漫画宴会 投稿者:takataka 投稿日:1月14日(日)23時26分
 俺はそれはもう泥のように眠りこけていた。
 明日はこみパ当日。もちろん新刊の方はとっくに印刷所に出していたが、たまたまちょ
っと時間があったもんだから突発コピー本つくろうなどということを考えてしまい、おか
げで昨日は紙折っちゃー止め、折っちゃー止めで一日終わった。
 疲れた……。

「和樹! ……和樹!」

 んー、許せ瑞希。俺は眠い。

「もう、和樹ったら!!」

 ぐあばっと毛布を引っぺがされる。

「うわっ! お前また勝手に部屋入って……」
「何言ってんのよ! いま何時だと思ってんの? 遅刻よ遅刻!」

 時計を見る。うを、たしかにヤバい時間だぞ。

「急ぐぞ瑞希!」
「何言ってんのよ、もうとっくに用意できてるわよ!」

 荷物とかは前日に用意ずみだ。ここらへんはやはりまめな瑞希がいてくれて助かるとこ
ろだな。




 ゆりかもめを降りるとすぐに見えてくる巨大な逆三角形。
 普段からわりと人通りの多いところだが、今日は異様に人波が多い。
 それもそのはず。今日は……


 『第59回 漫画宴会』


 陸橋の上の電光掲示板にそんな文字が。

「……瑞希、会場違うぞ」
「何言ってんのよ! ここでいいんじゃないの。看板見なさいよ」

 だからその看板が違うんだって。
 とはいえ、ここは間違いなくビッグサイト。こみパ会場に間違いない。
 なんか……そういうジョークの一種か?
 そう思うことにして俺は会場内へと入った。




「お兄さん、おはようございますですー。こちらご注文の新刊です、はい☆」

 にぱーと笑顔の千紗ちーをぐりぐりとなでて、ずっしり重いダンボール箱を受け取る。

「これで売り物はそろったわね、さ、並べましょ。
 ……どしたの、和樹?」
「いや……」

 なんか回りの様子が若干違うような……。
 俺たしかりーふ系でスペース取ったはずだよな。どうもこの、雰囲気が違う。

「おお、やっと来たか」

 大志がむっとした表情でやってきた。

「遅かったではないかわが兄弟。一般の列にでも並んでいるのかと思ったぞ」
「いや悪い悪い、昨日も徹夜でさ……ん? なんかお前今日すこし違わなくないか?」
「そうか? 我輩はいつもこうだが」
「そうか……ならいいんだけど」

 ――なんだろうか、さっきから感じるこの違和感。

 テーブルの上を片付けていると、印刷屋のチラシに混じって一通の封書。
 お! これは立川さんからじゃないか。

『こんにちは、千堂先生。
 今回も漫画宴会始まりましたね。また先生の漫画が読めるのかと思うと楽しみです』

 メールだけじゃなくて、こんな風に手紙まで書いてくれるなんてまめな人だなあ……。
 これからも立川さんの期待にこたえられるようにがんばらなきゃな。

『アハゝゝ、ヲホゝゝと思はずお腹の皮が捩れるやうな、スコブル愉快な滑稽漫画楽しみ
にして居ります』

 おなかのかはがよぢれるやうな。
 すこぶるゆくゎいなこっけいまんぐわ。
 ……立川さん、旧仮名に凝ってるのか?
 むう、相変わらず年齢の読めない人だぜ。もしかしたらすごい高齢なのだろうか。

 手紙に添えられた袋の中には、手作りっぽいクッキー。
 一個食べてみた……う、粉っぽい。多分ほんとに手作りだな。
 しかし気になるのは――。
 なんか袋の表面にでっかく、

 『慰問袋』

 って書いてあるんですが。
 まあ立川さんって、古風な人だしな……。
 こみパってのもある意味戦場だし、正しいのかも。


「にゃはは、千堂クンだあ☆」

 お、玲子ちゃん。
 ……なのか?

「また今回もがんばってるねえ」

 玲子ちゃんの格好、それはこう……今までどの漫画でもあまり見かけた事のないような
いでたちだ。
 まず、全身黒塗り。もちろん顔面も。
 そして頭には黒いハゲヅラ。
 腰には椰子の葉を束ねた腰ミノつけて、腹と背中にでっかく『1』とか書いてある。
 
「それ……なに?」
「にゃははー、千堂クン知らないんだあ。意外と流行に疎いねえ」

 くるり、と一回転。腰ミノがふわりと広がる。

「『1号君』だよー。冒険ダン吉の」

 冒険ダン吉……。
 えらい昔の漫画だった。むかーし社会科の資料集かなんかで見たおぼえがある。南の島
に流れ着いた日本人の少年が現地の土人の王様になって……みたいな話。
 区別がつかないってんで、土人に番号振ってたよな。さりげなくひどい話だ。
 しかも番号振られて土人大喜び。
 ……って、そうじゃなくて!
 なんでいまごろ冒険ダン吉。

「今回はうちはもーやるよ! ダン吉祭り! スペースもちゃんとダン吉系だし」

 あるのか!?
 
「あ、でもちょっと浮気したかも。こんなのもあるんだあ」

 目の前に差し出された本は、


	『哀・猛犬聯隊 (聯隊長×のらくろ本)』


「……これ……」
「あ、ちなみに聯隊長誘い受の、のらくろ攻だから。聯隊長だよねーやっぱり。あのブル
ドッグ面がなんともキュート! ああっもう、聯隊長らぶ〜☆」

 最近はそういうやおいがはやってるのか……?
 ぱらぱらめくってみる。
 うわーい……犬が、犬がオス同士でつがってるー。
 これ……楽しいか?

「あと、今あいさつ回り行ってて、ノンキナトウサンのやおい本とフクちゃんの総受ショ
タ本もらったんだー。いいでしょ」

 俺はちっともうらやましくない。

「あー、玲子! また千堂さんとこにいるんだあ!」
「君たち、たしか……」

 三人の女の子がぱたぱたと駆け寄ってくる。

「美穂でーす」
「夕香でーす」
「ボクがまゆだよっ」
「うわーまゆ、ノリ悪っ」
「そこは『三波春夫でございます』といかなきゃ」
「うぐぅ、ボクはたかれるのやだよ……」

 相変わらず元気な子たちだ。

「玲子もわりと移り気なとこあるよねー。新撰組行って、226行って、このまま歴史系
かと思ったらいきなりダン吉だもん」

 新撰組……もちろん行殺じゃないほうのアレか。
 歴史系はまあ、普通なようだが。

「君たちはなにやってるの?」

 確か前会ったときは三人ともゲーム系だったよな。

「私たち? へへー、なんでしょう?」
「最初は三人で爆弾三勇士やろうかと思ったんだけど、爆弾持ち込めないから……長物は
駄目って規定だし」
「爆弾持ってないとわかんないもんね」

 それじゃただの日本兵のコスプレだわなあ。たしかに。

「で……それは……一体」
「わたし広瀬中佐ー」
「わたし東郷元帥ー」
「ボクはアレ! 死ぬまでラッパを離さなかった人!」

 すごいチョイスだ。

「杉野! 杉野はいずこー!」
「皇国の興廃この一戦にあり、各自一層奮励努力せよ」
「………………(キメ台詞が思いつかない模様)」

 三人ともとても楽しそうだ。
 いいな、コスプレ……。
 じゃねえだろう。
 どういうことだ彼女ら、ゲーム系命とちゃうかったんか。
 それともあれか? 最近は歴史系やおいがトレンディなのか……?
 むう、おぼえておこう。

「芸能系なんかどうよ?」
「ほらほら、エンタツ攻アチャコ受」
「きゃーえっちー」
「エノケン×エノケソ」
「きゃー区別つかなーい」
「やっぱり芸能系は浅草六区が熱いよね」
「いやいや、上方勢もなかなか」

 どちらにせよ俺にはよくわからない世界だった。

「じゃねー、千堂クン☆」

 きゃいきゃい言いつつ去っていく土人&軍人さんたち。

「なんかどっと疲れた……」
「そうか? 我輩はもうすでに知り合いのサークルに挨拶してきたぞ」

 余裕の表情で腕なんか組んで見せる大志。
 ほれ、と見せる同人誌の束。

 円谷英二特技監督の独占口述記事(インタビューのことか?)の載った、映画『ハワ
イ・マレー沖海戦』本。
 アニメ『桃太郎・海の神兵』ファンブック。
 『タンク・タンクロー』本。

「今回はなかなか幸先がいい」

 満足そうにうなづく大志。

「わからない……俺には分からない……」
 どうしちまったんだみんな。
「何を言っているのだ我が兄弟。我らの野望、忘れたわけではあるまいな」
 キッとこちらをにらみつける大志。
「米英撃滅! これこそ我らが野望ではないか!」

 いつの間にそんな話になった。時代錯誤な。
「いいか同志! 米英が以下に堕落した民族であるか、これを見ればパツイチでわかろう」

 大志が示したのは『X−メン』と『スヌーピー』の単行本。
「この『バツメン』とやら! このくどい絵柄はどうだ! どこに萌えがある!? どこ
にはにゃ〜んがある!? こんなくどくてキツイ女性キャラに何をどうしたら萌えると言
うのだ!」
「んなこといったってアメコミだし……」
「そしてこの『スヌーピー』とか言う犬っころ! せっかくケモノ系という悪くないジャ
ンルに着目しておきながら、こんなへちょい描線で屋根の上で寝転がってるだけの、ファ
ンサービスのカケラもない絵面! 果たして許しておいて良いものか!? 否! 断じて
否!」

 だん! と机を叩いて力説。いつものが始まったか……。
 でも、内容がなんか妙にこの……なんつーか。

「このような米英の劣等文化、果たして放置していいものか! 否! 人類の進歩と調和
のためにも、そして彼ら自身のためにも、我らが道を指し示してやらねばなるまい! 鬼
畜系米英撃滅!」

 鬼畜系なのか。

「見ているがいい! 我らが米国を制したあかつきには、あのけしからん遊園地を『出銭
ランド』に! あの著作権にうるさいこしゃくな黒ネズミを『三月磨臼』に改名してくれ
るわ!! はあーーっはっはっはっは!」

 なつかしいネタだった。

「我らが米英を制したあかつきには、『X−メン』はこう! 『スヌーピー』はこうだあ
あ!」

 どんっと示したフリップ。

 『超人戦隊エックスマン』。
 もちろんキャラは五人に絞られている。まだリーダーを認めたわけじゃないニヒルな奴
とかすばしこいお子様とか紅一点とか。もちろん黄色いのはちょっと太めでカレー好き。
力自慢なら負けないぜ! て感じ。

 『スヌーピー』
 彼女イナイ歴1×年のサエない主人公チャーリーブラウンのもとにやってきた、ちょっ
とおかしな女の子。彼女の正体はなんと……犬!?
「ご主人様のためにがんばるワン!」不思議な犬ミミ少女が巻き起こす、ちょっとHなぷ
にぷにストーリー! 「肉球、好きですか?」

 イメージボードには、黒い垂れ耳系の犬ミミとしっぽ、肉球グローブ&ブーツを装備し
た黒目がちなぷに系少女が、お尻をぺたんとくっつけた女の子すわりで、上目づかいで
『わふっ(はぁと)』などと可愛く吼えている。

「そんなスヌーピーがあるかああああああーーーーーーーーー!!」
「気に入らんか?」
「いやむしろツボだが、何もスヌーピーでやらなくてもいいじゃねえか!
 それにこの、チャーリーブラウンを『お兄ちゃん』と呼んで慕ってくるウッドストック、
初音ちゃんに激似なのはどういうわけだ!?」
「いいではないか、両方とも黄色だし」
「なんや和樹、ウチの考えたより一層ごっついスヌーピー気にいらんのかい」

 その声は、由宇?

「あんな萌えのカケラもないへな漫画をごっついぷに萌えテイストにしたったんやで。感
謝してもらわな」
「おお、同志由宇。さすがよく分かっているな」
「あ、ちょうどええわ大志。このスヌーピーいうタイトルやけど、やっぱりいまいちやな。
引きが足らん」
「うむ、たしかに。何かいいアイデアでもあるのか」
「おう、『倫敦ミュウミュウ』てどないや」
「それだ!」
「なにがミュウミュウかーーーーーーーーーーーー!!」
「うっさいなあ。大志、こいつわかってへんのとちゃうか」
「うむ、今日の我が兄弟はちと調子がおかしいようだ。徹夜の疲れが出ているのかもな」
「おかしいのはお前ら……痛てっ」

 誰かが耳をひっぱってると思ったら、歯ぎしりしつつ詠美が。

「何よポチ! この詠美ちゃんさまのデザインしたエックスマンには一言もなし!?」
「だって……もろ売れ線をそのまま踏襲しました、て感じのデザインだし」
「むっきいいいい! 売れ線の何が悪いのよ!」
「やーれやれ、これやから大馬鹿詠美は創作魂が足りんのやな」

 例によって由宇が絡んでいく。

「なによぉ! 支那の大熊猫の分際でちょおちょお生意気! あんたなんか三つ編みにし
てチャイナ着て変な兵器とか発明してりゃいいのよ!」
「なんやてえ!?」

 パンダとかさあ。
 何でみんな外来語を避けるかな。
 大志もぶらざぁとかだーりんとか言わないし。

「この詠美ちゃんさまの新刊は、ちょお愛国的でくにいき主義的な名作なんだから!」
「なんやくにいき主義って。もしかしたら国粋主義って言いたいんか?」
「そ……そおよそのこくすい主義! ふふん、あんたたちをテストしてあげたのよ!」

 ……おかしいのは玲子ちゃんたちや大志だけかと思ったら、由宇や詠美まで。
 どういうことだ?
 俺か? 俺がおかしいのか?

 そのとき、会場のBGMが『蘇州夜曲』から『夜来香』に変わった。

「あ、不審物捜索や。なんやおかしなもんないか?」
「いや、別に……」
「ねー、そのダンボール何よ?」

「あれは……俺の新刊だ」

「ちょうどいいわポチ。ちょっと見せなさい。この詠美ちゃんさまが採点してあげる」
「そやな。ウチも見たいわ。ただとは言わん、ちゃんとウチの新刊やるから」
「いや! ちょっと待ってくれ」

 この雰囲気ではとても……出すわけにはいかない。

「いや! まだだ。まだほら、スタッフのチェックも受けてないし!」
「いいじゃないのよー、けちー」
「和樹、うちらはあんたに期待しとんねんで。何しろオタク文化の世界征服をになう尖兵
やからな」

 しみじみと由宇が言う。

「そやろ? 大志。ウチはあんたの目に狂いはないと思っとる」
「おお、もちろんだ同志由宇! アニメ・漫画・ゲーム・フィギュア・コスプレの五族協
和の王道楽土をこの大亜細亜に建設するのが我らの野望! そうではないか、兄弟!」

 ……いつの間にそんな話に。

「おお、わが同士! 見るがいい亜細亜の曙を! あれにみえる我らが希望の星、桜井あ
さひちゃんも我らを祝福しているかのようではないか!」

 俺たちのスペースの対面に、でかいポスター。
 華やかなステージ衣装のあさひちゃんが、手に何かを持って今にも全力で投げようとし
ている。
 ……手榴弾?


	『撃ちてし止まむ    陸軍省』


 ステキなキャッチフレーズが添えられていた。

「なんか……」

 全員そろって50年ばかり頭の中身がタイムスリップしてないか。

「ちょっといいかしら、千堂和樹くん?」
「はい……なんでしょう?」

 顔を上げると、キャリアウーマン風の美人が目の前に。

「わたし、『小国民ノ友』編集長の澤田真紀子ですけど。あなた、ウチの雑誌で描いてみ
ない?」
「すごいじゃない和樹! 『小国民ノ友』といえば、内務省お墨付きの国策漫画雑誌よ!
 あたし、あんたって絶対やればできる奴だって思ってたんだ……」

 心なしか尊敬の眼差しで俺を見る瑞希。そういわれると俺としても悪い気はしない。
 でもな。
 国策漫画雑誌って、何描いたらいいんだ。俺の芸風と全然相容れないものを感じるが。

「ほら見ろ兄弟よ。このように見る人はきちんと見ているものだ」
「やったなあ和樹。これで国策漫画家への道が開けたで」
「ふみゅううう……この詠美ちゃんさまを差し置いて、ちょおちょおなまいき……」

 俺には……もう、何がなんだか……。

「おはようございます、和樹さん」

 やさしげな声がすっと心に染みる。南さんは……いつもの南さんだ。
 こみパスタッフの制服もいつもどおり。ほっ。
 今日は何か特別な役職なのか、腕章をつけて……。


『憲兵』


 いや、あの。
 憲兵って。

「それじゃあ見本誌検閲しますね」
「あ、いま出しますんで……ちょっと……待って下さい……」

 ダンボール箱に手をかける俺の手が止まる。
 背中に氷の棒を突っ込まれたかのような感覚。背筋を冷たい汗が伝う。
 まずい! まずすぎる!
 俺の新刊――。



 レミィ本!!



 あああ俺ってヤツは!
 何でよりによって8人の中から外人をチョイスしたんだ?
 この状態で出そうもんなら非国民間違いなし! つーか多分即逮捕!
 そして南さんにあの手この手で拷問を……?
 『大杉栄』とか『小林多喜二』とかその辺の名前が俺の脳裏を過ぎる。

「どうしました?」
「いやっあの! なんとゆーかその!」
「あ、そうだ、ポチの新刊見なきゃね」
「さあ和樹、キリキリ出したり」
「どうしたのだ兄弟。もう並べないとそろそろ開場だぞ」
「しょうがないなあ和樹は。あたしが並べたげる」
「余計なことすんな瑞希ーーーーーーーーーーー!!」

 瑞希の手がダンボール箱にかかって……。
 
「あ」




「……ああ」

 ちゅんちゅん……スズメの鳴き声。
 朝日がまぶしいベッドの中。

 ……夢、か……。

 そうか! そうなんだ!
 戦争が終わって俺は生まれた、戦争が終わって俺は育った。
 ボクらの名前を覚えて欲しい、戦争を知らない同人屋たちさ!
 ……ああ! 平和っていいなあ! 憲法9条バンザイ!




「……和樹、どうかしたの?」
 平和の歌をくちづさみながら大人になって歩きはじめる俺を怪訝そうな目で見る瑞希。
 まだまだお前には平和の尊さがわかっていないようだな。
 がらがらと引っぱるキャスターも軽やかに、足取りも軽くビッグサイトへ。

「さ、ついたわよ和樹。……和樹?」



『第59回 漫画宴会』



「ちょっと待てやああああーーーーーーーーーーーーーーー!!」




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