メイデックス200× 投稿者:takataka 投稿日:1月18日(木)23時18分
「ここかー」
「はわー」

 俺はマルチと並んで目の前の大看板をぼえーと見上げた。

『メイデックス200×』

 数あるロボット系イベントの中でも、特にメイドロボ専門のイベントとして最大の規模
を誇る。
 マスコミの注目もかなりのものらしく、表には中継車が何台も止まっていた。

「へー……」
「すごいですぅ」

 新聞やテレビなどでそういうイベントがやっているのは知っていたが、こうして実際に
見てみるのは初めてだ。
 とくにロボットに興味があるって訳じゃなかったからなあ。マルチに会うまでは。
 入場口の前には、すでにけっこうな人の行列が出来ている。このイベントへの感心の高
さがそのまんま現われているようだ。

「よし、俺たちも早く並ぼうぜ」
「はいっ……あ」
「どした?」
「あぅ……わたし、入場券忘れちゃいました」
「これか?」
「あ、そ、それですぅ!」
「お前出てくるときにテーブルの上におきっぱなしにしてたろ」
「あううう……ご、ごめんなさいです……」

 まあマルチもずいぶん盛り上がってたからな。




 今年がちょうど開催年だというのをニュースかなんかで見て、へえーと思っていたのだ
が、そんなところに折よく主任からの手紙が。

「HM−12改の最新型を出品するんだ。マルチも自分の妹の活躍を見たいだろうから、
連れてくるといい。招待券を二枚送るから」

 長瀬主任は浩之がマルチと再会して以来、なにかとメールやなんかを送ってくる。嫁い
だ娘とはいえ、やはりいろいろ心配なのだろう。

「メンテでしょっちゅう会ってるだろうになあ。心配性というか」
「ほぇ?」

 マルチの顔をじっと眺めて、まあ、判らなくもないと思った。

「せっかくだ。俺も一度行ってみたいと思ってたし、妹たちの活躍見に行こうぜ」
「行くですー」

 おー、と手を振り上げた。




 会場内はすごい熱気だった。
 すでにあちこちの企業のブースには黒山の人だかりが出来ていて、コンパニオンの――
それも半分以上はメイドロボだ――説明に熱心に聞き入っていたり、係員にあれこれと説
明していたりする。
 驚いたことには、そのほとんどが企業の担当者というよりも一般客だということだ。コ
ンピューター系のイベントみたいに30代くらいの若いサラリーマンが山ほどいるような
感じを想像していたんだが、まさに老若男女、上は車椅子に乗ったお年寄りから下は親に
肩車されたほんの小さな子供まで、年齢層ばらばら。
 その誰もが一様に、好奇心で一杯に目を輝かせて展示に見入っている。

 各企業自慢の最新型が、ブースの中を歩いてはポーズを決め、なにか一芸のあるものは
その特殊機能のデモンストレーションをして見せたりする。
 ロボットの展示会というよりファッションショーのような華やかさだ。実際この展示会
に出品するロボットの衣装を有名デザイナーに委託して、最新モードを身にまとわせてい
る会社も多い。ロボットに興味がなくても、ファッション業界からも注目されているこの
イベントにはそうしたアパレル関係者も多く来るという。

「お、あれすごいな」

 腕のカバーがぱかっと開いて、なにやらでてくる。オプションの装着が容易なのが売り
らしい。

「わぁー、どうやって防水してるんでしょうねぇ……パッキンがへたったら大変そうです
けど」

 マルチにしてはなかなか鋭い見方だ。まあ、自分の体のことだからな。

「お、藤田くん」

 関係者の名札をつけた長瀬主任が、いつものごとく茫洋とした様子でやってくる。

「主任じゃないすか」
「わ、しゅにん〜。こんにちわですぅ」

 わーい、と駆け寄るマルチの頭をよしよしとなぜる。

「主任直々に参加なんて、気合入ってますね」
「そりゃそうさ。メイドロボ市場はいまや生き馬の目を抜くような熾烈な開発競争が続い
てるからね。営業にばかり任せておけないよ。最近はユーザーもかなりロボットに詳しい
人が多いから、開発者が直接質問に答えられるようにいたほうがいいんだ。
 それに、この目で他の企業の最新型も見ておかないと、来栖川のロボット市場でのシェ
アもいつまでも安泰じゃないからね。
 まあ、本音を言えば……自慢の娘が受け入れられるか、お客の反応をじかに見たいじゃ
ないか」

 どうも後者のほうが本音のようだ。
 それにしても、生き馬の目を抜くような競争か……主任としては生きた心地がするまい。

「目、くれぐれもお大事に」
「?」

 いまいち通じてなかった。
 まさか自覚してないのか?

「それじゃまた、失礼するよ。どうも忙しい身でね」

 まあメイドロボ界では長瀬主任といえば第一人者だ。こんな席では何かと忙しくて大変
だろう。
 と、そこでアナウンスが入る。ショーの始まりだ。

「お、行こうぜ。いい場所取らなきゃ」
「はいですっ」

 一日に何度か行なわれるショーは、このイベントの目玉だ。
 各企業とも社運をかけた最新型のメイドロボを出してくる。公立の研究機関も負けじと
最新の研究成果をここで披露するわけだ。ロボットにかかわるものにとってはまさに一世
一代の花道。
 アナウンスの声がひびき、照明が一層明るくなる。

『人間とともに暮らすロボットの元祖、ペットロボットの最新型がついにここまで来まし
た! 究極のリアリティを追求した犬型ロボットの登場です!』

 奥から数頭の犬がたたたーっと走り出てきた。
 特にまとまるでもなく、方々に好きな方向に走っていってはしっぽを振ったり、へっへ
っと舌を出して見せたり、わんわん吼えたりしている。

『極限まで犬らしさを追求した犬型ロボットの極北! これ以上のものは出ないといって
もいいでしょう』

 係員があわてて犬たちを追い立てる。もちろん言うことなんか聞かず、そりゃもう逃げ
る逃げる。
 毛皮の質感といい動きといい、確かにロボットには見えない、見えないが……。

「本物の犬飼えばいいじゃん……」
「わ、それは言わない約束ですよっ」




 気を取り直して、次のロボット。

『そして、人工知能研究所の”ろぼぴー”。人間とのふれあいを基本にした、積極的なコ
ミュニケーションを可能にしたロボットです』

 アナウンスの声とともに、わりと小さめのロボットがととと、と走り出てくる。
 かなり小型化されている。マルチと同程度か、下手するとそれ以上だ。
 ぺこり、とひとつお辞儀をする。金色に近い髪に、ぴんと立ったひと房がポイントだ。
 きょときょとと緊張した面持ちであたりを見回すと、ぽっと頬を染めて。

「あの……お兄ちゃん、抱っこ、して……」

 観客席の中からひとり小学生が選ばれ、引っ張り出される。

「あ、ちくしょういいなあ小学生。俺も小学生に生まれればよかった」
「わ、なんだかめちゃくちゃ言ってますー」

 気後れしがちな小学生を、ロボットは自分から腕をまわしてそっと抱いた。
 
「ね……おにいちゃん……キス、して欲しい……な」

 おお。
 やった……。
 小学生、真っ赤。
 いい思い出になるだろうな、アレは。

「くそう! 父さん母さん、なぜ俺を小学生に生まなかった!?」
「ひ、浩之さん!? 無茶苦茶言ってるですー!」


「ふふ、あとは大人になってからだよ?」
 ちょん、と小学生の鼻先を指で突っついて、ロボットはスキップするように去る。ぽー
っとしたまま後に残される小学生。

「なんだありゃあ? ヤツは男を狂わすヴァンプか? ってーか公立の研究所があんなイ
カしたロボ作っていいのか?」
「AIの研究のために、スキンシップの促進が必要ってありますけどー」
「いや、アレは趣味だ! 間違いない!」

 お上の金使って好き放題やりやがって。ちくしょう、いまの早く商品化しろ。




 続いては警備保障会社の夜間警備ロボット。学校やオフィスなどの夜間の無人警備にロ
ボットが活躍するのは当たり前の時代、なかなか有望な市場だとのこと。
 端正な横顔。リボンでまとめた長い髪が夜色の青い照明の中にひるがえる。
 それはある種、幻想的な光景だった。
 一見普通の女性型メイドロボに見えるが、その手には白く輝く剣が握られている。接触
式のスタンガンで刃はついていないとのことだが、あんなので殴られたらスタンガンでな
くても行動不能に陥るほど痛そうだ。

「………………」

 軽く剣技の型を披露する。目にも止まらないようなするどい動きに、白いケープが残像
となって残った。
 客にふ、と背を向けると、振り返って肩越しに、

「私は、侵入者を討つ者だから……」

 とか言って戻っていった。

「…………」
「こ、これはコメントできませんねー」

 確かにな。




「――いよいよ来栖川の出番か」

 さすが天下の来栖川。ショーの登場順でも大トリだ。それだけ期待されてるってことか。
 ナレーションも一段と熱がこもる。

『従来のメイドロボには今までのどこか無機的で慇懃無礼な態度に、淋しい印象を感じて
いるとの調査結果が出ました。
そこで今度の新型は、より人間らしく! 血の通った付き合いやすいメイドロボを目指し
ました!
 人類とロボットの新しいコミュニケーションの形、人類の新しいマブダチ、その名も』

 息を詰めて見守る観衆。その中に俺とマルチの姿もある。

「その名も……?」
「わくわく」

 ドラムロールが鳴りひびき……
 だららららららら、じゃーん!



『毒マルチ!』



	――三太夫!?――



「やい、ババア!」



 アナウンスの声。
 オレのつぶやき。
 そして最後の声、あの声はまぎれもなく――。



 スポットライトの下、メイン通路の真ん中に、アラシ隊員のコスプレをした量産マルチ
がすたたたーと出て来た。

「まぁったく、よくもまあこんなしわくちゃのクソババアばっかり集まったですー!」

 開口一番、言うことが、それ。

『新型マルチの新しい機能、『毒舌』! いままでどこのメイドロボもなしえなかった最
後のフロンティアを、来栖川の技術がついに可能にしました!』

 ――技術的な問題なのか?

「はわ、は、はわわ……人間の人にそんなこと言ったら……」

 オレのとなりのマルチは顔面蒼白だ。

「たたた大変ですー! 返品ですぅ廃棄処分ですぅ屑屋のプレス機でぺっしゃんこですー!」

 そんな前近代的な廃棄処分があるか。
 でも、たしかにそんなものが売れるとはとうてい……。
 
 いや?
 オレは目を疑った。
 花道の周りを固めるおばちゃんたち、きゃーきゃー。

 ……よくみると、なんかウケてる! みな喜んでるぞ!

「まったく、どいつもこいつもしわくちゃのババアばっかりですー!」

 またも、どっと笑いが起こる。

「ババア、長生きするですー?」

 しかも辛口トークの中にもほの見えるやさしさ?

『もちろんしゃべりだけでなく、通常のメイドロボとしての業務内容も、毒マルチならで
はの愛嬌とペーソスを含んだひとひねりある内容となります。
 たとえば、風邪を引いたときに毒マルチにどんな風に看病されるか? 再現ビデオでご
らん下さい』

 すっと照明が落ちて、正面スクリーンに映像が映し出される。



	「げほげほ……」

	 老女が風邪を引いて伏せっている。

	「まったく、メイドロボがいるって言うのに看病の一つもしやしないんだから……」

	 ぶつくさ言って寝入る。
	 ややあって、ふと目を覚ますと、

	「……?」

	 ととと……と、障子の向こうを影が駆けていったような気配。
	 ふと、いい香りが鼻をくすぐる。
	 枕もとのお盆の上に書置きがある。

	『ババア、
	 いつまでも寝てられるとうっとおしくてかなわないから、
	 はやく良くなるですー』

	 そんな置手紙とともに、枕もとには梅干のちょんと載ったおかゆが湯気を立て
	ている。
	 枕もとの座布団にはさっきまで誰か座ってたかのようなへこみ。
	 身を起こすと、額からぽろりと濡れ手ぬぐいが落ちる。

	「マルチちゃん、口ではあんなこと言って、ずっと見ててくれたんだねぇ……」



『と、このようにおもわずホロリとさせられるエピソードも満載で、いま、来栖川電工が
全国のシルバー世代にお届け! 新型メイドロボ、毒マルチ三太夫!』

 ……えーと。
 逆転の発想? ……なのか?

『テストに参加したモニターの声をお聞き下さい!』

『やんちゃな孫が出来たみたいで、可愛い』(80歳女性)
『ぽんぽん飛び出る毒舌に、小生もなにくそ! とばかりに言い返しているうちに生活に
張りが出てきたようです。健康バンザイ!』(74歳男性)
『生意気で小憎らしいようで、それでいてどこかあたたかい、そんな毒マルチにもう夢中。
手放せませんね』(68歳女性)


 そんなわけで――
 毒マルチ三太夫、全国の老人ホーム・高齢者養護施設等で人気沸騰。注文殺到に生産が
追いつかず、2〜3ヶ月待ち状態が続いているという……。




「えへん、さすがわたしの妹ですー!」
「何か違うような気がする……」

 帰りの道々、鼻高々なマルチと疑問を抱いたままのオレ。

「ってーか、メイドロボである必然性は?」
「何を言ってるですかー? 人間の皆さんに必要とされる機能! これがメイドロボの真
髄ですぅ」

 自分の手柄でもないのにごっつい調子にのっているマルチ。いわば超ノリノリ。

「これからはロボットも人間の皆さんにより親しく、よりくだけた態度で親密に接するべ
きなんですぅ! わたし目覚めました! わたしも、妹たちに習って――」

「お帰りなさい、マルチちゃん、浩之ちゃん」

 向こうの角から顔を見せたのは、犬かと思ったらあかりだった。

「ふふぅ、迎えに来ちゃったよ。晩ご飯できてるからね」
「おう、遅くなっちまって……」

 オレの横からすっと前に出る人影。
 マルチは満面の笑みを浮かべて、すうっと息を吸い込んで――




「ただいまですぅ、クソババア!」




 マルチの修理には一ヶ月かかった。






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