リーフサイダー 投稿者: vlad
 かつて地上のあらゆる人間を巻き込んだ大戦において勝利を収めた「リーフ」は一時、
地上を支配したが、やがて本来あるべき世界へと帰って行った。
 「神とその使徒たち」
 「地球外から来た高度の文明を持った知的生命体」
 「十八禁とプレステのゲームを作ってる会社」
 などなど、その正体については未だに諸説が入り乱れてはっきりとはしない。
 ただ、はっきりしていることは、先の大戦において「リーフ」の下で、その覇権の確
立のために戦った者たちが、「リーフ」が去った後の地上を治めているということであ
る。
 常人離れした能力を持った彼らを、人々は敬い、恐れ、こう呼んだ。
 「リーフサイダー」(リーフの側の人間)と!

「ここの村も老人しか残っていないのか……」
 柏木耕一は、若者の影が全く無い村の風景を見ながら呟いた。
 村の老人たちは、若い人間を見るのも久しぶりなのか、頻りに耕一を珍しそうに眺め
ていた。
「浩之め……本気だな……」
 耕一が口にしたのは、かつての戦友の名であった。あれほど頼りになった男を敵に回
して戦うことになるのかと思うと、さすがの耕一も緊張を押さえることができない。
 一対一ならば自分が勝つ、と耕一は思う。
 だが、組織戦になれば、奇妙なカリスマを持ち、多くの人間を従えている浩之を倒す
のは容易ではない。
 これまでも、このような村を通ってきた。
 そして、そこで聞いた話はどこも同じ内容だった。
「藤田浩之の命令を受けた兵隊が若い男女を連れていってしまった」
 と。
 ここもおそらく同じだろう……。
 今、楓ちゃんと初音ちゃんが話を聞きに行っているところだ。あの二人は、妙に老人
受けがいいのだ。

「耕一さんが……動き出したのか」
 浩之は、寝室で斥候の報告を受けてさすがに面持ちを改めた。
 動ずることなし。
 と、いわれたこの男も、あのリーフサイダーの中でも強い力を誇る「痕」と呼ばれる
一派と敵対するとなれば不動ではいられない。
「耕一さんたちと敵対するのは仕方がない。それよりも、「雫」……祐介との同盟を確
立しなきゃならねえ、耕一さんだって……祐介を取り込もうとするだろう」
 浩之はブツブツいいながらクマグッズだらけの室内をウロウロと歩き回った。
「耕一さんたちは……祐介に会いに行こうとしているに違いない……だとしたら、早急
に足止めをしないと……」
 浩之は、思案し、やがて指を鳴らした。
 丁度いいのがいるのを思い出したのである。

「あっ、これはあかり様、おはようございます」
「はい、おはようございます」
 恭しく朝の挨拶をする衛兵たちに、丁寧にお辞儀を返しながら、神岸あかりは浩之の
居城の中を歩いていた。
「あっ! あかり様、昨夜は恐れ多くも夜食の差し入れなどしていただいて、まことに
光栄の極みです」
「おれ、感動したっす! あかり様のためなら死ぬっす!」
 夜番明けの衛兵に感謝されてあかりは頬を軽く染めていた。
「やっぱり可愛い……」
 それを柱の影から見つめる一人の男。
「ああ、神岸さん……」
 そんなことをしているのはただ一人。いわずと知れた矢島(チョイ役)である。
「おい」
「いいなあ……髪を下ろした髪岸さんも可愛いなあ」
「……おい」
「くっそお、おれも今度、夜番に代わってもらおう」
「……おいっ!」
「えっ……」
 後ろからの声にようやく気付いた矢島が振り返ると、そこにはこの城の主が立ってい
た。
「おれのあかりを見るんじゃねえっ!」
 ばこんっ!
 矢島は自己流パンチを食らって空を舞った。
「全く……油断もスキもねえな」
 足下で鼻血の海に突っ伏した矢島を踏みつけながら、浩之はいった。
「な、なんだいきなり」
「お前に任務を与える」
「え、任務……」
 矢島は意外、といった表情で返した。「チョイ役」と呼ばれるリーフサイダーの中で
も下っ端の彼に「主人公」である浩之から直々に命令が下されるなどということは希有
のことであった。
「一体なんの……」
「ある連中と戦って、足止めをして欲しいんだ」
「ある連中って……」
「「痕」の一派だ」
 矢島はゴクリと唾を飲み込んだ。リーフサイダーの中でも抜きんでた戦闘能力を持つ
集団である。無理もない。
「そ、そんな……」
「足止めでいいんだ。もし、足止めに成功したらあかりの写真を所持することを許可す
る」
「ほ、本当か!」
 あかりの写真数枚を隠し持っていたのがバレて半殺しにされたのはつい先月のことで
ある。もちろん、写真も没収された。
「ああ、それから……まかり間違って彼らを倒すことができたら「脇役」の称号を授け
る」
「ええっ!」
 脇役。
 なんかあんまり貰っても嬉しくないように思われるかもしれないが「チョイ役」の矢
島にとっては破格の報酬なのである。
「頑張れよ、相棒も一人つけるからよ」
 浩之は、にっこりと微笑んでいった。普段は絶対にしない表情がかえって不気味であ
ったが、希望に胸膨らませる矢島はそれに気付いてはいなかった。

 結局、耕一たちはその村で一夜を明かすことになった。村の長老が楓ちゃんと初音ち
ゃんをいたく気に入ったらしく、泊めてもらうことになったのである。
 その日は、梓が腕を振るった御馳走が並べられ、この上もなく楽しい夜となった。
「こんなに楽しかったのは久しぶりじゃ」
 と、嬉しそうにいって、すぐに寂しそうな表情をした長老が印象的だった。
 この楽しい時間が明日の朝までだということを知っているのだろう。
 翌朝、耕一たちは荷物をまとめて村を出ようとした。
 二人の男が立ちはだかったのはその時である。
「んん?……どっかで見たことあるな?」
 耕一は目を細めて彼らを見やった。
「ふはははは、「痕」の一派だな!」
 男の一人が叫んだ。もちろん、矢島である。
「……やっぱ強そうだな……おい、大丈夫なのか」
 と、彼に囁いたのは今回の任務で矢島の相棒になっている橋本である。
「なにいってんですか、先輩、奴らに勝てば「脇役」になれるんですよ!」
 矢島が声を励ましていう。やる気を出させるために浩之はそういったのだが、薬が効
き過ぎて、今や「足止めでいいんだよ」ということはすっかり矢島の頭から消えている。
「そ……そうだな、いっちょやってやるか! あの男さえやっちまえば後は女ばっかり
だしな」
 と、橋本先輩、いまいち敵の実体がわかっていないらしい。
 しかし、この際、無知は勇気の原動力であった。
「覚悟しろっ!」
 矢島が上方に跳躍した。同時に橋本が地を這うように走り出す。
「この動き、こいつらリーフサイダーだよ!」
 梓が身構えつつ叫ぶ。咄嗟に後ろに初音をかばっているところはさすがお姉さんであ
る。
「チョイ役みたいですけどね」
 構えもとらずに平然と千鶴さんがいった。
「あの程度ならおれ一人で大丈夫だな、任せて」
 耕一は無造作に進んでいく。
 矢島と橋本は、交錯した瞬間、衝撃を受けて二人まとめてふっ飛ばされていた。
 二人が状況を把握する前に耕一は距離を詰めていた。
 危険を察知した二人はすぐに腕を上げてガードした。
 だが、すぐにその表情が歪む。
 手を何かが伝わってくるような奇妙な感覚。血液の中に何かが入り込んだような違和
感。
 二人は見た。耕一の右腕の肘から先が消えているのを。
「鬼魔血破弾!」
「ウギャーッ!」
 ありがちな悲鳴を上げながら矢島と橋本はふっ飛んだ。

 鬼魔血破弾とは!
 光の粒子と化した腕を敵の毛細血管の中に入り込ませ、心臓をつきやぶる必殺技。
 これは、人でありながらエルクゥの力を手に入れた次郎衛門の生まれ変わりである耕
一にしかできない技である。

「何分もった?」
 浩之は、見た目は冷静な表情のまま、目の前に跪く男に問うた。
「はい……十秒ほどです……」
 浩之の目が研ぎ澄まされた刃物のように光った。
「……全然、足止めになってねえじゃねえか!」
「荒れてるわねえ、ヒロ」
 怒り心頭に達した浩之に軽口を叩ける存在は少ない。そして、浩之を、ヒロ、などと
呼ぶ人物となると、一人に限られる。
「志保か……」
「どうしたの?」
「どうもこうもねえよ、矢島と橋本先輩を耕一さんたちの足止めに行かせたんだ。そし
たらあっさりやられやがった」
「ふうん……ねえ、ヒロ、あたしが行ってこようか?」
「な、なに」
「あたしが行ってこようか? っていってんのよ」
「でも、お前、相手は耕一さんたちだぜ」
「ふふふん、志保ちゃんの新必殺技を試してみたいと思ってたとこなのよねえ」
「なんだと……」
 新必殺技、という気になる言葉に、浩之は、表情を真剣なものにして志保と向き合っ
た。
「行ってくれるか?」
「ヤックおごりだかんね」
「おう、ヤックでも焼き肉でもフランス料理でもおごってやらあ」
「気前のいいことで」

 耕一たちは、矢島と橋本を一蹴した後も旅路を歩んでいた。
 目的は、浩之が睨んだ通り、「雫」の頭領、長瀬祐介との会見であった。
 個人個人が高い戦闘力を持つ「痕」の面々だが、浩之が率いる「To Heart」
は、なんといっても数が多い。その野望を阻むのには「雫」との連合は欠かせないのだ。
「ここいらで飯にしようよ」
 梓の提案に、耕一は頷いた。そろそろ、腹が減ってきた。
「初音、水くんできて」
「うん」
 初音は、梓にいわれて近くの河に水をくみに行った。
「らんらら、らん♪」
 鼻歌を歌いながら、バケツに水を入れた初音は、背後に人の気配を感じて振り返った。
「はぁーい、お久しぶりね、初音ちゃん」
「……志保、さん……」
 呆然と呟いた初音は、すぐに立ち上がって、警戒しながら志保との間に距離を取った。
「な、なんで……ここに……」
「うふふふ……もちろん、あなたを人質にするためよん」
 初音は身を震わせてジリジリと後ずさった。
「ふふ、観念しなさい」
「待てい!」
 その時、どこからともなくやってきて、初音と志保の間に降り立った男がいた!
「初音ちゃんには指一本触れさせんぞ」
「こ、耕一さん!」
 予期せぬ耕一の登場に、今度は志保が後ずさる番だった。
「お兄ちゃん!」
「初音ちゃん、大丈夫か」
「うん」
「耕一さんが初音ちゃんをストークしてるって噂は本当だったのね」
「ちっがーう! おれは、初音ちゃんが水の入ったバケツを持つのは重いだろうから手
伝おうとしただけだ!」
「ええーっ、うっそお」
「ホントなのっ!」
 耕一は、やや不自然なほどにムキになって否定した。
「どうしたんですか! あっ!」
 騒ぎを聞きつけてやってきた千鶴さんたちが、志保の姿を見付けて身構える。
「志保さん……あなた」
「あら、これはこれは、痕人気ナンバー1の千鶴さんじゃないですか」
「あら、まあ、正直ねえ」
「よくいわれます。そういえば千鶴さんって年増のくせに人気あるのよねえ」
 禁句その一が炸裂した。
「そんで偽善者で、寸胴でしょ」
 その二、その三が立て続けに浴びせられる。ついでにその四。
「胸も無いんですよねえ」
「耕一さぁん」
「は、はい、なんでしょうか」
「私がやりますから、手出ししないで下さいねえ」
「は、は、はいいいいっ!」
 耕一は、なぜか敬礼した。
「うっわあーっ、志保の奴、どうなっても知らないぞお」
 と、いいつつ岩場の影に隠れる梓たち。
「うふふふ、いらっしゃい、年増で寸胴で偽善者で貧乳の千鶴さん」
 志保がまた煽る煽る。
「覚悟はできてるのよねえ」
 妙に優しい笑顔の千鶴さんがひたすら不気味である。
「ふふふ」
 志保はにやにや笑っている。
「ん……なんか聞こえないか……」
 耕一がいったが、他のみんなには聞こえていないらしい。
「え、なんにも聞こえないけど」
「……私も、聞こえません」
「うん、聞こえないよ」
「いや……聞こえる。これは……呪詛の……恨みの声だ……「主人公」のおれにだけ聞
こえるということは……まさかっ!」
 耕一は、一瞬の躊躇いもなく飛び出した。疾走して千鶴と志保の間に立つ。
「耕一さん!」
 志保の手から伸びた黒い光が耕一に衝突したのは次の瞬間であった。途端に耕一の体
が後方にと強く押される。
 なんとか踏ん張ろうとしたものの、それは無駄であった。その踏ん張りは、地面に二
筋の線を引いただけのことであった。
 結局、踏ん張りきれずに岩壁に激突した耕一は、呻きながら起き上がった。千鶴が、
心配そうにこっちを見ている。
「千鶴さん、気をつけろ、二発目が来るっ!」
「えっ!」
 耕一の声に、慌てて志保の方を見た千鶴は絶句した。微かにだが、黒い光が志保の周
りに漂っているのが見える。
「行くわよお」
「よけろ! 食らったら終わりだ!」
「怨霊散弾!」
 叫ぶと同時に、志保の手先に収束した黒い光が一直線に千鶴目がけて飛んだ。

 怨霊散弾とは!
 かつて人気ヒロインたちの影に隠れて、ほとんど騒がれることなく消えていった不人
気ヒロインたちの魂が、恨みを持ち、怨霊と化して空中を漂っているのを集めて負のエ
ネルギー弾として撃ち出す技である。
 その威力は、術者の人気の無さに比例して増大する。

 千鶴はなんとか志保の怨霊散弾をかわした。しかし、気を抜くことはできない。人気
投票一位の千鶴さんは、あれを食らっては一撃で滅殺されるだろう。
「梓!」
「な、なんだ!」
「お前もあの技を使うんだ! あの技は人気の無い奴が使うと絶大な威力を発揮する!」
 ばこんっ!
「なんだと、てめえっ!」
「んなこといってる場合じゃないだろ、このままじゃ千鶴さんが」
「……わかったよっ! やりゃあいいんだろっ!」
 梓はほとんどヤケになって志保の前に立った。
「うっ……痕で一番人気の無い梓さんね」
「……怨霊散弾!」
「くっ、なんの!」
 互いの技が食い合って凄まじい音と光を立てる。
「うおおおおおお!」
「うぬぬぬぬぬぬ!」
「……なあ……」
「な、なによ……」
「なんか……虚しくないか……この戦い……」
「今さっき、それに気付いたとこよ……」
「自分を傷付けてるだけのような気がするんだけど……」
「ふふん、奇遇ね、あたしも物凄くそう思ってたとこよ」
 二人の間から、黒い光が消えた。
「今日のところは痛み分けね!」
 志保は、なぜかいつのまにか身につけていたマントを翻して飛翔した。
「あ、待ちなさい!」
 千鶴さんが追い掛けようとした時には、その姿はどこにも見えなかった。
「くきぃーっ! あの子ったら、今度会ったらしっかりとお仕置きしてやるんだからあ」
 地団駄踏む千鶴と関わり合いにならないように、耕一は素早く梓の方へと向かった。
「耕一〜〜〜っ!」
「梓、すまなかった」
 いきなり頭を下げた耕一に、梓は戸惑った。怒りの形相が半分ほど照れ臭そうな表情
に変わる。
「な、なんだよ」
「今回は、お前に辛い戦いをさせてしまった……」
「べ、別に、そんな改まっていわなくても……」
「おれは人気が無くても胸がある梓が好きだ」
「……真面目な顔して馬鹿なこといってんじゃないっ!」
 岩壁にまで飛ばされた耕一は「好きだぜ、梓」と、作者の声を代弁しつつ落ちた。
「梓、今回はあなたに助けられたわね、大丈夫、疲れた?」
「な、なんだよ、千鶴姉、いきなり優しいな」
「疲れたんなら御飯は私が作るから」
「疲れてないっ!」
 楓と初音がコクコクと頷いていた。

「無様だな、志保」
「くっ……返す言葉もないわ……」
「ヤック、お前のおごりな」
「ぐぬぬぬぬ、志保ちゃん一生の不覚」

 かつて「リーフ」の元で戦った人々を、人々は敬い、恐れ、こう呼んだ。
 「リーフサイダー」(リーフの側の人間)と!
                             続かないです

                    どうもvladです。
          今回の元ネタがわかった人には「巻来サイダ
          ー」の称号が本人がいやがっても無理矢理贈
          られます。

 それではまた……。