アイドル秘密流出ビデオ 投稿者:takataka 投稿日:1月23日(火)05時25分
「青年、君を呼んだのはほかでもない」

 緒方英二。
 天才作曲家と呼ばれ名声をほしいままにしたが、その後すみやかに引退して、今では俺
の恋人である由綺と、英二さんの実の妹である理奈ちゃんの二人のプロデュースに忙しい
日々を送っている。
 そんな人が……俺みたいな一バイトADに一体なんの用だろう?
 この人から見て俺の特徴といえば、由綺の恋人であること……それくらいだ。

「由綺ちゃんの小さなころのビデオが欲しいんだが、君持ってないか」
「……それ、どういうつもりですか」
「おっと、そう警戒するなよ青年」

 苦笑して訳を話す英二さん。
 なんでもテレビ局の歌番組だかなんだかの企画で、由綺の子供のころのビデオがほしい
らしい。

「ほら、アイドル番組でよくあるだろ? 子供のころの写真見せる企画とかさ」
「でも緒方さん、俺だって由綺とは高校のときからの付き合いですから、そんな昔のこと
までは知らないですよ」
「ふぅん、そうかな?」
「……疑ってるんですか」
「いやいや、ただ、青年のようなタイプなら、一度モノにした女は過去までさかのぼって
でも自分のものにしてしまいたい……そうじゃないかな、と思ってさ。けっこう独占欲、
強い方だろ?
 そこまで極端なこと言わなくても、自分が付き合ってる女がどんな子供時代を送ってき
たのか、興味が湧いたりはしなかったかい?」

 小さめな眼鏡のレンズを通して、俺の心の中までのぞきこむように。
 俺の心を読むのなんかお手の物ってことか。

 確かに、俺は由綺の子供時代に興味を持っている。でも、それはたとえば由綺の家に遊
びに行ったときに、本棚の中にたまたま昔のアルバムを発見してしまったとき、由綺がお
茶をいれに席を外すところを狙って、すこし覗き見てみたくなるとか……その程度のこと
だ。

「どうだろう青年。ひとつ由綺ちゃんに直接聞いてみてくれないか? 昔撮ったビデオか
何かないかどうか」
「自分で聞いたらいいじゃないですか。仕事で必要だって言えば、由綺なら持って来るで
しょ」
「いやいや、それじゃ面白くない。由綺ちゃんには何にも知らせずにおいて、番組中に突
然『実は由綺ちゃんの子供のころのVTRが……』とやるんだ。いいリアクションするぞ、
きっと」
「でも、俺は……」
「そうそう、番組がどうとかいわずに、ただ子供のころのビデオが見たいって、それだけ
言ってくれ」
「それじゃなんか騙し討ちみたいじゃないですか」
「まあ、ドッキリみたいなもんだね。なに、タレントならドッキリの一つや二つ仕掛けら
れて当然だろう。青年がやるんだったら、由綺ちゃんもそんなに怒らないだろうし。
 頼むよ、ひとつ」
 
 おどけたしぐさで手を合わせてみせる。
 いつもながら食えない人だ。

 ……ただ、これはいいチャンスかもしれない。英二さんの言うとおり、確かに由綺の子
供のころのビデオには興味がある。この際頼んでみるか?
 もし由綺が怒っても、英二さんのせいにできるし……。
 さりげなく責任回避を考えるあたり俺もなかなかへなちょこだが、この際自らの欲望に
正直になってみるか?

「わかりました。……でも、なんかあったときは英二さんのせいですからね」
「わかったわかった。頼んだよ、青年」

 そう言って、共犯者の笑いを浮かべて見せた。




「由綺って子供のころどんなだったんだ?」
「うーん、やっぱりテレビとか好きだったみたい」
「つーと?」
「なんかアイドル番組とか好きで、テレビの前で歌って踊ってたって。そのころ撮ったビ
デオが残ってるんだけど」

 ――ビンゴ。

「へえ……どんな奴?」
「なんか恥ずかしいな……こうテレビの前でふらふら踊っててね、振りとかはめちゃくち
ゃなんだけど。それに舌っ足らずなあどけない声でなんだかふにゃふにゃ歌っててー、私
って小さなころこんなだったんだなっ、て思うとなんか変な感じ……」
「見たいな」
「え?」
「見たいな、それ」
「でも、冬弥君……なんだか恥ずかしいよ……」

 ぽっと顔を赤らめる由綺を正面から見据え、畳み掛けるように。

「俺は由綺のそんな姿が見たい。俺と知り合う前の由綺も、全部」
「冬弥君……」

 なんども迷って、見たらすぐ返してね、とか、あんまり何度も見ちゃやだよ、と念を押
しながらも、由綺は何日かあとにそのテープを持ってきてくれた。
 もちろん本人にないしょでダビングしたのは言うまでもない。

 由綺は可愛かった。
 ずいぶん年代モノのテレビの前に陣取って、楽しげに体を揺らして、歌番組を見ている
由綺。
 お気に入りのアイドルが出てくると、すっと立って振り付けを真似しだす。

『あー♪ わたーしーの、こーい、あー♪』

 むっちゃ舌足らず。
 画面外の声に――多分お母さんの声だろう――振り返る、小さな由綺。
 いまとほとんど変わらない髪型に、小さなつくりの体と子供子供した顔つきが愛らしい。
そしてこの、おでこが……こう、ひときわおでこが……。
 あーかわいいなあ! もお!

「由綺ーーーーーーーーーー!!」

 そりゃもー部屋の隅から隅まで、ごろごろごろごろーーーーーーーーーーっと。
 は!
 ――いかん、馬鹿モード入ってしまった。

 でも。ふと我に返る。
 これを英二さんに見せるのか……?




「どうだろう青年、由綺ちゃんに話してみてくれたか?」
「………………」

 待ち合わせのエコーズの席。
 英二さんの前で、俺は押し黙る。
 俺と由綺の不安定な関係。
 ともすれば離れそうな二人の心。
 その原因は英二さんにだってあるんだ。
 俺と由綺の共有する、俺と由綺だけの秘密……まあ親御さんは別として。
 それをこの人にも見せるのか?
 俺と由綺の間に……このひとを……。

「頼むよ青年。お礼に理奈の同じような秘蔵ビデオ見せてあげるから」
「明日持ってきます」
「そうこなくちゃ。物分りがよくて助かるな」

 理奈ちゃんか! 理奈ちゃんの小さいころの秘密ビデオ!
 そうとなったら話は別だ。
 こりゃ見逃すわけにはいきますまいて!




「はっはっは、可愛いもんだなぁ、由綺ちゃん」

 テレビ局の打ち合わせに使う部屋を借りて、上映会はとりおこなわれた。
 由綺のビデオは、英二さんにはまずまずの受けだった。

「これならディレクターも喜ぶだろ。感謝するぜ青年」
「英二さん、それで、例のもののほうですが……」
「わかってるわかってる。いやね、俺としても、一度ひとに見てもらいたかったんだよな
あ」

 ビデオテープを入れ替える。新しく入れたほうには、『Rina』と書いてあった。

「じゃ、お待ちかねの理奈のだ」

 若干のノイズのあと、ぱっと画面が現れる。
 これが、理奈ちゃんの子供のころか……。
 いまとあまり変わらないな、というのが第一印象だ。昔からそうなのだろうか、凛とは
りつめた、人から頭ひとつぬきんでた気配があるのだ。
 子供の由綺なんかもうだらーっとしてはにゃーんとしてて、今現在の由綺の3倍ほえー
っとした雰囲気が漂ってたのに。

『理奈ー、こっち見ろー』
『もう兄さんったら! 勝手に取らないでよね、カメラだって無断で持ち出して!』

 理奈ちゃん……ちいさいころから英二さんの事怒ってたのか……。
 あ、でも怒ってるところも可愛い。(ばか)

『ははは、理奈は怒っても可愛いなあ』

 緒方さんだってこれ撮ったころは小学校の高学年か、中学生くらいだろうに、そういう
セリフがさらっと出てくるかね。おそろしい兄妹だな。
 と、画面が切り替わる。
 縁側で理奈ちゃんが寝ている。すぅすぅと薄い胸を上下させて、無防備に腕をだらーん
と投げ出して。こうしていると年相応の子供っぽくて可愛い。
 そうかと思うと、かすかに開いた口元がちょっとだけアンバランスに大人びた空気で。
 ……しかし、どういうアングルで撮るかな。
 移動しながら、さまざまな角度から舐めまわすように撮っている。カメラのホールドが
しっかりしてるせいか、素人ビデオにありがちな酔いそうな画面の揺れはないものの。
 こう、なんていうんだろうか。
 ……エロビデオの前フリのような。

「なかなかだろ? このカメラアングルとか。子供のころからクリエイティブ精神にあふ
れてたからな、俺は」

 英二さん、ちょっと自慢げ。
 まあ、確かに子供の撮った絵とは思えないほどいろいろ凝ってるな。

 かすかな寝息を立てて眠る理奈ちゃん。
 成長期の真っ只中だからだろうか。ちょっと力を入れたら折れてしまうそうなほど細す
ぎる手足。硝子細工のような脆さ。
 薄いながらもかすかにふくらみを見せる胸が、呼吸に合わせてすう……と上下する。

『その表情はまるで天使のようで……』

 そう、まさに天使だ。

『そうかと思うと、さながら春の野に遊ぶ愛の妖精……』

 そう、さながら愛の……。

 って、なんだこれ。
 誰ださっきから変なナレーションを入れているのは。
 聞いたことのない、甲高い声。女の人か、さもなければ声変わりしてない……。

『俺の理奈。俺の妹』

 おおう、このナレーションは?

「ああ、それ俺」
「あなたですか。ってあなた以外にいないですけど」
「昔っからクリエーター志望だったんで、自分でナレーションまで入れてたんだな。凝り
性だろ」

『どうしてそんなに理奈なんだ。ちくしょう。俺を誘惑して楽しんでいるんだな。無意識
のうちにこぼれ出る色気が俺を狂わせる。この男を狂わすヴァンプめ』

 ……英二さんって……。
 小学生捕まえてヴァンプってあーた。

『お前が、お前がいけないんだからな。お前が俺を誘惑したんじゃないか。だから俺はこ
んなこと……ふたりは兄妹なのに……。
 なんていやらしい女だ。実の兄を誘惑しようって言うんだな。生まれついてのメス犬
さ』

 小学生どうしでになに無茶苦茶言ってるんだ。


『理奈にささげる詩 作詞 緒方英二』


	 あの子は気ままなセイレーン
	 イカしたカノジョさ My sister
	 その気にさせてよ Yes No Yes
	 だけども勝気なマドモワゼル
	 振られ気分ならロケンロール
	 ないものねだりの愛ウォンチュー


 ……イヤな小学生だなオイ。

『さあ、それではここでいよいよ理奈にアタックしようと思います』

 ぐるりとカメラが回されて、取っている自分を映す……っておい。

「あんたなんでストッキング被ってるんですか?」

 画面の中には、ご幼少のみぎりの英二さんが映っていた。
 ……頭からストッキング被って、ケムール人チックになっている。
 かなり面白い顔面だった。

「ああ、どこかでストッキングをかぶせるとスモークを焚いたようなムーディーな画面効
果が得られるって聞きつけたはいいが、どこでどう間違えたのか、カメラのレンズじゃな
くて自分の頭に被せちまってなあ。撮ってる最中はスモークっぽく見えてたのに、出来上
がりを見たらさっぱりなんで落胆した思い出があるな」

 気づけ天才音楽家。

『さあ、今日の理奈は一体どんな下着かなー?』

 ちょっちょっと英二さん! 何あんたスカートに手ぇかけようと!?

『ついに危険な一線を……ぎょわ!?』

 とたん、画面の奥で何かがきらりと光ったと思うと、いきなり画面が真っ暗に。
 それでテープは終わった。

「このときは理奈にカメラごと蹴られたんだったなあ。あとで目の周りにアイピースの丸
いあとがついて大変だった。あっはっは」

 小学生にして実の妹にセクハラ未遂。
 漢だ。まぎれもなく漢だ。この年なら犯罪にならないってところがまた、英二さんの賢
さを思い知らされる。いたずらで済むもんな、小学生だったら。
 そして、それを後世の自分のために残しておこうとした先見性! この辺まさに小学生
とは思えない戦略だ。
 こうした頭脳プレイが、のちの天才緒方英二を形作ってるんだな……。
 軽い感動を覚えつつ、俺が礼の言葉を口にしようとしたとき、

「じゃつぎ見るか青年」
「まだあるんですか?」
「まだまだ、こんなにあるぞう」

 トランクの中にぎっしり。
 うわおう! 秘蔵テープがごちゃまんと!?

「理奈みたいな妹を持った兄としては当然の行動だろ、青年」
「そりゃー……そうかもしれないですけど」
「とくにこの『理奈 〜いもうと〜』は泣けるぞ、お勧めだ! 理奈が風邪引いて寝込ん
だときの記録なんだが、ストーリー的には不治の病ってことにしてあるから。闘病生活を
続ける理奈のけなげさが心に残る一本さ」
「はあ……」
「タイアップ企画で『理奈の郵便屋さん』って感じのメールソフトも考えたんだが、あい
にく俺プログラム組めないからなあ、それはあきらめたよ」

「へえ、そんなにあったんだ」

「ああ。大半は気づかれずに撮ったからな。ばれてえらい目に会ったのもけっこうあるけ
ど」
「えらい目ってどんな?」
「そりゃあもう、理奈はあのころから乱暴だったからなあ。実の兄を平気で殴るし。しか
も女の子のくせにグーでだぞグーで。信じられるか青年?」

 ………………あのぉ。

「へえ、そうなんだ」
「ああ。まったくあんな暴力鉄拳娘がいまや芸能界を二分する人気アイドルだなんて、我
ながらおかしくなってくるな。自分でプロデュースしたとはいえ」
「ほほう」

 ――――英二さん? 緒方英二さーん!?

「いや、これはやはり俺のプロデュース能力の賜物かな? 確かに多少の才能はあるとは
いえ、しょせん理奈は理奈、俺の手のひらの上で踊るスーパーモンキー孫悟空でしかない
わけで、俺がひとたび由綺ちゃんの方に肩入れしたならあとはもう脱ぎ専グラビアアイド
ルへの道をまっしぐらってカンジだな。まあ、まだそうする気はないけど」
「面倒みてくれるんだ。嬉しいわね」
「嬉しいわねって青年、何をそんなオカマみたいな……って、のぉぉおおお!?」
「そうなんだ……」
「り、理奈さん!?」

 英二さん、実の妹にさん付けになってます。

「私にないしょで何やってるのかなぁ? 兄さんも、冬弥くんも……」
「い、いや理奈、これには深いわけが! 実は青年に、見せないと電子ライターのガス切
れた奴でチクチクさせるぞって脅されて」
「あ、ずりいっすよ英二さん! 自分は由綺のビデオでいい目見たくせに!」
「ほーう……? 冬弥くんは冬弥くんで、由綺に同じことしてるわけね……」
「あ! いや、その! これには深ーいわけが!」
「いいのよ訳なんて、どうでも」
「あ、理奈。駄目だアイドルがそんなばきばき指鳴らしちゃ。指関節が太くなるぞ」
「なにをいまさら……って、逃げるな藤井!」

 ふ、藤井呼ばわり!?

「二人ともともそこ座る! 正座!」



 理奈ちゃんの説教(若干の鉄拳制裁含む)はとっても長かった。



「じゃあぼちぼち……そこの浮気モノAD、帰ってよし!」
「あ、じゃあ俺も……」
「変態兄貴は駄目! 居残り!」

 しゅん、と座りなおす英二さん。
 がんばれ天才音楽家。夜は長いぞ。



 結局、ビデオは全部理奈ちゃんに没収されたという。
 もちろん由綺のもだ。

「半死半生になりながらも、『それだけは……』と手を差し伸べたんだが、理奈のやつ、
黙って持っていっちまってなあ……」

 本当に残念そうに、英二さんは語った。
 俺の、俺の由綺メモリアルがぁ……。




 その後、部屋でひとり由綺のビデオに見入る理奈の姿があった。
 最初は普通に見ていたのが、いまや正座して食い入るように画面を見つめている。
 ブラウン管には、くねくねと踊る子供の由綺。

『うだだーうだだー うだうだだー♪』

 ぽ。

「由綺……可愛い……」

 ハマったらしい。





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