関東藤田組 人間の恋人 前編 投稿者: vlad
「よう、マルチ」
 浩之が放課後に廊下の掃除をするマルチのところへやってきた。
「あ、浩之さん」
「どうだ。掃除は?」
「はい、今終わったところですぅ」
「へえ、早いな」
 浩之は、本心から感心してマルチの頭を、ぽん、と軽く叩いた。実をいうと、どうせ
まだ奮闘中だろうから手伝ってやろうかと思っていたのだが。
「実は……手伝ってくれた人がいまして……」
「なに? 誰だ?」
 物好きな奴もいる。と、物好きな浩之は思った。
「ええっと……二年生の……御影陽介(みかげ ようすけ)さんという方です」
 二年なら、自分と同学年だ。御影、といえばかなり珍しい名字だ。どこかで聞いたこ
とのあるような気もするのだが……。
「で、そいつは」
「用事があるそうで、途中で帰られました」
 やっぱり、途中でロボットの手伝いするのが馬鹿馬鹿しくなったのか。それとも、用
事があるのにマルチの手伝いをしてくれたのか……。
 翌日、不本意ながら「志保ちゃんネットワーク」にアクセスしてみた。
「あら、あんたもようやく情報を入手するのに最善の手段がなんであるかを知ったよう
ね、いいでしょう、なんでも聞きなさい」
 優越感丸出しの志保に舌打ちしつつ、浩之は同学年の御影陽介について尋ねた。
「御影……っていったらほら、あれじゃない、理数系のトップ」
「はあ?」
「ほらっ、テストの上位者がいっつも廊下に張り出されるでしょ」
 そういえば、御影という名前はその時に理数系で常にトップに鎮座している名前のよ
うな気がしてきた。なにしろ無縁なものなので、あまりよく見たことがない。
「まあいいわ、昼休みに詳報を持ってくるわ」
 志保はそういって駆け足で去っていった。こうなると、志保は頼まれないでも情報収
集に奔走する。ある意味、便利な奴だ。
 志保の情報によると、御影陽介というのはこの学校には一人しかいない。
「すっごい秀才みたいよ……なんかロボット工学を志してるんだって」
「ふうん」
 ロボット工学志望……となると、やはりそういう興味があってマルチに近付いたのだ
ろうか。
 その日の放課後、浩之はHRが終わると、すぐにマルチがいつも掃除をしている廊下
に行った。
 マルチは掃除を始めたばかりらしかった。
「あ、こんにちわ、浩之さん」
「おう」
 御影は……今日は来ていないようであった。
「おし、マルチ、手伝うぜ」
 浩之はモップの入ったロッカーを開けようとした。
「おっと」
「あっ」
 ロッカーの前で、一人の生徒とぶつかりそうになって、浩之は身を引いた。
「あ、すいません」
「いや、こっちこそよそ見してた」
 二人は間をおいて、同時にロッカーに手を伸ばした。
「おっと」
「あっ」
「あ、御影さん」
 にっこりと笑いながらマルチがいい、浩之は、えっ、といいつつ振り返った。
 御影陽介は、穏和な風貌を持った男であった。目元が優しげで寛容な印象を受ける。
「すごいよねえ、マルチちゃんは……」
 モップを動かす手を休めて、御影は離れたところで窓を拭いているマルチを見ながら
いった。
「あん? 何が?」
「だって藤田くん……あんなに人間らしいロボットはいないよ」
「ん、まあ、そうかな」
 最近では、それに馴れてしまった浩之だが、確かに、あのようなロボットは前代未聞
かもしれない。
「ロボット工学が究めた一つの到達点だと思うよ」
「はあ、そういうもんかな」
「僕は、やっぱりああいうロボットを作りたい」
「ああ、そうか、ロボット工学志望だったな」
 御影はマルチに憧れたような視線で見ていた。

 外出しようとしていた浩之は、メンテから帰ってきたマルチと鉢合わせになった。
「浩之さぁーん、大変ですぅ」
「あん、何が?」
 マルチはだいぶ取り乱しているようであった。
「あの……その……大変なんですぅ」
「おいおい、あんま興奮すんなよ」
 なんかうっすらとマルチの頭から湯気が出ているようないないような……。
「ええい、ちょっとこっち来い」
 浩之はマルチを給湯室まで引っ張っていった。
「ほれ」
 浩之はコップに入った水をマルチに渡した。
 ばしゃっ、と頭から被る。
「ありがとうございますぅ、もう少しでオーバーヒートするところでしたあ」
 頭髪からポタポタ水滴を垂らしながら、マルチはにっこりと笑った。
「ん、ああ、落ち着いてよかったよ」
「ふう……」
「で、何が大変なんだ?」
「え、何か大変なことでもあるんですか?」
「おいっ」
 浩之はマルチに最大の罰である「こめかみぐりぐり」を与えた。もっとも、そんなに
強くはしないが。
「あうう、思い出しましたあ、すみませ〜ん、私が大変だっていってました〜」
「だろうが、一体なんなんだ」
「御影さんが行方不明なんです」
「御影……そういやあいつ来栖川電工にいたんだっけ」
 御影は大学卒業後、来栖川電工の開発部へと就職したという。その話は来栖川電工に
定期的にメンテに行っているマルチから聞いたもので、浩之は御影と会ってはいない。
「行方不明って、どういうこった」
「今日行ったら、主任がそういってたんですぅ」
「主任……って、長瀬主任か……」
 だったら、行方不明というのは本当だろう。長瀬主任は今や来栖川電工の主力である
メイドロボ部門の実力者である。社内の機密にも精通しているはずだ。社員の動向につ
いての情報も得ることができるに違いない。
「心配ですぅ……」
 マルチは俯きながらいった。彼女によれば、あの高校での試験運用中、浩之の次に自
分に優しくしてくれたのが御影であるらしい。マルチにとっては特別な人間なのだろう。

「残酷なことをするもんだ……」
「全く、なんのためにあんな風に……」
「頭のおかしい奴なんですよ絶対に……」
 憤懣を多量に含んだ声がヒソヒソと囁かれていた。
「おい、あれって確か……」
 誰かが、式場に入ってきた人物を遠慮しながらも指差していった。
「来栖川の……会長令嬢じゃないか……」
 果たして、この家と来栖川にどのような繋がりがあるのか、と来場していた人々は首
を傾げた。ごくごく普通の家で、来栖川とは仕事上でも関係は無かったはずだ。
 黒い喪服は、彼女の姿をより清楚で神秘的なものにしていた。
 背後に従う壮漢は老いた身を、老いを全く感じさせぬ動作で運びながら、油断なく、
辺りに気を配っている。
 焼香を済ませた後、彼女は遺族に向かって頭を垂れ、ぼそぼそと何か呟いた。少しで
も離れている人間には聞こえなかったが、死者の両親と妹は、確かに、その口からこぼ
れる真摯な悔やみの言葉を聞いた。
「……ありがとうございます」
 両親は深々と頭を下げた。
 式場に入ってきた人物に、来場していた人々は首を傾げた。ごくごく普通の家で、や
くざとは関係が無かったはずだ。
 きっちりと喪服を着用してはいるが、その男の、葬式の場にはあまりそぐわない眼光
の鋭さを隠しきれてはいない。
 焼香を済ませ、遺族に対して、彼は自らの非力を詫びているようであった。
「いえ……ありがとうございました」
「失礼します」
 男は、庭に出ると、そこに立っていた女性に向けて頭を下げた。
「すまねえ、先輩」
「……」
「いや、おれがもっとしっかりしてりゃ……」
「警察会社も探していたのだ。お前が探せなかったのも無理はない」
 老壮漢は鋼鉄を思わせる無表情のままいった。
「じゃあ……おれは行くぜ」
 彼は肩を落として式場を去った。

 スポンサーの来栖川芹香から依頼が来たのは先日のことであった。
 行方不明の女の子を探してくれ、というある意味、天下の武闘派集団には不釣り合い
な依頼であったが、そもそも藤田商事の本来の業務はその類の小さな事件を目的とした
ものである。気付いたら戦闘集団みたいに呼ばれているというだけだ。
 この依頼は、芹香がどこからか持ってきたらしい。この件には綾香が専務を勤めてい
る来栖川SPはタッチしておらず、他の民間警察会社が関わっていた。
 浩之はそっちと衝突するのを避けて、独自の情報ルートから探っていた。
 警察会社の情報収集能力は一個人のそれなどを超越したものがあるが、反面、いわゆ
る裏社会と呼ばれる方面へのそれを不得手とする警察会社も多かった。
 なんら後ろめたいことのない善良なる市民は警察会社の社員証明を持つ人間に安心し
て情報を提供するが、すねに傷持つ人々にとっては、自分に関係ない事柄でも「やぶへ
び」になるのを恐れて口を閉ざすのが常であった。
 裏社会の情報網というのは侮り難いものがある。警察などとはその形態が大きく異な
るために、警察が思いもよらぬルートから、思いもよらぬ情報を入手している場合が多
い。
 浩之はそこら辺のルートに入り込んで、金の匂いを嗅がせたり、脅かしたり、張り倒
したり、拝み倒したり、昔の恩を盾にしたりしながら幾つかの情報を集めていた。
 その矢先、芹香から中止命令が出た。
 捜索の対象が死体となって発見されたのである。
「ただいま」
 浩之が帰ってくると、マルチが机を拭いていた。
「おかえりなさい」
「おう」
 浩之はごろりとソファーの上に横になった。
「ヒロ、ちょっとヒロ」
 気が沈んでいるというのにやかましいのがやってきた。
「なんだよ」
「集めた情報をまとめてたんだけどね」
「そんなもん、もういらねえよ、燃やしちまえ」
 浩之は、投げ遣りにいった。
「これ見て」
 志保はそんな浩之に活を入れるように、強引に浩之の目の前に何かを持ってきた。
「……ったく、なんだよ……」
 ノートに写真が貼り付けてあった。それも、二十歳前の女の子の写真だ。その横に名
前と簡単な経歴などが書かれている。
「これは……」
「保科さんがあんたに頼まれてまとめておいた。……っていってたわよ」
「ん……そうか」
 そういえば、情報収集の過程で、目的の少女以外にも似たような年頃の娘さんたちが
行方不明になっているのが妙に気になって、智子にそのことを頼んだ覚えがある。
 一番上の写真は……先程葬式を挙げられた少女のものだ。その下で、あと二枚ほど行
方のわからぬ少女が微笑んでいる。
「これがどうした?」
「ちょっと見て気付かない?」
「は……まあ、みんな同じ年頃だな……それと髪型と顔立ちも似てるかな?」
「でしょ」
「……志保……まさかてめえ」
 浩之はなまくらになっていた眼光に鋭さを取り戻して、志保を見上げた。
「同一の犯人による誘拐事件……とでもいうつもりか」
「そうは考えられない?」
「どういう理由で?……昔の探偵小説で好みのタイプの女を集めて殺そうとした狂った
犯人がいたような気はするけどよ」
「理由までわかんないわよ……でも、行方不明になった時期も重なるし」
「小説かなんかの読み過ぎだ」
 浩之は子供を諭す頭の堅い大人のようにいった。もちろん、その言葉は志保の癪に触
った。
「あー、そうですか! いいわよ、あたしが独自に調べるからっ!」
 志保は浩之が寝ているソファーから離れて足音も荒く事務所を出て行った。
「ヒロのばーか!」
 最後にそう吐き捨てて行くのも忘れない。
「ええんか?」
 浩之が社長席に戻って憤然としていると、智子が微笑みながら……子供をあやすよう
にいった。
「いいんだよ」
 と、歯を剥くようにいった浩之だが、何も考えていないわけではない。
 浩之の見るところ、あの三人の行方不明事件(内一人は既に死んだが)を同一犯人に
よるものと決めるのは早計である。そういう意味で志保にいったことは浩之の本心であ
った。それに、ああいっておけば志保は自分を見返そうと思って奮励するであろう。よ
いことだ。
 今回ばかりは、志保は浩之の掌の上で踊らされているといってもいい。
 次回はどうなるかわからないが……。
「浩之さぁ〜ん」
「ん、どした。マルチ」
「行方不明といえば、御影さんも全然姿が見えないそうなんです」
「……ん、ああ、そうか」
 浩之は迂闊にも失念していた。そういえば、二週間ぐらい前にそんなような話を聞い
た覚えがある。
「見つかってねえのか」
「はい」
「ふうん……ちょっと主任のとこに顔出してみるかな」
 マルチがあまりに心配そうにしているので、浩之は我が身が暇になったのもあって、
そういった。
「あ、それでしたら私の方から連絡を入れておきます」
 案の定、マルチが嬉しそうにいったので、浩之は首を回しながら立ち上がった。少々
疲労は残っているが、この男は原則的に女の子(マルチはロボットだが浩之にとっては
立派な女の子である)のお願い、涙、笑顔には異常に弱い。
「浩之さん、主任が是非会いたいそうです」
 電話をしていたマルチが受話器を置いて、満面の笑顔でいった。
「おし、行ってくら」
 浩之は、来栖川電工本社ビルに向かった。

「ようこそ、藤田くん」
 開発部門の一角に今や専用の執務室を持つに至った長瀬主任が白衣を翻しつつ振り返
った。
「ども、御無沙汰してます」
「ま、かけたまえ」
 ソファーを勧めると、長瀬主任は自らコーヒーを入れてくれた。
 浩之は礼をいって、そのインスタントコーヒーを一口飲んだ。
「君はなぜ天下の来栖川電工の開発主任ともあろう人間がインスタントコーヒーなんて
飲むんだ。お前が飲むのは勝手だけど来客に出すんじゃねえよ……と、思っているよう
だが……」
「いや……別にそんなこと思ってないですけど」
「インスタントにはインスタントの味というものがある。まずいのだ、という意見もあ
ろう。しかし、私ははっきりいってインスタントコーヒーが一番好きなのだ。本格的な
蕎麦屋で出てくる蕎麦は確かに美味いが、立ち食い蕎麦屋の蕎麦にはまた別な味がある。
何十年も続いた菓子屋の菓子は確かに美味いが、駄菓子には駄菓子の美味さがある」
「は、はあ……」
「と、いうわけで、何もケチってインスタントを出すわけではないのだ」
「わ、わかりました」
「うむ……きちんと説明しないで私がドケチだとかいわれてはたまらんからな」
「はあ……あの……それで、御影のことなんですけど」
「ん……ああ、御影くんね」
 長瀬主任は、
「そうそう、それそれ」
 と、呟きながらソファーから立ち、デスクの方へと行き、戻ってきた時には数枚の紙
を手にしていた。
「一応、わかっている限りの彼のデータなんだけどね」
「ちょっと、見せて下さい」
「うん……どうも、我々が調査した限りではね、特に失踪に繋がるようなことは確認さ
れていないんだ。ただね……」
「ただ……なんです?」
「御影くんが配属されてた部署でね、来社しなくなった日の前日までは確かにあった器
具や工具がだいぶ無くなってたらしいんだよ」
「それって……つまり……」
「内部機密を盗まれたか、とは私も、御影くんの上司も思ったよ、でも、そういう外部、
特にライバル会社なんかに知られちゃまずいデータが引き出された形跡はない。御影く
んは膨大なコンピューターやロボット工学の知識を持っているが……それにしても、来
栖川電工のセキュリティを形跡を残さずに突破できるとは思えない」
「その、無くなったものってのは?」
「まあ、売り払えばけっこうな金額にはなると思うが……機密とかとは関係ないものだ」
「借金とかそっちの調査は……」
 借金とかいうものは、人間に思わぬ行動をとらせるものだ。浩之が知っている御影陽
介は会社の備品を持ち帰って売り払う、などという行為とは縁遠い男だが、借金に縛ら
れていたとしたら……何をするかわからない。
「一切、無しだね、むしろ同僚が三万ばかり借りてたぐらいさ」
「うーむ、サラ金ってことは?」
「彼がいなくなって二週間、その間、家には一度も戻っていないようだ。そうなると、
その手の人たちってのは遠慮なく会社に乗り込んでくるんじゃないのかな」
「……そうですね」
 会社にねじ込むぞとか、実家の御両親の方に話を聞いてもらいましょうか、などとい
うのは借金取り立ての時の常套文句である。そして、実際にそれを実行する場合も多い。
「我々としてもね……困ってるんだよ、それこそどこかに拉致されてるんじゃないかと
思ってね」
「拉致……ですか……でも、御影の両親とかのとこには何の連絡も無いんでしょ?」
「はは、身代金の要求ばかりが拉致の目的じゃないよ、特に御影くんのような将来有望
な技術者の場合はね……どこかに閉じ込めて洗脳してるって可能性だって無いとはいい
きれないからね」
「洗脳……ですか」
「うん……時間をかけてジワジワとやればほとんどの人は落ちてしまうらしいし、私の
親戚みたいにそんな能力を持った人間だってこの世の中には存在するんだからね」
「能力……って、超能力ですか?」
「おかしいかね、私のような科学者が……そんな非科学的なことをいって」
「いえ、知り合いに一人いますから」
「ほう……まあ、超能力は置いておいてだな、御影くんの失踪の理由が当方は見当もつ
かない状態なんだよ」
「でも、探してはいるんでしょう」
「もちろん……ただ、我々だけでは限界があってね」
「限界……」
「うん、もはや私とかなんてのは御影くんの同僚辺りから見ると、恥ずかしながら「雲
の上の人」らしくってねえ……あんまり洗いざらい話してくれているとは思えないんだ」
「なるほど」
「所詮、私なんて上層部だからねえ、学生だって友人の秘密めいた話とかを教師とかに
は話さないだろ。それと同じさ……教師をやってる親戚も似たような経験があるってい
ってたし」
「はあ……それで、おれに探れと」
「うん、丁度いいことに君は実際に御影くんとは同級生だったんだから、そういう方面
からさ……情報を集めて欲しいんだよ」
「わかりました。やってみましょう」
 浩之は立ち上がった。
「これ、貰ってっていいですか?」
 浩之は御影陽介のデータを手に取った。
「元々、君にあげようと思ってコピーしといたやつだよ」
「では、貰っていきます……あ、入る時に預けたガバメント返して欲しいんですけど」
「ああ、待っててくれ」
 しばらくすると、社員が一人、やってきて長瀬主任に何やら耳打ちしていた。
「藤田くん、喜べ」
「は、なんすか?」
 長瀬主任が取り出したごっつい銃に浩之はどことなく見覚えがあった。
「あの……これ……」
「君の銃だ。開発部の机の上に置いておいたら暇な連中が寄ってたかって改造してしま
ったらしい。物凄いパワーアップを果たしたぞ、七十四式戦車の装甲なら貫通するぐら
いの……」
「元に戻して下さい」

 浩之はすぐに携帯電話で雅史を呼んだ。いきなり訪問して情報を聞き出すのだから、
雅史のように人当たりのいい相棒が欠かせない。以前、単独でとあるやくざの部屋を訪
問したらヒットマンと間違われてドスを抜かれたことがある。
 浩之と雅史は御影と大学時代からの付き合いであるという来栖川電工の社員に会うこ
とができた。
 今は御影とは違う部署に配属されているが、御影が行方不明になる前はよく酒を飲ん
だりしていた仲らしい。
 その、湯島(ゆしま)という男と、浩之たちは昼休みに来栖川電工本社ビルのロビー
で会った。
「御影の高校の同級生でしたっけ?」
「ええ、そうです」
 浩之はとりあえず沈黙を保ち、雅史がにこやかにいった。
「御影の行方はね、おれにもわからないんですよ。何度も携帯に電話してるんですが、
いっつも電源がOFFになってましてね」
 湯島の口調素振りから、彼が本当に御影の行方を知らず、本当に御影のことを心配し
ているのが見て取れた。
「こっちが聞きたいぐらいなんですよ」
 そういって力無く苦笑する。
「なんか、いなくなる前に兆候は無かったんですか?」
 雅史が相変わらず穏やかな表情で問う。
「ま、ちょっと……ね」
「半年ほど前に会った時にあいつがいってたんですが……」
 浩之が身を乗り出しつついった。浩之が動くと、即座に雅史が身を引くように口を閉
ざす。
「ちょっと前から、メイドロボと一緒に住んでたらしいじゃないですか」
 浩之は、半年前どころか、高校を卒業してから一度も御影とは会っていない。これは
長瀬主任に貰った御影のデータから得た知識である。
「ああ……そのことね……」
 湯島の表情に僅かに影が差したのを浩之は見逃さなかった。
「えっと……なんていいましたっけ? 機種名はよくわかんないんですけど……確かあ
いつはフィーユとか呼んでましたけど」
「HMX―18型フィーユですよ」
「ああ、そうそう、その18とかいうのです」
 浩之は数字の方は本当に忘れていたので、うんうん、と頷いていった。
「そのメイドロボはどうしたんですか? 一緒にいなくなっちゃったんですか?」
「それは……」
「ん? 何か、まずいこと聞いてしまいましたか?」
「藤田さん、佐藤さん」
 湯島は居住まいを正して真剣な表情でいった。
「なんです」
「あなたたち、人間とロボットの間に愛情……互いに愛し合うような恋愛感情が存在す
ると思いますか?」
「……ありえるんじゃないですか。最近のメイドロボには精巧なものが多いし、人工知
能……っていってもおれはよくわからないんですが……その人工知能を搭載していて、
耳のカバーさえ無ければ人間と区別がつかないほどに表情豊かなメイドロボもあります
からね……実はうちの会社にも一人いるんですがね、これが馬鹿馬鹿しいほど人間味が
ある奴なんですよ」
 浩之は隣にいた雅史が釣り込まれそうになるほどに優しげな笑顔でいった。
 雅史だって、幼稚園の頃からの縁だけが理由で浩之と一緒にいるわけではない。
 例えガラが悪くとも、やくざと見間違えるような風貌になってしまっても、時々、こ
ういう笑顔を見せる浩之に惹かれて、着いてきたのだ。
「藤田さん……そろそろ昼休みが終わります。午後六時にここで待っていてくれません
か?」
「わかりました。待ってます」
 湯島が立ち上がったので、浩之と雅史も腰を浮かせた。
「では、失礼します」
 湯島は去っていった。
「浩之、あの人、何か知ってるみたいだね」
「ああ」