関東藤田組 プレゼント 投稿者: vlad
 ある日の昼下がり、とあるデパートのあるフロアのある一角で、店員の間に緊張した
雰囲気が漂っていた。
 そのフロアは子供を対象にした品物が置いてあり、その一角はゲームやぬいぐるみな
どの玩具が陳列されているところだった。
 緊張の元が、動いた。
 店員たちは一斉に顔色を改めて、その動作を見守った。
「おい」
 と、それはある店員に声をかけた。
「は、はい、なんでございましょうか」
 徹底的に鍛えられた営業スマイルを面上に浮かべて、店員はいった。その視線の先で、
サングラスをかけた男がどこかを指差した。
「あれをくれ」
「はい……これでございますか」
「おう」
「はい……少々お待ち下さい」
 店員は「それ」を棚から下ろして、包装しようとしたが、なにしろ巨大なので手こず
っている。
「いや、いいよ。そのままで」
 男が手を振っていった。
 店員は、正直、これは無理なのではないか。と思っていたところなのでこれ幸いと目
を輝かせて男を見上げた。
 下から見上げた時に、僅かに覗く目が、思ったよりも柔らかい光を帯びているように
思えた。
「紐かなんかないか?」
「は、はい、ございます」

 繁華街の路地裏などというものは大体薄暗く、汚く、なにやら妙な臭いが漂っている
ところと相場が決まっている。
 夜になれば、チンピラ風の男が、虚ろな目をした人間と、金と薬を交換している風景
も見られる。
 昼間でも、トルエンなどの売買は行われている。表通りに立つ売人に声をかけると、
手近の路地裏へと売人が消え、その後を追うと、その場で取引が行われるという手順が
多いようだ。中には合い言葉などを決めている用心深い連中もいる。
 恐喝などの類も多い。今、そこで展開されているのが正にそういう光景であった。
「一辺、吸ってみろや」
「一瓶、五万でいいからよ」
 と、いっている男たちの手に、五センチ程度の瓶が握られていた。薬局などで売って
いる健康ドリンクの瓶にトルエンを入れて販売しているらしい。
「い、いりません」
 そう、歳はいっていない。一見、高校生にしか見えぬ少年が、震えながら首を振った。
しかし、男たちにとっては少年の拒絶はなんの効果も無かった。
 いきなり、右の奴の蹴りが腹に来た。呻く間も与えられずに左の方から第二撃が襲い
かかってきた。
 壁に背をつけた少年は、ズボンのポケットから財布が抜き取られたのを感じた。
「素直に買ってりゃこんな目にゃ合わなかったんだ」
 いいつつ、男は財布を物色する。
「おい」
 その声の元へと目をやった男たちは、瞬間、呆然と目を開いていた。
 くまだ。と、思った。
 実際、それが一番最初に目に入ったのである。その下にいる男に気付いたのはその後
のことであった。
 大の男が馬鹿でかいくまのぬいぐるみを背負っている。と、正しく理解するのに、さ
らにもう少し時が必要だった。
「なんだ。てめえは!」
「邪魔なんだよ、どけ」
 確かに、肩幅よりも遙かに横幅のあるくまのせいで、道幅ギリギリである。
「それ以前に、おれの縄張りでつまらんことするんじゃねえ」
「縄張りだと……ふざけやがって」
「そうだそうだ。ここいら一帯はおれらのシマなんだよ」
「なにぃ……」
 くまを背負った男の、ただでさえ目つきの悪い目が、ギラリと物騒な輝きを放つ。
「おめえら、どこの組の者だ」
「どこのもんだっていいだろうが、おっさんよお」
 二人の男は双方、二十歳以下らしい。一方のくま男は見たところ二十代半ばといった
ところであろう。
「おっさん……だと」
 確かに年上だが、そこまでいわれるほど年寄りではない、と男は自負していた。
「ちょっと礼儀を教えてやるぜ」
 男たちは、彼を新たな獲物と決めたのか、ジリジリと近寄ってきた。
「まずいな……」
 なにも重荷が無ければ、肉弾戦でこいつら程度を叩き伏せるのはわけはないのだが、
今は背中にくまが乗っている。
 男たちの手元でジャックナイフが光った時、決意した。あまり使いたくはなかったが
仕方がない。
「待て!」
 と、一喝して足を止めておいて、懐からコルトガバメント(改造モデルガン)を抜き
出す。
「あっ」
 と、いう間だった。
 パン。
 と、一発。
 男の一人が、崩れ落ちた。
 パン。
 と、もう一発。
 もう一人が同じように崩れる。
「わりぃな、こいつを汚したくねえもんでよ」
 足下で、両足を押さえてうずくまる二人の男は、それぞれ足に弾丸を食らっていた。
「おれは、この先のビルに入ってる藤田商事の藤田浩之だ。文句があったら掛け合いに
来い。そん時の気分によっちゃただじゃ済まないけどな」
 男たちの顔は全く色を失った。
「おい、聞いてんのか?」
「こ、殺さないで……」
 もう一人は声を発することもできない。
「ここら辺で顔見たら、命の保証はできねえぞ」
「は、はい、もう二度と来ません」
「うん、さっさと医者行きな……おれの名前ゲロすんじゃねえぞ」
 最後の一言にゾッとするような凄みをきかせて、浩之はガバメントを収めた。
「おい、財布」
 男が、震えながら差し出した財布を手にして、浩之は視線を転じた。
 しかし、その視線の先には誰もいない。
 どうやら、持ち主は逃げてしまったらしい。
「しょうがねえなあ」
 財布に学生証が入っているのを見付けた浩之は、落とし物として交番に届けておけば
いいだろう、と考えて財布をポケットに入れた。
「なに見てんだよ、てめえら」
「ひいっ!」
「いっておくがな、決しておれはネコババするわけじゃないぞ、きちんと後で交番に…
…」
「そ、そ、それは藤田さんに差し上げます。納めて下さい!」
「おい……勘違いするなよ……」
「そ、それでは、我々はこの辺で!」
「し、し、し、失礼しますっ!」
 壁に手をついて、ひょこひょこと逃げていく男たちの背中に、浩之は声をかけようと
はしなかった。
 浩之は溜め息を一つついて、路地裏から表通りへと出ようとした。
 今まで、できるだけ人気の少ない裏通りを選んで歩いてきたが、会社に戻るにはどう
しても目の前に開ける人口密度の高い道を歩まねばならない。
「ええい! 行ってやらあ」
 浩之は意を決して、足を前に出した。
「お母さん、くまさんだ!」
「指差すんじゃありません!」
「なぁに、あれ……」
「中に麻薬でも隠してるんじゃないのか?」
「あんまりジロジロ見るなよ、やばいって」
 世間の目はけっこう冷たかった。
 浩之は愛車を雅史に貸してしまったことを死ぬほど後悔した。
 ほんの三十メートルなのだが、それが長い長い。
 「なに見てんだてめえら、おう」というオーラを全身から発しているために、近付い
てくる者は稀だが、時々ガキが背中のくまに触って母親に引き剥がされたりしている。
 もう少しだ。もう少し。
 浩之は「3F 藤田商事」という看板を上方に見ながら思った。
「藤田浩之さんですね……」
 前に立ってそう問うた男に浩之は、
「そうだけど」
 と、面倒そうに答えた。今にもビルに入ろうという時に呼び止められて非常に気分を
害していたのも事実である。
「藤田ぁぁぁぁ!」
「!……」
「往生せいやあ!」
「うお! マジかよ!」
 マジであった。
 男の手にロシア製のハンドガン、トカレフが握られていた。一時期、安価に入手でき
るというのでその筋の人間たちの間で話題になり、これを使用した事件が頻発したため
に新聞やニュースでも騒がれたことがある。
 浩之は、咄嗟に懐のガバメントに触れたが、その時、既に男は銃を構えていた。
 この距離だ。そうそう外れまい。
「このっ!」
 浩之は思いっきり身をよじって体勢を低くした。上の方で、
 ピイッ!
 と、短い音がするのが聞こえた。何度か聞いたことがある。銃弾が空を切る音だ。
「野郎っ!」
 ガバメントを抜き放った浩之は即座に照準して引き金を引こう、と、したのだが、体
勢が崩れてしまったために、背中のくまが後方にと傾いた。
 浩之が体勢を立て直すのに要した時間は、男にとって次の一弾を送り込む準備をする
のに十分であった。
 終わった。
 と、浩之は思った。トカレフの銃口が、正確に自分の眉間を捉えていた。
「わっ!」
 と、男が声を上げて「転んだ」のを浩之は呆然と見ていた。
 転ぶはずがないのだ。足下につまづくようなものはないし、それどころか、そもそも
男は足を一歩たりとも動かしていなかった。
 何かの力が働いて男の足をすくい上げたのだとしか考えられなかった。
「ありがと、琴音ちゃん」
 浩之は、振り返っていった。
 目の前で、姫川琴音がにっこりと微笑んでいる。
 くまが傾いた時、浩之は、体勢を立て直しきれずに転倒しているはずであった。彼が
体勢を維持できたのは、後ろから何かに押されたからだ。
「あ、藤田さん」
「ん、どうした?」
「くまさん、耳が……」
 琴音の言葉に、浩之は首を捻った。辛うじてくまの顔が見える。
「ああーーーーーっ!」
 浩之は絶叫した。
 くまの右の耳に穴が空いていて、そこから少し綿が飛び出している。
「こ、この野郎ーーーーーっ!」
 浩之は、倒れている男に突進していって、その顔を思いっきり蹴り上げた。
「てめえ、くまの耳に穴空けやがったなあ!」
「藤田さん……落ち着いて下さい!」
「ひいいいいいっ! 止めて、許して! 頼まれただけなんです!」
 結局……。
 来栖川SPを呼んで、男を殺人未遂で引っ張ってもらってこの件は、一応、落着した。

「ああ、みんな」
 午後四時頃、浩之がどことなく恥ずかしそうにいった。
「今日はちょっと早く帰らせてもらいたいんだけど……」
「ええから、はよ帰り」
 苦笑しながら手を「しっしっ」という風に振ったのは智子であった。
「そうよそうよ、さっさと帰りなさい」
 志保もそれに倣って「しっしっ」と、手を振る。
「今日は特別な日だもんね」
 雅史がにこにこしながらいった。
「あっ、そうか! それで、車にくまがいたんですね!」
 葵が納得したようにいった。
「今日は早く帰って上げて下さい」
 琴音が特権ともいえる「お昼寝」明けの寝ぼけ眼をこすりつついった。
「あかりさん、待ってますよお」
 マルチが、まるで我がことのように嬉しそうにいう。
「ヘイ、マサシ、今日何かあるデスか?」
 一人だけピントが外れているのはレミィである。
「それじゃっ、すまねえな」
 浩之は頭を掻き掻き、立ち上がった。
「本当は、みんなでお祝いして上げようかって思ったんだけどねえ、そんなことしたら
お二人の邪魔になっちゃうからねえ」
 志保がいやみったらしくいったが、その顔は明らかに喜色に染まっていた。
「マサシ、今日は何の日デスか?」
 浩之が帰った後も、レミィは雅史にまとわりつくように尋ねた。
「今日はね、あかりちゃんの……」
「OH! なんか思いだしそうデス!」
 レミィは、待って待って、と雅史の口を制しておいて、たっぷり五分は唸っていたが、
やがて指を鳴らしていった。
「OH! バースデイ!」

 その日以降、藤田あかりの部屋には、耳に包帯を巻いたくまのぬいぐるみが鎮座して
いる。

                                    終

          どうもvladです。くまさんを背負ったチ
          ンピラのお話でした。けっこうチャカぶっ放
          す場面が多い割には、ほのぼのとまとまった
          のでまずは一安心というところです。

 それではまた……。

 コナミアンティークスMSXコレクションウルトラパックを買わねば! と、決意し
たvladでした。