反転梓 投稿者: vlad
 昼に起きて、変なものを見た。
 居間に千鶴さんと梓がいた。
 別にそれは取り立てて変ではない。
 二人ともにこにこ笑っていた。
 別にそれも変ではない。むしろ、二人が笑顔なのはよいことだ。
 梓が千鶴さんの肩を揉んでいた。
 おれはそれを見た瞬間、「変だ」と、思ったわけである。
 しかし、よく考えてみれば変ではないかもしれない、この二人は時々料理とか胸とか
体重のことで衝突するものの、基本的に仲のいい姉妹である。
 いつも鶴来屋の会長業務でへとへとになっている千鶴さんを梓が労って肩を揉んであ
げている。
 なんだ。変でもなんでもない。とてもよい風景じゃないか。
「おはよう」
「おはようございます。耕一さん」
「おはようございます。耕一さん」
 二人の声が重なった。
 あれ? なんか変だな。千鶴さんはいいのだが、梓の方は「おはよう、耕一」または、
この場合は「やっと起きたか、耕一」というような台詞をいうべきだ。いきなりキャラ
クターを変えられては困る。
「梓? 千鶴さんの肩揉んで上げてんのか」
「はい、千鶴姉さん、すごく肩が凝っているので」
 明らかに変だ。この場合、梓は「胸が無いのに、しっかり肩は凝るんだからねえ」と
でもいうのが正しい。
 なんか、前にもこんな梓を一回だけ見たことがあるような気がするが。
 おれは無言で台所にと向かった。
 台所では楓ちゃんと初音ちゃんが何やらやっていた。
「やあ、二人とも、何してるの?」
 おれの声に応じて振り返った楓ちゃんの手にあるものにおれは見覚えがあった。
「それは確か……」
 そう、なぜか柏木家の居間にさりげなく置いてあるキノコ図鑑だ。
 二人も、おれの予想と同じことに思い当たったのだろうか。
 初音ちゃんの手にキノコらしい物体があった。うん、どっかで見たことある。
「……あった」
 と、楓ちゃんが図鑑を開いてテーブルの上に置いた。おれは、すぐに初音ちゃんが持
っているキノコと、楓ちゃんが指し示す写真を見比べる。
「やっぱり……」
 おれは頷いた。

 おれと楓ちゃんと初音ちゃんは、居間に戻った。
 いつの間にか、千鶴さんが寝そべって、梓が腰を揉んでいる。とことんこき使うつも
りらしい。
「あー、そこそこ」
 とかいいながら千鶴さんは気持ちよさそうだ。
 一体、どうすればいいんだ? と、おれは思ったが、そう思ったのは一瞬のことであ
る。
 別に、どうもしなけりゃいいのだ。特に実害があるわけじゃないんだから。
 時間が経てば、梓も元に戻るだろう。
 しかし、その考えは甘かった。
 12時を少し回った頃、
「あ、私、お昼御飯の用意しなきゃ」
 梓が立ち上がり、台所に行こうとしたその時、
「待ちなさい」
 千鶴さんがにこにこした笑顔はそのまま、何やらただならぬ雰囲気を纏って梓を呼び
止めた。
「今日のお昼御飯は私が作ります」
「え、でも……千鶴姉さんは……」
「なあに、梓ぁ」
 千鶴さんが絶対零度の笑顔で応ずると、梓はひいいいっ、と顔を青ざめさせて、
「姉さんにお任せします」
 と、その場に座ってしまった。
「じゃ、みんな待っててねえ」
 ようやくわかった。これが千鶴さんの目的だったのだ。いつも自分が料理をしようと
するのを邪魔する梓の性格を反転させて弱気にして、料理の邪魔ができないようにしよ
うという案外知恵が回る策謀だ。
 今、千鶴さんは喜び勇んで料理をしているのだろう。
 実害だ。
 これはなんとかしなくてはいけない。
「梓、何やってるんだ。千鶴さんを止めに行け」
「え、え、でも……」
 でももへったくれもない、それがお前の仕事なのだ。
「いつもみたいに、ガツンとかましてやれ!」
「そ、そんな、千鶴姉さんにそんなことできません」
 と、いいつつおれとも目を合わせようとしない。
「耕一お兄ちゃん、止めて、お姉ちゃんが……」
 初音ちゃんがおれの腕を掴んだ。梓がどうした。……うげっ! な、なんか目が潤ん
でやがる。
 しまった。ついついいつもの梓に接するのと同じやり方でやってしまったが、今のこ
いつは気の弱い女の子だ。
「いや、わりぃわりぃ」
「耕一さん……」
 潤んだ目で見上げるな、ドキッとするじゃないか。
「いいか、梓、柏木家の崩壊を止められるのはお前しかいない!」
 おれは、やや演技過剰かとも思ったが、そう叫んで梓のことをビシイッ! と、指差
した。
「えっ……」
「お前の双肩におれたちの生命の行く末がかかっている! と、いうよりもだ。おれは
お前の料理が食いたいっ!」
 紛れもない本音であった。
「え、私の……」
「そうだ。お前の料理を食いたいんだ。おれは」
 おれの心底からの思いが伝わったのか、梓は決意を表情に浮かべて立ち上がった。
「わかりました」
 梓はそういうと、台所の方へと向かって行った。即座におれと楓ちゃんと初音ちゃん
が聞き耳を立てる。
「なんですって! 耕一さんがそんなことを……嘘おっしゃい、お姉さんはあなたをそ
んな嘘つきに育てた覚えはありません!」
「本当です。本当に耕一さんが、私の料理が食べたいと……」
「くきぃーっ! まだいうか! このこの!」
 ばっしん、どっかん、ばったん。
 それは、一方的な戦いだった。いや、戦いとはいえなかったかもしれない。梓だって
力なら相当なものなのだが、それでも千鶴さんにはかなわないし、今のあいつは弱気に
なっている。
「こ、耕一さぁ〜〜〜ん」
 梓は泣きじゃくりながら戻ってきて、おれの胸に飛び込んできた。
「おっとっと」
 おれは梓を受け止め、抱き留める。
 うお、ひでえな。
 梓は涙と鼻血で顔を濡らしていた。いつもの男も女も放っておかない美少女ぶりは見
るかげもない。
「ティッシュ、ティッシュ」
 おれがいうと、楓ちゃんが気をきかして、さっ、とティッシュを差し出してくれた。
「ほら、とりあえず吹け」
 おれはティッシュで梓の涙と血を拭った。
「ご、ごめんなさい、私ったら耕一さんにそのようなことをさせてしまって、ああ! 
私の血が耕一さんのシャツに! こ、耕一さん、お詫びのしようもございません、どう
か御随意にお裁き下さいませえっ!」
 なんか壊れてきてるな、こいつ。面白いからいいけど。
 それよりも、よくないのは千鶴さんの方だ。
 おれはチラッと台所を覗いてみた。
「くきぃーっ! なんでまな板が切れるのよ、なんて軟弱なのかしら!」
 ……。うん、あれならだいぶ時間がかかるな。
「梓……」
 と、おれは梓を見て、絶句した。
 梓は両膝を畳について肩を下げ、楓ちゃんと初音ちゃんに慰められている。
「梓……」
 おれは、梓の肩に手を置いた。梓とおれの目が合う。
 う〜〜〜む、今の梓にもう一度千鶴さんを止めに行け、というのはひどいかな。それ
こそ「御無体な〜」とかいわれそうだ。
「耕一さぁん」
 梓は、先程の千鶴さんの「折檻」がよほど恐ろしかったのか、おれにしがみついて、
未だに身を震わせていた。
 可愛いじゃないか。女の子らしくしてれば。いや、別に女の子らしくしてない普段が
可愛くないっていうんじゃないんだが。
 しかし、こいつ、今なら強引に押せばなんでもやりそうだな。今度おれも梓に一服盛
ってあんなことやこんなことやあんな体位やこんな体位で……人間の間接構造からは考
えられないようなすごい体位で……。
「……耕一さん、そのような場合では」
 あら、楓ちゃん、もしかしておれの考えてること感じた。なんか顔が赤い。
 しかし、どうしようかな……。
 考えられる選択肢は三つ。
 1 観念して千鶴さんの料理を食べ、親父と母さんに会ってくる。
 2 全員揃って逃げる。
 3 これから梓の部屋にこもって終末の時まで快楽の限りを尽くす。
 うーむ。
 1 死ぬのはいやだ。
 2 後が怖い。
 3 逃避に過ぎない。
 ダメだダメだダメだ。
 どうすりゃいいんだ。やはり観念するしかないのか。
 ちょいちょい。
 なんだ。楓ちゃん、何かいい考えでもあるのか。
 楓ちゃんは、初音ちゃんが持っているキノコを指差した。
 そして、次いでキノコ図鑑を指差す。
 一定量以上食すと再反転が起こり、元に戻る。
「初音ちゃん、キノコは?」
「五本あるけど」
「よし、……それだけあれば」
 おれは、ズンズンと梓に近付いていき、おもむろに五本のキノコを差し出し。
「梓、これを食えっ!」
「ひいっ、なんでございますか、それは」
「いいから食え! 一刻を争う」
「は、はいっ!」
 そして……。
「こらあ〜〜〜〜〜っ! 千鶴姉、何時の間に台所に入ったあ! あっ! また鍋焦が
したな! げっ! どうやったらまな板が三枚おろしになるんだよっ! あーっ! 今
晩の夕食の材料ダメにしたなっ!」
 うん、一件落着。
「全く油断も隙もあったもんじゃない、……おっ、なんだ。耕一、シャツに血がついて
るぞ、また変なこと考えて鼻血でも出したんだろ」
 この女、犯したろかい。
 翌日、「その辺に生えてるのをちょちょい、と」という千鶴さんの言葉から、庭にで
も生えているのかと思って探してみたが、それらしいキノコは生えていなかった。

「あーあ、失敗ね、また栽培しなきゃ」
 あんたが作っとんのかい。
                                    終

          どうもvladです。おまけシナリオでの性
          格が反転して弱気になってしまった梓が可愛
          いのでこんなものを書いてしまいました。

 UMAさん
 一つ一つの作品に丁寧な感想ありがとうございました。
 イングラムってのはウージーと並んでポピュラーなサブマシンガンです。と、いいつ
つ、私も銃器に詳しいわけではありません。そろそろ作中に出す銃器のストックが無く
なってきて困っているところです。

 オリジナルキャラについて、OK貰えたんでこれからもそういう方向でやります。も
ちろん「面白ければ」というUMAさんの言葉を忘れずに、せめて気概を持って。

 それではまた……。