『耕一、好きよ』 投稿者:takataka 投稿日:2月4日(日)02時21分
「……んっ」
 なにかを言おうとしたけど、耕一は唇を離さなかった。
 あたしはゆっくりと瞼を閉じ、耕一に身を任せた。
 庭の方から吹き込んだ爽やかな秋の風が、あたしの髪をサラサラとなびかせた。
 雲ひとつない青空から、眩い陽射しが射している。
 今日もまた、暑くなりそうだ。
 真っ白な光に包まれながら、あたしは耕一の唇を感じ続けた。
 そ……っと、唇を離す。
 真剣で、それでいてやさしい耕一の顔。

 何か言わなきゃ。

 そうだ。そうだよ。
 あたし、耕一にまだきちんと自分の気持ち、言ってない。
 もてあました感情をぶつけるばっかりで……昨日だって、言いたいこともろくにいえな
いうちに……。
 ううっ、顔が、顔が赤……。

 そうだ、きちんと言おう。
 耕一にあたしの気持ちを伝えよう。
 もうそんなことはお互い良く分かってるんだけど、これ以上やたらに言い合うことでも
ないのかもしれないけれど。
 これは、あたしの決意表明。
 あたしと耕一の、新しい関係。今までと違う、もう一歩進んだ二人のかたちのために。
 小さな声でもいい、聞こえればいいから、

 ちゃんと言おう……『耕一、好きよ』って。

 うー! いざとなると駄目だなあ! 昨日はあんなに夢中になっていってたのに……あ
あなっちゃうといくらでもいえるんだけど、こう、昼間の光の下で、面と向き合って言う
となると恥ずかしいな……。
 あー、でも言うぞ! 言うの!

 すうっと深呼吸して。

 ごくり。喉の動く感触。

『耕一、好きよ』

 それだけのこと。言えないはずがない。

『耕一、好きよ』

 その言葉を心に思い浮かべるだけで、鼓動がはねあがる。
 ああっもう、あたしの心臓! すこし落ち着け!

『耕一、好きよ』

 大丈夫、大丈夫。
 落ち着いて。



「耕一……」
「ん?」



	「す、すけきよ」
	「え?」




「ううっ……」

 泣き顔を人に見られるのがいやで、がっくりとうつむいている。
 公園のベンチに、ぺたん、と腰かけたあたし。
 ちくしょう、いつだってそうだ! いつだってあたしは、大事なときにきちんと言わな
きゃならないことが言えなくて……。

 噛んだ……
 一番大事なところで、
 あたしの気持ちすべてがこもったひとつの言葉で、
 思いっきり、噛んだ……

「なんだよ”すけきよ”てーーーーーっ!」

 ああっ、もう! あたしのバカ!
 その場さえ逃げられればどうでもいいと思って、無我夢中で駆け出してしまった。
 耕一、なんて思っただろう……。
 変な奴って思っただろうな。
 やっと素直になれる。
 やっと二人、今までと違った関係になれる。
 やっと……あたしは耕一の『弟分』から、何か違うものになれると思ったのに……。
 耕一……。

「あずさ……」
「こういち?」

 突然の声に顔を上げる。

「……って、うわあああああ!!」

 思わず大声。
 そこにいたのは、耕一……なのか? いや……違う?

「ほんとに、耕一なの?」
「……いや、違う……」

 喉を完全につぶしたような、ものすごく押し殺した声。

「すけきよだ……」
「………………」
「もしくは……アオヌマシズマ」

 耕一の服を着て、耕一とおなじ背格好で立ちはだかっているそれは、頭にすっぽりと青
白いゴムマスクを被っていた。目と口だけ穴があいている。

「どうして……」
「駅前のゲーセン……UFOキャッチャーにあった……これ取るのに、1200円かかっ
たー……」

 なんか。
 なんか、ばかばかしくて涙が出てくる。
 これやるために。これ被ってあたしのことを迎えに来るためだけに、キャッチャーに張
り付いてる耕一の姿を思い浮かべるだけで。
 ゲーセンからこれ被ってくる耕一の姿、ぎょっとして周りの人が振り返る中を、何も気
にせずまっすぐ歩いてきただろう耕一の姿を。

「耕一……」
「心配するなー……お前の分もある……」

 すっとさしだす、白いゴム。
 あたしは黙って受け取り、それを被る。ゴムくさいのが気になったけど。

「こ、これで……いいのか……」

 せいいっぱい声を押しつぶして、似せてみる。

「……そうだ……よくできてるぞ、あずさ……」
「ありがとう……耕一……」

 押しつぶした、しわがれた声で二人、心と心が通じ合うのを感じる。
 
「それじゃ……ゲーセンに行くか耕一……」
「どうしてだ……あずさ……」
「千鶴姉たちの分も……必要だろう……」
「そうかー……なら行こう……」

 足取りも重々しく、ゲーセンへと向かうすけきよカップル。
 白い無表情なゴムマスクは、それでもそこはかとなく楽しげで。
 チャーミーグリーンを使うと手をつなぎたくなる系のノリで。
 野良犬すら二人を避けて通る。
 気持ち悪がってるわけでは決してない。

 ないと思う。
 多分、きっと。

 すっ、と耕一が肘を空けると、梓はためらうことなく腕を絡めた。
 そんな二人のあたらしい関係。




そして、 家族の新しい日常はすけきよマスクとともに。

「いただきま〜す……」

 しわがれた声また声が、食卓にこだまする。
 居並ぶ五つのすけきよマスク。
 耕一から見て左手に、あたし。
 正面に、襟足から長い黒髪をぶわっとはみ出させた千鶴姉。
 持ち前の神秘的な雰囲気がより一層すけきよタッチな楓。
 右方には、マスクからぴょんと一房飛び出た初音。
 髪のほかには服で区別つけるほかないほどに、家族仲良くすけきよ。
 もしくはアオヌマシズマ。

「……今日の飯も……うまそうだな……」(すげえ押し殺した声)
「ああ……腕によりをかけたからな……」(思いのこもったつぶれ声)
「明日は……わたしが……」(何か期待するようなすけきよヴォイス)
「千鶴姉は駄目だ……」(きびしさあふれるつぶれ声)
「くすん……」(悲しげなすけきよヴォイス偽善風味)
「……ごちそうさま」(どこか凛とした、でもかすれ声)
「いつも速いな……楓ちゃん……」(感心しっぱなしの押し殺した声)
「すごいよね……楓お姉ちゃん……」(かわいらしいけどやっぱりガラガラ声)
「初音ちゃん……そのアンテナはどこから出しているんだ……」(疑問系の押し殺した声)
「秘密だよー……」(照れ笑い含みのガラガラ声)

 どっとはらい。






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