柳川おじさん 投稿者: vlad
 午後九時半。
 寝るには早いかもしれないが、表を出歩くには遅い時間だ。
 特に、年頃の女の子となれば尚更だ。
 おれと梓と楓ちゃんは、廊下の方から聞こえてくる千鶴さんの声に聞き耳を立ててい
た。
 初音ちゃんが帰ってこない。
 五時頃、友達の家に寄ると電話があり、七時半頃、今から帰るという電話があった。
 八時半になった時点で、初音ちゃんが遊びに行った友達の家には電話を入れた。どう
考えても、一時間かかるとは思えなかったからだ。
 初音ちゃんはやはりあれからすぐに出たという。
 それで、千鶴さんが、藁をもつかむ思いで心当たりのある初音ちゃんの友達の家に電
話しているというわけである。
「はあ……そうですか、はい、夜遅く申し訳ありませんでした」
 何度も何度も、千鶴さんがそういったのをおれたちは聞いた。
 そうこうする内に十時になってしまった。
「もう一回、探しに行ってきます」
 おれは落胆した顔で戻ってきた千鶴さんを見てから立ち上がった。実は、先程も周辺
に探しに出たのだが、見つからなかったのである。
「私たちも」
 と、梓と楓ちゃんも立ち上がるが、万が一擦れ違いになってもいけないので、楓ちゃ
んを家に残して行くことにした。
「千鶴さんと梓は一緒に行動して」
「うん」
「わかりました」
 おれは、家を出てしばらくすると二人と別れて単独行動になった。
 初音ちゃんはもしかしたらさらわれたのかもしれない、という考えはどうすることも
できずにおれの中に芽生え、根を張っていた。誘拐と断定はできないにしても、いつも
遅くなる時は家に必ず連絡を入れる初音ちゃんがこの時間になっても帰らないというこ
とは明らかに、彼女の身に、何かが降りかかったとしか思えない。
 確かに、初音ちゃんは無茶苦茶かわいい。ぴょこっ、と立っている尻尾のような髪も
犬チックで非常によいし、つぶらな瞳もよい、発展途上の体もよい、天使のような笑み
もよい。
 そんな初音ちゃんであるから、どっかの馬鹿の変態心を誘発してしまうということは
大いにありうるのであった。
 正直な話、おれだって初音ちゃんを道ばたで見付けたら家に連れて帰ってしまいたい
と思うだろう。そう思わない男がいるわけがない、そんなこと思わない、という野郎は
嘘つきであるから修正が必要だ。一列に並んで歯ぁ食いしばれ!
 と、そんなこと考えてるが、決して誘拐犯を弁護してるわけじゃないぞ、もしも初音
ちゃんが誘拐されているのだとして、その誘拐犯がおれの目の前に現れたら、間違いな
く殺す。
 それにしても、どこにもいない。千鶴さんは一通り見回って初音ちゃんが見つからな
かったら警察に届けようといっていた。今から考えればもっと早くに警察に届けてしま
えばよかったかもしれない。
 ああ! おれが朝、薄着の初音ちゃんを止めていれば!
 おれが初音ちゃんを送り迎えしていれば!
 おれが初音ちゃんをぎゅーっと抱きしめて離さなければ!
 こんなことにはならなかったんだ。(最後のはこいつの願望含む)
 いない。
 いない。
 ……これは、考えたくはないが最悪の場合もありうるか。
 警察に捜索願を出した方がいい。
 おれは思い直して柏木家に取って返そうとした。

 頭が痛かった。
 おれの中で別のおれが叫んでいる夢を見た。いや、あれは夢なんかじゃない、最初は
夢だと思った。でも今日で一週間、これがただの夢であるわけがない。
 母さんがいっていた「柏木家は鬼の血を引いている」という言葉が、おれが冗談だと
思っていた言葉が異常な存在感をもっておれの心を占めていた。
 柏木家の男性は鬼の血を引いている。ある年齢まで達すると、残虐な本性があらわれ、
これを制御できないと現在の意識が無くなり、鬼に体を乗っ取られて……と、確かこん
なこといってたかな、嘘だと思ってたんで記憶に自信が無い。
 そもそも、母さんだってその話を信じていたわけじゃなかった。
 なんでも、おれは柏木耕平という男の息子ということになるらしい。現鶴来屋グルー
プの会長、柏木千鶴の叔父にあたるということになる。
 母さんは、円満におれを出産したわけではなかった。現在、おれが柳川性を名乗って、
柏木家の人間に父親が誰かを明かさずにこの隆山で暮らしているのは母さんが柏木耕平
の不倫によって孕み、おれを生んだからだ。
 胎児しろ、とは当然いわれたらしい。
 しかし、母さんはそれを断り、柏木耕平の元を去り、そしておれを生み、一人で育て
た。
 おれは、母さんに感謝し、尊敬もしていた。
 その母さんの居場所が柏木耕平(死んでも親父とは呼びたくない)の知るところとな
ったのは四年後のことであった。忙しいはずなのに一人で直接やってきたらしい。おれ
は幼稚園に行っていて会わなかったが。おれが既に四歳であることと、男児であること
を聞くと、暗鬱とした表情で、その柏木家が鬼の血を引いている、という正気とは思え
ぬ話をしていったらしい。
「一体、どういうつもりだったのかしらね」
 と、母さんも苦笑いして話すものだから、おれもてっきり戯言だと思っていた。
 しかし、今となっては、その話は本当のことだったのではないか、と思わざるを得な
い。
 なにしろ、その夢? の中のおれというのが、人を狩れだの女を犯せだの、というこ
とを際限もなく、嬉しそうに叫んでいるのだ。
 あれだ。あれが「鬼の本性」とかいう奴なのだ。と、いうことは、この前死んだ柏木
賢治もこれのために自ら命を絶ったのだろうか。
 自殺である。と前提して考えてみれば、いつもはそんなに大酒飲みでも飲酒運転の常
習者というわけではない柏木賢治があの日に限って泥酔してハンドルを握ったというの
は納得できない。
 おれは死にたくない、おれは死ぬわけにはいかない。隣の部屋に住んでいる年下の親
友のためにもおれは生きていなければならない。
 おれは自分の腕に爪を立て、自分の肉をえぐった。痛みでなんとか気を紛らわせて、
あの声を忘れようとしたのだ。今はそれが上手く行っているが、もはやこのままでは。
 翌日、その年下の親友が遊びに来たらしい、おっ、酒なんか持ってきたのか、よし、
今日は飲むか。貴之。

 ……。
 おれの中で「奴」が大きな場所を占めているのがわかった。
 貴之を失ったおれの心の穴に入り込むように「奴」はでかくなった。
 あんなことになるなんて思わなかった。
 貴之が酒を持ってきて、あいつが前から見たがっていたニューナンブを見せてやって、
今から思ってみれば、おれが拳銃なんて持ち帰らなければ良かったんだ。
 悔やんでも悔やみきれない。
 おれは今、一人の男の死体を始末してきたところだ。貴之を痛めつけていた吉川とい
うチンピラを殺したのは、おれにとってはさして重大なことではなかった。警部補とい
う立場で殺人という罪を犯してしまったこともそれほどのことではなかった。
 貴之が笑わなくなってしまったのがおれの心に空洞を作っていた。
 死体処理の帰り道、時刻は八時を過ぎていた。
 正直いって、もうどうでもよくなっていた。今まで、おれが「奴」の誘惑に耐えてこ
れたのは貴之がいたからだ。どんなにあの残忍そうな声が頭の中に響いても、
「おれがこの鬼とかいうのに支配されたら、貴之が犠牲になる」
 と、思えば抵抗する気力が沸いた。
 だが、母さんも、そして貴之もいなくなってしまった今、おれにはあの声に抵抗する
理由が無くなってしまった。
 それに、おれはもう吉川を殺した時に、一度鬼になってしまっていた。もはや、時間
の問題だろう。
 しばらく虚ろだったおれは前方で行われている「それ」が目の前に来るまで気付かな
かった。
 しかも、気付いたのが、
「なんだ、てめえ」
 と、いう当事者の声だったのだから、おれも随分とぼーっとしていたらしい。
 ただ歩いていただけなのにそのようなことをいわれる覚えは無い。
 おれはその声の出所を見やった。
 あまり、真っ当な人生を送っているとは思えぬガキが三人いた。中学生か高校生か、
どっちにしろ未成年だろう。
 よく見れば、もう一人、女の子がいた。小学生だろうか。
 なんかどこかで見たことのあるような顔だ。どこで見たんだったか。
「おい、黙ってねえでなんとかいえよ」
 ガキがそういった。女の子の怯えた表情、そして彼女が倒れていることからして、こ
いつらはこの女の子に絡んでいたか、それとももっと強引に、拉致を目論んでいたのか
もしれない。
 そんな現場に第三者が現れたのに逃げ出さずにこの台詞である。度胸があるのか馬鹿
なのか。頭の中で「殺せ」という声がしたが、それをなんとか押さえる。
 おもむろに懐から警察手帳を取り出す。
 ……。
 反応が芳しくない。
 さっき吉川に対しても警察官であるということはあんまり効果が無かったが、あれは
相手が覚醒剤中毒者だったからで、これで相手がしらふの暴力団員ならけっこう、
「あ、刑事さんですか」
「や、やべえ」
「い、いやあ、どうも」
 と、いった好もしい反応が返ってくるのだが、
「へえ、刑事かよ、だったら拳銃持ってんのか」
 と、恐れた色もない。
「刑事さんよお、ガキの方が最近はおれらよりタチ悪いぜ、あっちを取り締まれよ、少
年課に任しといてる場合じゃねえぜ」
 いつだったか、喧嘩で投獄されたチンピラがそんなことをいっていた。
「馬鹿いってんじゃない」
 と、上司の長瀬警部などは苦笑していたが、こいつらを見ると、その言葉もあながち
全面的に間違いとも思えなくなってくる。
「よお、拳銃見せてくれよ、刑事さんよお」
 頼むから、その不快な声を聞かせないでくれ、殺したくなるだろうが。
「持ってないよ」
 おれが素っ気なくいうと、そいつらは近づいてきた。
 なるほど、拳銃を持ってないなら怖くないということか。
 おれの顔に、先程吉川に散々殴られたアザがあるのも、ナメられた原因かもしれない。
 だが、さっきは吉川が相当に喧嘩なれしていることもあり、おれも少し酔っていて、
さらにひどい目に合わされている貴之を見て冷静さを失って不覚をとったが、こう見え
ても警察官だ。柔剣道は一通り習っている。
 おれの左腕を掴んだ奴の腕を取り返して横に振りながら足を引っかける。
 そいつはポーンと宙を舞って道路を舐めた。
 別の奴が伸縮式の特殊警棒を伸ばして、それを振り下ろしてきた。
 おれはそれを左腕で受ける。と、いっても警棒を受けては骨が折れるかもしれない、
前に出て、警棒を持っている腕を受けるのだ。
 そして、こういう不用意な攻撃をする奴は一本背負いの餌食だ。
 倒した瞬間、警棒を奪い取る、今度は剣道を生かす番だ。
 最後の奴は、おれに小手を打たれ、手を押さえたところを鳩尾をえぐり込むように突
かれてふっ飛んだ。
「あんまりおれを刺激するな」
 そういったおれの顔が、余程恐ろしかったのか、連中は這いながら逃げ出した。
 おれはくるりと振り返って、地面に倒れている女の子を見た。やはり、どこかで見た
ことがある。
「あ、ありがとうございました」
 警察官ということで、おれを信用しているらしい、その子は怯えた色を無くして、い
った。
「ああ、一体どういうことだったんだい?」
 おれは手を差し伸べて彼女を起こす。
「あの……友達の家に行っていて、帰る途中、いきなりさっきの人たちに囲まれて……」
 そういいながら、その時の恐怖を思い出したのか、目が潤み始める。
「そうか、名前は」
「はい、柏木初音といいます」
 ぺこりとお辞儀した初音の顔が、おれの記憶の中にある写真と一致した。そうだ。こ
の子は柏木家の四女だ。柏木賢治と一緒に住んでいた姪ということで写真を見たことが
ある。
 なんとも……変なところで「姪」と会ってしまった。
 なんで、殺さなかった。
 初音の笑顔に釣り込まれて、おれも不器用に微笑を作ろうとした時、そんな声が頭の
中でした。
 あんなのじゃお前も物足りないだろう。やっぱり戦いというのはやるかやられるか、
負けた者には死あるのみ、……といっても、ふふふ、狩猟者たるおれが負けるわけはな
いのだがな。
「黙れよ……」
「え……」
「いや、なんでもない」
 そういいながら、おれは片膝を着いていた。これは、吉川に殺意を抱いたのに次ぐぐ
らいのピンチだろう。やはり今、殺すどころか大怪我をさせるつもりも無かったとはい
え喧嘩をしたことが「奴」を強くしたのだろう。「奴」はおれが殺意や敵意を抱けば抱
くほどに強くなる。
 うさは女で晴らすとしよう。さ、その女を犯せ。
 黙れよ……。
 少し発育が足りないようだが、なあに、たまにはそんなのもいいものだ。
 黙れっていってるんだ。
 おれは自分の腕に爪を立てていた。
「あ、あの、どうしたんですか」
 初音が心配そうにおれの顔を覗き込む。
「なんでも……」
「あの、お家はどこですか、近いんですか」
「あのマンション」
 おれは少し先に見えるマンションを指差した。後は、視界が全て闇になり、「奴」と
の永劫に続くかと思われる戦いが始まった。
「あの、どこのお部屋ですか」
 ん……、なんだ。ここは、おれのマンションの玄関じゃないか。横をふと見ると初音
が必死になっておれに肩を貸している。
 こいつ、こんな小さい体で、おれを支えながらここまで来たのか。
 感動と同時に感謝の気持ちが沸いた。
「──号室」
 おれは、思わずこの子の好意に甘えてしまった。他人に甘えたら、変に気持ちが軽く
なった。おれはこんなに軟弱な男だったのだろうか。
 やがて、おれの部屋の前に到着した。おれは背広のポケットを指差した。初音は勘よ
く気付いてポケットに手を入れて部屋の鍵を取り出した。
 部屋に上がったおれは床に転がり込んだ。また「奴」がやってきたのだ。その女を犯
せと叫びに。
「君は、帰れ……」
 おれは当然、そういった。
「お医者さんを……」
「帰れ、帰るんだ。そして、おれのことは全て忘れろ」
 おれは、この子を犯したくも、殺したくも無かった。それどころか、守って上げたく
なる気分になる子だ。おれは、両親のことがあって、あまり柏木本家のことをよく思っ
ていないというのに。
 初音が、ハンカチでおれの額の汗を拭っている。
 その可愛らしい顔を近づけないでくれ、「奴」が興奮してる。
 駄目だ。意識が朦朧としてきた。「奴」にもおれが弱っているのがわかるのか、とて
も嬉しそうに笑ってやがる。
 細い白い手が、おれの額に触れる。熱を計っているのか。
 ほら、その手を掴んで、そのまま押し倒せ。
 黙れ。
 なんとも可愛らしい手じゃないか。
 黙れよ。
 どういう泣き方をするのか楽しみだな。
 黙れといっているんだ!
 おれは目を見開いて立ち上がった。初音は驚いて飛び退く。
「どうしたの?」
 と、いう心配そうな声を背に、おれはキッチンに向かった。
 あんな奴に負けて、こんなに親切にしてくれた子を犯して殺してしまうほど柳川祐也
は情けない男じゃないはずだ。最後だ。これで終わらせる。
 おれは、コンビニの弁当ばっかりで最近使用頻度の低い包丁を手に取った。
 おいおい、女は殺す前に犯すものだぞ。
 黙れ。……いや、もうすぐおれの手で黙らせてやる。
 柏木賢治、そして前会長夫婦。今となってみれば、彼らがどうしてあのような死に方
をしたのか納得がいく。
 包丁はおれの胸に向かった。表面の肉に刺さっただけで止まった。「奴」が抵抗して
いるのだ。ふふっ、今度はお前が抵抗する番か。
 しかし、全然包丁が動かない、と、いうより、これはおれの胸の筋肉が堅くなってい
るんじゃないのか。
 柏木賢治と前会長が大量の酒を飲んでいたというのが納得できた。
「止めてよ!」
 小さい手が、刃を掴んだ。すぐに赤く細い流れが手首を伝わる。
「や、止めろ、君はもうさっさと帰れ」
「止めてよ、そんなこと」
 君は本当に優しいんだな。
 でも、それだからこそこうするのが一番いいんだ。
「止めてよ」
 泣くんじゃない。
「お願いだから……」
 さっき会ったばかりのおれのためにそこまですることはない。
「なんでそんなことするのぉ」
 君のためなんだよ。
 おれと初音の血が、床で混ざり合って血だまりを作っていた。
 おれは包丁を引いた。胸からドクドクと血が流れ出す。
 とても痛い。
 しかし、おれはその痛さに心地よさを感じていた。
 おれが「奴」と戦っていた時に自分で腕につけた傷は、ほとんど痛みを伴わなかった。
まるで、神経が麻痺したように。
 だが、おれの胸は今、痛かった。おれの痛さだった。
 声が、聞こえなくなっていた。

 手に包帯を巻いた初音と、顔に湿布を貼ったおれは、夜の道を並んで歩いていた。服
を着ているから表からは見えないが、おれは胸にも包帯を巻いている。
 手当は初音がしてくれた。
 おれの異常な行動については病気の発作だといって誤魔化しておいた。どうやら、こ
の子は鬼の血のことは知らないようだったから。
 それから、本来、隠しておくべきだったと、今になって思うのだが、おれは「奴」を
制御できた解放感からか、思わず初音に自分が叔父であることを話してしまった。
「え、え……どういうことなの、おじさんってことはお祖父ちゃんの……」
 と、不思議そうに問われておれは後悔した。
「ええっと……そこら辺は大人の都合だ」
 苦し紛れにそういったのを、おれが詳しい理由をいいたくないのだと悟ったのか、そ
れ以上、追求してくることはなかった。
 それにしても、素直で疑うことを知らない子だ。おれが叔父というのも、別に確たる
証拠があるわけではない。ただ、おれが口でそういっただけだ。
 それなのに、この子は今やおれを「柳川おじさん」と呼んでいる。
 そして今、おれは初音を家まで送っていくところだ。
 あまり本家の人間に、おれの正体を知られたくないな、ここらで初音に口止めしてお
くか。
 と、その時。
「あっ、耕一お兄ちゃーーーん!」
 初音が、横道から前方に現れた男を見ていった。

 耕一は、探し求めていた初音の声を聞いて振り返った。
 そこにいる初音を見出して駆け寄っていく。
「あ、初音ちゃん、こちらは」
 との問いに初音が答える前に、
「刑事の柳川という者だ。ちょっとタチの悪い奴らにこの子が絡まれていたのでな、保
護した」
 と、警察手帳を取り出す。が、
「うんとね、この人、私たちのおじさんなんだよ」
 初音の嬉しそうな一言で柳川の素早い行動は無となった。
「ええっ!」
 もちろん、耕一は驚いた。そんな親戚がいるとは全く知らなかったからだ。
「い、一体、どうゆう」
「それはね……大人の都合なんだって」
「へっ」
「あー、こっちに来たまえ」
 柳川に手引きされて耕一は初音から少し離れた。
「君たちの祖父、柏木耕平の息子だよ」
「えっと……それじゃ」
「妾腹ってやつだな」
「は、はあ、それはどうも、おれは初音ちゃんの従兄弟の柏木耕一といいます」
 好青年といった風貌の耕一を柳川は興味深そうに観察していた。柏木家の男ならば、
この男にも鬼の血が流れているのだろう。一体、彼がどうなるのかはわからない。運命
とかいうものに負けてしまうのか、それともそれに打ち勝つのか。
「君たち、おれのことは他の人にいわないでくれよ」
「は、はい」
「ええ、なんで?」
 首を傾げる初音の肩に耕一は手を置いた。
「それでは、おれはこれで……」
「あ、はい」
「柳川おじさん、今度うちに遊びに来てね」
「……ちょっとすぐには無理かもしれないが、いつかそんな日が来たらいいな」
「そうですね」
「私、待ってるからね」
「ああ」
 柳川は、何かを吹っ切るように耕一と初音に背中を向けた。
 貴之は警察病院に入れるとしよう。きちんとした治療を受けさせれば望みはあるかも
しれない。そのことで吉川殺しがバレて逮捕されたとしても悔いはない。
 今度の非番に、母さんの墓参りに行こう、と思った。
 明日にでも、柏木耕平の墓石でも蹴飛ばしに行こう、と思った。
 なんだかおかしくなって吹き出した。
 笑ったのも久しぶりだった。
 柳川は振り返って、それをくれた子の背中を見て、また振り返った。
                                   終
          どうも、vladです。
          初音好きの男が、初音ちゃんの優しさがあれ
          ば柳川だって鬼を制御できるはずだ! と、
          盲信して書いてしまったのがこの作品です。
          これだと少し本編の設定が変わってしまいま
          すが。鬼になった柳川が出てこない初音ルー
          トになると思うので、よしとしましょう。

      葉岡 斗織 さん
     AE さん
     いち さん
          久々野 彰 さん
     感想ありがとうございました。

     久々野 彰さんへ
     「約束の返事」ですが、読み返してみると御指摘の通り、梓の想う気持ち
     に比べて耕一のそれがあまり強く出ていませんね、「これで伝わるだろう」
     と甘えてしまったようです。精進します。

     いち さんへ
     よ、読まれている……。
     次回は「関東藤田組 隆山警察」の予定です。

 それではまた……。