エルクゥの正体見たり前世魔人 投稿者:takataka 投稿日:6月19日(火)01時06分
 1


「楓おねえちゃーん」
「何、初音」

 すたたたーと走りこんできた初音が、ぴた、ととまる。

「わ、わわっ」

 あやややや、とバランスを崩しかけたところ。
 
「――危ない」

 ぴた。
 楓の指一本が初音を転倒の危機から救った。
 指一本。
 デコに、ぶすっと。

「痛いよお姉ちゃん」
「床に激突するのと、どっちが痛かったと思うの」
「うう……でも、普通に止めてくれれば」
「これ、私の普通」

 そういわれては返す言葉もなかった。

「あいたた……あのね、楓お姉ちゃんって私たちの前世、知ってんるんでしょう」

 ふいに、きょとん、とした表情。
 つ、と口元が上がった。そのわずかな変化に初音が気づく筈もなく。

「ええ……少しは」
「ねえ、私は!? 私はどんなだったのかな」

 楓は答えるもなく、両手の指をぴっと立てた。

「唱えて」
「え?」
「いっしょに唱えるの」
「え? な、なに?」
「唱えなさい、初音」

 どきり、とした。
 夏の夕方、水のにおいがする空気。
 西日のわずかに差す部屋の中、陰影の中にひそむ楓は――おそろしいほどになまめかし
く。
 さらり、と揺れる髪は切りそろえたばかり。
 白いレースのサマードレスの肩紐が、いやに目に焼きついた。
 人形のような。
 そして。
 ほの紅い唇からつむぎだされる、ひそやかな声音。




「くるくるばびんちょぱぺっぴぽ、ひやひやどきっちょの、え〜るくぅっ」




 間。




「……初音」

 少し怒気を含む。

「え? だ、だってお姉ちゃん」
「初音」

 切れ長の瞳が、ひたと見据える。
 一言一言くぎって、言い聞かせるように。

「はつね」

 気づいたときには、その唇が耳元にあった。

「唱えて」
「うう……もう、なんか恥ずかしいな」

 しぶしぶながらも姉について、その言葉を唱える。
 ……きょろきょろ。
 なにも、起こらじ。
 見回すあたりに音もなく、初夏の夕景に小揺るぎもない。

「え、何なに? 何が起こるの?」
「あ、ヨークが飛んでる」
「ええ!? なになに一体な」

 ごすぅ。

 初音の後頭部に実の姉の手になるところのバールのようなものが危険な角度でヒットそ
れと同時に衝突による加速度によって初音の頭部がめざましいいきおいで畳にハードラン
ディングそしてイグサと額部の皮膚との間で擦過が発生その直後初音的には薄れ行く意識
の中でそれぞれの素材間の動摩擦係数から導きだされる予想値に等しい発熱を観察そして
もちろん例の初音アンテナのみ一拍遅れてどこかゴムっぽいカートゥーンぽいムーヴメン
トで自らの頭部に再突入するのを確認してよかったぁ私のアンテナ帰ってきたよーなどと
いう安堵感を最後に初音の意識ブラックアウト。




「うう……いたた」
「初音、しっかり」
「な、なんだか後頭部をバールのようなもので強打された気がするよう……」
「バールのようなものじゃなくて、バールよ」
「そうなんだ」
「ええ」
「どうして楓お姉ちゃんが知ってるのかな」
「不思議ね」
「不思議といえば……ここ、どこ?」

 あたりの景色が一変してるのに気づいた初音。
 はるか草原を、ひとつかみの雲が、当てもなくただよい飛んでゆく。
 家もなく町もなく、何も見えはしない。

「けれど初音。あなたは来たのよ」
「楓お姉ちゃん、ここは?」
「室町時代の日本。隆山ね」
「え? ええ!?」
「さあ、エルクゥのはじめてを探りましょう」
「初めてって言われても」

「ひゃあ、たすけてえー」

 すっかり腰の抜けた様子で、走りこんでくる百姓ひとり。
 なんか舞台袖でスタンバッていたかのようなタイミングのよさで。

「わ、わわ」
「どうかしたんですか」
「オ、オラ見ただよ! 東の空がぴかっと光ったかと思うと、銀色に光る皿みてえなもん
がジグザグに! そうして降りてきた身長三メートルの宇宙人が人をエッチな気分にさせ
る光線銃でオラのハートを熱くさせ、そりゃもうキャトルミューテレーションだのインプ
ラントだの」

 なぜか二ヶ国語で、英語の上に同時通訳の日本語がかぶっていた。どこのものとも知れ
ないあやしい方言の。

「あ、あんたらもはやく逃げなされー」
「あ、あのう? 一体何があったんですかー?」
「……ついUFO番組の影響が……」
「楓お姉ちゃん?」
「なんでもないの。初音、あれをごらんなさい」

 身長三メートルはあろうかという三体の宇宙人が、村人を追いかけまわしている。
 
 宇宙人は楓と初音の姿を認めると、ピタリと足を止めて。

「わっはっはー、俺たちはわるーい宇宙人、エルクゥだぁ」
「お前らもぼやぼやしてると食べちゃうぞう」

 自己紹介してふたたび村人追跡開始。

「なに? 楓お姉ちゃん、宇宙人なのに日本語しゃべってるよ?」
「初音、瑣末なことは気にしないの」

 と、そこに忍び寄る影ひとつ。
 
「む」
「な、なんだぁあ?」
「おい、そこのお前! 俺たちに何をした!」

 すれ違った影が振り返る。

「……一歩でも動けば、ボン、だ」
「何い? わっはっはー、こいつ何言ってやが……ががが、すべはっ!」
「あわびゅ」
「てはっ」

 人体大爆発、三連チャン。

「そんな村を救うためにあらわれた幕末救世主、それが次郎衛門(153×〜没年不詳)
よ」

 155×年、隆山はエルクゥの脅威に包まれた!
 だが人類は滅びてはいなかった!
 てな感じの展開だ。

「あ、この場合幕末っていうのは室町幕府の幕末だから」
「ていうか楓お姉ちゃん! ボンって! いまボンって!!」
「大丈夫、初音。宇宙人だし」
「そ、そういう問題なのかなああ!」
「でも、そんな次郎衛門も多勢に無勢で、あるとき多数のエルクゥにめちゃくちゃにされ
ます」
「……なんか意味が……めちゃくちゃって……」
「そんなところにあらわれたのがエルクゥの皇女エディフェル」

 砂糖。スパイス。ステキなものたくさん。
 全部混ぜれば次郎衛門は超回復する、はずだった。
 でもエディフェル、余計なものまで入れちゃった!

『エルクゥ’s blood』

 そして子孫に生まれた超キュートで超パワフルな4人姉妹。
 リーダーの千鶴!
 キュ〜〜〜〜トな初音!
 そしてタフだぜ? 梓!

「そして、わたし……これが柏木家の始まり」

 楓の口は真実の重みを表すかのようにゆっくりと重々しく語る。

「そ、そんな……嘘! 嘘だよー!」
「初音、現実から目をそらしてはだめ。パワー柏木ガールズとしての自覚を持たなければ」




「お〜い、楓ちゃんに初音ちゃん、ご飯だぞー。早くこないと梓が……」

 耕一はその部屋に一幅の絵を見た。

 苦悶の表情を浮かべて、身もだえしている初音。寝汗がすごい。
 その初音に膝枕をしてやっている、楓。
 伏せた眼差しで、いとおしげに、苦しむ妹を見守っている。
 時おり額の汗をハンカチでそうっと拭って。
 ちりん。
 風鈴が鳴った。

「楓ちゃん?」
「エルクゥは精神を信号化して伝え合うといいます……」
「それで……何してるんだ?」
「別に。」



 2



「柏木、楓だな」
「――あなたは」

 氷の彫刻を思わせる怜悧な美貌に、ほのかな翳がよぎる。
 柏木楓は、その男を――彼女の叔父を見上げた。

「何の、ご用ですか」
「お前に話がある」

 ぐ……っと、鞄を胸元に抱き寄せる。心臓を締め付けられるような、不安。
 耕一さん。
 勇気の出る呪文でもあるかのように、その名を心の中で唱える。

「そう怯えるな。無理強いはしない」

 まるで親からはなれた仔猫のように震えるその少女に、柳川裕也は仏頂面のまま言葉を
かけた。
 優しい態度などというものは彼の立ち絵パターンにはなかった。




「前世?」
「そうだ」

 端正なおももちに、沈痛な色がわずかに浮かんだ。

「鬼の力を継ぐものの内、俺だけ前世が分からないというのはいかにも不公平じゃないか。
 知りたい。この俺の内に棲むものの正体がなんなのか。これほどまでに俺を狂気と殺戮
に駆り立て、俺という人格の全てを塗りつぶそうとしているものはなんなのか。俺は……
一体何になってしまうのか」
「分かりました」

 楓は静かに目を閉じた。

「おい、なにを……」
「感じてください。エルクゥは意識を信号化して伝えます……あなたにも、分かるはずで
す」
「ああ……分かった」

 す、と目を閉じる柳川。
 その脳裏に一幅の絵のように情景が広がる。遠い昔にどこかで見たような、懐かしさ。
 どこか山あいの山村のような田畑。いくさでもあったのか、そこここから煙があがり、
あたりには人っ子ひとりいない。

(これは……)
(静かに。意識を集中してください。寝ているときに比べて、覚醒状態では伝えにくいで
すから)

 言われたとおり意識をその情景のほうに傾ける。
 と、なにやら三つの人影が。

「ヒャハハハハ! ヒャハハハハ!」
「人間狩り部隊の参上だー!」
「ひぃぃぃ、待ってくだされ! この種は! この種だけは!」
「うるせえジジイ!」げしっ

(これは……)
(エルクゥの狩りの様子です)

 こんなだったのか。
 柳川はちょっとショックだった。なんか日本語通じてるし。
 やがて村を蹂躙するのにもあきたか、彼らは放歌高吟しはじめる。


	♪おれたちゃエルクゥトリオだぞ
	 いたずら(性的な)するのが大好きさ
	 女の子なんか 犯しちゃえー♪


『おやつあげないわよ!』

 りん、とひびく声。
 よっちゃん風味のダミ声でないあたり、ノリかたが中途半端だった。

「そ、その声は!」
「ま、まさか!」
「アズエルさまぁ!」

 ざしゃあああああ。

(何っ……柏木梓か!?)

 ばきばきっと指を鳴らすその姿、まさしく人間ゴリラ。いやゴリラ人間。
 むしろゴリラーマン?

「お前ら……ハメ外すにもほどってもんがあるよなあ……?」
「いや、待ってくださいアズエルさま! 俺は止めたんスけどこいつがどうしてもって!」
「何? お前そういうこと言うわけ? 友達だと思ってたのにー」
「こいつらと違って基本的に俺は無関係ですよー! いや、むしろ俺は止めたデスヨ?」

 はー、とゲンコに息吹きかけるアズエル皇女。
 
「とりあえずお前ら三人、死刑な」
「うそー!」

 ばきげしぼぐしゃー。



「……というわけで、あなたはハメ外しすぎてアズエルに処刑されたエルクゥ三兄弟の次
男です」
「ばかな!」
「本編で言うと、あのヨークの近くで次郎衛門を呪ってる人たちがそうです。今でも恨み
を捨てきれないでいるんです……」
「待て! 幽霊が出るくらいならなぜ俺がその転生なのだ! 転生してないからこそ幽霊
が出るのだろう!」
「あれは幽霊というより、恨みの妄念が凝り固まった残留思念のようなものです。もとも
と『トニー、力がでないよ〜』状態のそれらがヨークのパワーとダリエリの強い思念によ
りカルシウムたっぷりの栄養抜群でグーレイトォウな感じに」
「……ばかなことを! 俺は! 俺は信じん! 信じんぞ!」
「信じるか信じないかはあなたの自由です。
 ……ですが、梓姉さんのことはどう説明するのですか」
「なんだと」
「あなたが現世で梓姉さんをボコッたのは、もとより前世の恨みの念がそうさせたので
は?」
「いや、あれはあいつが先にやったから! 正当防衛だろある意味!」

 楓の口もとが、つい、と上がった。

「言い逃れ方が、ご先祖にそっくり……」
「う、うわああああああ!!」


 ダッシュで去る柳川を見送って楓、ぴーす。
 勝利のサインだ。
 ついでに反対側の手はさりげなくマノフィカにしてるところにも触れておきたい。




「はあ、はあ、はあ……」
「どうした柳川くん。顔色がさえないな」
「ええ……すこし疲れているようです」

 おかしな夢を見るものだ……柳川の脳裏に楓の微笑がひらめく。どうして柏木楓の夢な
どを?
 胸を抑える柳川。思い出すだけでも動悸が起こりそうだ。

「どうしたい柳川くん? ……ははあ」

 したり顔で笑う長瀬の顔に目をやる余裕などなかった。
 ぽむ。

「よし、君のあだ名決定。その名も『胸キュン刑事』」
「何ですかそれは!」
「刑事にあだ名はつき物だろ? 今まで決めかねてたんだがこれで決定打だね。
 さ、聞き込みに行くぞ胸キュン。捜査の基本は足だ!」
「がんばってくださいね胸キュン刑事!」
「自分、胸キュン先輩のこと尊敬してるッス!」
「……貴様らああああああ!!」
「あっはっはー」


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