ゲーマー、耕一のある日常(出張編) 投稿者:UMA 投稿日:2月19日(土)23時35分
「あれ、耕一さん?」
「ん?ああ、沙織ちゃんか。祐介も一緒か。…ん?なんだ、沙織ちゃん。そん
な、びっくりしたような顔をして。俺の顔に何か付いているのかい?」

駅の改札を出た耕一を呼び止めたのは祐介と沙織だった。
耕一が言うように、沙織はびっくりしたような顔で耕一を見ている。

「え?ううん、違うの。あのね、あかりちゃんから聞いたんだけど、耕一さん
って、サークルか何かの集まりでゴールデンウィーク頃までどっかの山奥に合
宿に行ったって聞いてたから…」
「あかりちゃんから聞いたって?ああ、あかりりゃんは初音ちゃんから聞いた
んだな」

一人納得する耕一。あかりと初音は年齢が近いこともあって結構仲がいい。実
際、電話やメールなどでよく連絡を取り合ってるようなのだ。

「うん、俺は5月頃まで出かけてるんだよ。ただし、合宿じゃなく仕事の出張
なんだけどね」
「あれ?僕が浩之から聞いた話しだと、どっかの山奥に島流しになったって聞
きましたよ?」
「をい、山奥に行ってるのは本当だけど、山奥に島流しだぁ?」
「ぼ、僕が言ったんじゃないですよ。浩之から聞いたんですよ、浩之から!」

あかりが沙織に伝えた話しは史実にかなり近い。が、浩之が祐介に伝えた話し
はかなり歪曲されている。
しかも、『山奥に島流しになる』という『海に山籠もりに行く』と同じくらい
無茶のあるハナシに、である。

「浩之のヤツめ…。今度会ったら半殺しの刑だな」
「ところで耕一さん。出張に行ってるハズなのに、何でここにいるんです?ま
さか脱走?」
「え?じゃあ、本当に島流しだったの?」

もっともな疑問だ。
ここは耕一達が住んでいる町だからだ。

「おいおい、脱走って何じゃい…。俺が帰ってきたのは用事があったからさ。
それで、今週末は帰ってきたんだ。だから、また週明けには戻らないと行けな
いけどな」
「ふーん。で、その用事って何です?」
「美優里ちゃんが退院するんだよ」
「は?美優里ちゃん…ですか?」
「そ、美優里ちゃん」
「美優里ちゃんって…、たしか耕一さんがクリティカルしてるっていう、病弱
な女の子の、美優里ちゃんですか?おめでとうございます」
「ああ、ありがとう」
「ちょ、ちょっと祐くん。その美優里って娘、ゲームのキャラでしょ?違うん
じゃない?」

沙織が祐介に肘で小突いてつっこむ。
が、二人の知った限り、耕一と初音の間に『美優里』という名の娘はいない。

「え?ああ、そういえば…そうだっけ。耕一さん、その美優里ちゃんって誰で
す?」
「祐介達は知らないんだっけか。美優里ちゃんってのは俺が持ってるノートパ
ソコンの名前さ」
『の、ノーパソぉ?』

思い切り驚く祐介と沙織。パソコンに限らず自分の持ち物に名前を付けるのは
別に不思議でも何でもない。でも、ノートパソコンに『美優里』と名付けてい
るのは彼らの周りには耕一くらいしかいない。

「そうノーパソ。去年買ったんだけどな、液晶パネルのヒンジ部がイカレちゃ
ってね。で、保証期間がもうすぐ切れるから、その前に修理に出したって訳な
んだよ。ちなみに、クソニーのヴァイヲね」
「ああ、あの『家電だろうが何だろうが、買って一年で保証期間が切れる頃に
壊れる』って有名なメーカのパソコンですか」
「でも、ただノーパソが修理から帰ってくるだけにしてはとても嬉しそうです
ね?」
「当然だろ。美優里ちゃんだぜ、美優里ちゃん!」

握り拳をぐっと握って力説する耕一。
ここで祐介と沙織ははっと気がつく。前に浩之から『コーイチさんのノートパ
ソコンの壁紙は美優里ちゃんだ』という話しを聞いていたことを。そして、そ
のノーパソこそが、今話しているノーパソだと言うことを。

「そっかぁぁぁ、美優里ちゃんなら仕方無いかぁぁぁ…。さすが最強のミユリ
スト…もとい最強の鬼ですね。あ、僕たちこれから用事があるのでこれで…」
「ん?残念だなぁ。これから美優里ちゃんの所に行くところだったのに」
「すいません。じゃ耕一さん。美優里ちゃんによろしく」
「ああ、二人も元気でな」

挨拶を交わすと耕一は二人と別れ、修理を依頼してあるショップへ向かった。

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「あれ、耕一さん?」
「ん?ああ、志保ちゃんか。なんだ、志保ちゃん。そんな、びっくりしたよう
な顔をして。俺の顔に何か付いているのかい?」

耕一を呼び止めたのは志保だった。耕一が言うように、志保はびっくりしたよ
うな顔で耕一を見ている。

「え?ううん、違うのよ。雅史から聞いたんだけど、耕一さんって、どっかの
山奥に修行に行ってるって聞いたからよ」
「はぁ?修行?」
「ええ。たしかロリ度をさらに高めるための修行だとか、真のロリ神になるた
めの最終解脱をするためとかっていう宗教的なアレって聞いてるわ。まあ雅史
にその話しをしたのがあのヒロだったから、話し半分で聞いてたんだけど」
「ふ、ふぅぅぅん…」

引きつった笑いを浮かべる耕一。心なしか、肩が震えている。
すると、耕一の背後から、志保を呼ぶ声が聞こえた。

「おーい、志保!知ってるか?あの、0歳児萌えなひまわり組組長のコーイチ
さんが山奥の刑務所に入れられたらしいぞ。なんでも、最強のロリコン宗教法
人を作ろうとした所を例の新法に引っかかったらしくガサ入れに会って、その
まま逮捕されたってさ。やっぱあの人ならやりかねないな、って俺も思ってた
んだ。ん、志保?誰だ、その男は?って、げぇっ!あああ、あなたはひまわり
組の…!?ななななんで、こんなとこにぃぃぃ!?」

志保に声をかけてきたのは浩之だった。
その浩之の表情が、『普通の笑顔』→『引きつった笑顔』→『絶望による極限
状態の笑顔』へと変化していくのがよく分かる。

「そーかそーか。あかりちゃんから聞いた話しに尾鰭と胸鰭・尾鰭とその他諸
々をくっつけてハナシをばらまいてた張本人は、さくら組組長のお前だったの
か、浩之…」
「おおおお落ち着いてください、こここコーイチさん…。ここここれはですね
ぇ…」

それから浩之の身に降りかかった不幸について多くは語るまい。

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・

「うわぁ、お兄ちゃんだ!お帰りなさい!!」

言いながら耕一はしゃがみ込んで、両手を広げる。そこへ初音が抱きついてき
て耕一の首に抱きつく。耕一と初音の身長差もあって、耕一がしゃがみ込むく
らいが初音が抱きやすい高さなのだ。

「ただいま、初音ちゃん。元気してたかい?」
「うん、初音は元気だよ。お兄ちゃんは元気だった?」
「こないだ大雪降った時にちょっと、風邪引いたかな」
「え、そうなの?お医者さん、行った?お薬飲んだ?あれ、お兄ちゃん。唇の
端に血が付いてるよ。どっか怪我してるの?」

初音は心配そうに耕一を見上げながら聞く。

「医者には行ってないけど、ちゃんと風邪薬は飲んでるから大丈夫だよ。それ
と、これは怪我じゃなくって、返り血だよ。さっき、さくら組の組長をボコに
してきたからね」

親指で血をぬぐい取りながら、空いた手で初音の頭を撫でる耕一。
よく見たら耕一の着ている服にも血が付着しているが、これも返り血だろう。

「ふーん。『さくら組』って?」
「さくら組はさくら組だよ。某国の国営放送が国民の血税を使って全国民をぷ
に萌えにする為に衛星軌道上から降り注いでるアニメの主人公の女の子に萌え
てる、あいつのことさ。でも、あいつはあかりちゃんに内諸にするためにLD
で見てるらしいけど」
「あかりちゃんに内諸って…。あ、さくら組の組長さんってひろゆきくんのこ
となの?」
「そうさ。あいつ、俺が出張に行ってるのをロリの修行だの、山奥に島流しに
なっただのって、言いたい放題話しに尾ヒレを付けまくって言いふらしてたみ
たいだったから、ちょっとお仕置きしたのさ」
「へー。お兄ちゃんって強いんだね」
「ははっ。お兄ちゃんは強いんだぞ。初音ちゃんを守ってあげるって約束した
からな」

言いながらぎゅーっと初音を抱きしめる。

「お兄ちゃん…」

耕一に抱きしめられぽわーっとする初音。とても嬉しそうである。
と、そこへ無粋にも突然電話が鳴りだした。

じりりりりぃぃぃん…。
じりりりりぃぃぃん…。

「きゃっ電話?もう、誰よぅ…」

しぶしぶ初音は耕一から離れ、電話に出る。

がちゃ。
「はい、柏木です。…はい。…はい。あ、お兄ちゃんですね。ちょっとお待ち
ください。お兄ちゃん、上司の人から電話だよ」
「ああん?俺に?」

耕一は初音から受話器を受け取る。


「(何の電話だろう…)もしもし、柏木です」
『やあ。相っっっ変わらず、カミさんに『お兄ちゃん』って呼ばせてるんだな
柏木』
「え?前にも言いましたけど、これが普通じゃないんですか?」
『普通な訳あるかい!…っと、そんなことより柏木。また楽しいことが起こっ
たぞ。あんな、データ収集のクライアントコンピュータの内蔵ディスクの使用
量が870MBになったんだ』
「はぁ」
『ちなみに、そのマシンのディスクのサイズは850MB。オーバーした20
MBはどっからわいてきたのかな』
「なんですとぉぉぉ?!」
『でな、その20MB分増えたことでファイルシステムがぶっ壊れたみたいで
マシンがブートしないんだよ。いや、正確にはブート中にfsckを実行しろって
いうプロンプトが出て止まるんだ』

このお話の耕一の職業は、コンピュータ関連のいわゆるシステムエンジニアと
いうやつだ。
で、話しにでてきてるコンピュータのOSはいわゆるUNIX。この、ディス
クの使用量が最大値を超えるというのはシステム的にはまず起きないのだが、
いざ起きてしまうと容量をオーバーした分、ファイルシステムの管理領域が破
壊されてしまって、最悪コンピュータが起動出来なくなるのだ。

「じゃあ…、findでサイズの大きなファイルとか、coreファイルを検索して、
片っ端から削除するとかしてみるとか…」
『それはやった。でも、スーパユーザログインしてでルートから検索したけど
大きめのファイルはせいぜい1MB程度のヤツしか見あたらなかったぞ。それ
と、coreは一つも見あたらなかったな』
「はあ…」

UNIXのfindコマンドは、DOSのファイルから文字列を検索する外部コマ
ンドのFIND.EXEコマンドと違い、サイズやアクセス日付などの条件に一致した
ファイルを検索するコマンドなので混同しないように。

『と、言うわけで柏木。おまえ、日曜日暇か?』
「日曜日っすか?ちょっと用があるんですけど…。はっ!まさか…!!」
『そう、そのまさかだ。すまないが日曜日、会社出てきて原因の調査とシステ
ムの復旧ををしてくれないか?ちゃんと休日手当は出すから』
「がぁぁぁん!!」
『いらないファイルを削除して空き容量を確保すれば、たぶんブートするよう
になると思うのだが、ファイルシステムが壊れていたらシステムのリストアを
する事になるかもしれないから、その準備もよろしく。じゃ』

がちゃっ。つー、つー、つー…。

上司からの電話は用件を一方的に伝えるとさっさと切られた。そして後には受
話器を持ったまま硬直している耕一だけが残った。

「どうしたの、お兄ちゃん。大きなお声をだして…?」

初音が心配そうに耕一を見上げる。

「に…日曜日、出勤になっちゃった…」

放心したまま呟く。

「えーっ!日曜日は初音と一緒に遊園地行こう、って言ってたでしょ!!忘れた
の!?」

初音にしては珍しく大きな声をあげる。
耕一が美優里(ノーパソ)のためとはいえ、一時的に家に帰ってくると聞いてい
た初音は、耕一と一緒に遊園地に行こうと計画していたのだ。しかしその計画
があっさりと中止になったのだから、さすがの初音でも怒るというものだ。

「わ、忘れてないよ。忘れる訳無いじゃないか。でも、仕方無いだろ、トラブ
ルなんだから…。ね?…って、初音ちゃん?」
「ふぇ…、ふぇ…。ふぇぇぇぇん」

しかし初音は泣き出した。

「うう、泣きやんでくれよぅ初音ちゃん。また今度埋め合わせするから…」
「ぐすっ、ぐすっ…。初音、日曜日にお兄ちゃんと遊園地行きたいもん…」

泣きながら耕一をぽかぽかとたたく初音。

「困ったなぁ…。そ、そうだ。ねえ初音ちゃん。来週、来週また帰ってくるか
らさ。そのとき、遊園地行こう?ね?」
「来週?ぐすっ…。また、帰ってくるの?」

手の甲で涙を拭いながら初音が聞く。

「ああ、初音ちゃんのためさ。約束するよ」
「本当?」
「本当だよ」
「本当の本当?」
「本当の本当だよ」
「本当の本当の本当?」
「本当の本当の本当だよ。来週初音ちゃんは俺と一緒に遊園地に行く。今決め
た。もう決めた。絶対決めた!」
「きゃっ!?」

再びぎゅーっと初音を抱きしめる耕一。

「御免ね初音ちゃん。急な仕事なんだよ。来週まで我慢して、ね?」
「う、うん…。初音、我慢する…」

とまどいつつも抱きかえす初音。
耕一とつき合いだして結構我が儘を言うようになった初音だが、自分の意見よ
り他人の意見を優先することが多いのは相変わらずだ。

「初音ちゃんはいい子だね。じゃあ、我慢してくれるご褒美だ。今晩はたくさ
ん可愛がってあげるからね」
「うわぁい!お兄ちゃん、だーい好き!!」
「ははっ、初音ちゃんは甘えん坊さんだな」

耕一は笑いながら抱きついてきた初音の頭を撫でてあげるのだった。

<おしまい>
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どうも『この物語はフィクションであり、実際の人物・団体・事件・不具合・
OSその他諸々とは一切関係ありません。本当よ』のUMAです。

えっと、儂の持ってるノーパソはソニーのバイオなんですけど、世間様一般に
いう『ソニーの製品は、買って1年くらいたって保証期間が切れるころに壊れ
る』という有名なジンクス通り(?)、順調にだんだん壊れて来ました(涙)

#キーボードのエンコード部分のバグなのか、買った時から『押していないキ
#ーが入力される』というシャレにならない不具合もあるケド(^^;;

で、その修理を電器屋に依頼していたのがようやく帰ってきたというのが今回
のネタ。
本当はこれだけで話しをまとめる予定だったのですが、後半部にある不具合が
発生したという連絡があった(涙)ので、ついでにまとめてみました。