耕一の過去 投稿者: vlad
 ピンポーン。

 ……。
 これで十五度目だ。さっきからピンポンピンポン人の安眠を妨げやがって、俺は今
コンビニの夜勤明けで睡眠を欲しているのだ。邪魔をするな。
 ピンポーン。
 しつこいなあ、しかし、なんとなくだがそのなんの変哲もないチャイムの音には何
やら切実な響きがあった。ま、気のせいかもしれないけどな。
 ピンポーン。
 なんだかんだで二十四度目。
 な、なんたる執念、もしドアの向こうにいるのが新聞の勧誘員だとしたらおそらく
未だかつて遭遇したことのない手強い相手に違いない。ええい、俺は新聞なんぞとら
んぞ、そんなもの無くてもテレビと番組欄の載っている雑誌と時たま購入するスポー
ツ新聞で情報収集には事足りているのだ。帰れ帰れ!
 ピンポーン。
 二十八度目のそれを聞くに至って、いい加減に目が覚めてしまった俺は、これだけ
チャイムを鳴らすということは何か重要な用件を持った誰かではないか、と思い直し
た。
 一体どこの誰がどのような重大事を持ってきたのであろうか、特に心当たりはない、
ここ三日夜勤の煽りをモロに食らって大学を休講したが、学友の誰かが心配して訪ね
て来てくれたのだろうか。しかし、そんな人間の出来た知り合いはいない……もしか
して……小出由美子さんか……彼女はおれの学友の中では比較的仲がよく、おれのア
パートの場所も知っている。彼女ならちょっと足を伸ばしておれの様子を見に来てく
れる、ということはありうる。
 ピンポーン。
 うだうだ考えてないで出てみりゃいいんだよな、しかし、もし万が一当初の予想通
り新聞の勧誘員だという可能性も皆無ではない、一応覗き穴で確認だ。(よほどひど
い目に合っているらしい)
 のそのそとドアに近づくと、向こう側から話し声が聞こえてきた。相手は複数、と
いうことは新聞の勧誘というわけではないようだ。大体、勧誘ってのは一人だもんな、
そのことでちょっと安心したおれはその声に耳を傾けつつ覗き穴に目を近づけた。
「……梓姉さん……外出中では……」
「そうみたいだね……やっぱり来る前に電話で確認すればよかったね……」
「いや、日曜の朝九時にあいつが起きてるわけないじゃないか、きっと寝てるんだよ、
こないだ電話で話した時、コンビニの夜勤やってるっていってたし」
「でも、これだけチャイムを押しても出てこないよ、耕一お兄ちゃん……」
「あいつはそういう奴なんだよ、何度起こしても起きやしないんだから、二人ともヘ
アピンか何か持ってないか」
 待て待て待てっ!
 俺はドアの鍵を内側から開けた。
「梓、俺の寝込みを襲ってどうするつもりだ」
 ドアを開けて俺が顔を出すと、三人は三様の反応で俺を迎えてくれた。
 梓は何か悪戯が見つかったようにへらっと笑い。
 初音ちゃんは嬉しそうに「お兄ちゃん」といい。
 楓ちゃんは少しだけ微笑んだ。(最近、わかるようになった)
「耕一! やっと起きたか」
 梓がそういって鼻で笑った。なんか今回の件でよりいっそうグータラ学生だと思わ
てしまったようだ。
「耕一お兄ちゃん、久しぶり」
「お久しぶりです」
「やあ、楓ちゃんも初音ちゃんも元気そうだね」
「あたしも元気だよ」
 梓がどことなく不機嫌そうにいった。
「お前は元気過ぎだ。たまには風邪でもひけ」
「な!」
「ところで楓ちゃん、初音ちゃん、どうしたんだい、いきなり」
 俺は怒り心頭に達した梓が何かいってくる前に二人に話を振った。
「千鶴姉についてきたんだ」
 お前には聞いていない。
「千鶴姉がこっちで仕事があるっていうからさ、昨日の晩にこっちに来て、今日はホ
テルに泊まったんだよ」
「で、千鶴さんは仕事か」
「うん、夕方になったらこっちに来ることになってる」
 そうか……千鶴さんも来るのか。そうなったらおれの殺風景な六畳一間も今晩だけ
は随分と華やかになるな。
「それにしても、電話ぐらい入れろよ」
「梓お姉ちゃんがいきなり行ってビックリさせてやるんだっていって……」
 やはりこいつの差し金か、なんかやばいことしてたらどうするつもりだったんだ。
それとも結構信用されているのだろうか。
「耕一ぃ、いつまで立ち話させとくんだよ」
 梓の嫌みったらしいいい方にはちょっとムッとしたが、どうせ俺をムッとさせるの
が目的だろうからそれにむざむざと乗るのも面白くない。それにいわれてみりゃ確か
にその通りだ。俺は三人に中に入るように……いうのはちょっと待て。
 俺は柏木耕一。二十歳だ。もう少しで二十一歳になる男子学生、極めて健康、もち
ろん毎朝ビンビンだ。(今は目を覚ましてからしばらく経っているのでおとなしい)
 確か部屋の中には男の一人暮らしの解放感からか、けっこうエロ本があったりする。
何冊かは堂々とテーブルの上に置いてあったような気がする。
「あ、ちょっと待って、ちらかってるから」
「だったら片づけるの手伝うよ」
 相変わらず初音ちゃんはいい子だねえ、でも正にありがた迷惑。
「そうだそうだ。あたしらが手伝ってやるよ」
 梓はニヤニヤしながら俺を押し退けるようにして部屋に上がり込んだ。あいつめ、
まさかおれの部屋にエロ本の一冊や二冊転がっているのは承知の上の行動か。だとし
たらそのために抜き打ちでやってきたのだろうか。
「初音はテーブルの上のもんかたしちゃって」
「うん」
 待て待て待てい! 梓め〜〜〜っ、やはりそうか!
「ちょ、ちょっと待って」
「あっ……」
 やばい、見られた。見られてしまいました。もうおしまいです、今まで築き上げて
きた優しい耕一お兄ちゃんは一瞬にして夜な夜な変なことしてるスケベなグータラ大
学生、というものに変わったはずです。
「……」
「……」
「耕一さん、こちらの新作ビデオカタログ青い果実編というのはどちらに置けばいい
でしょうか」
 冷静だねえ、楓ちゃん。
「きゃーっ、耕一ったらこんなの見てるのお」
 わざとらしいぞ、梓。全てお前が元凶だろうが。
「……」
 や、やっぱり初音ちゃんには刺激が強すぎたか。
 こ、これはピンチだ。柏木耕一として二十年生きてきたが、これほどのピンチはそ
うそう無かった。千鶴さんに殺されそうになった時と、千鶴さんに「私のお料理食べ
て下さらないのですか、くすん」といわれた時に次ぐほどのピンチだ。(どっちも千
鶴さん絡みだな……)
「は、初音ちゃんはやっぱり日当たりの悪い六畳間でエロ本見ながらゴロゴロしてる
奴なんか嫌いだよなっ!」
「え……」
「初音ちゃんはやっぱり飽きたエロ本を知人に売り飛ばしてその金でまたエロ本買っ
てる奴なんか嫌いだよなっ!」
「お、お兄ちゃん……」
「初音ちゃんはやっぱりレンタルしたアダルトビデオを返すの忘れて延滞料金一二
〇〇円取られてる奴なんて嫌いだよなっ!」(決して著者の実体験に基づくもので 
はない)
「わたし……そんなことじゃ耕一お兄ちゃんのこと嫌いにならないよ……」
「えっ」
 いい子だ。やっぱりこの子はいい子だ。これほどいい子に俺は未だかつて出会った
ことがない。
「耕一お兄ちゃんがHなのはわかってるから……」
 うぐおっ! 諦められてんのか、俺。
「お兄ちゃんだって男の人なんだから、当然だよね」
「まあねえ、耕一がドスケベだってのは今に始まったことじゃないからねえ」
 梓が手をパタパタと振りながらいった。そんなフォローしたって元々がお前のせい
なんだから絶対に許さん、その内に俺の何倍もの恥ずかしい思いをさせてやるからな。
 とにかく、梓の一言で気まずい雰囲気は無くなった。押入には今のものなど問題に
ならぬほどの過激な面々が眠っているのだが、もちろんそんなことはいえない。
 その日は、久々に楽しい日曜日となった。俺は三人と一緒に外に出て、東京の色ん
な場所を案内した。昼には俺が知っている店でラーメンを食い、夕方にアパートに帰
ってきた。
 夕食は梓が作ってくれるという。楽しみだ。
「なんだよ、この冷蔵庫、これじゃただの箱だよ」
 梓がいかにもしょうがないねえ、という顔でいった。料理の達人の梓には信じられ
ないのだろう。半分以上のスペースが遊んでいる冷蔵庫というものが。
「しょうがないなあ、買い物行くよ」
 梓にいわれて仕方なく俺は腰を上げた。しかし、まあ、梓が飯を作ってくれるとい
うのならば文句はない。一昨年、母が死に、料理など全くできない俺が一人暮らしを
始めて当然、食生活はレトルト食品に全面的に依存したものとなった。
 時々隆山の柏木家に帰って食べる梓の料理はおれにとって食事とはただ栄養を摂取
するだけのものではないということを再確認させてくれるものであった。
 まさか、東京の俺のアパートの部屋で梓の料理が食えるとは思わなかった。
 午後七時、梓が台所に立ち、楓ちゃんと初音ちゃんがせっせと手伝い、おれは後ろ
から見てる。なかなかよい風景だ。
 電話が鳴ったのは七時十分過ぎ、俺が受話器を取ると、電話は千鶴さんからのもの
であった。
「あのう……うちの子たちがそっちにお邪魔していると思うのですが」
「ええ、来てますよ、千鶴さんも来るんでしょう」
「はい、ようやく仕事が終わりまして……たぶん、三十分ぐらいで着けると思います
ので」
「はい、それじゃ待ってますよ」
「耕一、今の」
「ああ、千鶴さんからだ。今から来るってさ」
「そうか、じゃあ、千鶴姉が手伝おうなんていえないようにそれまでに終わらせちゃ
おう」
 相変わらず、梓の千鶴さんの料理の腕に対する信頼は絶無である。ま、俺としても
遠慮したいものではあるが。
 七時三十五分、千鶴さん到着。頻りに「うちの子たちが迷惑かけませんでしたか」
という千鶴さんはやはり姉というよりお母さんだ。
 といってもそれはいえない、以前にそのことをいったら「そんな歳に見えますか」
と千鶴さんが拗ねてしまったからだ。俺はそのようなつもりは全く無かったのだが、
千鶴さんは結構そういうことに過剰な反応をしてしまうのだ。千鶴さんのお母さんっ
ぽいところが俺は好きなんだけどなあ。
 夕食を食べ終えた後、夜行列車で帰ってしまうという四姉妹と一時、歓談の時を過 
ごす。たった一日だけの再会は却って千鶴さんたちに対する俺の慕情を煽ったようで、
後少しで別れてしまうというのが無性に寂しい、もう少しで夏休みだ。今年は七月中
はバイトに励んで八月はあちらで世話になろう。
 俺が高校生の時に友人と撮った写真が出てきてしばしその話題で盛り上がった。確
かアルバムが押入の奥にあったので探し出して引っぱり出す。
「あっ、耕一お兄ちゃんの小さい頃だ。なんか懐かしいな」
「あら、可愛い、この頃は耕一さんじゃなくて耕ちゃんだったわね」
「……叔父様、若いですね」
「あ、本当だ。白髪が一本も無いや」
 みんなそれぞれアルバムから写真を抜き取って見ている。俺は何気なく千鶴さんの
手元を見た。なんとなく、千鶴さんの表情が浮かぬものになっていると感じたからだ。
 俺は、さっと視線を外した。千鶴さんが見ているのは俺が高校生の頃の写真だ。母
さんと、俺が並んで写っている。親父はこの時、既に隆山の柏木家に行っていていな
かった。思えばこの時にはもう、親父が俺と母さんの元を去った中学生の頃と違い、
俺は努めてではなく、ごく自然に親父を父親ではないと思うようになっていた。二度
と会うまいと思っていたが、さすがに母親の葬式には親父は帰ってきた。それが最後
だった。
 親父は俺に隆山の柏木家で一緒に暮らさないかといってきたが、俺は断った。
 色々と感情的な理由はあったが、俺は一番無難で、ある程度の説得力のある。もう
東京の大学に通っているから、という理由を掲げて親父の歩み寄りを拒絶した。
 もしかしたら、既に八年一緒に生活して「家族」になってしまっている親父と千鶴
さんたち四姉妹の中に入っていくのが恐かったのかもしれない。
 俺は親父の死に際して仕方なく隆山の柏木家に帰った。その時も俺は、これは親父
のためじゃなくてあの馬鹿親父が死んで悲しんでいる千鶴さんたちのために帰るんだ。
と自分に言い聞かせていたような気がする。
 そこで、ある事件に遭い、今までの人生観をひっくり返されるような経験をして、
その中で俺は、千鶴さんから親父が俺と母さんの元を去った理由を知った。
 しかし、俺の親父に対する感情は冷めている上にねじ曲がっていて容易に親父を許
す気にはなれなかった。それがなんとか俺の中で整理されたのは千鶴さんの一言であ
った。
 そもそも、親父が隆山に里帰りしてそこに居着いたのは、鶴来屋の会長である千鶴
さんたちの父親、つまり俺の伯父さんが伯母さんとともに死んでしまったことにより
空席となってしまった鶴来屋の会長の席に座るためだ。千鶴さんはその時、まだ高校
生だったので親父が出向いていったということだ。
 親父が来る前まで、いきなり鶴来屋グループの権力争いに巻き込まれてしまった千
鶴さんたちは随分といやな目に合ったらしい。千鶴さんによれば「人の汚い部分を見せつけられた」という。あの時、親父が来てくれなかったら「四人で両親の後を追おうとした」とも。
 つまり、親父が俺と母さんの元を去ったからこそ、千鶴さんたちがこうして生きて
いるのである。
 親父を許そう、と俺は一瞬で思った。
 その時に、千鶴さんたちが一家心中などしてしまっていたら今頃、俺はこのような
幸せな一時を過ごせなかっただろうから……ま、俺も現金だなあ。
 千鶴さんはしばらく俺と母さんの写真を見てから今度は親父が一人で写っている写
真を手にとってじっと見ていた。
 千鶴さんは……親父のことを、その……一人の男性として愛していたのだろうか。
そんなこと聞けないし、例え俺がそんなこと聞いても、俺と母さんに気を遣って本心
を明かしてくれるとは思えない。
 しかし、もし仮に、親父が生きていて千鶴さんと再婚などというあまり想像もした
くない事態になったとしたら、俺はそれを絶対に阻止するだろう。親父が母さん以外
の女性と夫婦になるのがいやなのではない。千鶴さんが俺以外の男性と夫婦になるの
がいやなのである。
 親父に千鶴さんはやれねえっ!
 その時は鬼の力を全開にして親父を叩き潰す。なんといっても親父が生きていたら
あっちだって立派な鬼だ。容赦はいらねえ。
 俺がそんなどうしようもない仮定の話を考えていると、一冊のアルバムが目につい
た。中を開いてみると写真は全然入っていない。
「なんだ……」
 そういってペラペラとめくっていると、一番最後のページに一枚だけ写真が入って
いた。
 げっ! これは!
 ば、馬鹿な、なぜこのようなものがこんなところに、この類の写真はことごとく始
末したはずなのに、一枚だけ俺の手を逃れて生き残っているとは。いかん、これをみ
んなに見せてはいかん。
 俺はそう思うあまり、素早く誰かに見られない内にそのアルバムを閉じた。
「耕一、どうした」
 慌てたのが却って目立ったらしく梓に見咎められてしまった。
「い、いや、なんでも」
 ええい、いかにも疑って下さいって感じじゃないか。緊張するな、俺!
「あーっ、そのアルバムに耕一の恥ずかしい写真があるんだなあ!」
 変なとこで鋭い。厄介な奴だ。
「別に、そんなことはない」
 俺はさっと後ろにアルバムを隠したが、一度興味を持った以上、梓はなんとしても
このアルバムの中身を見たがることだろう。一体、どうしたら、と思っていたら思わ
ぬ伏兵。
「……」
 ひょいっと、楓ちゃんが俺の手にあったアルバムを取ってしまった。
「おっ、でかした楓」
「か、楓ちゃん」
「……」
 楓ちゃんは俺からアルバムを取ったものの、どうするというわけでもなくそれを持
ってただ座っているだけだった。
「楓、なんか入ってるか」
「楓ちゃあああん」
 俺の哀願に楓ちゃんは果たしてアルバムを見ていいものかどうか迷っているらしい。
「梓お姉ちゃん、耕一お兄ちゃんがいやがってるよ……」
 初音ちゃんが控えめにいう。その気持ちはありがたい、ありがたいんだけどね、初
音ちゃん、そいつにゃ控えめにいっても効果がないんだよ。「おらあああ! 梓姉よ
お! あたいのコーイチがいやがってんだろうがあ!」ぐらいいってくれないと。
「耕一さん……一体あのアルバムには何が……」
 うっ、千鶴さんが興味持っちゃってる、梓を止められるのは千鶴さんだけなのに。
「その……ちょっと昔の、あまり見せたくない写真が……」
 俺は正直にいって千鶴さんを味方にしようとした。「まあ、見たいわ」なんていわ
れたら一貫の終わりだが、千鶴さんはそんなことはいわない! いうものか! いわ
ないで下さい、お願いします。
「梓、耕一さんがいやがっているんだから止めなさい」
 おお、さすが千鶴さん、どこかの無神経女とは違うぜ!
「なにいってんだよ、あたしたちは家族だろ、隠し事なんかするなよ!」
 お前、本当にそう思っているのか? いや、思ってなんかいねえ、こいつは明らか
に自分の好奇心を満足させたいだけだ。
「梓!」
 千鶴さんがいつになくきつい調子でいう。う、やばい、俺が原因でこの場の雰囲気
が悪くなってしまう。
 ここは……仕方がない。できることならあんな俺の姿は誰にも見せたくなかったけ
ど……。
「わかった……確かに、みんなに隠し事するのはよくないな」
「耕一……」
「耕一さん……だったら見てもいいんですね!」
 千鶴さんが無茶苦茶嬉しそうにいった。千鶴さん……見たかったんですか……。
「それじゃ早速見てみましょう」
 偽善者、と俺は心の中で呟いてみた。幸いにも千鶴さんは浮かれていて俺の心の声
には気付かない。
「あの……耕一お兄ちゃん、一体どんな写真なの?」
 初音ちゃんが心配そうに俺の顔を見る。
「俺が中学生の頃の写真なんだ。その頃、俺……ちょっとグレててね……」
「え……」
 みんなが声を揃えていう。
 そう……俺は中学生の一時期、いわゆる不良と呼ばれる人間になっていたことがあ
る。あの時はただとにかく無性に暴れたかった。別に鬼の血は関係なかっただろう。
丁度、反抗期が親父の別離と重なったのだ。
 それまでそう喧嘩をしていたわけではなかったが、俺は自分でいうのもなんだが強
かった。喧嘩をしたら必ず勝った。おそらく鬼の力の片鱗だったのだと思う。あの時
は「三中の柏木」といえばちょっとは恐れられたもんだ。
 母さんは、特に何もいわなかった。俺の非行が親父との別離によるものだというこ
とを知っていたのだろう。
 もしかしたら、俺は……親父に殴られたかったのかもしれない。
 次は鑑別所だ。と、俺は少年課の刑事にいわれていた。
 俺はそんな言葉をせせら笑って聞き流していた。
 そんな俺が変わった、というより元に戻ったのは母さんが倒れてからだ。一昨年、
急病で病死した母さんは元々体が強くはなかったが、それまではいきなり倒れるなど
ということはなかった。
 たぶん、いや、間違いなく、母さんが倒れたのは俺のせいだった。元々病弱な体に
俺による心労がかかって母さんの限界を越えてしまったのだ。
 俺は中学生にもなって母さんにすがりついて泣いた。
 もう、親父がいなくなったことを拗ねている俺はいなくなっていた。親父がいなく
なって俺以上に辛い母さんのことを俺が支えてやらねばならないと気付いたから……。
 今でもあまりあの時分のことは思い出したくない。月日にして四ヶ月たらずだった
が、あの日々は間違いなく俺の人生の汚点だ。喧嘩は日常茶飯事のようにやっていた
が、その相手はいつも俺のような不良であり、そうでない人間には手を出さなかった
ことと、喧嘩をする時はいつも一人で、大勢で一人の人間を襲ったりはしなかったの
が、せめてもの救いだ。
「じゃあ、その写真って、耕一お兄ちゃんが、その……グレていた時の……」
「ああ」
 俺がそのことを一通り話すと、みんな何をいっていいのかわからぬといった表情で
黙りこくっていた。そう、千鶴さんたちは密かに自分たちが俺から親父を奪ってしま
ったことに対してずっと罪の意識を抱き続けているのだ。
 その彼女たちにこの話をしてよかったのかどうか、わからない。しかし、俺の過去
の汚点はいつかみんなに話すべきだとは思っていた。
「梓、見ないのか?」
 アルバムを持ったまま止まっている梓に、俺はできるだけ優しくいった。正直、あ
んな自分はみんなに見られたくない。でも、確かにみんなに隠し事なんかしたくない
という気持ちもしっかりと俺の中に存在するのだ。
「じゃあ……見るよ、最後のページだったね……」
 梓は覚悟を決めて一番最後のページを開いた。千鶴さんも、楓ちゃんも、初音ちゃ
んも、アルバムを見つめている。
 そこにある俺の忘れたい過去を、四人は見た。
 眉毛を剃ってソリを入れて「諸行無常」と刺繍した学ランを着て角材を担いで眉間
に深くしわを刻んでガンを飛ばしている俺を。
『ぷっ』
 と、四人とも全く同じ反応をした。
 気持ちはわかる。
「いや……いいよ、笑ってくれて、俺も……我ながらおかしいと思うから……」
 みんな、肩を震わせて俺の方を見ようとしない。見てみると、楓ちゃんが一番ヒッ
トしたらしく背を丸めて全身を震わせている。
「いや……いいよ、遠慮しないでも……」
 これで、もう恐いものは無くなった。

                                 終


  どうも、vladです。リーフのビジュアルノベルは雫、痕、To Heart
 と、一通りやっていますがネットは五月の初めにやり始めたど素人です。ここに書
 き込んだのも初めてで、痕のSSはこいつが処女作です。
  一応ギャグのつもりで書き始めたのですが。なんだかシリアスとごっちゃになっ
 てしまったような気がして少々ハズしてしまっているかもしれません。
  リーフは今、一番お気に入りのメーカーですので、これからも益々よいゲームを
 世に送り出して欲しいですね。
  それでは……