初音ちゃんのおいしゃさん 投稿者:UMA 投稿日:8月1日(木)23時49分
「うう…。痛いよぉぉぉ…」
「泣くなスフィー、歯医者はもう目の前だ」
「ぐすっぐすっ…」
俺は、泣きながら片手で頬を押さえているスフィーの空いてる手を引きながら
歩く。
今のスフィーのレベルは1。俺たちをハタから見ると『虫歯になった妹を歯医
者に連れて行く兄』なのかもしれない。
…実年齢はスフィーのが上なのに、だ。

「…ったく。虫歯のこと、なんで今まで黙っていたんだよ。放っておいたら痛
くなって当然だろ」
「黙ってたんじゃないもん。隠してたんだもん」
「一緒だ、一緒! …じゃあ隠していた理由は何だ?」
「えっと…笑わない?」
「笑わない」
「本当?」
「本当」
「本当の本当?」
「本当の本当」
「本当の本当の本当?」
「本当の本当の…って、いーから、さっさと答えろ!」
「ぅゅぅ…けんたろが怒ったぁ…」
「スフィーが怒らせるからだろーが。で、隠していた理由は?!」
俺が少しきつく尋ねると、

「…から…」
「は?」
「…が…から…」
「もっと大きな声で言わないと聞こえないよ」
「歯医者さんが怖いから!! だから黙っていたの!」
スフィーは俺の耳元で怒鳴った。

きぃぃぃん。俺は鼓膜が破れるかと思った。

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スフィーはここ最近…に限った話じゃないが…ずーっとお昼は結花んとこでホ
ットケーキを食べている。
それが原因かどうかはわからないが、スフィーは虫歯になってしまった。もう
少し早くわかっていれば良かったのだが、スフィーが隠していたのだからしか
たがない。とはいえ、気がつかなかった俺も悪いんだけど。
で、スフィーの虫歯がなんでわかったかっていうと、たまたま今日ハニービー
でアイスを食ったからだ。
そのアイスというのは、ハニービーの新メニュー候補で、結花に頼まれて俺た
ちが試食をすることになったのだ。
先に食事が終わった俺がまず食べてみると、甘さ控えめで後味もすっきりした
感じだ。しかも舌触りもなめらかでとてもおいしい。
これなら売れるだろうな、と思いながら食べていると、ようやく大量のホット
ケーキを全部平らげたスフィーも、アイスに手をつけようとしていた。
そして、スフィーがそれを口に入れた瞬間、

「■§☆%∽◇※〆=℃〒〜!!」
と、文字通りこの世の物とは思えない叫び声をあげたかと思うとそのままぶっ
倒れたのだ。
俺がスフィーを抱き起こすと、スフィーは俺の腕の中で頬を押さえて泣いてい
た。

「痛いの…歯が…痛いの…」
と、小さくつぶやきながら。

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「け、けんたろ…。も少しゆっくり歩いて…。歩くたんびに、歯がずきん、ず
きんって痛むの…」
「わかったよ。…これくらいでいいか?」
「ぅ…ぅ…」
思い切り目を潤ませて上目遣いで訴えてくるスフィー。
俺は少しゆっくり歩くと、スフィーは小さくうなずいた。
こういう仕草を見ていると、俺より年上だってことを忘れてしまいそうだ。

「しっかし、今のスフィーって本当に子供みたいだな。歯医者を怖がったり、
虫歯が痛いってびーびー泣いたりしてさ」
「ふぇ? スフィー、そんなことないよぉ…」
「そんなことあるって。だって、大人だったら虫歯くらいで泣かないだろ?」
「ぅゅぅ…。だって痛いんだもん…けんたろは虫歯になったことないからわか
らないんだよぉ…」
「はっはっはっ。俺って健康が取り柄みたいなもんだからな。でも、大人だっ
たら痛いの我慢できるだろ? ほら、今歯医者さんから出てきたあの女の子を
見な。スフィーよりちっちゃいけど、全然泣いてないだろ? スフィーはあの
子より子供なのかい?」
「こ、子供じゃないもん。ほらぁ」
ぐしぐしと、手の甲で涙をぬぐうスフィー。
妙に反抗するあたり、やっぱり子供だ。

「…って、あれ? 初音ちゃんだよ」
「なぬ?」
俺は、自分で指さした先にいる女の子を凝視する。そこにいたのは、たしかに
柏木初音ちゃんだった。
俺にはどう見ても幼女にしか見えないが、実年齢は大人なんだよな。たしか。

「あ、スフィーちゃんだー。こんにちわー」
初音ちゃんは手を振りながらこっちに来る。

「こんにちわー。初音ちゃんも歯医者さん?」
「え? 『も』て、スフィーちゃんも歯医者さんに行くの?」
「え? まあ…その、そうよ」
「へー。初音はね、親知らずを抜きにきたの」
「親知らず?」
「うん、親知らず。奥歯のもーっと奥にある歯でね、普通は使っていない歯だ
よ。でね、お医者さんがね、放っておくと虫歯になっちゃうかも知れないよ、
って言うから抜いちゃった」
そういって、えへへ…、と笑う初音ちゃん。

「歯を抜いちゃうの? 痛くなかった?」
「ううん。麻酔してるから痛くないよ。でも麻酔のお注射は痛かったかな?」
「うわぁすごーい…」
スフィーは目をまん丸にして初音ちゃんを見ている。
歯医者が怖いスフィーにしたら、歯医者から無事生還した今の初音ちゃんはま
さに神に見えるのだろう。

「あ、もしかしてスフィーちゃん。歯医者さん、怖いの?」
「え? えっと…」
自分をまじまじと見つめるスフィーに何か気がついたのか、初音ちゃんはそん
なことを聞いてきた。ちらっとスフィーを見てみると、いかにも答えづらそう
だ。まあ、当然だろうが。
仕方がない。じゃあ、俺が答えてやるか。

「実はそうなん…」
ずどむ!

俺が口を開いた瞬間、スフィーの肘が俺のみぞおちにクリーンヒット。
そのままうずくまる俺。

「…ううん、そんなことないわ! 歯医者さんなんて怖くなんてないわ!!」
「そうなんだー。スフィーちゃん、大人なんだね」
「へっへーん! 当然でしょ」
腰に手を当てて大いばりするスフィー。絶対嘘だ。

「あ、そうだスフィーちゃん。歯を抜くときね、こーんなおっきなペンチでね、歯
を、こーんな感じで挟んでね、ぐりぐり、ぐりぐりってして、引っこ抜くんだよ」
「ひぃぃぃぃ!」
初音ちゃんが身振り手振りで抜歯の様子をスフィーに教えてあげる。歯医者嫌いの
スフィーにとっては拷問にも等しいに違いない。それでも、怖くないと言った手前
動じていないフリをしようと努力しているスフィーが痛々しい。
たぶん、初音ちゃんは「親切のつもりで」教えてあげてるんだろうけど…。

がちゃ。
そのとき、歯医者のドアが開き、一人の男が出てきた。
柏木耕一さんだ。会計をしていたのだろう。

「お待たせ初音ちゃん」
「わーいお兄ちゃんだぁ」
「泣かなかったんだってな。偉いぞー」
「うん。初音泣かなかったんだよ」
笑いながら耕一さんは初音ちゃんの頭をなでてやる。どうやら初音ちゃんも歯
医者は怖かったようだ。

「じゃ、帰ろうか初音ちゃん」
「うん、お兄ちゃん。ばいばーいスフィーちゃん。がんばってねー」
「う…うん」
耕一さんと初音ちゃんは二人仲良く手をつないで帰っていった。
初音ちゃん達を見送るスフィーの目はうつろだった。

「さてと。俺たちも行くぞ。初音ちゃんも言ってただろ。今度はスフィーの番
だって」
「…ねぇけんたろ。どーしても、行かなきゃダメ?」
「だーめ。虫歯になったんだ。あきらめろ」
「家で寝てたら治…」
「絶っっっ対に治らない。行くぞ」
「ふぇぇぇ…、こあいよぉぉぉ…!!」
俺は速効で却下すると、泣きじゃくるスフィーの腕を引いて、歯医者のドアを
くぐった。



<スフィーは歯医者の痛みに耐えられるか! おわり>
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どうも『タイトルは「はじめての」ではありませんよ』のUMAです。

今回のネタは、歯医者です。
内科でもなけりゃ、入院ネタすらありませんw

私事ですが、先日親知らずを抜いたので、それをネタにしてみました。
最初、親知らずを抜く役を耕一にしたSSを考えていたのですが、うまくまと
まらずボツ。
次に初音ちゃんの親知らずを抜く話にしたのですが、途中でふと、『歯医者と
いったら虫歯、虫歯といったら甘い食べ物、甘いといったらホットケーキ』と
いうのを思いついたので、話しのメインの部分の初音のままで、導入部分とし
てスフィーが虫歯になる、っていう話しと合成したら…長くなりました(汗)

で、その話しを再編集してこういう形になりました。
その結果、儂の書くSSにしては珍しく、初音が脇役になっちゃいました。

#タイトルはその初期段階の名残(ぉぃ

ぢゃ、そういうことで。でわでわ〜(^_^)/~