関東藤田組 藤田浩之改造計画 投稿者: vlad
「あ、領収書下さい」
 保科智子は会計の時にいった。
「藤田商事でお願いします」
 店内の空気が変じたのがすぐにわかった。
 さっきまでニコニコしていた営業スマイルがぎこちないものになったのを智子は見逃
さなかった。
 領収書を貰う度に、名刺を渡す度に、味わってきた気持ちだった。
 智子は足音荒く、一目で不機嫌なのがわかる様子で事務所に帰ってきた。
「あ、お帰りなさい」
 後輩たちの挨拶には答えず、智子は無言で皆を手招きした。
 ゾロゾロとみんなやってくる。
 琴音に葵にマルチに志保にレミィ。ほとんど全員が揃っていた。
「なによ」
 と、志保が全員を代表していった。
「みんな、この会社のことどう思うとるん?」
「はあ……」
 智子の表情、口調から、その問いがふざけた気持ちなどで発されたのではないことは
容易に知れた。
 皆、一応、真剣に考えた。
「うーん、けっこう居心地いいとこだと思うよ、なんといっても上司がいないってのが
あたし的には最高ね」
 志保がいった。
 一応、名目上のことをいえば、志保の上には社長というものがしっかりと上司として
存在しているのだが、彼女はそうとは認識していないらしい。
「時々ハンティングさせてくれるから大好きだヨ」
 レミィが瞳をキラキラさせながらいった。
「私、ここの雰囲気好きです。……それに、藤田さんのために働けますから……」
 琴音がいった。彼女は未だに「大したことじゃねえよ」と、恩人本人がいっている高
校生の頃の恩を返そうとしている。というより、返したがっている。
「私は、この会社で働いてから、とっても強くなれました。感謝してます!」
 葵にとっては修行の場であるらしい。
「ええっと、私は、みなさんがいるところで働けて幸せですぅ」
 マルチがにっこりと笑っていった。
「私は……ちょっと現在のこの会社のあり方に疑問を持っとる」
 智子は腕組みをしつつ、いった。
「あり方?」
「みんなは、この会社がどんなもんや思うとるん?」
「どんなもん……って……ぶっちゃけた話が、芹香さんの私兵でしょ?」
 と、志保が随分と露骨なことをいった。確かに、芹香と、それからその妹の綾香の出
資で成り立っている会社なので、そうともいえる。
「私は、うちの会社は、世間様に対して胸張っていられるとこじゃないと思う。……け
ど、後ろ指さされるようなとこでもない思うんや」
「どしたの、保科さん、なんかあったのお?」
 志保が訝しい顔をしていった。
「よう考えてみい、世間じゃ藤田商事はやくざみたいに思われとんのやで」
「うーん、それはまあ……」
「ニンキョードーに生きてるのネ」
「そんな、私たちはやくざとは違いますよ」
「わ、私も姫川さんと同意見ですっ」
「やくざさんだったんですか、ここ」
「なんとかせなならん、私ら、少なくとも弱いもんイジメはしとらん……はずや、そん
なみんなにおっかながられるようなことはしとらん」
「どうしてそんな風に思われているんでしょうか?」
 琴音が首を傾げた。
「考えてみたんやけど……原因は一つ、社長や」
「社長……って、ヒロのこと?」
「そうや……考えてみたら……うちの会社の社員のほとんどが二十代の女性や、で、私
も含めて、みんな容姿は水準より上や思う」
「うん」
 と、何の躊躇いもなく強く頷いたのはもちろん志保。
「佐藤くんも、すごく人当たりのええ人やし……」
「と、なると……」
「藤田くんしか考えられへん」
「で……どうするつもりなのよ」
「藤田くんを改造したんねん」
「はわわ、浩之さんをサイボーグにしてしまうのですか」
「違うっ!」
 一斉にいわれて、マルチは、あうう、と呟きながら小さくなった。
「藤田くんはどこにおんねん」
「雅史と一緒に応接室にいるわよ」
「なにしとんのやろ」
「さあ、なんかさっき男の人の首根っこつかまえてきて、その人を連れ込んだみたいだ
けど……」
 智子は、いやな予感を感じながら応接室のドアそっと開けた。
 床に、一人の男が正座をしていた。それと向かい合って雅史も正座し、男の後ろには
社長が相も変わらぬ無愛想な顔で突っ立っていた。
 男の顔には恐怖の色が濃厚に浮き出ていた。
 ブツブツと何かを呟いている。
 雅史が手帳にペンを走らせている。男のいうことを筆記しているらしい。
「も、もういいでしょう」
 男が青ざめた顔でいった。
「ああ、もういいよ」
「た、頼みますよ、あのこと」
「ああ、お前が喋ったってこと誰にもいわねえよ、それに、もし連中がお前に手ぇ出し
てくるようだったらおれが黙ってねえ」
「た、頼みます」
 浩之が頷くと、雅史が男を促して立ち上がらせた。
 やば、出てくる。
 智子はさっ、とドアから離れた。
 すぐに三人は出てきた。
 男は、やたらとペコペコ頭を下げまくって帰って行った。
「藤田くん、ちょっと……」
 と、智子が浩之に声をかけようとした時、丁度、電話が鳴った。
 智子は反射的に受話器を取り、先方と二言三言会話を交わしてから浩之を呼んだ。
「電話やで……五木の啓次っていえばわかるいうてるけど」
「ん……ああ、五木組の啓次か」
 浩之は、組、という言葉に顔をしかめた智子には気付かずに一番手近にあった電話か
ら受話器を取り上げた。
「おう……加島組とは仲良くやってるか? ま、仲良くは無理かもしれないけど、せっ
かくおれが仲裁してやったんだから蒸し返したりするんじゃねえぞ……なに……どうい
うことだ。確かにあそこの組長が約束したじゃねえか……野郎、ナメやがって……おう、
それで、向こうが手を出してきやがったんだな……よし、ちょっとお前ら、ここは辛い
かもしれねえが今日一日は耐えろ……おれの方から方々に当たってみるからよ……ああ、
もしお前のいうことが全部本当なら、おれだって黙ってねえよ、そん時は殴り込みだ」
 浩之はがちゃんっ、と荒々しく受話器を置くと、再びそれを取り上げた。
「おう、綾香か、本社にいて助かったぜ、すまねんだけどさ五木と加島の抗争の件につ
いてよ、そっちが掴んでる情報を教えてもらいてえんだわ、ああ、悪ぃ」
 電話先はどうやら来栖川SPの専務、来栖川綾香であるらしい。
「加島の野郎……おれのことナメやがって……」
 呟きながら受話器を置いた浩之の前に、智子が立っていた。
「おう、智子」
「やっぱり……」
「ん、どした?」
「やっぱりあんたが原因やないかあああああああっ!」
 お前はセバスチャンか!
 と、突っ込みたかったが、怖いので止めた。
「な、なんだよぉ」
「藤田くんのせいでうちがやくざみたいに思われるんやないか!」
「い、いや、しかしな」
「藤田くん、やはりあんたを改造せなあかんようや」
「へ、改造」
 風車がついたベルトしなきゃならんのか。
 と、ボケたかったが、怖いので止めた。

 三十分後。
 浩之は智子と一緒に街を歩いていた。
「おうい、智子、このままくっついてくるつもりかよ」
「そうや、藤田くんが真人間になるまで私が指導したる」
 浩之はいつもより背筋を伸ばして、横にいる智子に迷惑そうな視線を向けながら歩い
ていた。
「ええか、絶対に喧嘩したらあかんで」
「別に、おれだって年がら年中喧嘩してるわけじゃねえぞ」
 言葉を交わしながらぶらつく。
 最近、智子とこうして話すことも無かったので、それはそれでいいのだが。
「ほら、メンチ切っとるんやない」
「切ってなんかいねえよ」
「なにいうとんねん、どっからどう見てもメンチ切っとるやんか」
 なんにもしていないのに注意がつくのが鬱陶しい。
「智子、飯でも食おうか」
「うん、せやけど、店で暴れたらあかんで」
「んなことしねえよ……」
 二人は浩之が時々来るというレストランにやってきた。
「ふうん、ええ雰囲気やん、今度奥さん連れてきたったら」
「うん、そうだな」
「……なんか、随分お客さんがおるなあ」
「ホントだ。入れるかな?」
「満席やっても、座っている人たち脅かして追い出したらあかんで」
「……お前、おれのことをなんだと思ってるんだ……」
 幸い、カウンター席に二人は座ることができた。食事を終えて店を出た時、智子は、
精一杯伸びをした。久しぶりにこんな昼食も悪くはない。
「それで藤田くん、次はどこに行くんや」
「……」
 浩之は無言で、ある方向にギラリとした眼光を向けていた。
「どしたん?」
「あいつら、おれにガンつけてやがる」
 浩之の視線の先には二人の男がいた。二十歳になったかならないか、という程度の年
齢であろう。
「んなことでいちいち目くじら立てんでええやんけ、それがやくざやっちゅうねん」
「……」
 浩之は、正々堂々、真っ向勝負といった具合だ。
「ほら、行くで」
 智子は、浩之の腕を引っ張った。
 浩之はというと、依然として視線を外そうとしない。
 段々と男たちに近付いていく。智子としては、逆方向に行きたいところではあるが、
用があるのがそっちの方向なのである。
「よう、お姉さぁん、胸でかいねえ」
 それが智子に投げ掛けられた言葉であることを浩之は悟った。
「なんだと……」
 浩之も浩之で、導火線が短い。
 浩之はポケットに入れていた手を出して、男の前に立った。先方が手を出してきた途
端に反撃するつもりだ。一応、この男、口は幾らでも出すが、手を先に出すことは滅多
にない。
「止めぇや、藤田くん」
 智子が浩之と男たちの間に入った。
「でっかいなあ」
 男がにやりと笑った。
 浩之は息を飲んだ。
 男の手が智子の乳房を鷲掴みにしている。
 浩之は飛んだ。男たちと離れるように。
 浩之は物陰に隠れた。

「ええー、一応、あっちが先に手ぇ出したみたいだから、今回はこのこと不問にするけ
ど……さすがに、あそこまでやったら過剰防衛ですから」
「す、すんまへん」
 来栖川SPの社員に智子は頭を下げた。
「まあ、ここだけの話」
 と、声を潜める。
「あいつら、相当の札付きでね、密かに「いい薬だ」って私ら思ってますけどね」
「ご、ごめんなさい、私、怖くてしょうがなかったんです。怖くて怖くてわけわからん
ようになってもうて、気付いた時には……」
「いや、まあ、お気持ちはわかりますよ」
 目をウルウルさせた智子に来栖川SPの社員は優しく微笑んだ。
 役者やのお。
 事件は瞬く間に有名になった。
 現場を見ていたというとある組織の構成員は語る。
「やっぱりあそこは恐ろしいところだ。……まだあんなのがいたとは……」
 その声は微かに震えていたという。

 経理担当の保科智子による「藤田浩之改造計画」が凍結されたのと、社長の藤田浩之
が智子に、
「保科の姉御っ」
 と、いって、彼女を赤面させていたのとはほぼ同時期であると伝えられている。

          どうもvladです。
          今回は、軽い気持ちでスラスラ書けました。
          次回は雛山理緒登場編。近日中に完成すると
          思いますので読んでやって下さい。

 それではまた……。