Covered nose 投稿者:takataka 投稿日:6月28日(木)00時40分
「実はメイドロボの識別方法を再検討しようという動きがあってね」

 長瀬主任はくたびれた様子で言った。
 何でもいいが、オレはいつから7研かかりつけモニターになったんだ。

「識別って……耳カバーですか?」

 マルチが不思議そうにたずねる。まあマルチにも里帰りさせてやらないといけないし、
別にいいけどな。

「耳カバーという方法で分かりやすくしたつもりなんだが……今度は逆にその分かりやす
さが災いしてね。最近増えてるんだ。耳カバー犯罪」
「は?」

 耳カバー……なに?

「耳カバー犯罪。つまりは、普通の人間が耳カバーをつけてロボットに見せかけて犯罪を
行なう種類の事件でね。こないだも一件あったんだ、ほら」

 主任が放って寄越す新聞を見てみる。


	「【まぬけ贋ロボ泥御用】
	 14日未明、見知らぬメイドロボが家の中を物色しているとの通報で駆けつけ
	た○○署の警察官が、耳カバーをつけた中年の男を窃盗と住居不法侵入の容疑で
	現行犯逮捕した。調べによると、犯人の*****容疑者(57歳無職)は、
	『耳カバーさえつけていればロボットのしわざだと思われ、怪しまれないと思った』
	 と供述しているという。
	 近年この種の犯罪が増えていることもあり、警察では「あやしい耳カバーにご
	用心」と注意を呼びかけている」


「……うわ」

 57歳無職型のメイドロボかあ。やだな、実在したら。

「参るんだよねえ、企業的にもイメージダウンだし」
「そうだぞマルチ。お前も下着なんか盗まないようにな」
「わ、わたしちゃんとロボですし下着なんか盗まないですー!」

 ぶんぶんぶんと手を振って抗議するマルチ。

「まあそれは極端だが、じっさい高校生くらいの女の子が耳カバーつけたら知らない人に
は区別つかなくてね。こっちでも手を焼いてるんだ。ほら、これなんか」

 主任の手がビデオのリモコンに伸びた。


	『〜早耳ムスメのトレンド一番乗り〜
	 いま、耳カバーが思わぬフィーバーを巻き起こしています。流行の発信地ここ
	代官山では、いまやメイドロボだらけ!? いいえ、実はほとんどこれ人間の女
	の子なんです。

	 ”え〜っていうかぁ、ちょっとロボっぽくていいかなって”
	 ”ピアスみたいに穴あけなくていいしぃ”
	 ”小銭とかちょっと入れとくのに便利なんですよー”
	 ”あと競馬新聞みるときの赤鉛筆入れといたり”

	 こんなふうに、ファッションと実用をかねた耳カバーが爆発的な人気なのです。
	 この人気を受けてオープンした耳カバーショップ”テクノストレス”での人気
	カバーをチェックして見ましょうー! なんといってもこのマルチ型ですが、シッ
	クな大人の雰囲気を漂わせるセリオタイプもなかなかの人気』

	 <これっていいじゃん!!>

	 『ほう、いろいろありますねー』
	 『これなんかいいですよー。ちょっとつけて見てください』
	 『あっはっは』
	 『似合いますよー』
	 『おや? これ曲が聞こえる』
	 『MP3プレイヤー一体型なんです。これなんか便利でいいですよねー』
	 『ははあ、いろいろ考えますねえ』
	 『それではここで本日の占いカウントダウン……』


「ま、こんな感じ」
「…………」

 なんか、いろんなものが流行るもんだなあ。

「親しんでくれるのはいいんだけど、おかげで識別標識としての耳カバーがあんまり意味
なくなってきてねえ」

 まあな。ほかに見分けつけられないし。

「そんなわけで、識別方法の見直しなんだが、藤田くんに試作品を見てもらいたいと思っ
てね」
「オレなんかよりロボ見慣れてない人のほうがいいんじゃないすか?」

 自慢じゃないがオレは耳カバー外したロボットと人間を1秒3体ペースで鑑定できる。
 これを活かした職業に就けないかと思ってるくらいだ。

「いや、まあそうなんだけどね。はじめてロボットに触れる人に先入観植え付けたくない
し」
「先入観……」
「かなりショッキングな出来だから、心の準備も必要だし」
「ショッキング?」

 あんたまたナニをするつもりなんだ?

 主任はマルチを連れて次の部屋へ消える。

「おい! ちょっと待ってくれ主任。なんだそのショッキングって! オレに一体何を見
せるつもりだ!!」
「――お待ち下さい、浩之さん」
「セリオ! いいのかお前! またお前らに何かおかしなものをつけさせるつもりだぞ
!」




「さあ、これがロボットの新しいパーツ……鼻カバーさ!!」

 衝撃的。

 つーか。

 鼻。
 
 それはマルチの顔面の中央を大きく占拠して――。
 
「鼻!! たけえええええええええ!!」
 
 白銀色に輝く、堂々たる鼻。
 あくまでも金属的な光沢、そしてメカっぽさを前面に押し出したカクい造形。一昔前の
ポリゴン格闘ゲーのようだ。たぶん10ポリゴンもあれば表現できるだろう。

「マルチ……お前……」

 マルチはその体の中でもっとも恥ずかしい、はしたない部分をさらけ出しているにもか
かわらず堂々としたものだ。
 ってーか、耳をあらわにしているというのに。
 お前変わったな……変わったよ……。
 そんなマルチはオレを見て、にっこりと微笑む。
 きらりと光る鼻カバー。

「はーい! みすたふじーた!」

 なぜ外人調!? レミィ風味!?

「イエーす。ワタシMaidRobot、HMX−twelve、マルチデース!」
「マルチ……そんな、口調まで変わっちまって……」
「何なりとcomand please! My master!」
「おまえ……外見はそんなでも心は昔のまんまのマルチなんだよな!? そうだろ? ほ
ら、あのときみたいにあどけないしぐさで『はわわー』とか言ってくれよ。そんな外人ぽ
く肩すくめたりしないで、あのときみたいに笑ってくれよ」
「OKay,ミスタふじーた。ハワーワ! ハワーワ! HAHAHAHA!!」

 オレの知ってるマルチは……遠いところにいっちまった……。

「I say ハワーワ & You say ハワーワ! are you allr
ight? understand? realy?」

 ――なんかムカついて来た。

「こんのニセモノ野郎ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 げしっ!!

「はぅ!」

 こんこんころーんと床に転げる鼻カバー。

「はわ! ひ、ひ、浩之さん……私は……」
「マルチ!? マルチなのか!? オレの元に帰ってきてくれたんだな!
 まあるちいいいいいいいいいーーーーー!」
「ひ、浩之さーーーーーん!!」
「てい」

 ぺた。

「NO! ふじーたさん、ベリベリBadboyネー」

 ふたたびマルチ外人フェイス&リアクション。

「てめえ何しやがる馬面コルァ!」
「だって、せっかく作ったのにー」
「だからって何もマルチの言語中枢とリンクさせるこたねえだろう」
「してないよ」
「へ?」
「これはただのカバー」
「なんだって? マルチてめえ、オレを! このオレをからかってたんだな!」
「ひぃぃ、そ、そんなことは決して!」
「ためしに藤田くんも」

 ぺた。
 
「Oh! Dr.ナガーセ! なにしマスカーっ!」

 ぺり。
 
「ね?」
「……オレは? オレはいま、いったい……?」

 オレは失意のどん底に叩き落された。このオレが……付けっパナ外人に……。

「ちくしょう……くそっ……なんてこった!」

 こんなものが! こんなものがあるから争いが起きるんだ!
 こんな鼻カバー! オレの手で! このオレの手でー−−−−−−−−!

「野郎ぉぉぉーーーーーーーーーー!」
「あ、藤田くんっ」

 長瀬主任の手から悪のカタマリを奪取&ダッシュ。
 あの来栖川を相手にどこまで逃げきれるか……へへっ(鼻こすり)地の果てまでだって
逃げてやるさ! オレは男前だからな!

「しかたない、セリオ、実験を続けよう」
「――はい、主任」




「ふう……」

 悪の科学者の手から魔の鼻カバーを奪い取ったはいいが、これ、どう始末したものか。
 そこいらに捨てたりしたら、誰かが拾い上げて鼻に装着するかもしれない。
 いや、する。絶対する。オレだったらするし。
 そしてこの平和な世界にふたたび災いをもたらすことになるのだ。
 それだけはさけねばならねえ。

 だが。
 ふ、とオレの耳元にささやく、悪魔の声。

 ――他の奴らにつけて見たらどうよ?

 なっ……何をばかな! 目つきばかりはワルの俺だが、心はそこまで腐っちゃいない
ぜ!
 
 ――ほう。だがここで我慢しても、またいつか付けたくなるぜ。そのときはどうする?
 例えばお前は、メシも食わず、水も飲まず、眠りもせず、コメットさんも見ず、おジャ
魔女ドールも買わず、いったいどのくらい我慢できる?

 くっ……痛いところをついてきやがる……特に後半!

 ――ククク、本当はお前だって気付いてるんだろう? もう限界にきてるってことを。




『――大っけえ鼻はな、やさしくて、気がよくって、たしなみがあって、目から鼻に抜け
てよ、鷹揚で、強くって、早い話がこの俺様のようなお方の正のしるしだあ、手前のよう
な奴あ、なってみたくも鼻が許さない……』
 ぺり、と鼻を剥して。
「――エドモン・ロスタン作『シラノ・ド・ベルジュラック』から”ブルゴーニュ座芝居
の場”でした」
 ぺこり。
「うまいうまい」
「セリオさん、すごいですー」
「やっぱりマルチにつけるのとでは反応が違うなあ」
「はぅぅ……」
「気を落とすことはありません、マルチさん」
「……セリオさん……」
「これをどうぞ」
「わわ、何ですかそれ」
「これが『目カバー』だよ」
「わっ……わわ……(かぽ)すすす、すごいですー!」
「――そこはかとなくサイバーです、マルチさん」
「か……かっこいいですー! ロボコップみたいです!」
「歩いてごらん」
「はいです! よいしょ、よいしょ……(ごんっ)はぅ!」
「――主任。マルチさんの視界に異常が見られるようです」
「異常も何も、見えてないもの。しかたないよね」
「――内部がモニターになっていて、外の風景が見えるのではないのですか?」
「なんで? そんなことしたらカバーする意味ないじゃない」
「はわ! (ごす)わ、わたしのおでこ……(がこ)頭ー、後ろ頭ー!」




 はあ、はあ、はあ……
 オレはもう限界に来ていた。自分で自分が制御し切れないのを感じる。
 
「る〜る〜る〜♪ るるるるるるるるりら〜」

 街角で鼻歌まじりの恥ずかしい女、発見!
 あんな事するのはオレの知り合いではいっぱいいそうだが、なかでもとくに……。
 赤毛、そして幸せの黄色いリボン。
 オレはその女の後をつけていた。
 あの女を――したい。

 と、その女がくるーり180°反転。

「あ、浩之ちゃん」
「あかり……」
「こんなところで会うなんて」
「てりゃ」
 ぺと。
「わ……BOWWOW! BOWWOW!」
 うわすげえ! やっぱりアメリカの犬ってバウワウって鳴くんだ!

「はあいヒロ! やってきました志保ちゃんにゅーーーーーーーーーーーー」
 ぺと。
「Gooooood mornin’Vietnaaaaaaaaaaaaaam!!」

 すげえ……どんなやつも、たちどころに外人風に!
 この付けっ鼻には恐ろしい魔力が秘められていますぞ! これさえあれば世界を制する
ことも……。
 待てよ。
 オレの脳裏に恐ろしい疑問が過ぎった。オレって奴はなんてことを思いつくんだろう。
まるで悪魔のようなそのひらめき。自分で自分の考えに恐怖した。
 なんとなれば――。


 ・・・・ ・・・・・・・・ ・・・・
 こいつを、レミィにつけたら、どうなる!?


「あ、あの、浩之ちゃん?」
「ちょっとヒロ、聞いてんのー? あかりぃ、どうしたのよコイツ。いきなりヘンな付け
っパナしたと思ったらなんか黙り込んじゃってさ」
「私にも良くわからないんだけど……」

 ことは慎重に運ばなければならない。ことによっては外人訛り同士で対消滅を起こして、
原子に秘められた純粋エネルギーの爆発でこの緑の惑星、かけがえのない地球がふっ飛ぶ
かもしれない。
 お、オレはそんなことをしていいのか? 世界の命運がいま、オレの手に!
 苦悩にもがくオレの目に、仔猫を抱いた少女の姿が目にうつる。

「あははー。たすけー、たすけー」
「にゃー」

 ふ……と心のなかでわきたっていた何かが静まるのを感じた。そうだよな。この平和な
世界を大ピンチに陥れるようなことをしちゃならねえ。そうだろ浩之? こんなオレじゃ
あ、まばゆいお日さまに笑われるぜ……? あと仔犬にも。

「Hi、ヒロユキ!」
「――!!」

 衝撃。視界が転地逆になる。
 このタックル――間違いようもない。
 またいいタイミングでこの女! それほどまでにオレに罪を犯させたいのか?

「あ、レミィ」
「はろー♪」
「ドラマチックな出会いね! ねえ、せっかくだし、みんなでどっか行こうヨ!」

 全身が震える。すでに汗びっしょりだ。オレはいま、越えてはならないところを超えよ
うとしている。
 心配げにかがみこんでのぞき込むレミィ。オーバーオールに包まれた二つの半球がふる
んと揺れる。だがそんなものに視線をそそぐ余裕もなく。

「……ヒロユキ? Are you OK?」
「てりゃ」

 ぺた。

「は……」

 一瞬。
 きょとんとした、その顔。
 次の瞬間――


「やーんだぁ、なにするべえスロユギさー」


 山形弁ーーーーーーーーーーーーーーー!??




「じゃあお次はこれ!」
「わわっ、お掃除するのに便利ですー! そでが汚れないですー!」
「――主任」

 しげしげとそれを見下ろすセリオ。

「どうだろう。気に入ってくれたかい? 腕カバー」
「――実用性にかけては今までのなかでもトップクラスと思われます」

 腕を覆う、黒い筒状の布。まるで田舎の役場の窓口係。
 腕カバー。

「――ですが、人間との識別には……」
「とんだ落とし穴が!」

 主任大ショック。

http://plaza15.mbn.or.jp/~JTPD/