関東藤田組 英雄 前編 投稿者: vlad
 雅史と一緒に「スラム」と俗称される一角を歩いていた時にそれに気付いた。
 金網の上に日本警察の外勤警官の制服らしき上着が引っかかっていた。
「なんだ。これ」
 警官がチンピラに身ぐるみはがされたのだろうか。と、浩之は思った。数年前ならば
そのようなことをするのは覚醒剤でラリったような連中に限られたが、最近では、拳銃
目当てに警官を襲おうとする人間も多いとはいえないが、時々いる。
「浩之、あれじゃないの」
 雅史が微笑みながら指差した先には、空き地があった。ここら辺は、治安が悪いため
に好んで住もうという人間は少ない。
 そのために、時折、このようにぽっかりと空き地ができていることがあるのである。
 そこは、金網の上にゴールを取り付けて、ちょっとしたバスケットのコートと化して
いた。
 そのコートで、ガキに混じってボールを追っている大の大人を見付け、浩之は、
「なにやってんだ。あの野郎」
 と、苦笑しながら呟き、雅史を促して、そのコートにと向かっていった。
 がこんっ!
 と、ダンクシュートが決まった時、聞き覚えのある声が後ろからかかって、矢島は振
り向いた。
「よお」
「やあ」
 外見と雰囲気だけ見ると、どう見ても親友同士には見えぬ二人組がそこにいた。
「なんだ。お前らか」
「おめえ、ガキ相手にダンク決めてんじゃねえよ」
「う、うるせえな」
 呆れた口調でいった浩之に、矢島は恥ずかしそうにいった。確かに、大人気はなかっ
たかもしれない。
 しかし、ガキどもには大評判であった。
「すっげえ、ダンクだ!」
「なあ、お巡りさん、もう一度やってよ」
 矢島は、よし、と頷いて、
「お前らもどうだ」
 浩之と雅史の方を見た。
「おし、久しぶりにやるか。雅史」
「うん」
 かくして、浩之・雅史チーム対矢島・ガキどもチームの戦いになったわけだが。
 矢島を押さえれば楽勝と踏んでいたのに、ガキどもがけっこう上手い。
「雅史、止めろ! 奴を止めろ!」
 「司令塔」と、称してゴール前に陣取った浩之が、ボールを持った矢島からそれを奪
おうとする雅史に向かって叫ぶ。
 雅史も、大学までサッカーをやっていて運動神経は抜群だ。
 しかし、バスケに関してはやはり矢島に一日の長がある。
「なにやってんだ雅史、足だ! 黄金の左足を使え! おれが許す!」
「無茶苦茶いいやがるな」
 ボールをキープしながら矢島が呟く。
「浩之、勝負ごとにはこだわるから」
 にこにこ笑ってそういいながら、雅史もボールを奪う手を休めない。
 結局、三十分戦って、80─54で浩之たちが苦杯を舐めた。ボールを取ると、けっ
こういいコンビネーションで点を取るのだが、それ以上に矢島と、それから試合前は侮
っていたガキどもに点を取られてしまったのが敗因であろう。
「けっこうやるなあ、お前が仕込んだのか」
 と、試合後、缶ジュースを飲みながら浩之がいった。
「うん、時々な」
 ここで、「スラム」について触れておく。
 貧民街、という身も蓋もない意味があるこの単語で呼ばれる地域は東京にポツリポツ
リと存在する。今、浩之たちがいるのも、その一つであった。
 来栖川SPを初めとする、民間警察会社の多くが「安全保証料」という名目の料金を
払い込む「客」を中心に警察業務を行っている。
 近年では、どの民間警察も、創業当時よりも社員の一人一人が業務に馴れ、治安の悪
化とともに「客」が増大したこともあって設備の充実に投資がなされ、今や昔年の日本
警察に勝るとも劣らぬ働きを見せていた。
 安全保証料を払い込む「客」が一カ所に集まっていた方が、その安全を守るのに非常
に効率的なのは当然である。その観点から来栖川建設が建てた大型マンションに、来栖
川SPの「客」を住まわせるという試みがなされた。
 セキュリティー面での完璧を期したこのマンションには入居希望者が多く訪れた。中
には今まではどの民間警察にも加入していなかったが、これを期に、来栖川SPの「客」
になるという人間も多数現れ、新規の「客」の獲得にも大きな効果があった。
 効果のある商法はすぐに真似られるものだ。
 他の会社も、これに倣った。
 その煽りを食らったのが、安全保証料を払えるだけの収入が無い人々である。そうい
う人たちに対する「地上げ」が行われた。
 追いやられるように自然と一カ所に民間警察の庇護を受けていない人間が集まった地
域が「スラム」と呼ばれることになったのである。
 だから、そこに住む人は、決してその日の飯にも困るような貧乏人というわけではな
い。ただ、安全保証料が払えない、というに過ぎない。
 最近では「我が社では、安全を安く売ります」などというキャッチコピーで低価格を
前面に押し出している会社もあるが、まだまだ気軽に加入できるほどの値段ではない。
「スラムで凶悪な犯罪がもっと起きれば、加入者がもっと増える」
 と、発言したとある民間警察会社の重役に非難の声が集中した事件も記憶に新しい。
 「スラム」という言葉自体に侮蔑的な響きがあり、差別的な語感がある。
「やっとスラムから出られる」
 と、いう言葉は、治安の悪い地域から出られて安心だ。という意味の他に、自分が差
別される側から差別されない側、若しくは、する側に移動したことを喜ぶ意味がある。
 先の会社重役の発言は、それを故意に助長しようとする商業戦略的発言ではないか。
と、見るむきもある。
「こういうところにこそ、おれたちが力を注ぐべきなんだ」
 話はいつのまにか、矢島の語りとなっていた。この男、こう見えてなかなか心中に期
するところがあるらしく、「スラムの治安回復」のために安全保証料だとかそういうも
のに縛られない日本警察がもっと動くべきだ。という考えを持っているらしい。
 なかなか見上げた志であり、浩之などは、密かに、この男を見直したほどである。
「ま、なんかあったら声かけてくれや」
 浩之は矢島に協力を約束した。藤田商事のスポンサーである芹香の意志から外れては
いない、と思ったからだ。
 そもそも、芹香には、困っている人たちをできるだけ助けたい、という漠然とした思
いだけがある。それが藤田商事誕生の理由であった。
 浩之が今まで助けてやった人間はかなりの数に上るが、それでもまだ。「自己満足」
との嘲笑を回避できるほどの数ではない。芹香のことを偽善者だという者もいるだろう。
しかし、そうではない、芹香は薄汚れまくった浩之などには眩しいぐらいの純度の高い
精神を持っている。偽善者がいるとしたら、それは浩之であろう。
 所詮、一握りの人間しか救えていない。
 それは他人にいわれるまでもなく、浩之が痛感し、苦々しく思っていることだった。
しかし、神でもなんでもない浩之である。一握りでも人助けができれば上等ではないか。
と、思う。
 今はまだ芹香は来栖川グループではお飾りのようなものである。しかし、彼女の神秘
的な雰囲気に取り込まれて、彼女に心服している人間も段々と現れてきているらしい。
 いつか、先輩はやるだろう。
 浩之はそれを信じている。
 それまで、浩之は今の仕事を続けようとしていた。無論、芹香が後々まで引き続いて
やってくれといえば、その時は芹香を影から助けようと思う。
 偽善と罵る奴は勝手に罵れ!
 と、開き直れたのも実はつい一年ほど前のことである。
 偽善かもしれないが、その「偽善」で実際に助かっている人間がいるのだ。彼らは、
自分に「ありがとう」といったのだ。
 偽善で助かる人間もいるはずだ。
 そのことを信じて、今まで通り進んで行こうと、この「偽善者」は思うわけである。
「ところで藤田」
「あん?」
「雛山さんって知ってるか?」
「雛山……? どこのなんて雛山だよ」
「最近知り合ったんだ。おれは同じクラスになったことないんで知らなかったんだけど、
なんかおれらの同窓生らしいんだ」
「雛山理緒……か?」
「なんだ。知ってたのか」
 雛山理緒ならばちょっとした知り合いである。確か父親が早くに亡くなり、母親が病
身であるために苦しい家計を、バイトで助けていたなかなか感心な少女であったと記憶
している。
「お母さんをつい最近、亡くしたそうでな」
「え、そうなのか……」
 と、なると、今、理緒が一人で雛山家の家計を支えているのだろうか。弟や妹は皆、
歳が離れているはずだ。
「家、どこかわかるか?」
「会いに行くのか? 日中はあんまり家にいないっていうぜ」
「そうか……まあ、一応知っておきたい」
 矢島に、浩之は理緒の家の住所を教えてもらった。
「雅史、行こう」
「うん」
 浩之は雅史を促し、矢島に別れを告げて去っていった。
「すぐ近くだな」
 浩之は愛車の助手席で地図を広げていた。大体、車の運転はいつも浩之がすることが
多いのだが、今日は雅史がハンドルを握っていた。
 確かに、矢島に教えてもらった場所は歩いて行っても、そう遠くはない所であった。
「帰る前にちょっと寄っていこう」
「うん」
 やはり、気になる。いくらなんでも何人もの弟や妹を理緒一人で養うのは至難のわざ
であろう。特に、下の方はまだ学校に行っている年齢であろう。学費をどうしているの
か。
 サラ金なんぞに金借りてねえだろうな……。
 不安である。最近では借りてみれば、借りる以前とは利率が違っていた。などという
悪質な金融業者も多くなっている。ほぼ十中八九は暴力団が経営していて、「スラム」
に住む人間は、民間警察の傘の下にいないために狙われ安いのだ。
「ここら辺じゃないの」
 と、いいながら雅史は手頃なスペースを見付けて車を停めた。
 確かに、住所はこの辺である。
 やがて、浩之が、ここだ。と呟いて立ち止まった。
 ごくごく普通のアパートに見えた。ここら辺で、この程度だと家賃は一月五万から六
万といったところか。
「201だ」
 いいながら、浩之は階段を上り始める。
「浩之……」
 と、雅史が、いつも微笑を形作っている面上で眉をひそめていった。
「ああ」
 何やら声がするのには浩之も気付いていた。複数……おそらく二人の男と、一人の女
の声が確かに聞こえる。
 そして、その女の声に浩之は微かに聞き覚えがあった。
「うちに金さえ払い込めば安心して暮らせるんだ」
「いざとなったらおれたちが守ってやるからな」
 その声で、浩之は男たちの正体を悟った。まず、暴力団員であることは間違いがない。
そして今、彼らは「守り代」というものの集金中らしい。
「うちに金さえ払い込んでおけば、いざというときに守ってやる」
 と、その言葉通りならまことに聞こえはいいが、実際は、金を払い込まねば、他なら
ぬこの連中が、害をもたらすのである。一種の恐喝だ。
 アパートの廊下には、一目で堅気ではないとわかる男が二人いた。一時期、いかにも、
といったようなやくざはなりを潜め、ごく普通のサラリーマンと見分けがつかないよう
な連中が闊歩していたが、近頃では、このように故意にその筋の人間であると、姿で主
張する輩が多くなった。
 浩之は、こちらに後ろ姿を見せている女性の方を見た。密かに「触覚」と呼んでいた
特徴的な髪型のままなのですぐにわかった。
「おい」
 浩之は、いきなり喧嘩腰でいった。この男が眼光をギラつかせていると非常に人様の
恐怖心を刺激するのだが、本人は時と場所と相手を選んでやっているつもりである。
 つまり、今はやるべき時であり、場所であり、相手であるということだ。
「なんだてめえは!」
 芸の無い反応だ。と、浩之は思った。
 もっとも、ここであまり面白い、芸のあることをいわれても笑うわけにいかず、困っ
てしまう、と思い直したところで肩を掴まれた。
 喧嘩っぱやい連中だ。と、いっても、喧嘩っぱやさが売りのような生業である。怒ら
せたら何をするかわからない危険な奴ら、と思われた方が「商売」が上手く行くのだろ
う。
「守り代の集金かい?」
「誰だ……てめえ……」
「藤田商事の社長やってる藤田浩之って者だ」
「ふ、藤田って……」
 男たちは小声で二言三言言葉を交わしていたが、やがて男の一人が口を開いた。
「藤田の親分さんが何用ですか」
「ここさ、おれの知り合いなんだわ」
「……それで……」
「だから、守ってもらう必要ねえんだ。すまねえな」
「……そうですか。それは無駄足でしたね」
「そんな!」
 男はもう一人を片手で制した。
「兄貴、いいんですか」
「いいんだ。揉めたら潰される」
「そんな……連中だって普通の人間じゃないですか」
「……あそこには普通の人間は一人もいねえんだ」
「……そ、そうなんですかい」
 弟分らしい男の語尾が弱くなる。確かに、素手で拳銃を持った人間を叩き潰す奴がい
るとか、不幸の呪いをかける奴がいるとか、弾が体をよけていくヒットマンがいるとか、
物騒な噂は飽きるほど聞いているが……。
「失礼します」
 頭を下げて、去っていく男たちを見送りながら浩之はサングラスを外した。
「……」
「よっ」
「……やっぱり、藤田くんだ」
「久しぶりだな、理緒ちゃん」
「えっと……そちらは確か……佐藤くんよね」
「うん、何度か会ったことあるよね」
 一頻り、久闊を叙し合うと、理緒はぴょこっ、と頭を下げた。
「ありがとう藤田くん、助けてくれて」
「ん、ああ、かまやしねえって」
 御辞儀の際に、理緒の髪の毛の先端が目に入ったのだが、それについては何もいわず
浩之は鷹揚に笑った。
「そうか……矢島くんに教えてもらったんだ」
「ああ、お母さん、亡くなったんだってな……」
「私は大丈夫よ、あっ、そろそろ夕刊の配達に行かなきゃ」
「新聞配達してんのか、大変だな」
 新聞配達というのはけっこう過酷な仕事らしいが、理緒は高校生の頃からやっていた
ので今やお手の物なのだろう。……たぶん。
「それじゃ、おれらも引き上げるかな」
 浩之たちは連れだって階段を下りた。
 と、そこで、理緒は一階の101号室から出てきた男に親しげに声をかけた。
「あ、帆村くん」
 その男は、見たところ二十歳前後、線の細い、それほど特徴のない顔立ちをしている。
学生、というよりもフリーターであろう、と浩之は直感的に思った。
「こちらは?」
「帆村由影(ほむら よしかげ)くん、同じとこで働いてるの」
「へえ、そうなんだ」
「帆村くんもこれから?」
「うん、理緒さんもですか」
「うん、一緒に行こうか」
「はい」
 理緒とのやり取りを見ていると、ごく普通の好青年に思える。
「じゃ、理緒ちゃん、なんかあったら連絡してよ」
 浩之は、ポケットを探ってひん曲がった名刺を取り出すとそれを理緒に渡した。使う
こともあるだろうと思って作ったのだが、あんまり使用する機会もなく長いこと眠って
いたものだ。
「誰かしらいるから」
「うん、今日はありがとう」
「いやいや」
 浩之は手をパタパタ振りながら、路上の愛車に乗り込んだ。

 浩之が理緒と再会してから三日経った。
 その間、浩之は国籍不明の暗殺請負人を追って、撃ったり撃たれたりしながらハード
ボイルドな時に身を置いていた。
「大変だったわねえ」
 志保に冷やかされながら昼下がりのソファーの上で浩之は横になっていた。
「で、結局、そいつは死んだのね」
「おう、あっけねえもんさ、不眠不休で逃げ回ってたせいでビルの屋上から足踏み外し
て、ぺしゃっ」
 そういって、浩之は嘲笑った。その男と自分と、彼を追い掛けていた人間たちをまと
めて嘲るように。
「怪我は大丈夫なんか?」
 智子にそう尋ねられて、浩之は包帯が巻かれた右腕を掲げてみせた。
「掠っただけだよ、二十五口径弾だったからな、大したことはないさ」
「医者には行ったんやろ」
「おう、こんなもん消毒スプレーふってよ、包帯巻いとけばいいっていったんだけどよ、
どうしてもちゃんと病院で診てもらえって、あかりがうるさくってよ……ったく、電話
しなきゃよかったかな」
「なにいっとんねん。それで奥さんが安心するなら、診といてもらったらええんや」
「ヒロはただ単に綾香に貰った見舞金使いたくなかっただけでしょ」
「そ、そんなことはないぞ」
「そや、藤田くん、家にちゃんと金入れてるんか?」
「入れるも何も……」
 浩之は、断じて家に金を入れないようなやくざな亭主ではない。が、同棲時代に給料
日に痛飲し、酔っ払ってわけがわからなくなって家に帰ったら給料袋が空になっていた
という事件があり、とことん信用がない。
「あれは不思議としかいいようがない出来事だった」
 と、翌朝、志保と智子に糾弾されて、浩之はいったが、雅史によると真相はこうであ
る。
「だって、浩之ったら……その時、店にいた他の人たちの勘定まで払っちゃうんだもん、
てめえらあ、今日はおれのおごりだあ! なんていって……」
 当然、浩之は雅史をなじった。
「止めてくれよ、そういう時は!」
「だって……ぶん殴るっていうから……」
 その後、浩之はあかりと雅史に平謝りに謝ることとなった。
 この到底人格者とはいえない浩之の元で藤田商事が結束を保っていることこそ不思議
であろう。
 それから酒は控えるようになったのだが、にしても、一度失った信用というものは取
り戻すのが困難である。
「やっぱり銀行振込にした方がええやろ」
 と、いうことになり、給与は銀行振込になったのだが、その際、浩之には通帳も印鑑
も渡されずに、給与はあかり直通になった。
「ええか、神岸さん(当時はまだ未婚)藤田くんに渡したらあかんで」
「そうよ、ヒロに金の管理なんか任せたら駄目なんだから」
 ひどいいわれようである。自分だって高校生の一時期、親からの仕送りでやりくりし
ていたのだ。と、いってももはや信用失墜のため聞いてももらえなかった。
 それからというもの、家に金を入れるどころか、浩之の方があかりに小遣いを貰って
いる状況なのである。
「あかりのことだから、ヒロに通帳渡しちゃったりしてんじゃないでしょうね」
「それはありうるなあ、よし、今度聞いたろ」
 どうも話の雲行きがあまりよくないので、浩之はフラフラと給湯室にと逃れた。
 冷蔵庫を物色して麦茶など飲んでいると「ただいまですぅ」と、声がした。
「あ、浩之さん」
 少しすると、マルチが給湯室にやってきた。
「おう、お使いか」
「はい」
 マルチは持っているビニール袋からインスタントコーヒーやティーパックのセットな
どを取り出して、踏み台の上に乗って、それらを棚に乗せた。
 浩之は、マルチが買ってきたお茶菓子を摘み食いしつつマルチが立ち働く様子を見て
いたが、やがて、妙に家が恋しくなったのでさっさと帰らせてもらった。
 なにしろ、あかりとは三日間会っていない上に先程電話で少し話しただけである。
 その間、命懸けの殺伐とした仕事をこなしていただけに、今の浩之にはひたすらあか
りが待つ我が家が恋しい。
「わりっ、上がらせてもらうよ」
「はい、早く帰ってあかりさんを安心させて上げた方がいいですよ」
 入り口のところにいた琴音にいわれて、浩之は帰路を急いだ。
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