セバスと耕平 投稿者:UMA(うま)

じーわじーわじーわ…。

「暑い…」
ここは、隆山温泉にある鶴木屋旅館本館の正面ロビーだ。呟いた男は、来栖川
家の執事、セバスチャンこと長瀬源四郎だ。
「こう暑いとあの事を思い出すな…」
セバスチャンは額の汗を拭いながら呟いた。

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「長瀬…長瀬か?」
鶴木屋旅館の社長の男が、来栖川財閥当主と一緒に居た男に声をかける。
「え?柏木…、柏木耕平か?」
声をかけられた男、名を長瀬源四郎という。後に”セバスチャン”と呼ばれる
来栖川家の執事だ。
「知り合いか、長瀬?」
「はい。彼、柏木様とは同じ部隊の戦友でして。」
「おいおい、俺に『様』はないだろ」
柏木が笑いながら言う。が、
「申し訳ございません。執事として、そのように失礼な応対は出来かねます」
そう言って恭しく頭を垂れる長瀬。
「長瀬よ、儂がいるからか?だったら、儂はロビーで待ってるぞ」
「く、来栖川さま?」
「自由時間を与えるからな。戦友同士、つもる話もあるだろ?」
長瀬の問いかけには答えず、来栖川は社長室を出ていった。

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「さて、長瀬。本当に久しぶりだな」
ぎっ、と社長席に座る柏木。
「左様でございますな。柏木様」
「おいおい、今は二人なんだから、敬語はよせよ。お前に言われると、なんか
くすぐったいぜ」
「しかし、この言葉遣いが身に染みついてまして…。申し訳ありません」
「…長瀬。お前、変わったな…」
目を細めて『戦友』を見る。
「柏木様も」
「…」
「…」

みーんみんみんみんみんみんみん…。

社長室の遙か下から蝉の鳴き声がかすかに聞こえる。ややあって、柏木が沈黙
を破った。
「…ははっ。やっぱ、変わってないぞお前。その融通の利かない所は」
「そうでございますか?」
「ああ。そうだ長瀬、『あの夜』のこと覚えているか?」
「『あの夜』ですか?ええ、今でも昨日のことのように鮮明に覚えております
とも」
そう言って、遠い目をする長瀬だった。

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戦時中の東南アジアの某所。柏木と長瀬は同じ部隊に所属している。二人は年
齢が近いせいもあったが、妙に気の合うコンビだった。
ある日の夜のことだ。二人は揃って歩哨に立っていた。
「なあ、長瀬」
柏木が、脇に立つ男に声をかける。
「なんだ?柏木?」
声をかけられた男、長瀬が答える。
「お前、戦争が終わったらどうするんだ?」
「そんなこと考えたことなかったな。…って言ってもどうせ親父と同じ、来栖
川家の執事なんだろうな」
長瀬は腕を頭の後ろに回しながら答えた。
「そう言う柏木はなんか考えてるのか?」
「まあな。俺は、一旗揚げてやるつもりだ」
「お前が?」
柏木家は結構大きな家だとは聞いてる。何もしなくても裕福な暮らしが保証さ
れているだろう。少なくとも、長瀬はそう思っていた。
「ああ。俺が考えた『新しい経営術』でな」
柏木がこういった話をするときのぎらぎらした目を見ると、こいつならやりか
ねない、そう思えるから不思議だ。
と、その時。上空から不気味なエンジン音がする。敵襲だ!
柏木達は小隊の全員をたたき起こし、茂みへ身を隠した。
敵は焼夷弾で森からいぶり出すのが目的らしく、辺り一帯を焼き払っていく。
当然、ライトで照らし出されれば空中から機銃でねらい撃ちだ。
「くそおおおお!!」
「このままじゃ全滅するぞ」
長瀬達の武器は小銃と銃剣だ。こんな装備で上空を飛ぶ飛行機を攻撃できるは
ずがない。
「…長瀬。俺に銃剣を貸してくれ」
思い詰めた顔で柏木が言った。
自害…。当時の軍人なら当然の選択だろう。
「分かった」
そう言って銃剣を渡す長瀬。
「ありがとう」
受け取った銃剣を自分に突きつけ…ずに、柏木はそのままぶん投げた。
「な…!?」
長瀬は呆気にとられて柏木が投げた先を見る。が、真っ暗で何も分からない。

どん。

一瞬、空が光ったと思ったと思ったら、火の玉と化した敵機が降ってきた。柏
木が銃剣で撃墜したのだ。
「ま、まさか…お前が…?」
そう言って柏木を見たとき、長瀬は我が目を疑った。目の前には柏木の面影は
あるものの明らかに「人」でない生き物、陳腐な表現だが「鬼」がいた。
「た…まに…こんなちから…が…だせ…るんだ…」
柏木はそう言って気を失った。気を失うと同時に身体は人のそれに戻っていっ
た。

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「…あのときは、柏木様の力で九死に一死を得たのです。それにしても、あの
時の夢を実現されるとは思いませんでしたぞ」
遠い目をしつつ、長瀬が言った。
「まあな。だが、俺の夢はまだ終わってないぜ。ただ、最近その時の『鬼』の
力が俺の心をむしばんでいくのが気がかりなんだ」
「と、申しますと?」
「…今、この温泉街で通り魔が出没してるんだ…」
「?」
一体何の話を…?長瀬はよく分からないで聞いていた。
「俺がマスコミを押さえて新聞沙汰にはしていないから知らないだろうが。そ
の通り魔に襲われた人は口々に『化け物を見た』と言ってるのだ」
「その『通り魔』の話に何の関係が…」
長瀬はそこまで口にして絶句した。まさか…。
「察しがいいな。そう、通り魔とはこの俺だ」
「で、でも何故、柏木様が…」
言葉がふるえてる。信じられない言葉を聞いたのだから当然だろう。
「さっきも言ったが、俺の中の『鬼』が俺の心をむしばんでるんだ。夜、俺が
眠ると『鬼』が目覚めて暴れているみたいで、朝起きると足が泥で汚れていた
り、手が血で染まっていたりってのが最近続いてる」
「…」
「今はまだ、殺人は犯していないが、この分だと最悪の事態になりかねないか
らな。そうなったら俺の夢どころじゃなくなるだろう」
「なんとか…なりませんか、柏木様?」
「努力はしてるのだがな」
柏木は力無く、ははは、と笑った。それが、柏木と長瀬が交わした最後の言葉
だった。

・
・
・

「…い、じじい」
誰かを長瀬を呼ぶ声がする。来栖川家の娘と親しい男、藤田浩之だ。
「え?お呼びでございますか、藤田様」
「『お呼びでございますか、藤田様』、じゃねえよ。さっきから呼んでたんだ
ぜ?」
「申し訳ございません、考え事をしてましたもので」
「ふーん。まあいいや。それよりじじい、コーイチさんが呼んでたぜ。ガディ
ムと最後の闘いだろ?がんばれよ」
彼の言う「コーイチさん」とは、柏木耕平の孫にあたる男だ。
「かしこまりました。この世界のことは、柏木様とこのセバスチャンにお任せ
下さい」
「たのんだぜ、じじい!」
長瀬は藤田に恭しく頭をたれると、戦闘準備のため自室へと戻っていった。

『…柏木、お前の出来なかった鬼の制御、孫の耕一君が見事成し遂げたぞ…』
心の中でそうつぶやきながら。

<終劇>
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どうも、「ネタ提供ありがとう>dyeさん」のUMAです。

 >                 −ネタ提供−
dyeさんが振られてたネタ、ゲットいたしますですぅ。…って結局2週間かか
ってやんの>儂(^^;;

#途中で美優里ちゃんを保護したり(笑)とかあったけど

本当はもっとdyeさんのネタの色を出した話で描いていたのだが…話が暗い方
向へ進んでいくのを修正してたら原型をあまり留めなくなってしまったよう
です。

#若い二人が出会ったのが戦時中だし、柳川の母の話は出てこないし…
#やっぱ、シリアス系は難しいわ>儂

なお、耕平は鬼の力を制御出来ています(楓シナリオより)が、彼が力を制御
出来るようになったのは本作以降、と設定しています(ゲーム内の設定からす
ると二十歳前後らしいが…)。
また、鬼の力は一族以外の人間には秘密なので、セバスは耕平が鬼の力を制御
出来るようになったかどうか、知る由もないと考えています。

ぢゃ、そういうこって。