関東藤田組 仁義はずれ 後編 投稿者: vlad
「それで、そもそも、設楽との馴れ初めは?」
「はい、美作親分に仲立ちをしてもらったんです」
「えっ」
 浩之は驚いていった。雅史と志保は、表情を動かしていない。おそらく、既に聞いて
いたのだろう。
「どういうことですか?」
「私の父が、だいぶ以前から親分の知り合いで、あの人と会ったのは、それとは全く別
のことなんですが。私たちが結婚を前提に付き合っていることを知られてからは、親分
は随分と応援してくれて」
「はあ……それだったら、うちに来るよりも美作の親分さんのところに行った方がいい
と思うけど、あの人の義理堅さは評判だし……」
「でも……夫が親分を随分怒らせてしまっているようですし」
「うーむ、そこんところは話せば分かってくれる人だとは思うけどなあ。よし、わかっ
た。機会を見ておれの方から親分に頼んでみよう」
「あ、ありがとうございます」
 応接室を出ると、マルチが設楽絵美とすっかり仲良しになって遊んでいる。
「あの……藤田さん」
「なんです。理恵さん」
「今から、あの人のところに行こうと思います」
「えっ、設楽組に」
「はい、今の内に、あの子に父親の顔を見せておいてやりたいんです」
「……よし、行こう」
 浩之は、いった。
「その途中で、どっかの馬鹿が狙ってこないとは限らねえ、おれたちも着いて行くよ、
雅史、それから……葵ちゃん、行こう」
 浩之は、荒事の可能性も考慮して葵を連れて行くことにした。
「あのう……私も連れてって下さい」
「えっ、マルチもか」
「はい、絵美ちゃんに聞いたんですけど、絵美ちゃんのお父さんのお世話をしているメ
イドロボがいるらしいんです」
「え、そうなのか?」
 と、浩之が理恵を見る。
「はい……少し前から、秘書として使っています」
「とっても働き者なんですって、私、一生懸命働いているメイドロボに会ってみたいで
す」
「そ、そうか……うん、まあいいだろう。マルチも来い」
 この男はマルチのお願いには弱い。
 かくして、浩之と雅史と葵とマルチと設楽母娘は浩之の軽自動車に無理矢理乗り込ん
で出発した。
 設楽組の事務所に到着した浩之たちは、車から降りた。絵美の手を引いて、理恵が車
から下りた時、浩之はその側にいた葵に向かって叫んだ。
「葵ちゃん!」
「はい!」
 だが、葵の方も抜かりはない、浩之にいわれるまでもなく、建物の影から現れた不審
な人間に気付いていた。
 木刀を振り上げた男を目の前に認めた刹那、葵は信じがたいスピードで男の懐に入っ
た。と、同時に、男は跳ね飛ばされて道脇の植え込みに突っ込む。
「この!」
 もう一人が大振りのナイフを持って突っ掛かってくるのをかわしざま、蹴りを叩き込
む。
「藤田さん!」
 男は三人いた。最後の一人が抜き身の段平を走りながら振り上げた。
 パン。
 と、銃声が一発。
 男は足をもつれさせて前のめりに転がった。
「さすがだね、浩之」
「久しぶりだったけど、よく当たったなあ」
 我ながら感心しながら浩之は、ガバメントを懐中に収めた。
「やっぱり、ここで張ってやがったな」
 浩之は、足を押さえている男に近づいていった。その頃には既に葵の足下に男が一人、
寝そべっている。
「おう。てめえ、あの二人を狙ったんだな!」
「は、はい、そ、そうです」
 自分が落とした段平を拾って肩に担いだ浩之を見上げながら、男は恐る恐る答えた。
「どういうことだ!」
「は、はいっ! その……頼まれまして」
「どこのどいつが!」
「そ、それは……勘弁して下さい!」
「ふん、まあいい、どんな恨みがあるのか知らねえがな、年端もいかねえ女の子に段平
叩き付けろなんて人に頼むような野郎は、おれが許さねえからな!」
「は、はいっ!」
「おう雅史、他の二人も引っ張ってこい!」
「うん」
 と、雅史がズルズルと男を引きずってくる。にっこり微笑んで、大丈夫ですか? と
か尋ねているが全く逆効果で男は却って怯えた顔をしている。
 もう一人も、葵が植え込みから引っ張り出してきた。腹を押さえている。おそらく肋
骨が折れているだろう。相変わらず葵の崩拳は凄まじい威力である。
「あ、あのう」
「なんだ」
「もしかして、あの藤田の親分ですか?」
「どの藤田のこといってやがるのか知らねえが、おれは藤田商事の藤田浩之だ」
「や、やっぱり!」
「ひ、ひいっ!」
「ふ、藤田さんといえば、敵対した人間が必ず矢で撃たれるという……」
「そ、それだけじゃねえ、敵対した人間は、上から証明が落ちてきたり階段から落ちた
り屋上から落ちたり、数々の不幸に見舞われるという……」
「こ、殺さないで下さい! お願いします!」
「てめえら今度こんなことしやがったらうちのスナイパーの的にさすぞ、おう!」
「ひいいいいいっ!」
「失せろ!」
 浩之が男の尻を蹴り上げて怒鳴りつけると男たちは、よろめきながら逃げて行った。
「さて、それじゃ行こうか」
 と、いいつつ、浩之はナメられないためのサングラスをかけた。
「あ、姐さん」
 中に入ると、一人の男が理恵の顔を見て、複雑な表情でいった。
「うちの人に会いたいのですが」
「へ、へえ、それはいいんですが、そちらは……」
「こちらは私の知り合いです」
「そ、そうですか……失礼ですが、ボディーチェックを……」
「ああ、かまわねえよ」
 浩之は両手を上げた。
 男が、浩之の体をポンポンと叩いていく。その手が、胸の辺りで止まった。
「預けとくよ」
「へい」
 男は、浩之の内ポケットから取り出したガバメントを机の上に置いた。
「どうぞ」
 男が開けた扉を、理恵と絵美が潜り、浩之たちがその後に続く。
 組長の部屋には、ベッドが持ち込まれていた。撃たれた傷が相当にひどいのだろうか。
そして、その上に寝ている男。
「姐さんがお見えです」
 子分にいわれて上半身を起こしたその男が、設楽陽三に違いなかった。
 さて、どんな面した野郎だか。
「これは……」
 思わず、浩之は呟いていた。
 その顔は目がくぼみ、頬が痩け、なんにでも噛み付きそうな危険な雰囲気とともに、
常に何かに怯えているような顔をしている。
 浩之は、似たような顔をした人間を何度か見たことがあった。
 覚醒剤の常習者である。
 この野郎、薬に手ぇ出しやがったか。
 浩之は、呆然としているあの男の妻と娘を横目で見て、軽く首を振った。
「ねえ、あれがお父さんなのお?」
 不思議そうな、幼女の声が、妙に虚ろに聞こえた。
「ふん、何しにきやがった。……そいつらはなんだ」
 設楽が、不安と恐怖の混ざった視線で浩之を見る。
「あんたの巻き添え食って危険な目に合っている奥さんと娘さんを保護している者だ」
「ほほう、そいつはすまないねえ」
 そういった設楽の声も何もかも、現世には存在していないかのような浮遊感を伴って
いた。確か歳は四十に届いていないはずなのだが、白髪がやたらと多い。
「で、どこの誰なんだい」
「藤田商事の藤田だ」
「なに!」
 それまでへらへらと笑っていた設楽の顔は恐怖一色に激変した。
「て、てめえ、おれを!」
「勘違いするなよ。そんなつもりはねえ」
「ふふん、信じられるか、おい!」
 設楽の声に応じて現れたのは一体のメイドロボであった。これが、絵美がいっていた
というメイドロボであろう。
 型は、HM─13型セリオ2改だ。名作と評判のセリオ2の問題点を改善したこれも
なかなかの名機である。
「ボディーチェックだ。おかしなもん持ってたら取り上げろ」
 セリオは、設楽の命令に従って浩之たちに近づいてきた。
「おやっさん、チェックだったらおれが……」
 と、先程の男が遠慮がちにいう。
「馬鹿野郎、おめえなんぞ信じられねえ」
「……」
 男は、視線を落として俯いた。
「凶器と思われるものは所持していないようです」
 セリオがチェックを終え、設楽の側に歩いていって報告する。
「へへへ、藤田さんよ、あんたがおかしなこと考えても無駄だぜ」
 設楽は先程とは打って変わって安堵した表情でいった。
「おれに危害を加えるような奴は、叩き潰すようにこいつに指示してあるからな」
「別に、今更あんたをどうこうしようとは思わねえよ」
「へっ、無駄だよ、無駄。こいつが着いている限り、おれを殺せるものかよ」
 自分にいい聞かせるようなその言葉に、浩之は首を振った。
「奥さん、どうする?」
「帰ります……さようなら」
 理恵は、言葉短くいって、娘の手を引いた。もはや、一刻も長く、夫を見るのに耐え
られないのだろう。
「それじゃ、おれたちも失礼するぜ」
「おい、待て……」
「なんだよ」
 設楽に呼び止められて浩之は振り返った。
「その耳飾り……そいつもメイドロボか?」
 設楽がマルチのことをいっているということはすぐにわかった。
「ああ、HM─12型マルチだ」
「マルチです。よろしくお願いします」
 ぺこりとマルチが頭を下げる。
「笑った……」
 設楽がマルチの笑顔を見て、不思議そうに呟いた。
「そいつには心が……」
「ああ、心がある」
 元々、老人介護や病人の看護などのために制作されたメイドロボである。利用者から、
少し表情に変化が無いと親しみが持てない、との意見があったために、来栖川が開発し
たのが「心システム」と俗称されるシステムである。人間の心とは、もちろん違うもの
であるが、これを搭載したメイドロボは笑い、泣くことができる。もちろん、マルチに
もそれはある。
「そっちのセリオには無いみたいだな、味気ないだろ、着けたらどうだ?」
 浩之がからかうようにいうと、設楽は、おかしそうにくぐもった笑い声を上げた。
「何いってやがる。心なんぞあったら、信用できねえだろうが」
「……」
「さっさと帰りな」
 設楽組の事務所を出た時、気遣うように浩之はマルチに視線をやった。
「マルチ……」
「浩之さん……私、メイドロボにも心があった方がいいと思ってました」
「うん」
「でも、心が無い方がいいという人もいるんですね」
「マルチ、あんまり」
「浩之さんはどうですか?」
「えっ?」
「私に、心があった方がいいですか?」
「いいに決まってんじゃねーか」
 浩之は、マルチの頭を撫でて、車に乗り込んだ。

「ハァーイ、お久しぶり」
「……」
「おう、いらっしゃい」
 その翌日、スポンサーが二人、連れ立ってやってきた。綾香は単に遊びに、そして芹
香は精神的な休養のためにやってくる。
 来栖川グループの会長の娘として他企業のトップクラスの人間に会うことが多くなっ
た芹香だが、元々人見知りの激しい彼女であるから、精神的疲労が溜まり安い。
 しかし、ここに来ると、不思議と調子がよくなるという。
「ああ、どうも先輩……えっ、この前のこと……ああ、設楽の野郎のことですね、あれ
は、たぶん近い内に天罰が下りますよ、おれらが懲らしめるまでもありませんって」
「そういえば浩之、見馴れない人がいたようだけど」
「ああ、あれか、ありゃあ設楽陽三の奥さんと娘だ」
「ええ! どういうことよ!」
「どうもこうもねえよ、雅史が連れてきやがったんだ」
 浩之はそうなった経緯を話した。
「ふーん、なんだったらうちで保護しようか?」
「そうしてくれると助かるぜ、実はおれも引き受けたもののどうしようかと思っててな、
いつまでもここに住んでてもらうわけにもいかねえし」
 その時、智子が顔を覗かせた。
「藤田くん、なんかお客さんやで」
「え、誰だよ」
「なんかえらい貫禄ある爺さんや、美作とか名乗ってるけど」
「えっ、マジかよ、そりゃ美作の親分じゃねえのか」
 浩之は慌てて応接室を出た。
「へえ、あの大親分、ちょっと見てみたいわね、姉さん、行こ」
「……」
 こくり、と芹香は頷いた。
「藤田の、勝手に上がらせてもらったぜ」
 美作が二人の護衛を引き連れて事務所にいた。
「お、おう……あ、いや、どうも」
「理恵ちゃん、探したぞ」
 美作は、部屋の隅にいる理恵に優しく笑いかけた。
「あのボケのせいで危ない目に合ってるらしいな。なんですぐわしのとこに来なかった
んだ。わしは親父さんには世話になった。あんたのためなら一肌でも二肌でも脱ぐぞ」
「親分、それじゃあ」
 浩之が表情を明るくしていった。
「ああ、理恵ちゃんと、絵美ちゃんを引き取りにきた。文句はねえな」
「い、いや、そりゃまあ、二人がいいというのなら」
 さすがの浩之も美作親分には貫禄負けする。
「お、お願いします。親分」
 理恵は、深々と頭を下げた。
「藤田さんも、ありがとうございました」
「ああ、いいっていいって」
 浩之は手を振っていった。
「藤田浩之か……なかなかいい極道のようだな」
「いや……極道じゃないんですけど」
 引き上げようとした美作は、一人の人物に気付いて足を止めた。
「お前さん……」
 と、綾香を見ながら呟く。
「雑誌か何かで見た覚えがある。来栖川SPの専務さんじゃねえかい」
「あら、知ってるんですか」
「知ってるとも、来栖川グループの会長の娘さんだろ、その隣にいなさるのは……」
「私の姉です」
「……」
 来栖川芹香です。よろしくお願いします。と、いっている。
「そうかい……来栖川の兄貴、あ、いや……お祖父さんは元気かい?」
「?……」
 綾香は訝しげに沈黙した。
「ははは、わしみたいな極道者にお祖父さんを兄貴と呼ばれるのは心外だろうが、まあ、
堪えてくれ」
「あの……祖父とどういう……」
「元兄弟分だった」
「って、先輩と綾香の祖父さんってやくざだったのか?」
「そ、そんな話は聞いてないけど」
「戦後すぐのことだよ、さすがの来栖川グループもあの戦争で弱体化してなあ。兄貴は、
本気で極道稼業に入ろうとして無茶してたもんよ、その時に、わしら、義兄弟になった
んだ。その後、わしは親父の後継いで美作組を継いだが、兄貴には来栖川の方から、帰
ってきて欲しいと声がかかってなあ。やはり、もう暴力の時代じゃないと思った兄貴は、
来栖川に戻った。その時、後々、やくざ者と義兄弟なんてことが不都合になるかと思っ
たんでわしの方から義兄弟の縁を切った。でも、しばらくして来栖川グループを大企業
に立て直した兄貴に会った時、今でも義兄弟だと思っとるといわれてなあ」
 浩之は、信じられないものを見た。あの美作親分の目が潤んでいるのだ。
「嬉しかったよ、あん時は……それで、その言葉に甘えて、図々しくも天下の来栖川グ
ループの前会長を兄貴なんて呼んでいるっちゅうわけだ。そういえば、長瀬の兄弟は、
相変わらず兄貴のところにいるんだろう」
「な、長瀬の兄弟って……」
「まさか、あのジジイか」
 人に歴史ありといおうか。戦後、ストリートファイトに明け暮れていたという話は聞
いていたが、まさかほんまものの極道だったとは知らなかった。
 美作親分は設楽母娘を連れて引き上げていった。
「綾香、お前の祖父さんって昔は悪かったんだなあ」
「いいネタを手に入れたわ」
 綾香は、嬉しそうに呟いた。

 一週間が経った。
 浩之は、設楽陽三の死を聞いて、元設楽組の組員で、その最後を見届けたという男を
とっ捕まえて話を聞いた。
 それによると、遂に設楽に恨みを持つ人間が大同団結して殴り込んできたというのだ。
内部に手引きする者があり、暗殺者たちは容易に設楽の部屋に入り込んだ。
 撃たれた弾丸は計十六発。
 その内、九発が標的を逸れて床や壁に炸裂した。
 残りの七発は、プログラムに従って設楽と銃口の間に立ちふさがったセリオ2改の体
に突き刺さった。
 セリオの破損は著しく、修理に出さねばならなくなった。
 そして、セリオがいなくなった設楽は風の音にも怯える有様で、以前にも増して覚醒
剤に頼り、やがて誤って致死量の薬を注射してショック死した。
 覚醒剤の服用を止める子分は誰一人いなかったという。
 葬式は、襲撃を恐れて行われなかった。
 そして、死後、その墓を詣でる者は無い。

                                    終 

 
                   どうも、vladです。関東藤田組第三弾で
          した。少々オリジナルのキャラクターを出し
          過ぎたのでリーフの二次創作としての雰囲気
          が崩れてしまったかもしれません。書いてい
          る本人はどこがどうとか気付かないんですよ、
          何か気に食わない点があったら遠慮なくいっ
          て下さい。

           UMAさん、一つ一つの作品に丁寧な感想を頂き、
          ありがとうございました。
          
   ヴラド・ツェペシュというのは、ドラキュラ伯爵のモデルだといわれている
   人で、ルーマニアか何かの領主で、敵の捕虜を串刺しにしてさらしたといわ
   れています。領地を守るために、敵への威嚇のためにやったのだ。という説
   と、単なる個人的な趣味だ。という説があります。うーむ、まあ、趣味と実
   益を兼ねていたのかもしれませんねえ。

 それではまた……。