いじめられっ子 投稿者: vlad
「おい、こら、さっさとしやがれ」
 浩之ちゃんが怒ってる。
 私が一緒に帰ろう、と誘っておきながら、うちのクラスのHRが長引いて、待たせて
しまったせいだ。
「おう、行くぞ」
 私が、教室から出てくると、浩之ちゃんはそれだけいって先に立って歩き出した。
「こわい」
 と、いう印象を浩之ちゃんに持っている女子はけっこう多いらしい。私も何度か、友
達からそういわれたことがある。
 志保も、時々、聞かれたことがあるらしい? 怖くない? って。
「あいつはああ見えても人畜無害よ」
 と、答えることにしているそうだ。
 でも、なんでそんなこと聞くんだろ。やっぱり浩之ちゃんって女の子から見て、気に
なる存在なのかな……。
「おい」
 その声と同時に、私は、何かにぶつかってしまって、慌てて立ち止まった。
 浩之ちゃんが横に伸ばした腕に触れてしまったのだと気付いた時には、頭を、ぺしっ、
と叩かれていた。
「ぼさっとすんなよ」
 そういわれてから、ようやく目の前に電信柱があるのに気が付いた。
「お前、歩いてて電信柱にぶつかる奴なんていねえぞ」
 浩之ちゃんが呆れた顔でいっている。……ものすごく恥ずかしい……。
「ヒロ!」
 後ろからの声に、浩之ちゃんは振り返ろうともしなかった。
「ちょっとヒロ!」
「し、志保も今から帰るとこ?」
 しょうがないので、私が立ち止まって振り返る。浩之ちゃんは数歩進んでから止まっ
た。
「あんた、今、あかりのこといじめてたでしょ!」
 志保がびしっ、と浩之ちゃんのことを指差した。
「なんだとお」
 浩之ちゃんは心外だといわんばかりに志保に食ってかかった。
「どこがどう、いじめてたってんだよ」
「あかりの頭を殴打してたじゃない」
「ちょっと軽く叩いただけだろうが、殴打、ってのはなんだ」
 いつものようにあっという間に口喧嘩になる。この二人の喧嘩はじゃれ合いみたいな
ものだけど、一応、止めなきゃ。
「い、いいのよ、志保」
「あああああっ! もう! あかりがそんなだからこいつが図に乗るのよ、駄目よ、こ
んな野獣みたいな男、尻にしくつもりでいないと!」
「おれは女の尻にしかれるつもりはねえぞ」
「ええい、あんたは黙ってなさい」
「志保、いいのよ、浩之ちゃんは」
「もう、あかりはこいつに甘いんだってば、こいつは根っからのいじめっ子なんだから」
 確かに、そうなのかもしれない。私って浩之ちゃんには甘いのかもしれない。
 それから、浩之ちゃんがいじめっ子っていうのも、当の浩之ちゃんは心外だ。ってい
う顔してるけど、ちょっと当たってるかな。
 志保は中学からの付き合いだから知らないだろうけど、けっこう小学生の頃は、私は
浩之ちゃんによくいじめられていた。と、いっても私にはそういう意識は無くて、友達
に「藤田くんにいじめられてること、先生にいったら」っていわれた時も「なんで?」
と、逆に聞き返した。
 私は、今でもそうだけど、小学生の頃も、いやなことをいやだといえない性格だった。
その友達も、私のそういうところを知っていたから、てっきり、私が浩之ちゃんにいじ
められても、止めて、といえずに泣き寝入りしているんだと思ったのかもしれない。
 でも、私は浩之ちゃんにいじめられたってなんとも無かった。それよりも、なんだか
嬉しかった。
「おめえ、なんでこの状況で笑ってんだよ、気持ちわりいな」
 そういって、浩之ちゃんの方が引いてしまったこともあった。
 確か、小学四年生ぐらいの時に、クラスの男子三人にいじめられたことがあった。
 その時は、泣きそうになった。
 なんで? こんなことするんだろう?
 そんなに私のこと嫌いなのかな?
 そう思っている内に、とても悲しくなってきた。
 これが浩之ちゃんだと、そういう疑問がほとんど浮かばない。やっぱり、心の繋がり
があって、浩之ちゃんは私のことが嫌いでこんなことをするんじゃない、っていうのが
わかっていたからだと思う。
 でも、これが浩之ちゃん以外の人になるともう全然駄目だった。全く、本心がわから
ないのだ。どういうつもりでこんなことをするのかが見当もつかない。
 その時、浩之ちゃんが来なければ私は泣き出していただろう。
 教室に入ってきた浩之ちゃんは、なにかおかしいと思ったのだろう。事態をオロオロ
と見守っていた私の友達と短く言葉を交わすと、こっちにとやってきた。
 その姿が妙に頼もしかったのが未だに記憶に残っている。
「おい、こら、お前ら、あかりをいじめるんじゃねえ」
 そういった浩之ちゃんに、私をいじめていた男の子たちは、馬鹿にしたようにいった。
「お前だって、いつも神岸のこといじめてるじゃねえかよ」
 と。
 だから、お前にいわれる筋合いはない。と、いいたかったのだろう。でも、浩之ちゃ
んはそれで引き下がるような人じゃなかった。
「うるせっ!」
 と、怒鳴って、いきなり手近にいた男の子の顔を殴ったのには、さすがに驚いた。
 続けて、また別の子を殴り倒した。
 その時、一番最初に殴られた子が、浩之ちゃんのことを後ろから羽交い締めにした。
 身動きがとれなくなった浩之ちゃんが殴られたのを見て、私はとうとう泣き出してし
まった。
 この一連の騒動で、最も信じられないことが起こったのは、その時だった。浩之ちゃ
んと一緒に教室に入ってきて以来、黙って見ていた雅史ちゃんが、浩之ちゃんを羽交い
締めにしていた男の子を横から殴っちゃったのだ。
 これには、私ばかりか見ていた人全員が驚いたようだった。雅史ちゃんが人を殴るな
んて、そんなこと起こるわけがないと思っていたことが起こってしまったのだ。
 人を思いっきり殴ったのはあれが最初で、今のところ、それ一回きりだ。って雅史ち
ゃんが笑いながらいったのは、ごく最近のことだ。
 自由になった浩之ちゃんは自分を殴った子に物凄い形相で飛び掛かった。もつれて倒
れて転がって、最後に上になったのは浩之ちゃんだった。
 下になった男の子は、両手を浩之ちゃんの足で押さえられて、顔が無防備になったと
ころをガンガン殴られて、泣き出してしまった。
 私たちが小学生の頃って、子供の喧嘩は、先に泣いた方が負け、っていう暗黙の了解
みたいなルールがあった。
 浩之ちゃんも、その子が泣いてしまったので、殴るのを止めて立ち上がった。
 けど、その時に、思いっきり倒れている子の顔を蹴っ飛ばした。
「あいつは、子供の頃から喧嘩の仕方がえげつなかった」
 と、いわれるのはこのためである。でも、私は、私を思う余りの行動だと……思いた
い。
「いいか、てめえら!」
 残りの二人は、すっかり意気消沈してしまって戦意を無くしてしまっていた。
「あかりをいじめていいのはおれだけだっ!」
 これ、私の中では「浩之ちゃん名言集」に入っている。

「イジメよイジメよ、外道よ、極悪人よ」
「ええい、うるせっ! カタカナで書くな、なんかリアルじゃねえか!」
 私が回想している間に、浩之ちゃんと志保の間がなんだかすごいことになっている。
「い、いいんだってば、志保」
「そうだそうだ。あかりもこういってるぞ」
「浩之ちゃんは、私のこといじめていいんだよ」
 私は二人のことを真っ直ぐ見ていった。心からの気持ちだった。
 浩之ちゃんも、志保も、私のことジッと見てる。
「お前……犬扱いされてもなんか嬉しそうなんでもしや、と思ってたけど……いや、お、
おれはそこまでSの気はねえぞ」
「……まあ、あかりがそういう趣味があるなら……」
 二人とも、喧嘩を止めたようだ。よかった……。
 
 いいのか?
                                   終

             どうもvladです。なんか「関東藤田組」
          引っ張っちゃったのか、浩之がガラ悪そうで
          す。でもLF97での第一印象が、「うお、
          こいつガラ悪そうだな」だったんで……もう
          駄目です。ガラのいい浩之を書くのは不可能
          です。

 それではまた……。