5年目の117  投稿者:UMA


「もう、5年経つねんな…」

由宇はペンを止めてTVを見つめる。
そこへ、丁度背中合わせで座っていた和樹から原稿を渡される。

「由宇、こっちベタ終わったぞ。…って、何やってんだ、ぼーっとして?」
「え?あ、ううん。何でもない、ちょっと昔を思い出してただけ。…あれから
5年経ったんやなーって」
「『あれ』って?」
「あれや」

言ってペンでTV画面を指さす。
そこには今の神戸の様子が映されており、レポーターらしい女性がインタビュ
ーをしているところだ。画面隅には『震災レポート2000』とテロップされ
ている。

「あ、震災か。神戸であったって言う…」

和樹は東京育ち。兵庫に住んでいない人から見れば、一地方であった震災の事
なんてこんなもんだろう。

「そ。その震災から5年経ったんやなーって」
「ふーん。そういえば由宇も実家は神戸だっけ?ってことは震災は食らったん
だろ?」
「うん…」
「どんなだったんだ?やっぱ、怖かったか?」
「まあ…ね。あんまり話したくないんだけど、いいわ。和樹には話したげる」

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1995年1月16日。
その日、由宇は受験勉強の真っ最中だったが、学校の先輩に誘われて即売会に
来ていた。
そして気がついたらそのサークルの打ち上げにまで参加していたのだ。ちなみ
にメンバーは由宇を含めて4人。全員女性で、由宇以外は高校生だ。

「先輩。これで受験失敗したら先輩のせいやからっ!!」
「…って、街でぶらぶらしてたとこを誘ったんはあたしやから即売会について
きたのはええとして、そのままうちのブースで売り子して、しかも新刊・既刊
本をぜーんぶ売りさばいた上に打ち上げにまで参加してる人の言う台詞やない
わよ」
「ぐっ…」

一瞬、先輩に対して殺意がこみ上げた由宇だった。
勉強の合間の息抜きに、と思って朝から散歩していた由宇が、この先輩に見つ
かったのが午前8時頃。
『受験生だからって勉強ばっかしじゃ、気が滅入るでしょ?たまには即売会に
顔出したらどう?』
と、誘われたこともあって、由宇も最初はあくまで一般入場で入って知り合い
のサークルなんかに挨拶する位にしか考えて無かった。
…のだが、気がついたらまだ開場には時間があるせいもあって先輩と一緒にサ
ークル入場して、気がついたら『普段通りに』売り子として働いていたのだ。

「大丈夫、大丈夫。この位で受験失敗せぇへんって。…って、ん?ねえ由宇、
今揺れんかった?」
「は?」
「もしかして地震ちゃう?ねえ、ちょっとTVつけて」
「んー」

TVのリモコンの近くにいた娘がTVをつける。
さすがにどんな番組をやっていたかまでは覚えていないが、このメンバーなら
間違いなくTV大阪にだろうから、平日6時30分台のテレビ東京系アニメに
違いない(でも、月曜日ならSM△Pの番組だったかも…)。

「…テロップ、なんも出て来いへんよ?」

そりゃそうだ。先輩が地震か?と言ってまだ1分も経っていない。それから暫
く経って、みんながさっきの先輩の話しを忘れかけた頃、

「…あ、地震速報出たで。えっと震度は…っと、1?たったの?へー、ホンマ
に揺れとったんやな。うち、てっきり先輩の冗談や思うとりましたわ」

テロップを見た由宇がわざとらしく、やんわりと言う。

「揺れた言うても、家の前をトラックが通ったんを地震と勘違いしたとか…」
「あたしは、さっきの由宇ちゃんの受験の話題を強引に逸らすためと思うたん
よ」

他の娘達も言いたい放題だ。

「…あんたら、『あんな僅かな揺れに敏感に反応するなんて、なんて繊細な方
なの!』くらい言えんのかい!」
「じょ、冗談よ。冗談!先輩、怒んないで」
「待ちっ、由宇!」
「あははっ。それだけ元気な人に『繊細』もないんちゃう?」

逃げる由宇と、それを追いかける先輩を見て、残りの二人は笑っていた。

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「へー、由宇ってそのころから同人、やってたんだ」
「まあね。この世界入ったんは、うちが中一ん時に入ったマン研みたいな文化
系クラブに入ったんがきっかけなんや。で、そこで今話した先輩達に会うて、
それからやな。そのときは、先輩のサークルで、先輩とペア組んで書いてたん
よ。たしか、この頃はフツーにアニパロやってたんかな?」

ちょっと照れた様に笑いながらマグカップのココアを飲む。

「で、その日は7時過ぎくらいにお開きになったんかな?みんな、次の日から
学校なハズだし」

1995年1月16日は月曜日だったが、まだ祝日法が改定される前の事なの
で成人の日の振り替え休日で休みだったのだ。

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それから、家に帰った由宇は一日遊んでいた分を取り戻す為に普段より遅い時
間まで勉強した。布団に入ったのは深夜1時を回っていただろう。

そして、1995年1月17日の早朝。
部屋は揺れた。
家も揺れた。
街も揺れた。

「な、なんやぁぁぁ!?」

ハンパじゃない揺れを感じた由宇は一気に目が覚めた。が、起きあがることが
できない。
完全にに熟睡中だったために『今、何が起きているか』を頭が理解できず、本
能的に体が動かないのだろう。
暫くして揺れがおさまった。
実際に揺れていたとされる時間は約10秒程度。だが、由宇本人にとっては1
分にも1時間にも感じられた時間だ。

「お、おさまったんか…?」

気がついたら布団を頭からかぶっていた由宇がおそるおそる布団から頭を出し
て辺りをうかがう。
まだ夜も明けきっていない時間なためあたりは薄暗いが、薄暗いながらもなん
となくわかる。昨日までの部屋の風景が一変してることが。
タンスや本棚が倒れて、昨日まで整然としていた中の服や本があたりに散乱し
てるのだ。当然、つい数時間前まで勉強していた机の上もノートや本が飛び散
っていて、勉強していた痕跡などどこにもない有様だ。

「!」

ふと、頭上になにかあるのに気づく。そして、それが倒れかけたタンスである
と気づいて驚いた。しかも、自分の頭の回りにはハンガーに引っかかったまま
の服がだらりと、のれんの様に垂れ下がっているのだ。
たまたま机の角にひっかかって倒れきってはいないが、机に引っかからなけれ
ば間違いなく眠っていた由宇を直撃していただろう。

「ひっ…ひっ…」

あまり恐怖で体が思うように動かない由宇はなんとか布団から這い出す。

べき…べきべき…ごとっ。

倒れかけていたタンスが自重で扉の板を割って、布団の上に倒れ込んだ。由宇
が布団から出るのが一瞬でも遅れていたら潰されていたはずだ。

「い、いやぁぁぁ!!」

由宇は叫んだ。

「…由宇?由宇なのか!?無事なのか!」
「と、父さん!?」

ドアの向こう、廊下から由宇の父の声がする。

「開けるぞ!くそっ、ドアが…。ちょっと待ってろ!」
「早う、早う開けて!」

泣きながらドアをたたく由宇。
その後、旅館の男連中の手を借りたりして部屋から出られたのは震災発生から
すでに30分は経過したころだった。

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「由宇、凄い体験したんだなぁ…」
「まあ…ね。あんな怖い思い、二度とゴメンだわ…」

言って、飲みかけてたココアを飲み干す。

「…それからはもっとひどいんやで。真っ暗な中電気はつかんわ、電話はウン
ともスンとも言わんから友達にも連絡でけへんわ…」
「そういえば、『ライフライン』だっけ?電気・ガス・水道も全部止まったん
だよな」

ここら辺はマスメディアでも大きく取り上げられていたので知ってる人も多い
だろう。電気・ガス・水道それに電話は神戸市内はほぼ壊滅状態で、電気や電
話は比較的早い時期に復旧したが、輸送管の点検と修理が必要だったガスと水
道は春先までかかっても半分程度しか復旧しなかったのだ。

「うん、そうや。うちの実家は比較的早うに復旧したんやけど、うちって商売
やっとるやん?いくら水やガスが出た所で、お客さんが来いひんと商売あがっ
たりなんや」
「そうなのか?」
「そりゃそうやろ。電車走ってへんのに、どうやって来んねん」
「あ」

電車で行く。
至極当たり前のような事に思えるが、山陽新幹線を含めた市内のすべての鉄道
網が壊滅していたあの頃は、不可能な事だったのだ。

「じゃあ…」
「車もアカン。ひどい渋滞で歩いた方がまだマシや」

鉄道が使えないため陸路を使うしかないため、凄まじい大渋滞が発生していた
のだ。
高速道路が高架ごと倒壊して通行止めになったため、すべての車が一般道に集
まったというのも渋滞の理由だろうが。

「それに、地震のあった場所に好きこのんで来る人って少ないし。実際、店開
けたんはいいけど、予約キャンセルばっかしだったんよ」

客相手の商売は、いくら店を開けても肝心の客が来なければどうしようもない
のは道理だ。
特に震災があったって言う恐ろしい所にわざわざ旅行に来る人は、いくら政府
が安全だと言っても、激減するのは当然だ。

「へぇぇぇ…。由宇、お前マジで凄い経験してきたんだなぁ…。そういえば、
さっきの話しに出てきた先輩達って無事だったのか?」
「あ…」

一瞬表情が曇る由宇。

「もしかして、死…」
「ううん、大丈夫や。3人とも無事や。今でも…」

と、由宇が言いかけたところへ

「由宇!明日のことやけんどもな。…って、あれ?男連れ込んどるやん。やる
やない由宇っ!!これが東京行って引っかけてきたっていう…」
「せ、先輩!?」

びっくりする由宇と和樹。
驚いて当然だ。
呼び鈴を押さないどころか、部屋にまで上がり込んできたからだ。

「なんやなんや、二人して?まあ、ええわ。で、明日の事やけど…」

いきなり部屋に乱入してきた由宇の先輩は驚いている二人を完璧無視して話し
を進める。

「(…元々元気有りすぎた人やったんやけど、震災以来さらにパワーアップし
て困ってんねん…)」
「(あ…そうなんだ)」
「そこっ!何こそこそ話してんねん!由宇、まさかあたしの悪口をっ!?」
「ち、違うわよ」
「待ちっ、由宇!」

逃げる由宇と、それを追いかける先輩を見て、和樹は笑っていた。

「和樹、何笑うてんねん!」
「えぇっ?」

先輩の追撃をかわして由宇は和樹にラリアットをかました。

「ぐはっ!?な、何で俺がぁぁぁ!!」

と、和樹がもっともな疑問を抱いた直後、背後から先輩のラリアットが炸裂す
る。
当然和樹は二人の腕でサンドイッチされた訳だ。

「さすが由宇。腕は落ちてないようね」
「先輩こそ。完璧同人(パーフェクトどうじん)のコンビ名は健在よね」

『完璧同人って何だぁぁぁ』と心の中で叫びながら和樹は倒れ込んだ。

<おわり>
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どうも『今年もやってきました、震災の日が』のUMAです。

面目ないです。
いつもの年なら1月17日の早朝にアップするのですが、今年は仕事が忙しく
て早朝から起き出す気力・体力が無かったため、今日のアップになりました。

今回のネタは1995年1月17日に儂が体験した阪神淡路大震災です。由宇
を主人公にした事もあり、フィクションの部分もありますが現実にあった体験
談(一部儂の、一部同僚の)が元です。
ただし、今年の『117』はいつもの年と少し趣向を変えています。
登場人物を去年までの委員長こと保科智子から猪名川由宇に代わったのもそう
ですが、『現在』の部分と『当時』の二部構成にしてみました。
理由は二つあり、一つ目は由宇の実家が三宮から見て北の方と思われるのです
が、当時その辺りがどれほどの被害だったか覚えていないため再現が難しいこ
と(儂が震災の時に居たのは、三宮からみて南西部)。
二つ目は、悲しいことに自分の当時の記憶が曖昧になってきたために細部まで
書ける自信がないから。
これらの理由から、今回は『現在の』由宇と、『当時の』由宇という二部構成
にした訳です。

なお、当時(今もだけど)儂は同人のことは詳しくないので1月16日に神戸で
即売会が行われていたかどうかは知りません。なので、それについてのツッコ
ミはご勘弁を(^^;;

最後になりましたが、あの震災で亡くなられたすべての霊にご冥福をお祈りい
たします。