或る破局の形---ソコには無かった 投稿者: XY-MEN

「太田さん、もう終わりだ。」
「えっ!? た、拓也さん?!」
「もう飽きたんだよ。君の顔を見るのもうんざりさ。だから終わり。」
「そ、そんな! 待ってください!拓也さんっ!」
「ああ・・・五月蠅いな・・・」
拓也のその声は、通話の相手である香奈子に向けられたようには
聞こえない、まるで感情のこもっていない、気怠そうな声だった。
そして、
「ガチャン!・・・ツーツーツー・・・・。」
電話は唐突に切れた。
「拓也さん・・・」
太田香奈子は、受話器を固く握りしめたまま立ちつくした。



「終わりだと言ったはずだろう。君もしつこい人だな。」
門に備え付けられた電灯が、申し訳程度に二人を照らしている。
受話器を通しての会話から一時間ほど後、香奈子は拓也の家を
直接訪ねていた。
「そんな・・・いやです!あれだけじゃ納得できません! 私は・・・」
香奈子は拓也が大事だったから。
「せめて、せめてもう少しだけでも、話をさせてください!お願いです・・・。」
「ああ・・・・・・五月蠅いな・・・・・・分かったよ。いつもの場所に行くか・・・。」
拓也のその言葉は、香奈子に向かって言った言葉には聞こえなかった。



まるで洒落っ気のない夜だった。
空は雲に覆われて、月は出ていないし、星の瞬きも見えない。
だからといって、雨が降り出しそうでもない。風も吹いてない。
湿り気を含んだ空気がやたらと重い、沈黙だけの夜だった。



3,40分ほど後。
拓也と香奈子は「いつもの場所」、学校の生徒会室にいた。
無機質な白い壁に囲まれた、たった二人では広すぎる部屋。
頭上の白色蛍光灯が、壁の白を気持ち悪いほど強調しているこの部屋。
拓也に初めて抱かれたのはこの部屋だった。
そして、この数日、他の二人の生徒会役員を交えて痴情に耽ったのも、この部屋。
普通に考えれば、それは耐えられない恥辱であるはずだ。
拓也は彼女を性玩具として扱ったのだから。
しかし、彼女が彼を責めることはなかった。



「さあ、始めるか・・・。」
拓也はそう呟くと、乱暴に香奈子の身体を引き寄せ、貪るように唇を奪った。
「!!」
服の上から乳房を揉みしだき、性器を弄んだ。
それは、事務を行うのに似て、淡々としていた。
「や、やめてください!!」
香奈子はその手を引き剥がし、懸命に身体を放すと、荒い息のまま俯き、黙った。



「どうしたんだ? こうして欲しかったんだろう?」
拓也は不思議そうな表情を浮かべた。
「私は・・・ただ・・・あなたと話をしたいって・・・」
香奈子は、目に涙をため、悲しそうな表情を浮かべた。
「話? ふん・・・なんのお話だい?」
拓也は小馬鹿にしたような口調で言った。
「拓也さん・・・あなたのことです・・・。」
香奈子は、口調をしっかりとしたものに改め、そう言った。



香奈子は思っていた。
拓也は心を病んでいる。
そしてそれを知っているのは自分だけだ。
自分はこの人の側にいなければならない。
そうしなければ、この人の心は本当に壊れてしまう。
この人の心を護らなければならない。
それができるのは、この人を愛した自分だけだから。
ただひたすらに、そう思っていた。
それがエゴであるかもしれないとは思わなかった。
彼を捨てる選択肢など、考えもしなかった。



「僕のことだと?」
拓也の眼光が、強く香奈子をとらえていた。だが、香奈子は目を反らさない。
「はい。・・・私、ずっと考えていました。拓也さんには、何か悩みがあるんだって。苦しんでるんだって。」
「・・・・・・・」
拓也の表情は、さらに険しくなった。だが、香奈子は続ける。
「だから私、教えて欲しいんです。拓也さんの悩み。私、拓也さん
の力になりたいんです。拓也さんの悩みを無くしてあげたいんで
す。だから、だから・・・」



拓也は憤っていた。
香奈子の言葉は、自分を侵すものとして認識がなされていた。
だから、怒りと憎しみが喚起されただけだった。
それが畏れの裏返しであることに気付く事はなかった。
香奈子の言葉が救いの手であるかもしれないと、思いつくこともなかった。



「五月蠅い!」
突然、拓也は叫んだ。
「うるさいうるさいうるさい!・・・僕を・・・ぼくを・・・馬鹿にしやがって
馬鹿にしやがってっ!!」
「違います拓也さん! 私は本当にあなたのことを好きだから・・・」
「お前なんかにわかるわけない・・・わかるわけないくせに・・・!!」
拓也は、わななく自分の両手だけを見つめていた。
「だから知りたいんです!あなたを救けたいから!」
「五月蠅い!お前なんかいなくなれ!どっかいなくなれ!
キライだ!嫌いだ!みんなキライだ!壊れろ!壊れてしまえ!!
ぜんぶぜんぶこわれてしまえ!!」
拓也は頭を抱え、目を閉じたまま叫び続けた。その周りには、
紫電が渦巻き始めていた。



「うぎゃあああぁぁぁぁぁああああああああああ!!!」」
「うああっ!ああっ!うおああああああああ!!!」
香奈子と拓也は叫び続けた。
だが、互いの叫びは互いの耳には届かない。
なぜなら、彼ら自身の叫びが邪魔しているから。



部屋には静寂が戻っていた。
拓也は、ふとぼんやり呼吸だけをしている自分に気が付いた。
頭を上げると、そこに香奈子がいた。
拓也は一瞬びくりとしてから、思い出す。
「僕が・・・僕が壊した・・・。」
香奈子は、ひざを突き、うなだれるように俯いていた。
拓也は、息を殺し、おそるおそる香奈子に近寄った。
そして、四つん這いになって、香奈子の顔を下から覗き込んだ。

香奈子の目には、もう、生気はなかった。
その瞳は、拓也を見てはいなかった。
拓也と同じ、「壊れた者」の目だった。
・・・不意に笑いがこみ上げてきた。
「ふ・・・く・・・くくくくくく・・・はっはははははははは!
壊れてる!壊れてやがるっ!!くはっ!くはっ!くはははは・・・
ふくっふくくくくく・・・ひひひひ・・・・ひひ・・・」
拓也は笑った。床に身を投げ出して、腹を抱えて笑い続けた。
おかしくておかしくてたまらなかった。
腹が痛くなって、喉も痛くなって、涙があふれて、体中が
熱くなっても拓也は笑い続けた。
「はは・・・はは・・・ふ・・・ふく・く・く・くく・・・」



拓也は笑い疲れた。
笑うのも嫌になった。
拓也はしばらく息を整えてから、香奈子の方へ這いずり寄る。
香奈子はさっきと同じ姿勢のまま、そこにいた。
拓也は香奈子と向かい合わせに座り、彼女の顔を両手で
持ち上げ、自分の顔を近づけて言った。
「オマエは僕の人形だ。」



拓也は香奈子を犯した。
人形は、何も言わず、ただ、拓也を受け入れるだけだった。
つまらなかった。
つまらなかったが、それでも何も無いよりはましか、と思い直した。
気付いてみれば、雨が降っていた。しとしとと、降っていた。
雨音が、辺りを包んでいた。
拓也は呟いた。
「ああ・・・五月蠅いな・・・。」

<終>

-------------------------------------

ども、XY-MENです。
これは・・・ダークものですね。個人的に言うと、ダークものは
好きじゃないんですけど、敢えてやってみました。が、いかんせん
力量不足のせいで、うまくまとまってくれなかった・・・。
テーマというか、方向性については気に入っているんだけど・・・。
悔しい・・・。


<感想>

<「空」> 久々野彰様
梓ファンは、梓をこう見てるのか、と言う感じです。残念ながら、
シンクロはできませんでした。自分には、「梓」というキャラクターと
「寂しい」という言葉が結びつかないせいかな?

<想う> Kouji様
これは・・・お見事です。マルチというキャラクターの背負ったテーマの重さを考えさせてくれるのがいいです。付け加えれば、重くなりすぎなくて良かったなぁ。

<そんなマルチが好きなんだ> AE様
反則技ですね(笑)。「マルチには幸せになって欲しいんじゃぁぁぁぁぁぁぁ」と言う叫びが聞こえるようです(笑)。まあ、それはそれでいいのかも・・・。

<由綺のある一日> Joe様
なんというかなんというか・・・頭が痛くなるくらい、由綺がラブラブ気分ですねえ。いや、確かに由綺ってそーゆー人だけど、一人称で書かれると、けっこう新鮮な気がする。

<「まだ始まらない物語に」> TaS様
これは、要するに、「男なんて、ちょっとブルー入っていても、可愛い女の子とおしゃべりすりゃあ立ち直っちゃうんだから、めでたいモンだよね。」・・・ってなSSですね(こらこら)。冗談はさておき、けっこうさっぱり読めて、いい感じかも。何となく、前作を思い出させるところがありますね。

今回は思いついた順に、短編の感想を5つ書きました。
それ以外の方、申し訳ありません。