 遠くの方から足音がやってくるのが聞こえました。段々とこちらに近付いてきます。
「……おう」
 足音の主は、コートを着て、サングラスをかけた男性の方でした。
 手に、お花とお線香を持っています。
「こんにちわ」
 私の挨拶に、その方はもう一度、おう、とぶっきらぼうにおっしゃって、私の隣に立
ちました。
「あなたのお家のお墓ですか?」
「いや、知り合いがここで眠ってる」
 その方は、私の顔をじっと見ています。
「お前は、何してる?」
「……よくわからないんです。こんなところ、知らない……はずなんですけど……気付
いたらここにいたんです」
 その方は、お花とお線香を私に突き出しました。
「?……」
 私はこの方の意図がわからぬままに、お花とお線香を受け取りました。
「お前が供えてやってくれ」
 その方は、それだけいって、理由を尋ねる私の声に振り返ることなく行ってしまわれ
ました。
 私は、お花とお線香を墓前に供えて、両手を合わせました。
「どうか……安らかに……」

                                    終

    どうもvladです。雛山理緒入社編が潰れた代わりのメイドロボ編でした。
    (もう安易に予告めいたことを書くのは止めよう)
    メイドロボと愛し合った男がどこに行き着くか……私が考えた答えの一つが
    この作品です。もっとも、ちょっと小説的になってますけどね、御影の暴走
    っぷりとかは……。
    ロボットの「心」の存在自体についての言及は避けました。色々考えている
    ことはあるんですが、それ書いてると話が全然進まなくなるんで……。
    それから、答えの一つであって、絶対にこうなると思っているわけではあり
    ません。
    でも、やはりロボットと人間は違うものです。ロボットを無理矢理人間とし
    て扱おうとするのも、その逆も、どこかでなんらかの歪みを発生させること
    になるでしょう。
    すいません、蛇足が長くなりました。

 それではまた……。